第二部 1.嵐の夜  -永遠の闇の国の物語-

 北の砦を落としたシューは、それでも何か引っかかるものを感じていた。
 だが、その思考を阻むかのように光太郎の安否が気になって、その確信に至るまでにいきつかないでいる。

(なんだ、この違和感は…)

 大切に育ててきたソーズの仇を討ち、尚且つ、魔王のお心を悩ます北の砦の攻撃すらも食い止めたと言うのに…いったい何がシューの魔獣の心をこれほどまでに悩ませているのだろう。
 獅子面の将軍の不機嫌そうな顔色を窺いながら、北の砦の掃除を始めている魔物たちは、時折、あの元気な少年の笑顔を捜して手を止めている。魔物の誰もが、魔軍にコソリと忍び込んだ命知らずの少年の存在に気付いていたのだ。
 掃除に託けて将軍の部屋を覗けば、外に出して欲しいと口数多く強請る少年の姿を一目でも見ることができるのではないかと思う気持ちを抱きながら訪れた魔物たちも、その姿がないことにひっそりと眉を寄せて残念そうに戻っていく。連中の後ろ姿を見送っていたシューは、それでもどうすることもできない歯痒さに苛々しながら、大きなテーブルにある地図を見下ろして思案していた。
 目が行くのはなぜか第二の砦で、できれば生きていて欲しいと願いながら、それでも将軍としてまずはやらねばならないことがあると、泣き濡れたシンナの強い表情を思い浮かべると、思い直したように周辺に視線を這わせるのだった。
 彼とゼィの良き左腕は、今恐らく、この時でさえ鬱蒼と茂る森を駆け抜けているのだろう。
 そこまで考えてハッとすると、目頭を押さえてドッカリと椅子に腰掛けてしまった。
 何を考えても、何をしていても、思い出されるのはこんな風体のシューをも怖れない無敵の笑顔。
 ムゥッとした顔で唇を尖らせながら、それでも、申し訳なさそうに眉を寄せて小さく微笑んだ光太郎。

[この戦争が終わって城に帰ったら、もうシューは自由だ]

 その言葉が唐突に頭の中で木霊して、不意にシューはクワッと黄金色の双眸を見開いた。
 石造りの天井を睨みつけていたシューの双眸が、ふと、悔しそうに歪んでしまう。

『お前…また馬鹿なことを考えちまったんだろ?だから言っただろうが…お前の思い付きはいつだって迷惑以外の何ものでもねぇってな』

 突然の喪失感は、ソーズを失ったときに嫌と言うほど味わった。両の腕にズシリと乗った亡骸は、徐々に温もりをなくして冷たくなっていった。元気だった温かな頬の生気は失せて、青白い相貌が瘴気を孕んだ風に冷えていって涙すら凍りつかせてしまいそうだった。
 魂の重みを亡くした身体はまるで壊れた人形のように、意味もなく重くて、どうしてここに魂だけが空っぽなんだろうかとシューは驚くほど冷静に首を傾げたものだ。
 ああ、だが。
 あんな思いはもう二度としたくない。
 シューは唐突に目の前からいなくなった光太郎の、あの重みを思い出して片手で双眸を覆ってしまった。

(だが…)

 シューはふと思った。

(まだ、アイツは死んだってワケじゃねぇ…大丈夫だ、驚くほど運だけは良さそうなヤツだからな)

 双眸を開いて俯いたシューは、両手を開いてその掌をジッと見詰めた。
 大きくてごつくて、太い指を持つ強い掌は光太郎が嬉しそうに握ってきたし、横に張った肩には小猿のように上ってくる人間の重みを覚えている。
 そうだ、アイツは驚くほど運の良いヤツだ。
 シューは自分に言い聞かせるように呟いて、それからふと、広げた地図を見た。立ち上がって、もう一度両手で端を押さえながら、シューはこの周辺を描き出した地図を食い入るように見詰めていた。
 そして…唐突にハッとしたのだ。

『そうか、そうだったのか』

 不意に地図を見下ろしていたシューは、指先でどこかを辿ってまた別の場所を指差して、そこから辿るように指先を動かして…それから徐にグッと地図を握り締めた。

『コイツぁ…しまった!』

 顔を上げたシューは、慌てたように伝令を呼びつけた。
 猛然と鬣を逆立てた獅子面の将軍の、咆哮のような指示に怯えたように首を竦めていた有翼の魔物は、その内容に耳を傾けて驚愕したように目を見開くと慌てて北の砦を飛び出していった。

