第二部 4.落日の遊戯  -永遠の闇の国の物語-

「うーん…ここから飛び降りるってワケには…」

「いきませんよ!」

『行くわけがねぇ!何考えてんだ!?』

「わー!」

 ビルで例えるならば丁度3階程度の高さに設置された窓から顔を覗かせていた光太郎は、不意に背後からニョッキリと伸びてきた2対の腕に絡め取られるようにして後方にスッ転んでしまった。

「いたたた…冗談だってば」

 腰を擦る光太郎は胡乱な目付きで腕を組んで見下ろしていた蜥蜴の親分バッシュと、心配そうにハラハラと口許に華奢な指先を当てて眉を顰めているケルトを見上げてバツが悪そうにエヘヘと笑っている。

『お前の冗談はハッキリ言って冗談に聞こえないから胆が冷える…って、確かシュー様に言われなかったか?』

「う!」

「さっきも木に飛び移ろうとしてたじゃないですか!落ちたらどうするんです!?仮に無事に飛び降りられたとしても、これから日が暮れて外は危ないんですよッ!!」

「うう!!」

 光太郎は300ポイントは下らないクリティカルヒットを一身に受けて、そのままガックリと石造りの床に両手をついて項垂れてしまった。その表情は今にも泣き出しそうだったが、心底からガックリしているのは、実はバッシュたちの方だと言うことに光太郎は未だに気付いていない。

「ちぇー、こんな砦なのにさ。中庭があるのにここが3階だなんて誰が信じるんだよ?冗談か何かかと思って、ちょびっと外を覗いただけじゃないか」

 唇を尖らせて逆に逆ギレで悪態を吐く光太郎を、だが、漸く本調子に戻ってくれたとバッシュはやれやれと溜め息を吐いた。
 光太郎はこうでなくてはお話にならない。
 何事も前向きに、何があってもどうにかなるさの根性で…そんな風に、周囲を気にして頑張って生きている光太郎を、魔物たちは大好きなのだから。

「ちょびっとって…さっきから窓ばかり見て、ボクたちの隙を狙っては飛び降りよう飛び降りようってしてるじゃないですか!もし落ちてしまったらと思ったら…うえーん」

 ハラハラしている未だ幼いケルトは、今にも泣き出しそうに大きな瞳に涙をいっぱいに溜めていたが、それでも小さな身体ではその衝撃の数々を受け止めるには、魔物たちほどの図太さはまだ培われてはいないようだ。
 小さな身体を丸めるようにして泣き出してしまったケルトに、ギョッとした光太郎は慌てて起き上がると床に座り込むようにしてそのあどけない顔を覗きこんだ。

「うわー、ごめん!ケルト、だから泣かないで。えーっと、えーっと…俺、好きな人がいるんだけど」

 その突然の告白に、思わずケルトが不思議そうな顔をして涙で濡れた拳の隙間からちょこんっと光太郎を見下ろした。
 その背後でバッシュが、『また始まるかもしれない…』と、僅かな期待を胸に、だが必ず起こるのだろう光太郎ワールドの顛末を見届けようと腕を組んで見守っている。

「その人がね、男は3回しか泣いたらダメだって言うんだ。そんなのホントは無理なのに…おかしいだろ?でも、そう言われてしまうと、頑張らなきゃって気持ちがこうウワーッと動くんだよね。だって、人間は魔物じゃないから、ホッとしても嬉しくても、思わず泣いてしまうから頑張らないとって…でも俺、そんなのおかしいって思うんだよね。やっぱ、城に戻ったら一度そのことについてキッチリと話し合わないといけないよね。うん、やっぱりダメだ。話し合おう」

 自分で言って、結局その台詞はケルトに言ったワケではやっぱりなかったのかと、バッシュが呆れて溜め息を吐いてしまうほど、光太郎は納得したように頷いている。その姿が面白かったのか、泣いていたはずのケルトがクスクスと笑っている。

「やっぱりおかしいよね?安心しても嬉しくても、泣いたらダメなんて。だって、人間には言葉に出来ないほどの感情ってあるんだよ。言葉が詰まって出てこなくて、苦しくて苦しくて…だから、その苦しさを和らげるために涙って零れるのに…もうね、きっと生理現象なんだよ。おしっこと一緒なのにさ、やっぱシューっておかしいよね」

 プリプリと腹を立て出した光太郎に、漸く俯いていたはずのケルトの顔は上がっていて、クスクスからケタケタと泣き声の代わりに笑い声が上がっている。その様子にやっとホッとしたように光太郎が微笑むのを『お前の方がよほどおかしい』と蒼褪めて思っていた魔物のバッシュは見逃さなかった。
 不器用な光太郎なりの冗談だったのか…いや、本気なのだろうが、ケルトが笑ったことに安心したんだろう。光太郎とはそう言う人間なのだ。
 一頻り笑っていたケルトは落ち着いたのか、にこっと花が綻ぶように笑って覗き込んでくる光太郎を見下ろした。

「ボクも、光太郎さんのお好きな方が仰るように、泣かないように頑張ります」

「うん!ここにいる間は一緒に頑張ろう」

「はい!」

 元気よく頷く人間の少年たちを、バッシュは蜥蜴面からでは到底想像もできないが、困惑したように顔を顰めて額にうっすらと汗を浮かべている。シューが光太郎に対してだけは、異常にハラハラしていた気持ちが、何となく今は判るような気がする。