『野郎ども!引き揚げるぞ!!来た時の二倍の速さで引き揚げだッ!!!』

 咆哮のような雄叫びを聞いて、休んでいた魔兵も掃除に取り掛かっていた魔物も、砦の点検をしていた者も何もかもが、飛び上がるようにして慌てたように中庭に集まり始めた。
 シューの突然の指令に驚いたように各部隊の隊長が詰め掛けると、獅子面の魔将軍は素早くマントを肩の留め金に留めながら手早く指示を繰り返している。

『シュー将軍!これは何事ですか!?』

 各部隊の隊長の一人が怪訝そうに眉を寄せると、獅子面の魔将軍は睨み据えるようにして言い放ったのだ。

『国家の大事と言うヤツさ』

 冗談とも本気とも取れない口調のシューに、だが、部隊長は怯むことなく更に口を開いた。

『…国家の大事も重要ですが、未だシンナ副将はお戻りではありません』

 ピタリと、遽しく伝令を飛ばしたり帰城の準備をしていたシューの、その敏捷な動作が唐突に止まる。
 ふと、脇に控えていた配下の魔物が、その強靭な体躯から溢れ出した殺気のような怒りのオーラを感じてビクッと竦みあがった。だが、それでもやはり、部隊長が怯むことはない。

『…宜しいのですか?』

 部隊長の、城に残っている小憎らしい仲間によく似たその冷静な口調に、シューは口惜しそうに舌打ちしたが、今この状況で無駄に言い合っている時間はないのだ。フーッと溜め息を吐いて一瞬天井を見上げたシューは、だがすぐに首を左右に振ったのだ。

『構わん、ラウル。だが、お前はここに残るんだ』

 普段はぼんやりと牢屋番を勤めながらシンナと談笑しているラウルは、戦となれば部隊長としての辣腕を振るう魔兵の中でも優秀な戦士なのだ。
 彼は何か言いたそうに口を開きかけたが、シューの拒絶の意味を知っているからこそ、やはりラウルも悔しそうに唇を噛んで俯いてしまった。

『…は!』

 彼の反論を重々承知しているシューにしても、今すぐ第二の砦に攻め込みたい気持ちだった。だが、事は彼をスムーズに動かしてはくれないのだ。
 それが人間どもが実しやかに呟く『運命』と言うものであるのなら…

(俺は城に戻る。人間如きが1人どうなろうと…俺の知ったことじゃねぇ)

 心にもないことを、まるで自分自身に言い聞かせでもするかのように思い込んで、そして、シューは忌々しく舌打ちしたのだ。まるで人間から漂う腐敗臭のようなあの嫌な匂いが鼻先を掠めたような気がして、シューは乱暴に首を左右に振った。

『アイツに出逢っちまってから、まるでどうかしてる。俺はこんなヤツじゃなかったはずだ』

 独り言のように呟いて威嚇するように牙を剥いたシューは、漆黒の外套を荒々しく翻して居並ぶ部隊長たちを見渡した。
 不安の色などありはしない。
 人間どもと一戦交えて落とす命ならば、犬死だけはしないようにと覚悟を決めた戦士たちがそこには居る。
 だが、その誰もが、のこのこと潜り込んで来てしまった人間の安否を気にして、浮かない顔で魔将軍を凝視しているのだ。そのご判断で、間違いはないのかと…

『シンナは出来過ぎるほどできた戦士だ。アイツこそ将軍に相応しいんだがな。副将の方が気が楽だと言いやがる…アイツなら、きっと取り戻してくるだろうよ。嘗てそうだったようにな』

 誰に呟くともなく言うシューの言葉に、居並ぶ部隊長や魔兵たちはお互いで目線を交えると、耳を伏せるようにしてソッと俯いた。判っているのだが、人間も侮れない。
 それすらも判っているシューは、そうして沈みがちになる連中の気勢を殺がないように声高に咆哮したのだ。

『いい加減にしやがれ、お前ら!!事は急ぐと言ってるだろーがッ!!引き揚げるぞッッ』

 砦内に響き渡るシューの怒声に震え上がった魔兵たちは、取るものも取り敢えず帰城の準備に動き出したのだ。
 鼻息も荒くその様子を窺っていたシューに、部隊長の1人が慌てたように進言する。

『夜半過ぎの行動は、魔の森においては危険を伴います!』

 遽しく複数の部隊に残留を言い渡していたシューは、そんなまだ新米のような部隊長を見詰めて肩を竦めると、困ったような仕種をして頷いたのだ。

『だが、そうも言っている余裕がねーのさ』

 顔を見合わせた部隊長は、いつもは、冷静沈着からは程遠いにしても、飄々と事を成し遂げてしまうシューのその只ならぬ気配を感じて、いつもよりも一層機敏な行動で指示通りに動き始めた。
 その一連の動作をみていたシューは、それから強い表情をして一瞬だけ放り投げた地図を見下ろしたが、長靴の踵を打ちつけながら大広間を横切ってその場から立ち去ったのだった。

Ψ

 ふと、彼方で一瞬、天を貫くような哀しい悲鳴が響き渡り、稲光が切り裂くように雲を貫いて降り注ぐ。
 この大陸は太陽が顔を隠してからもう随分と長い時が経ち、その暗い翳りに慣れすぎたせいで、既に太陽の恵みの何たるかを忘れてしまったかのように呆気なく、諸刃の刃のような脆さで礎を築いている。
 魔王の指先が僅かに動くだけで、空は色を変え、声なく生者が地に平伏してその尊い命を散らしていた。
 世界は常に、魔王のたなごころの上で踊り、憐れな悲鳴を上げて可憐な歌声を奏でている。
 そんな風に、世界は全てが暗黒の大気を纏っていた。
 また、恐ろしくもそれが当然のことであって、人間たちでさえ既に、自らがどこから来て何を目的として生きているのかさえ見失っていたのだから、魔王が支配した歴史の深さはすぐに拭い去ることなど不可能だった。
 ふと、玉座で微睡んでいた魔王の、その紫紺の双眸が僅かに開いて、そして瞼がピクリと痙攣した。
 酷薄そうな薄い唇が笑みを象り、魔王は頬杖を付いたままで誰もいない玉座の間をチラリと見た。
 心が。
 そう、冷徹な魔王の、血も通わぬ凍り付いた心が温もりを感じ、彼は繊細そうな指先を億劫そうに持ち上げると、時を紡ぐことをしなくなって、もうどれほど経つのか彼自身でさえも覚えていない心の在り処に触れながら、魔王はうそ寒い微笑を浮かべていた。

『そうか、其方』

 呟きは吹雪のように冷たくて、もしここに衛兵が詰めていたとしたら、彼らは一瞬にして凍り付いてもう二度とその両眼で世界を見詰めることはできなかっただろう。
 トクン…ッと、それはまるで、可憐な乙女が流した涙のような儚さで、魔王の胸元に隠された凍て付いて絶望してしまった心臓が脈打った瞬間だった。
 だが、それはまるで幻ででもあったかのように一瞬の出来事で、彼の胸元は夜の静寂のような静謐に支配され、既に時を刻むことはなかった。
 一瞬、取り戻したと思ったぬくもりは、まるで広げた両指の隙間から零れ落ちてしまった砂のように、二度と掬い上げることはできない場所まで散ってしまった…そんな錯覚に、魔王は目蓋を閉じた。
 美しかった。
 森は生命に満ち溢れて、たくさんの生き物が当然のように共存し、まるで夢のように幸福な日々が続くのだと思っていた。諍いなど知ることもない動物たちが祝福して、森の中で、彼は種族の違いはあったが美しい娘との甘やかで素晴らしく光り輝く黄金の日々を送っていた。
 瑞々しく麗しい翠の中で、座っている娘の漆黒の髪が緩やかに大地を覆い、見上げてくる晴れた夜空のように煌く双眸を、もう長いこと目にしてはいなかったが、彼の記憶は忘れてなどいなかった。
 冷たい掌を伸ばせば、幸せそうに微笑んで、迎え入れる温かな頬が泣きたくなるほど愛おしかった。
 この終わりない愛が、娘と彼を包み込んで、世界は薔薇色に輝いていたのだと信じていた。
 想いは虚しく、嘗て愛した娘がその腕に戻ってくることなどもうないと、諦めていたはずの微かな希望が、まるで悪戯のように魔王の胸を掠めて消えていく。

(終わらないものなどありはしない)