「あの…シューって。もしかして光太郎さんの好きな人と言うのは、魔将軍のシューではないですよね?」

 笑っていたケルトの表情が不意に一瞬曇って、その空色の水晶玉のような大きな瞳に翳りが浮かんだ。小さいながらも元気なケルトのその表情を見ていた光太郎は、僅かに眉を寄せるのだ。
 この世界の住人がどれほど魔物を憎んでいるのか、光太郎はここに来て思い知っていた。恐らく、人間たちの住んでいるラスタランの国に行けば、ここ以上に嫌と言うほど思い知ることになるのだろう。
 でも、と光太郎は思う。

(俺からしてみたら、ここに来た方が地獄みたいな日々だった…でも、どっちが悪いのかなんて、何が悪いのかなんて俺には判らない)

 しょんぼりと眉を寄せた光太郎は、それでも自らの気持ちを偽ることはどうしてもできなくて、眉を顰めて凝視してくるケルトの強い双眸を受け止めながら微笑んだ。

「うん、そうだよ。俺は魔将軍のシューが好きなんだ」

 相手にはされていないけどねと困ったように笑ったら、ケルトは困惑したような表情を少しだけ緩めて、それから溜め息を吐いた。
 その表情も仕種も、まるで年相応の少年からは見受けられないほど大人びていて、光太郎にはそれがとても哀しかった。

(こんな砦に閉じ込められていれば仕方ないのかな…この砦、ホントむかつくよなー)

「なんとかできたらいいのに」

「え?」

「あ、いやなんでもないんだ」

 小首を傾げるケルトに慌てたように首を左右に振って取り繕うようにアハハハと笑う光太郎を、腕を組んだままで黙して見守るバッシュは内心で『また何か企んでるな』と思って溜め息を吐いていた。

「…ボクの国は魔将軍シューの手によって滅ぶところまで追い詰められていました」

 ポツリとケルトが呟いて、光太郎はソッと眉を顰めた。
 先の戦を思えば激しい激戦が繰り広げられたのだろう、シューは確かに光太郎には優しいが、魔軍を勝利に導く将軍である。大方、予想されるように容赦などはしなかったのではないか。

『…そーか、お前の国はデルアドールだな。シュー様が追い詰めた国と言えばそこしかない。ん?でも、デルアドールとラスタランは敵対していなかったか?』

「ご存知でしたか」

 ケルトはバッシュの言葉に首肯しながら小さく笑った。
 その表情はとても哀しかったが、光太郎は何も言えずに唇を噛み締めるしかなかった。
 戦争は常に何かを遺して往く。
 それはけして拭えない深い傷痕を残して…どうすることもできない、やり場のない怒りに、それでも言葉すら出ない自分のちっぽけな存在にいっそ泣きたくなっていた。

「今一歩のところで、どう言ったわけかラスタラン国が救いの手を差し伸べてくれたんだそうです。大人たちがそう言っていました。だからボクは…この国には逆らえない」

 俯いた顔に表情はなく、零れ落ちる蜂蜜色の髪が少し疲れた色を宿す頬に影を落として、幼すぎるケルトをさらに小さく見せていた。

『故郷に恩義を感じて?ガキのくせにたいした根性だな』

「ボクだって!…ホントはこんなのは嫌です。でも何もできないから…これぐらいしかできないから」

 キュッと唇を噛み締めたケルトは、この時は珍しく怯えることもなく蜥蜴の親玉のようなバッシュを軽く睨んで見上げると、その大きな空色の水晶玉のような瞳から今にも涙が零れそうだった。
 何もできなくて…その気持ちはいつも光太郎が感じているものだった。
 そうか、ケルトも同じ思いを噛み締めていたのか。

『ガキは何もしなくていいんだよ。大人しく家にいて、大人が帰ってきたら笑って抱きついてやりゃハッピーじゃねーか』

「え?」

 キョトンとしたような顔で腕を組んだまま首を傾げているバッシュを、悔しそうに俯いていたケルトは弾かれたように見上げると、呆然としたように見詰めている。
 何を言われたのか、理解できないと言いたそうな表情は、子供らしさを取り戻して戸惑う子犬のようだった。

『シュー様が、まだソーズが小さかった頃によく仰ってたからな。お前が待っててくれたらハッピーだってね。俺なんかは家族とかいないからよく判らねぇけどよ』

「あのシューが??」

 驚いたようにバッシュを見上げる光太郎に、蜥蜴の親玉のような魔物はニヤッと唇の端を捲り上げるようにして笑った。

『驚いただろ?』

「うんうん、驚いたよ」

 吃驚したように目を丸くする光太郎に気をよくしたバッシュは、腕を組み直すと上機嫌で肩を竦めて見せた。

『シュー様はソーズを大事になさっておいでだったからな』

「そうなんだ」

 その一言に、なぜか、光太郎は打ちのめされたような気がした。
 心のどこかでは判っているのだがそれでも、仄暗い嫉妬が胸の奥で燻ってしまう。
 恐らくあの空中庭園で、大事に抱えられていたあの亡骸が、シューが大事に想っていたソーズなんだろう。光太郎は口に出せない思いが咽喉許までせり上がってくるのを必死に耐えながら、そんな自分の浅ましい想いなど消えてなくなってしまえばいいのにと思っていた。
 ソーズはどんな魔物だったのだろう…自分のように、こんな風に穢れてはいなかったんだろう。
 考えれば考えるほど暗い方向に突っ走りそうで、必死で明るいことを考えようとしても失敗ばかりしている。そんな光太郎の傍らで、腕を組んだままでバッシュが呟いた。

『シュー様にとっては、血は繋がらなくても大事な家族だったからな。家族ってのはそんなモンなんだろ?』

「あの魔将軍が…」

 傍らで呆然と聞いていたケルトは俄かには信じられないとでも言うように見開いていた双眸をゆっくりと床に落として、何か言いたくて、だが言葉にできなくて首を左右に振るのだ。

『でもな、俺もシュー様には賛成なんだぜ。戦から戻って来ると待機組とかいるワケだが、やっぱこう待っててくれるヤツがいるってのは幸せだからな』

 ニヤニヤと蜥蜴顔で笑うバッシュに、光太郎は珍しく彼が饒舌になっているなと思ったが、どうやらこの魔物は【誰かが待っている】と言うことに対して深い執着があるようだ。

(そう言えば、戦の前にもバッシュは俺にそんなことを言ってたっけ)

 それは恐らく、彼が言うようにバッシュには待っててくれる家族がいないのだろう。
 シューとソーズの関係をどうやら間近で見ていたに違いないバッシュは、いつしか彼もその関係に憧れるようになっていったのだろう。
 だが、家族なんてものはすぐに手に入るようにみえて、実はその繋がりは深くて貴重で、けして容易く手に入れることのできるものではないのだ。それを思い知ったバッシュは、だからこそ、哀しくなるほどの孤独を抱き締めながら憧れて憧れて…未だに執着している。
 だから光太郎に忠告したのだろう。
 せめてお前は、シュー様のために城で待っててやれと。
 大切な者を亡くしてしまった魔獣であるシューの心は、まるで散々ハリケーンに見舞われた大地のように荒れ果ててしまっているに違いないのだから、せめてお前は…

(なのに、俺ってばのこのこ着いて来てこの様だもんなぁ…よく、バッシュに呆れられなかったと思う。感謝しなくちゃ、うん)

 今さら後悔してもどうしようもないのだが、後悔と言うよりは寧ろバッシュに対して申し訳なく思いながら決意した。その光太郎の傍らで、ケルトがしょんぼりと眉を八の字に寄せて唇を突き出している。

「ボクは、家族に男娼でもなんでもしてお国の為に頑張れって言われました。そんな風に、ボクも、誰かを待っていたかった…それだったら、もしかしたら、幸せだったかもしれないのに」

「ケルト…」

 どんな経緯でこの砦に来ることになったのか…恐らく、ケルトのいた国と沈黙の主の住まうラスタラン国は敵対していたと言うから、戦争のドサクサで幼いケルトはラスタラン兵の手に掛かってしまったのだろう。
 あの戦場で、光太郎がそうであったように。

「バッカみたーい。なに、面白くもない話をしてるのさ。脱走の相談だったらまだ面白かったのになぁ」

 何か言おうとして躊躇っているその背後から、TPOというものをまるで無視した暢気な声が呆れたようにそんなことを言ったから、バッシュは思わず身構えて、光太郎はむっとしたように眉を寄せて背後を振り返った。
 その声には聞き覚えがある。
 ムーッとして振り返った先、光太郎はその姿を見て唖然としてしまった。
 まるでどこの国の姫君が迷い込んできたのかと目を疑いたくなるほど、この寂れた砦にあっても輝きを失わない美しい少年が、吃驚している光太郎を見下ろして胡乱な目付きで溜め息を吐いている。
 ひらひらとした軽い印象の服の裾を揺らしながら、細身の身体をしっとりと覆う薄絹に包まれた少年は、幾つもの腕輪を嵌めた華奢な腕を組んで廊下で座り込んでいる光太郎とケルト、そしてその傍らで威嚇する魔物を順に見遣っている。
 さすがにバッシュには微かに怯んでいるようにも見えるが、相変わらず堂々とした態度でツンと取り澄ましている。

「…アリスか、吃驚した」

「えー?どーして吃驚するワケぇ?まさか僕を忘れちゃったとか??ひどぉーい」

 さほど傷付いてもいないくせにわざとらしく眉を顰めて大袈裟に言った後、アリスはクスクス笑いながら光太郎の陰に隠れようと身体を縮めているケルトを鼻先で笑った。

「早速、新人に取り入っちゃってるの?光太郎は挿れると可愛いけど、その他は普通だしぃ?取り入ってもどーしようもないんじゃない?あ、それとも挿れてみたいとか?」

「はぁ?何、言ってんだよ。お前こそ、そんなひらひらした服着てどこ行くんだ?まさか、それが普段着とか言うなよ?気色わる」

「なにそれ、酷ッ」

 さほど堪えてもいない光太郎に見事な柳眉は険を含んだように寄せられているが、案の定、さほど気にした風もなく音もなく歩いて来たアリスは光太郎の服を掴んで怯えたように俯いているケルトの前で腰を下ろすと、その顎を繊細そうな指先でクイッと上向かせながらクスクスと悪魔の微笑を浮かべた。

「どうしちゃったの?そんな顔してぇ…僕に挿れた時はもっと嬉しそうにしてたじゃない。あ、でもその後だったっけ?セス様の太いのでお尻が裂けちゃったのって…それでも何度も何度も突っ込まれて血塗れで…」

『うるせー人間だな。なんだお前は、淫乱予備軍か?』

「淫乱予備軍~?なにそれ。僕はホントのことしか言わないもん♪」

 クスッと鼻先で笑って蒼褪めたケルトから指先を外したアリスは立ち上がると、まるで花に惑う蝶のようにふらふらとバッシュの前まで歩いて行った。上から下まで興味深そうにジロジロと観察していたアリスは、濡れたように艶めく唇をペロリと舐めてふふふっと笑った。