 閉じていた震える目蓋を押し開くと、魔王は思慮深い面持ちをして世界を見据える紫紺の双眸で、人間の少年と魔物たちが結託して綺麗にしてしまった玉座の間を見渡したのだ。
 明るい少年はこの魔城に在っても、まるで意に介した様子もなく溶け込んでいた。
 あれほど憎んでいた人間であるはずの少年は、その存在を、人間と言う生き物に恨みを持っているはずの魔物たちの心でさえいともあっさりと懐柔してしまい、まるで最初からずっと一緒だったような錯覚さえ覚えさせながら植えつけて行ったのだ。
 植えつけて、行ってしまったのだ。

『…だが、生きるも死ぬも其方次第。私にすれば、どちらでも良いこと』

 魔王はゆっくりと微笑んだ。
 目蓋を閉じて視てしまった光景は、純白の白馬に跨った【魔王の贄】が捕獲されてしまうところ。
 自ら手を下さぬとも、人間は存外愚かな生き物である。
 自分たちの欲望のためにその血塗られた両手で罪を犯すが良い。
 二度と後戻りのできない自らが犯した罪を罰として、それぞれの命で贖うがいい。
 魔王はゆっくりと微笑んだ。
 その相貌は、凍えるほど美しかった。

Ψ

 いつも通り投げ捨てられた食事でなんとか腹を満たした光太郎は、それでもブツブツと文句を言いながら汚水が溜まる地下牢の床に直接ゴロリと横になった。
 暗闇と言うのは時間感覚を麻痺させるのか、もう何日そのような生活に身をおいているのか判らなくなっていた。

「だいたいさー、なんだよこの待遇は!もう~魔城の方がもっと良かった…って、俺も魔物みたいに愚痴っぽくなってるな」

 背中を丸くして、蹲るようにして横になっていた光太郎は愚痴っぽい自分に気付いてクスクスと笑っていた。
 と。
 不意に階段の辺りがざわざわして、松明を持った数人の下級兵士たちが光太郎同様に、なにやら悪態を吐きながら降りてきたようだった。

「?」

 キョトンッとして上体を起こして覗いていた光太郎の牢屋の前で立ち止まった連中は、やれやれと首を左右に振りながら魔物たちが眠る牢屋を松明で照らしている。

「見ろよ、この連中」

「ぐへぇ…これじゃあ、また使い物にならんな」

 ハァッと、仕方なさそうに溜め息を吐いた兵士が、唐突に悔しそうに地団太を踏んだのだ。

「ったくよ!!どーして俺たち下級兵士に宛がわれる男娼ってな、あんなガバガバばっかなんだろうな!?見てくれもとっくに薹が立ちまくってるしよぉ…はぁ、やってられっかよ」

 ガンッと鉄格子を蹴られて、光太郎は何事かとビクッとしたが、内部にいる魔物どもからは不平があがっただけだった。
 そんな魔物たちに「うるせー!」と威嚇した兵士に、屯して来ていた他の兵が仕方なさそうにポンポンッと肩を叩いて宥めようとするのだ。

「まあ、仕方ねぇだろ?上等な男娼ちゃんはセス将軍が使い物にならなくなるまで犯るんだぜ?その使用済みが俺たちに回ってくるんだから、マトモな男娼なんて期待すんなって」

「…なんつーか、ディハール族でも捕まってくれりゃあいいんだがなぁ」

「あ、そりゃムリムリ。捕まったところで高潔なディハールの一族は、男だろうが女だろうが辱めを受けるぐらいならつって自決するらしいからな」

 がっくりして鉄格子をもう一度腹立ち紛れに蹴り上げた兵士たちの会話を聞いていた光太郎は、一体何の話をしているのだろうかと首を傾げていた。
 長い戦になる場合、足手纏いになる女を連れてはいけない。そうなると、軍にはそれぞれ性欲処理として男娼が配給されてくる。長い戦いで昂ぶった感情は凶悪な闘争本能として男の身体には蓄積され、まるで精神の崩壊を意味するように爆発してしまうことがある。そうさせないためにも、賢い沈黙の主はそう言った欲望の処理をさせる者を選別して、各砦や軍隊に送り込んでいた。
 それが男娼である。
 その存在を知るよしもない光太郎としては、何がそんなに腹立たしいのだろうかと、却ってこんな環境の良くないところに放り込まれている自分たちの方がメチャクチャ腹立たしいんだがと思いながら、ムッとして事の成り行きを見守っていた。

「あーあ、なんかこうまともな…ん?」

 不意に、悪態ばかりを吐いている松明を持っていた兵士が階上に戻ろうと振り返ったとき、その光がサッと光太郎を照らし出した。

「なんだ、こんな所にもう一匹捕まってるじゃねーか」

「ん?ああ、ソイツは何でも魔物と馴れ合っている人間らしいぞ。セス将軍が主に差し出すから殺さないようにしとけって言ってたからな…」

「へえー、人間ねぇ」

 鉄格子を掴むようにして、上体だけを起こしてキョトンッと見上げてくる光太郎を見下ろしていた兵士は、不意にその顔に残虐そうな翳りを見せてニヤッと笑ったのだ。

「おい、鍵を寄越せよ」

 鉄格子を掴んで覗いていた兵士に、牢屋番が肩を竦めながら鍵の束を差し出すと、兵士は引っ手繰るようにしてそれを受け取って乱暴にガチャガチャと鉄でできた滑りの悪い扉を押し開けた。ギギギ…ッと軋む音を響かせて入ってきた兵士たちに、ワケが判らない光太郎はそれでも何か、また殴られるんじゃないだろうかと身体を強張らせながら警戒するように後退った。
 首に首輪を嵌められて壁に繋がれ、両手は痣ができるほど縛り上げられていては反抗しようにもその術もなく、仕方なく、光太郎は観念して壁に背中を張り付けながら眉を寄せて兵士たちを見上げたのだ。
 その観念した様子は無性に庇護欲をそそられながらも、メチャクチャに破壊してしまいたいと思う嗜虐欲すらも駆り立てる等と言うことに、もちろん光太郎が気付くはずはない。

「…なぁ、コイツでどうだ?」

 意味ありげに松明を持った兵士が言うと、のそのそと入り込んできた数人の兵士たちが肩を竦めてみせる。だが、彼らの顔を見ても満更…と言うわけでもなさそうだ。

「まだチビだが…顔も悪くねぇ」

「黒髪ってのが不気味だけどよ…まあ、支障ってほどでもねーしな」

「ようは、締まりの問題だろ?」

 口々に言う仲間の悪態に、松明を持った兵士がピシャリと言った。

「??」

 何を言われているのかその時になっても理解できないでいる光太郎は、訝しそうに眉を寄せながら小首を傾げていた。
 その時だった。
 不意にガシャンッと鉄格子を激しく揺らして、対面の牢屋から魔物たちの低い怒声が響き渡ったのだ。

『光太郎をその薄汚ねぇ手で触んじゃねーぞ…ッ』

 グルルルゥ…ッと、咽喉の奥から搾り出すような低い声で吼える魔物どもに、一瞬だが恐れをなした仲間に舌打ちした兵士は、不意に首を傾げている光太郎の腕を掴んで捻り上げる。

「痛ッ!」

 それでなくても極限まで腕を縛られていて痛んでいると言うのに、そのあまりに無体な扱いに光太郎が悲鳴のような声を上げてしまうと、それまで威嚇するように吼えていた魔物たちが途端に大人しくなってしまった。自分たちが暴れれば、それだけ光太郎を傷つけてしまうと思ったのだろう。
 もちろん兵士たちはそんな魔物どもの態度を見逃すはずもなく、松明を持っていた兵士がニヤリと笑いながら痛みと困惑で眉を寄せている光太郎の頬をベロッと舐め上げたのだ。

「そーだ、大人しくしてろよ。じゃないと、コイツがどうなっても知らんぞ?」

 クックックッと咽喉の奥で笑う兵士を魔物たちはギリギリと奥歯を食い縛りながら睨みつけているその気配を感じて、光太郎は自分が置かれている立場に唐突に気付いたのだ。
 だがそれは、あくまでも自分に危害を加えると脅して魔物たちを抑え付けようとしている…と言った認識でしかないのだが…彼がその身の上に起こることを想像して理解するには、知識も乏しく、何よりも平和すぎた。

「ち、ちょっと待てよ!俺を盾に魔物たちを黙らせるなんて卑怯じゃないか?!」

 腕を縛られた格好で首に首輪を嵌められた姿では様にならないが、それでも光太郎は自分の頬を掴む兵士を睨みつけながら嫌々するように首を振ったが、そんな姿を食い入るように覗き込んでいた兵士は仲間に松明を押し付けて強気の双眸で睨んでくる少年の顎を掴む手に力を込める。

「…ッ!」

 痛みに顔を歪めると、兵士は何やら面白そうにニヤニヤと笑ってそんな光太郎に口付けるのだ。

「!?」

 何が起こったのか理解できずにギョッとする光太郎と、ズボンに手を掛けて引き剥がす男を見下ろしていた松明を渡された兵士は、仲間と顔を見合わせて下卑た笑みを浮かべながら肩を竦めると、面倒臭そうに壁に掛けられた鉄製の容器に松明を入れた。
 不意に牢屋内全体が明るくなって、酒臭い舌で口腔内を弄られていてもなおこの状況を理解できないでいた光太郎も、ハッと我に返ってねっとりと絡みついてくる舌を噛んだのだ。

「…くっ!」

「…な、何すんだ!?俺、男なんだぞ!」

 男が男にキスをするなんて、それだけでも有り得ない状況だと言うのに、光太郎は頬を強かに殴られて床に突っ伏すと伸し掛かってくる男の行動に頭が混乱してしまった。
 まるで金槌にでも殴られたような強烈なショックを受けたのは、汚れたシャツの裾から忍び込んでくる男の節くれ立った指先が乳首を捏ね回す感触を感じたときで、その時になって漸く、この状況が非常にヤバイ事になっているのではないかと認識するようになっていた。
 頭を強烈にぶつけたときの様な眩暈を起こしながら、光太郎は鼻息も荒く伸し掛かってくる男の後方にいる兵士たちが下卑た笑みを浮かべて野次りながらも、だが、確実に欲情した表情をしていることに気付いてゾッとしたのだ。
 女の代わりにされようとしているのか…そんな途方もなく常識外れた考えが頭に浮かんで、光太郎は一気に血の気が引く思いがした。いや、そもそも男である自分をどうやって女の代わりにできると言うのだ?
 どうでもいいことばかりが脳内にグルグルと渦巻くくせに明確な答えはひとつも浮かび上がってこない間に、気付けば下着ごと脱がされた素足が無造作に抱え上げられている。
 殆ど、そう、殆ど無意識だった。

「ぅぐッ!!」

 抵抗しない少年に気を緩めていたのか、はたまた目先の裸体に欲情して他の事に気が回らなかったのか、どちらにしても男は不幸なことに滾りきった下半身を思い切り蹴り上げられたのだ。
 下腹部を押さえて蹲る男に仲間の兵士たちは下卑た笑いを浮かべたが、果敢にも蹴りをお見舞いした光太郎は蒼褪めてそんな凶悪な男たちから遠ざかろうと後退っていた。
 だが、後退る光太郎の足を掴んだ下腹部を押さえていた男は、その双眸に強烈な怒りを浮かべ、嗜虐心を燃え滾らせて怯える少年を難なく押し倒したのだ。

「おいおい、壊さないでくれよ。後が詰まってんだ」

「少しぐらい抵抗されねーと燃えねーよなぁ」

 そうして馬鹿みたいにゲラゲラと笑い声が暗い地下室に響き渡って、怒りに歯を食い縛っていたバッシュがガシャンッと壊さん勢いで鉄格子を掴んで咆哮したのだ。

『貴様ら!光太郎を放せッ!!放しやがれッ、こん畜生!!』

 その剣幕にはさすがに兵士たちもビビッたが、光太郎を捩じ伏せるようにしてその嫌がる頬に舌を這わせていた男は、何か面白いことでも思い付いたようにニヤッと笑って、それから、それでも頑なに拒絶する双眸で睨みつけてくるその神秘的な黒い瞳を覗き込みながら耳元に唇を寄せて囁いたのだ。

「抵抗してもいいがな、お前が暴れれば必ず1匹、大事なお友達の魔物を殺してやる」

 その瞬間、押し退けようと必死で暴れていた光太郎はビクッと肩を揺らして、それから心配そうな、なんとも言えない表情をして明かりの届く仲間の牢屋を押し倒されたままで見詰めるのだ。