「ケルトは挿れられるたびに切れちゃって、後宮総取締役としては後始末が大変なんだよねぇ」

『ふん、どんな大役かと思えば雑用係かよ』

 バッシュはアリスのとっておきの流し目も意に介した風もなく、呆れたような馬鹿にしたような蜥蜴面で肩を竦めている。

「そうだよ♪嫌になっちゃうぐらい雑用係。ケルトの後始末は大変だけどぉ…今はセス様、僕に夢中だしぃ?もう心配は要らないけどねー」

『そんなの俺の知ったことか…って、気持ち悪ぃヤツだな』

「なにそれ、酷ッ」

 光太郎に言ったのと全く同じことを言いながらも、アリスは興味津々と言った様子でバッシュをジロジロと大きな双眸で不躾に観察しているのだ。見られることに慣れていない蜥蜴の魔物は、いちいち癪に障るのか、苛々したように小柄なアリスを見下ろしている。
 だが、彼の首を締め付ける一見ただの革のベルトのようなチョーカーが、彼の実力を縛り付けて戒めているせいで、思うように力が出せないでいるのだ。こんな小煩い蝿は片手で払い飛ばしたい気分なのだが…

「決めた!魔物なんて初めてだし面白そー♪だから、今から挿れていーよ♪」

 ガバッと抱き付いたアリスに光太郎はギョッとして、ケルトは瞠目してあまりの驚きに掴んでいた服を放してしまった。抱き付かれた当の蜥蜴の親分としては、それでなくても完璧なポーカーフェイスでは何を考えているのか読み取ることは不可能だったが、少なくとも後世の為に首の骨ぐらいは圧し折ってやっていた方がアリスの為にもいいのかもしれないと思っているに違いないが定かではない。

「アリスってヘンなヤツだよなー」

 ヤレヤレと光太郎が溜め息を吐くと、抱きつかれたままでバッシュがそんな光太郎を振り返りながら頷いた。

『光太郎、俺は間違っていたよ。コイツは淫乱予備軍じゃない。バカだ、ただのバカ』

「なに、それ。ひどぉーい。せっかくこの僕が挿れてもいいよって言ってあげてるのに!」

『バカじゃない、大バカだ』

「あははは、もうバッシュ真面目な顔して冗談言わないでよ」

 とうとう光太郎が噴出してしまうと、途端にアリスはムッとしたように唇を尖らせてしまった。
 ハラハラしたように事の顛末を見守るしかないケルトとしては、どうして良いのか判らないと言いたげに眉が寄っている。

『極めて真面目だぞ、俺は』

 表情に然して変化を見せないから余計に笑えてしまう光太郎がうぷぷっと笑っていると、アリスは「失礼しちゃうなぁ」と唇を尖らせたままでプリプリと腹を立てながらもクスッと口許に笑みを浮かべた。その様子は、この砦に来て初めてケルトが目にしたアリスの態度だった。
 いつもは常に癇癪玉を持ち合わせているかのようにピリピリしていて、気付けばいつもケルトは先ほどのように虐められているし、他の子たちもその毒舌の毒牙に掛かって麻痺しているような状態だったのに、こと光太郎に関わってしまった後のアリスは牙の抜けた猫のようになってしまった。ご自慢の毒舌も光太郎やバッシュの前では色褪せてしまい、ともすれば年相応のただの少年に見えるから不思議だ。

(…光太郎さんとバッシュさんて本当に不思議な人たちだ)

 ケルトがそう思っても仕方がないほど、あのアリスが、唇を尖らせながらもクスクスと笑っているのだから。そんな笑顔を、ケルトはここに来て一度も見たことがなかった。
 どこか虚ろな表情をしているかと思ったら、小馬鹿にしたようにか、呆れたようにしか笑った顔は見たことがない。

「あーあ、魔物と犯るのも楽しいと思ったのになぁ!そーだ、僕。セス様に言われてここに来たんだっけ」

 疲れたように溜め息を吐いた後、退屈そうにアリスは嫌なことでも思い出したと言いたそうに眉を寄せると首を左右に振った。

「どこ捜してもいないんだもん。徘徊しすぎー」

「あいてッ」

 鼻先をピンッと弾かれて痛そうに眉を寄せる光太郎をクスクスと笑ってから、鼻面を押さえる少年の顔を覗きこむと軽い上目遣いでおどけたように唇を尖らせた。

「セス様が光太郎に部屋に来いってさ。沈黙の主様が夜明け前に到着なさるからー、その前に抱きたいんだって。あの人、好きものだしぃ」

「うはー、断ることは…無理か」

「そゆこと。地下牢の魔物を思うならね」

 驚くことに、アリスはどうやら何かを盾にして相手の自由を奪うと言うことを、どうやら毛嫌っているようだ。光太郎に釘を刺すように言ってはいるものの、その深い深緑色の瞳は不機嫌そうに翳っている。

「アリスってセスの取り扱いに慣れてるんだろ?」

「なに、そのどーでも良さそうな言い方」

「一緒についてきて♪」

「いやーん、何言っちゃってんの?」

 うんざりしたように項垂れてしまう光太郎を心配そうに気遣うバッシュとケルトを見比べながら、そのくせ、当の本人はいたって仕方なさそうに冗談を言うような始末だ。

「僕の見解はそこの魔物と一緒。ちょっと間違っちゃってたみたい」

「何が?」

 あーあ、またエッチなことしないといけないのかーと、バッシュやケルトを気遣いながらも、ちょっとうんざりしたように溜め息を吐いていた光太郎が首を傾げると、アリスは片手を腰に当てて片手で光太郎を指差しながらビシリと言ったのだ。

「君ってさ、きっと大物になると思うよ。うん、間違いない」

「はぁ??」

 光太郎は指差されたままで間抜けな声を出していた。

Ψ

 居心地は、正直言ってよくはない。
 寧ろ、悪い。
 アリスにせがまれても首を縦に振らなくて良かったと、光太郎は心底思いながら溜め息を吐いて自分が座っている場所を見下ろした。
 そこはこの砦を支配している男が塒にしている部屋で、連日の激戦だったらしいと言うのに、調度品は整っている。今、自分が腰掛けているベッドですら、スプリングが効いていて横になればぐっすり眠れるだろう。
 連日連夜苛まれた身体が受けたダメージは思った以上に酷かったのか、それとも風呂場で致してしまったのがいけなかったのか…いずれにしろ、主のいない部屋のベッドの上に腰掛けていると強烈な睡魔が襲ってくる。
 アリスは、セスはこんな風にひらひらした服が好きだから絶対に着るべきだと断固として言い張っていたが、別に気に入られたいワケじゃないから絶対に嫌だと言って断わったら、彼は少しだけ眉を寄せて不安そうな表情をしていた。

《じゃあ、せめて気に障るようなことをしたり、言ったりしたら駄目だからね》

 と、忠告してくれたがそんな心配必要ないのになと思っていたが、妙にそれに頷いているバッシュを見ていたらムカッとしてしまったのはなぜだろう?

「それじゃまるで、俺が誰にでも食って掛かってるみたいじゃないかー」

 待っていてもこの部屋の主が戻ってくる気配もなく、そろそろ痺れを切らしてしまった光太郎は思い切り伸びをすると、そのままふかふかのベッドにダイブしてしまった。
 自分の性格をいまいち把握できていない向こう見ずの光太郎は、軽い欠伸をしてから、久し振りに柔らかな寝具に横たわって思わずうとうとしていた。
 それがいけなかったのかもしれない。
 そうしてうとうとしていた光太郎は、気付けばいつの間にか熟睡してしまっていた。
 よほど疲れていたのか、すぐに寝息を立て始めた光太郎の今の状態では、たとえ身体中を触られても槍が飛んできても、全く気付かないだろう。
 光太郎が寝入ってしまって暫くすると、ふと、この部屋の木製のドアが少し軋んで押し開けられた。
 入ってきたのはもちろんこの部屋の主…ではなく、奇妙な衣装を片手に持って、腰に片手を当てたアリスだった。

「んもー、やっぱり寝ちゃってる。こう言うところ、ちょっと無防備だよね」

 呆れたような不機嫌そうな顔をして可愛い唇を尖らせた、天使のようにあどけない麗しさを持っているアリスは首を左右に振りながらベッドで熟睡を決め込んでいる光太郎の傍らまで歩いて行くと、途端に悪魔の微笑でニヤリと笑うのだ。

「この僕の申し出を断わるなんていい度胸だよね?うふふ、でも大丈夫だよ。僕がちゃぁーんとセス様が気に入るようにしてあ・げ・る♪」

 何も知らずに寝入ってしまっている光太郎を見下ろして、嫣然と悪魔の微笑でクスクス笑うアリスは、それから徐に眠れる子羊の服を剥ぎ取りに掛かったのだ。

Ψ

 セスは途中で捕まった策士の一人に的確な指示を与えた後、差し迫る刻限を気にしながら足早に自室に戻っていた。
 待たせているはずの下級兵士たちの慰み者は、どこにでもいる平凡そうな子供だった。
 この砦には常に男娼として子供が送り込まれてくるが、そのどれもがハッと目を引く華やかさを持っていたから、殊更あの魔物を慕う奇妙な人間の少年は平凡以外の何者でもないように思えて仕方がなかった。
 それでも…と、セスはニヤリと笑う。
 魔物どもが絹にでも包んでるんじゃないかと聞きたくなるほど大事にしている、あの、魔軍にあってしても強烈な印象を叩きつける有翼の蜥蜴面をした大隊長すらも、まるで赤子のようにあの少年の前では鳴りを潜めている。それどころか、大事な人だと言って憚らない。
 ましてや彼は、魔軍の副将シンナの愛馬ティターニアに乗っていた。

(黒髪は確かに不気味だが…あの目付きはいい。もう少し年を取れば、充分兵士としても遣えるだろう…が)

 セスは光太郎の持つ意志の強さを認めながら、戦場の血生臭い風に刻まれた皺を歪めると、うっそりと笑うのだ。

(何よりも腰に来る。奇妙なヤツだ、まるで穢れを知らないとでも言うような真っ直ぐな眼差しを持ちながら、どこか諦めたような退廃的な艶を持っている)

 それはともすれば、見る者を惹き付けて止まないかも知れないし、或いは憎しみすら抱かせてしまうかもしれない。そのアンバランスさが、彼を風にすら立ち向かえるほど強い心を持つ少年時代に留めているのかも知れないが…

(俺の場合は…後者だな。メチャクチャにしてやるのも面白い。わざわざお出で戴く主には申し訳ないが、散々遊んだ後に必要とあればあの方に引き渡しても俺に損はねぇしなぁ)