『ダメだ、光太郎!諦めるなッ!畜生、俺たちのことは気にするんじゃないッ!!そんな人数に犯られたらお前…』

 鉄格子に噛り付くようにして見詰めてくるバッシュと、その後ろにいる魔物たちも懸命に光太郎を見詰めながら首を左右に振っている。その姿は、お願いだから諦めるなと全身で物語っているし、そのためなら自分たちの命など惜しくはないのだと伝えていた。
 地下室に篭もる湿って淀んだ空気を微かに震わせるようにして、光太郎は両足を抱え上げられながら目を閉じた。

(そうだ、俺は諦めたりなんかしちゃいない。失っていい命なんかないんだ)

 少し、ほんの少し我慢していればすぐに終わる。何が起こるのかなんてことは判らなかったが、それでも光太郎はせめて見ないように目蓋をギュッと閉じてやり過ごそうとしていた。
 何者にも触れられたこともない、まして人目に晒したことなどあるはずもない秘密の蕾が松明の明かりの元で露呈されて、羞恥に頬を染めながらも光太郎が暴れることはない。その姿を目にして、バッシュは激しく鉄格子を殴りつけていた。

『畜生…ッ!』

 呻くように吐き出されたその言葉は、これから起こる凄惨な宴の顛末をまるで見てきたかのように痛恨の悲鳴のようだった。

「…う」

 魔物を仲間だと言う不思議な少年の蕾に下卑た男どもの視線が集中して、未開発の少年が持つ清らかな素肌は彼らの欲望に油を注ぐように火をつけたのだ。そして、穢れを知らない蕾に這わされた舌の滑りに眉を寄せた光太郎は、襞の一枚一枚を丁寧に舐められて、身の毛のよだつような思いに唇を噛んでいた。まさかそんなところを舐められるとは思ってもいなかった分だけ、信じられない思いでさっきから頭を殴られっ放しのような錯覚を感じていた。

「あ!?…や、嫌だッ」

 グイッと左右に割り開かれた双丘の奥に窄まる蕾に更に舌を挿し入れられて、男女の機微にすら触れたこともない光太郎は、その未知の感触に背筋を粟立たせて嫌がった。

「嫌だと?じゃあ、お前の大事なお友達の首が飛ぶだけだな」

 萎えて縮こまっている光太郎の華奢な欲望をグイッと引っ張るようにしてベロリと舐め上げながら男が嫌な目付きをして笑うと、仲間の兵士がわざとらしく腰に佩いた鞘からギラつく剣を引き抜いて見せる。その相乗効果が光太郎に「魔物たちが自分のせいで殺される」と言う脅迫概念を実しやかに植えつけるのだった。
 そうなってしまってはもう、バッシュたちの声など光太郎の耳には届かなくなっていた。
 早く、早くこんなことは終わってしまえばいいのに…
 震える目蓋を閉じて観念しようとした当にその時だった。

「…く!もう、我慢できねぇッ」

 不意に男が呻くように呟いて、繋がれて腕を拘束されている光太郎の唯一自由な両足を掴んで押し開くと、寛げた前から隆々と屹立した欲望を何の準備もできていない蕾に強引に突っ込んだのだ。

「…!!!!~ぐッ、ぅあ…ッッ」

 声が出ただけでも天晴れだったが、咽喉の奥に引っ掛かった声はそれ以上出ることも引っ込むこともできずに、奇妙に拉げて息をすることすらできなくなっている。見開かれた双眸の縁からは堪えきれない涙がじわりと浮き上がり、光太郎の身体などお構いなしで闇雲に突き上げる腰の律動に追いつけずにガクガクと揺す振られる振動でボロボロと頬を伝って零れ落ちていた。

「や、…ぅ…ひぃ……ッ」

 力なく、欲情だけで突き入れられた凶悪なまでに猛々しい屹立に激しく責め立てられながら、半ば意識が朦朧としている光太郎の足が壊れた人形の足のようにブラブラと揺れている。痛みにメチャクチャに暴れたいのに、拘束されたままではそれも叶わず、血の気の失せた頬に涙だけがボロボロと零れ落ちている。ただ微かに呻く声の反応に、男は気を失いそうになっている光太郎の頬を叩いて正気を取り戻させては、激しく律動して苦痛に歪む顔を覗き込んでニヤニヤと笑っていた。

「…ッぁ……グギ…ぃあぁ…」

 無理矢理開かされた小さな蕾は悲鳴を上げるようにぶつりと鈍い音をさせて、そして不意にぎこちなかった男の動きが幾分かスムーズになった。汚水に濡れた地面にポタポタ…ッと何かが零れて、魔物たちの鋭敏な嗅覚にそれが儚い破瓜の血であることを教えていた。

『…くそぅ…畜生ッ!殺してやる、お前たち殺してやるからなッ!!』

 今すぐ出て行って人間どもを皆殺しにしてやりたかったが鉄格子がそれを阻んで、バッシュは掌に爪が食い込んで皮膚を破って鮮血が零れてしまうほどきつく拳を握り締めたまま憎々しげに何度も鉄格子を殴っていた。唇を噛み締めるバッシュが、そしてその仲間である魔物たちは、せめて、今起こっている現実を光太郎と共有し、そしてその目に焼き付けて必ずや復讐を成し遂げようと血の涙を零しながら食い入るように睨み据えていた。
 自分たちの命と引き換えに身体を差し出した光太郎にしてやれることは、魔物たちにとっては復讐への誓いだけだった。

「…なんだ、コイツ、ガキのクセにやけに色っぽいな」

「ああ…うん、まぁ、なあ?」

 仲間たちがモジモジしながら、虚ろな双眸で天井を見ながら揺すられている光太郎を見下ろして呟くと、額に汗を浮かべた男が感極まったように激しく腰を叩きつけながら、荒い息を吐いてペロッと舌なめずりをした。

「味はいいぜ。おいおい、お口が寂しそうじゃねーか。誰か突っ込んでやれよ」

「へへへ…」

 下卑た笑いを浮かべながら兵士たちは、久し振りに味わう極上のご馳走に蟻が群がるようにして貪りついたのだ。
 痛みと現実離れした状況に頭が追いつかずに虚ろだった光太郎は、半開きだった口腔にムッとする欲望を捻じ込まれて漸くハッと我に返って、慌てて吐き出そうとして更に奥にグッと押し込まれてしまった。

「…んッ!…んぐッ…ふ……ッ!」

 目尻から涙を零しながら含まされた太い屹立に、それでも光太郎はノロノロとではあったが舌を這わせて愛撫を始めたのだ。早く終わるように早く終わるように、まるで念仏でも唱えるかのように繰り返し思いながら舌を這わせていると、ビクビクと脈打つ欲望はそんなたどたどしい愛撫にも新鮮な快楽を感じたのか、兵士は微かに呻きながら苦しそうに眉を寄せる光太郎の口腔を充分に堪能している。
 苦しさに眉を寄せながら何も考えないようにしていても、突き入れられる腰の動きに蕾がビリッと悲鳴を上げて、犯されている事実を叩きつけられては光太郎は現実に戻っていた。
 そうして、最も奥深い部分に溶岩のように熱い飛沫が叩きつけられて、痛みを残しながら最初の男が腰を引き抜いた。すると、血と白濁が混ざった桃色の液体が閉じない窄まりからどろりと零れて肌を汚したが、すぐに次の男が伸し掛かってきてそれを「嫌だ」と思うことさえ許されなかった。
 最初の男の吐精で随分と滑りが良くなった蕾の収斂に快楽を追うように無造作に突き込まれた欲望は、最初の男に比べて鋭角的で、痛みはダイレクトに脳天を突き抜けていく。
 眉を寄せたところで口中から唐突に引き抜かれた欲望を追うように這わせていた舌に唾液が糸を引き、その展開に追いつかない光太郎が溜め息をついた瞬間、その顔にビシャッと熱い白濁が飛び散った。
 どろりとした液体が頬や鼻筋から零れ落ちて鎖骨を濡らし、青臭い匂いに眉を寄せる光太郎のその扇情的な表情に腰を突き進めている男が荒々しく息を吐きながら白濁を掬って乳首に擦り付けた。

「…く、コイツ、ホントにいいな!」

 乳首の刺激にキュッと蕾が窄まる感触をダイレクトに欲望に感じた男が、光太郎の華奢な身体に覆い被さりながら吐き出すように言うとまだまだ欲望の尽きない男たちが興奮したようにゲラゲラと笑っている。

「ああ、サイコーの玩具だぜ」

「下手な男娼よりずっと好い」

 下卑た話題で盛り上がる男の下で、この長く果てない責め苦が早く終わることばかり考えながら、だが、とうとう光太郎は3人目の精液を身体の奥に感じたのとほぼ同時に、その意識を深い闇の底へと手離していた。