 セスはククク…と咽喉の奥で笑い、漸く辿り着いた自室の扉を勢いよく押し開いた。
 セスに抱かれる少年の殆どは男との経験…というよりも寧ろ、性行為そのものに免疫のない者たちばかりだった。だからこそ、誰もが皆、蒼褪めた相貌をして訪れるこの砦の主を、魔物でも見るような目付きで迎え入れる。
 その目付きが堪らなく好くて、ゾクゾクと身体の芯を疼かせてくれるから、セスはその瞬間が堪らなく好きだった。
 あの強い双眸を持つ少年ですら、それは恐らく例外ではないだろう。
 どの様に怯えた目付きで自分を見るのか、それを考えると今から股間部に熱が集中するのを感じていた。
 が。

「…なんてヤツだ」

 セスは見渡しても見付からない光太郎の姿を求めて寝室に行き当たり、広いベッドでぐっすりと熟睡している少年を見下ろして呆気に取られたようにポカンと口を開けてしまった。それから次いで、バツが悪そうに苛々して前髪を掻き上げたのだ。
 怯えるわけでもなく、かと言ってその雰囲気とは裏腹に諦めていると言うわけでもない暢気な態度で、光太郎は安らかにスヤスヤと眠っているのだから堪らない。
 そしてその格好。

「いや、確かに俺は好きだがな」

 そう言って、腰に両手を当てて見下ろすセスの眼前で、柔らかなメイドの衣装に身を包んだ光太郎が安らかな顔をして寝返りを打った。
 男しかいないこの砦になぜメイドの衣装があるのか…それは、男娼として働くことになったアリスが冗談半分で郷里から持参してきたものだった。彼の屋敷で働いていたメイドの衣装で、何かの役に立つかもしれないと思ったアリスの思惑通りになったのかならないのか、何れにせよ、セスの眦は下がっている。どうやら成功しているようだ。

「おら、起きろ。小僧、寝込みを襲われてーのか?」

「へ…ん?…あれ、ここは…あ!」

 小突く勢いで叩き起こされた光太郎は、寝惚け眼を擦りながら、自分がどこにいるのか認識できずに暫くぼんやりと視線を彷徨わせていたが、ふとセスの顔を見た瞬間、漸く彼の瞳に理性の光が戻ってきた。慌てたようにガバッと起き上がって、それから奇妙な感触に我が身を見下ろして更にギョッとした。

「な、なんだこれ!?」

「メイドの格好だろ?なんだ、俺を悦ばせようとでも思ってたのか。殊勝な心構えじゃねーか、ん?」

「そんなんじゃないよ!…どうしてこんな格好してるんだろ??」

 ベッドの上に起き上がった光太郎は、ご丁寧に長い漆黒のウィッグまで付けられて、勝気そうなメイドさんそのものではないか。
 さらっと絹糸のような黒髪は、その勝気そうな良く晴れた夜空のような双眸に似合っていて、確かにセスでなくても思わず萌えってしまうのは致し方ない。
 困惑した顔をして眉を寄せていた光太郎は、どうやら心当たりがあるのか、溜め息を吐きながら自分を見下ろしているセスを見上げた。
 心外ではあるが、今はこのままでいるしかないだろう。
 ここで「こんな服着てられるかー!」と言って脱ぎ捨ててしまえば、それこそセスを喜ばせるに違いない。

「こんな野暮な砦には珍しく可愛いメイドじゃねーか。ご主人様にご奉仕するんだろ?」

「…はい、ご主人さま」

 それは些細な切欠に過ぎなかったが、セスが嗾けた遊びに、光太郎はうんざりしながら乗ることにしたようだ。そもそも、またしてもエッチなことをしないといけない、とは判っていても、その切欠がいつも作れないでいるのだ。そのせいで、毎回痛い思いをしなければいけなくなるのなら、どんなに恥ずかしくても相手の思惑に乗るように見せかけながら流れを掴まなければいけないと思った。
 その浅はかな思惑すらも、百戦錬磨のセスに見抜かれていることなど知る由もなく。

「じゃあ、まずはその可愛いお口でおしゃぶりでもしてもらうかな」

「…ッ!…は、はい」

 光太郎は主をセスとしながらも、ベッドの上にちょこんと座ったままで身動ぎすらもできないでいる。散々教え込まれた身体は欲望には反応するが、屈辱的な言葉には羞恥と怒りで反応するようにできているらしい。
 反抗的な双眸で睨み上げられて、セスは図らずも背筋がゾクゾクするのを感じていた。
 今からこの、勝気な双眸を持つ恐れ気のない少年を屈服させるのだ。
 今までに見てきた少年たちよりも遥かに、どうやらセスを喜ばせてくれそうだ。

「どうした?返事ばかりで行動が伴っていないぜ。魔物どもに媚びる人間はやっぱり魔物に似て嘘吐きなのか?」

「そんなこと!…あるわけないです。すぐに、ご主人さまッ」

 半ばヤケクソのように膝立ちでにじり寄った光太郎は、目線の高さにセスの股間を捕らえて一瞬だけ逡巡したが、それでも唇を噛み締めると躊躇いながら下穿きをゆっくりとずらしたていた。
 既に硬くそそり立っているその長大な血管を浮かべる赤黒い陰茎の勢いにギョッとしたように目を見開いたが、それでもそっと手を這わせると、舌を出して舐めようとして、また躊躇うように瞼を閉じて溜め息を吐いた。
 そのあまりにも嫌そうな態度を見下ろしながら、セスはもう頂点まで昇り詰めてしまってるんではないかと思いたくなるほど背筋に競り上がってくるゾクゾク感を思う様味わっている。

(クックック…言葉ではなんと言っても、嫌なんだろうなぁ。その顔が、どれほど扇情的か思いもしないんだろうよ)

「どーした、やめたいのか?」

 クイッと、嫌そうに瞼を閉じて溜め息を吐く光太郎の顔を上向かせたセスが殊更嫌味っぽく言ってやると、メイドの姿になっている少年とも少女ともつかぬ存在はムキッと腹を立てたように薄っすらと朱色に染めた眦を釣り上げて睨み返した。

「んなわけねーだろ!…じゃなかった、そんなワケないです。ご主人さま、喜んで」

 あからさまに嫌そうなのにどこが喜んでるんだと、内心でニタニタ変態オヤジ丸出しで嗤っているセスは、それはそれはと薄ら笑いを浮かべて黒髪のウィッグを撫でてやった。
 はぁぁぁ…っと、思い切り溜め息を吐いた光太郎は観念したのか、目の前で勃ち上がっている凶悪な陰茎の濡れそぼる先端をちろりと舐めた。
 しょっぱい味が口腔内に広がって一瞬眉を顰めたが、それでも瞼を閉じて意を決したように先端をぱくんと咥えると、チュバチュバと音を立てながら吸ったり、その血管の浮く幹を舐め上げたりと、たどたどしく拙い舌戯に励んでいる。その間もまだ幼い手淫は快楽の在り処を知ることもなく、必死と形容する以外にないような荒っぽさで扱いていたが、その意に反することもなく光太郎の口許を濡らしていた透明な液体が溢れ出て指先をしとどに濡らしていった。
 透明な液体は舌を出して舐め上げる先端から溢れ出て、口許を濡らしていたそれは顎に伝うと、ボタボタとベッドのシーツに零れ落ちている。
 無心に舌を這わせるその長い黒髪が揺れ、その可憐な仕種にうっとりと目を細めるセスが不意に撫でていたウィッグを乱暴に引っ掴むと股間から顔を上げさせた。

「…ッ!」

 どんな仕組みで装着させられているのか、セスの力でも外れなかったウィッグはそのまま髪を引っ張るのと同じ痛みを与えたのか、伸ばした舌先に唾液が銀の糸を引くように陰茎から剥がされた光太郎は、それでも痛みを堪えるように片目を閉じてこの砦の、そして自らの支配者を見上げた。

「おしゃぶりは下手なようだな?何を教わってきたんだ」

「う、うう…ごめんなさい、ご主人さま」

「スカートを捲り上げて、ご主人様によく見えるように膝立ちになれ」

「…ッ」

 唾液と先走りに濡れそぼった口許を悔しそうに歪めながらも、光太郎はおずおずと紺色のオーソドックスなメイド服のスカートを掴んだ。目尻に浮かぶのは悔しさからか、それともただの生理的な涙なのか…

「ハッ!よくできたメイドじゃねーか。いい眺めだ」

「…」

 思ったとおり、光太郎の下肢に下着はなかった。
 恐らく、あの性悪な小悪魔が寝込みを襲ってこんな服を着せたのだろう。あれほど断わったのに…唇を噛み締めて、頬を朱色に染めて羞恥に恥らう光太郎はご丁寧に下着まで奪っていった小悪魔の顔を思い出していた。
 覚えてろよ…と思ったわけではないはずだ。
 漸く薄っすらと生え揃った草叢から、先ほどの行為で興奮してしまった薄桃色の陰茎がふるっと震えて勃ち上がっている。
 確かにそれは、扇情的でセスの嗜虐心を大いに煽っていた。

「ご主人様のが欲しいのか。おしゃぶりだけで感じまくってるメイドさん?」

「う…は、はい。ご主人様が欲しいです」

「…いい返事だなぁ。こいつぁ、兵士どもが夢中になるはずだ」

 え?とでも言いたそうに、羞恥に目許を染めた光太郎が泣き出しそうな表情で見返すと、その顔にまたゾクゾクと煽られたセスはククク…と咽喉の奥で嗤いながらギシッとベッドを軋ませて近付いた。ギクッとしたように後退りそうになって、それでも踏み止まった光太郎は伸ばされたセスの掌に頬を捉えられてギュッと瞼を閉じた。
 瞼を閉じる瞬間に目に入ってしまった、その凶悪なほど大きく張り詰めた凶器が、今から襲い掛かろうとしているのだと思うと泣きたくなった。
 こんなことしたいワケじゃないのに、ただ、シューの許に帰りたいだけなのに…どうして。
 何度も呟きそうになって飲み込んでいた言葉がまたしても脳内に木霊して、掴まれた頬を強引に引っ張られて思わず倒れそうになった光太郎はだが、すぐにぬるっとした感触が唇を這って躊躇いがちに口を開いていた。
 強要されて覚えた濃厚な口付けは、何度しても好きになるものではなかった。

「ん…は、ふ…んぅ…ッ」

 ピチャピチャと犬が水を飲むような音を響かせながら濃厚な口付けを交わして、小刻みに震える指で持ち上げているスカートから覗く華奢な太股の付け根で勃ち上がる陰茎に長大な赤黒い、血管を浮かび上がらせた凶悪な陰茎が摺り寄せられていた。その後方では、セスの節くれ立った剣を握る無骨な指先が、先走りを絡めてひっそりと息衝く蕾に潜り込んでいく。

「んん!…ふぁ…ッ、…ア…ん」

「…はっ、キスはうめーな。のめり込みそうだぜ、この俺がな」

 自らの手練に自信があるのか、唾液に濡れる光太郎の唇をベロッと舐めたセスはニヤリと嗤ってそんなことを呟いたが、光太郎の耳にその呟きは届いていたが意味を成してはいなかった。
 葡萄でも潰すような音を響かせて狭い肛道を探る指先に、翻弄されるように身悶える身体を引き寄せると、そのまま覆い被さるようにしてベッドへとダイブする。

「俺のはでかいからな、キレても逃げるなよ」

「あ…ひぃ…や、痛いのは…嫌だッ」

 身体を捩って逃げ出そうとする光太郎を容易く押さえ込んで、恐怖に蒼褪める光太郎の双眸を食い入るように睨み据えながらセスは、その時になって漸く本音を晒す女装の少年の足を大きく割り開いて肩へと担ぎ上げた。
 スカートから伸びたすらりとした足が恐怖に震えながら宙を蹴り、抵抗するように揺らめく腰に、そのキスの合間に弄虐されて綻んでいる花に長大な陰茎が押し当てられる。

「ひぅ!…やだよォ…怖…いやあッ…ああ!!」

 双眸を見開いて、生理的な涙が頬を伝っても気にすることも出来ない光太郎は、ぬぐぐぐ…ッと強引に花弁を散らすようにして狭い肛道に潜り込んでくるその圧倒的な圧迫感に、本能が恐怖を感じてシーツやらスカートやらを無意識に握り締めていた。

「クッ!…思ったよりも狭いな。もう少し進んだら…ちっ、切れちまえばいいんだがな」

「や!嫌だ…うぁ!…あ、あ…ひぃ」

 太いカリの部分が強引に押し開いても、誘うように収斂するくせに、思い出したように拒絶する内壁に阻まれて、なかなか思うように突き進むことができない。無理に花開かされた後孔の健気な抵抗は、だが、主の身体を傷付ける結果となっていた。

「ひ…ヒ、い…うぅ~…ッ」

 快楽よりも苦痛が押し寄せて、光太郎は我を忘れてハラハラと薄紅に染まる頬に涙を零していた。
 セスが念じたとおり、無理に突き進めば身体は悲鳴を上げて、程なくして後孔の抵抗が緩んだ…というよりも寧ろ、ピシッと儚い音を立てて切れてしまった部分から、溢れ出した鮮血の滑りを借りて動きがスムーズになったと言うべきか。
 それでも最後まで咥え込ませるまで随分と時間を要して、セスは半ば腹立たしそうに失神寸前の光太郎の頬を軽く叩いた。ハッと意識を取り戻すとズ…ッと腰を進めて、その痛みに顔を歪める様を堪能しながら根気よく挿入を続けていた。
 メイドの衣装が似合っているせいか、処女を犯しているような倒錯した気分に陥りながらもセスは、乱暴に腰を揺すって自らの長大な一物を捻じ込んでいった。

「…ふ~、全部入ったぜ。おいおい、まさか気を失ってるんじゃねーだろーな?」

 セスが本気で殴れば頬骨など砕けてしまうに違いないが、軽く叩いても真っ赤になる光太郎の頬などお構いなしに、乱暴に腰を突き上げながらも失神しかけているその頬を叩いたのだ。

「…ぅ…あ、アア…ぃ、痛…ぁ……ッ」

「クソ、面白くねーな。そーだ、お前。上に乗れや」

「…!!や、む、ムリ…ぅああ!」

 それでなくても切れて悲鳴を上げる狭い後孔を問答無用で犯されていると言うのに、こんな状態で初めての体位など無理に決まっている。だが、もちろん、光太郎など魔物ぐらいにしか思っていないセスが許してくれるはずもなく、容赦なく抱え上げられたままお互いが反転するような形でセスの身体を跨ぐことになった。

「ハハハッ!まるでそうしてると、ホントに女みたいだな。挿れられてるところこそケツだがよ」

「ひ!…や、いやだぁ…痛、いたい…指、指挿れんなよッ!…うぁ!!」

 巨大な陰茎でぴっちりと蓋をしたようにそれ以上は一分の隙もない蕾に、更に指を捻じ込んで抉じ開けようとしているセスの態度に恐怖を覚えた光太郎がその厚い胸元を拳で叩いたとしても、屁でもないと言った感じで熱心に指を蠢かしている。
 光太郎の意思に反して柔らかく蕩けた蕾はセスの先走りと鮮血に促されるようにして、無骨な兵士の指先さえも咥え込もうと貪欲にひくついていた。

「ん…んふ…ひぁ!…アア…」

「ククク…それでいい、さあ隠れてないで出て来い」

「…?」

 誰に言ってるのか判らずに眉を顰める光太郎をまるで無視して、セスは腰を蠢かしながら一頻り光太郎を鳴かせ、指先で押し広げるようにして淫蕩な娼婦のように淫らにひくつく花開いた後孔を弄虐している。

「コイツの胎内は…ッ、柔らかく吸い付いてくるぜ。ふん、もう試した後か?」

「ひぁ!…ぅんん…れに、誰に言って…?……やぁ!」

 グリッと柔らかな内壁を擦り上げられて、光太郎はあられもない嬌声を上げていた。漸く痛みの中に快楽を見出したのか、それまで緊張したように突っ張っていた腿から力が抜けたのか、がくんっと上体を倒してしまった光太郎が自らもセスの長大な陰茎に内壁を擦り付けようとでもするかのようにゆらゆらと腰を淫らに揺らめかせて喘いでいる。
 その光太郎の敏感な襞を、長大で凶悪な陰茎を捻じ込ませたままで、さらに広げるようにして指先で捲る仕種に身も世もなくメイド姿の少年は扇情的に咽び泣いた。
 その姿を、物陰からひっそりと見詰めながら誰かが、そっと唇を噛み締める。
 その気配を感じてセスが、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべていた…