第一章.特訓!11  -遠くをめざして旅をしよう-

 村長の家の一室を割り当てられたルウィンの一行は、月が中天に差し掛かる真夜中を目安に、それまでは休んでいることにした。

「月はまる。きらきらは星」

《そうそう》

 窓の近くのベッドを陣取った光太郎とルビアが窓辺に二人仲良く並んで両手で頬杖をつきながらそんな会話を交わしては笑いあっているのを横目に、ルウィンは対面のベッドに腰掛けて膝を組むと、片手で頬杖をつきながら財布代わりの黄色い布袋と睨めっこをしている。
 食い扶持が一人増えたとは言え、本来、ルビアは主力であったワケではなく、結局はルウィン一人の稼ぎでルビアを養っていたことになる。と言うことはだ、光太郎が増えたと言う時点でダイレクトに彼ら一行の台所事情は苦しくなったと言っても過言ではない。

「ルウィン。星、まだない」

「はいはい。星はもう少し夜にならないと出ませんよーって、それどころじゃねぇんだ。大人しくルビアと話してろ」

《ルーちゃん、酷いのね!》

 お座成りの受け答えに牙をむくルビアに気のない素振りで肩を竦めただけで、ルウィンは真剣に節約しないとな…と考えていた。
 銀の頭髪が蝋燭の燈すオレンジの光を反射して、きらきらと煌いている。時折、開け放たれた窓から吹き込むやわらかな風が、溜め息を吐くルウィンの不機嫌な青紫の双眸に触れてしまいそうな銀の前髪を揺らしているその様子は、この世界に来て初めて出会ったときから光太郎を惹きつけてやまない一瞬だったりするのだ。
 案の定、光太郎はボウッとそんな幻想的なルウィンを見つめている。
 難しい表情をして、ともすれば無口なハンサムを思わせるハイレーンの若者は、実は口を開くとけっこう毒のある性格だということが判る。事実光太郎もそれにはもう気付いていたが、美しいものには棘がある、を地でいっているルウィンを不思議とそれほど嫌いにはなれなかった。
 柔らかい言葉で酷いことを言う人だって存在するのだから、キツイ言葉で酷いことを言われた方がいっそスッキリする…はずはないが、それでもどこかルウィンの言葉には憎めない響きがあった。

(うーん。やっぱりハンサムだからなのかな?カッコイイ人って得してるよな、ぜったい)

「なんだよ?」

『え!?』

 思わず見惚れていた恥ずかしさも手伝っているが、何よりも心の声を聞きとがめられたような錯覚に落ちた光太郎は、慌てて首を左右に振った。ご丁寧に両手もぶんぶんと振っている。

『な、なんでもないよ!ルウィンがハンサムだから得してるとか、そんなこと絶対に考えていないから!ハンサムだってのは認めるけど、だからって得してるなんてことはホントに考えていないんだよ!マジでッ…て、ルビア。そこで呆れてないで助けてよー』

 傍らで呆れたように見上げている小さな飛竜を抱き締めながら光太郎が困惑した声で悲鳴を上げても、彼の言葉を完全とまでは理解していないルウィンにしてみたら、いつものように足手纏いが二人で仲良くじゃれあっているようにしかとれない。

「…変なヤツ」

 ボソッと呟いて、前金として村長から手渡されている1枚の紙幣と数十枚のコイン、そして傍らに広げていた残金をまとめて布袋に仕舞いこみながら、ルウィンはもう一度小さく溜め息を吐いた。

『やや、やっぱり怒っちゃった!?あう~、もう!俺ってばいっつもこれだもんなー!ルウィンを怒らせてばっかだよ』

 うるうると本気の涙混じりでルビアに八つ当たりをする光太郎を、それでももう慣れているのか、小さな深紅の飛竜は成されるがままで気にした様子はない。もちろん、黙っていれば美貌のハイレーンの青年も、やはり彼を気にかけるどころか、歯牙にも引っ掛けていないと言う有り様だ。
 光太郎はルビアの良き話し相手であり、ルビアは光太郎の良き玩具なのである。
 そして光太郎とルビアはルウィンにとって良き退屈凌ぎである。と言うことはつまり、知らない間に彼らの間には立派な黄金の三角関係らしきものが成立しているようだ。
 なんにせよ、本人たちはそのことに全くと言っていいほど気付いていないのだが。
 ベッドサイドに立て掛けられている、ルウィンが常に腰に下げている銀の鎖が巻きついた、華奢な意匠が細工されている鞘が風に揺れる蝋燭の明かりを反射してきらきらと輝いていた。鞘から漏れ出る白金の仄かな発光はまるで、柄から先端までをすっぽりと覆うように煌いている。

『…』

 光太郎は漸くじっくりと観察ができる奇妙な剣をマジマジと見つめ、そして欠伸をしてベッドに横たわるルウィンのチャイナカラーの中華服のような、その風変わりな衣装をしげしげと観察した。
 光太郎は以前からどうしても聞きたいことがあった。
 聞こうと思っていても、なかなかそのチャンスに恵まれなかった質問を、敢えて口にしようと決心した。

『ルウィン、あの…』

「ん?」

 先端の尖った耳がぴくりと動いて、うとうとしていたルウィンが眠そうな半目でちらりと視線を向けてきたから、光太郎は改めてルビアとルウィンの涙の結晶でもある片言の共通語でたどたどしく質問を試みた。

「ハイレーン。賞金稼ぎ。判る、できない」

「…判るができない?ってことは理解できないってことだろ?ハイレーンと賞金稼ぎねぇ…ルビア、説明してやれよ」

 鬱陶しそうに片手を振って光太郎の脇に大人しくちょこんと座っている飛竜に話を振ると、ルビアは知らん顔をして無視を決め込んだ。大好きな光太郎が言葉を覚えながら、この世界を少しでも理解しようとしているのに、簡単な方法で教えたのでは意味がないと思ったのだ。
 ルウィンにとっては単なる拷問なのだが…

「…ったく。判ったよ」

 ムッとしたように眉を顰めたルウィンはしかし、反動を利用して起き上がると面倒臭そうに頭を掻きながら床に両足を下ろして腰掛け、仕方なさそうに説明を始めるのだった。
 究極の世界説明はこんな具合で始まった。

「だーかーらー!賞金稼ぎにはランクがあるんだよ。ランク分けはコイツ…この剣で確認できるようになっているんだ」

「ちゅるぎ?」

「そう、これだ」

 頭を抱え込みたい衝動と必死で戦いながらルウィンは銀鎖の絡まる鞘から引き抜いた微かに発光している剣を持ち上げると、床に直接腰を下ろして首を傾げている光太郎にそれを見せながら根気良く説明していた。その光太郎の傍らで同じくちょこんと座り込んでいるルビアは、大きく欠伸をしながらウトウトと光太郎に凭れかかって眠りそうだ。

「この鞘に銀色の鎖が巻き付いてるだろ?これは銀鎖の剣と言って、ランクSを示す証なんだよ。この他に赤=ランクA、青=ランクB、黒=ランクC、緑=ランクD、オレンジ=ランクE、白金=ランクF…まであるんだけどな、この場合はランクが若い順の方が上位だってことになる。銀=ランクSはこのランク外として分けられているんだ。ランクAになった連中が昇給試験を特別に受けてランクSになるってワケ。この【ランク】ってのは主に賞金稼ぎでも上の連中が使うんだけど、D以下の連中は【クラス】で呼ぶんだそうだ。剣の意味はこんなカンジかな?まあ、このプレートを見せても判るんだけど、外にぶら下げてるワケにもいかないからこんな剣を持たせるんだろう」

 服の内側のポケットから銀色のプレートを取り出して手遊びしながら独り言のように呟いていると、なんとか早口の共通語を理解しようと眉を寄せて考え込んでいた光太郎は、少しずつ飲み込んだように頷いた。

「ちゅるぎ、は持つものですか?」

「は?…だいたい、オレの記憶が正しければ剣は手に持つものだろうな。腰に下げてもいいと思うぞ」

『???…えーっと、そうじゃなくて。持たされるってことは、自分の意志で持つワケじゃなくて…あれ?俺、何が言いたいんだろう??』

 自分の言いたいことが判らなくなって混乱した光太郎が首を傾げていると、ルビアがクスクスと寝たふりをしながら笑っているが、ルウィンがそれに気付くことはない。

「どうしたんだ?」

 訝しそうに眉を寄せるルウィンに、光太郎は手振り身振りで説明を促している。

『だから、えーっと…剣を、持たされてるってことは、ルウィンの武器は、別にあるの?…ってことだよな、うん』

「???意味が判らんぞ」

 根気良く先端の尖った異形の耳を欹てながら一言一句区切る物の言い方で話す言葉を聞いていたルウィンは、小さな溜め息をついて肩を竦めた。不思議と日本語をずいぶんと理解できるようになっていたルウィンとは言え、やはりニュアンスから違った意味に取れたりもするのだろう。完全、とまではいかないがお手上げ状態であるのは確かなようだ。

「ルウィン。武器、一つ。それはちゅるぎですか?他、ないですか?」

「…ああ。この剣は武器ではなく証明のようなモンで、武器は別にあるのかって聞きたいんだな?そうか、説明の仕方が悪かったな」

 ボキャブラリーの少なさからたどたどしく拾い上げた言葉の羅列で首を傾げて見せる光太郎に、漸く理解したルウィンは腕を組んで頷いた。

「武器にもなってただろ?ほら、お前に着替えをしろって言って、グレイド・ボウに襲われた時に武器として使ってたじゃないか。コイツには様々な仕掛けがあるんだぜ。まあそれは、これからまた見ていくことになるだろうがな」

 ニッと笑うルウィンに光太郎も頷きながら微笑んだ。それはとても楽しみだ…と、この時光太郎が思っていたかどうかは定かではないが、ルウィンの台詞の幾らかは理解していることは確かなようだ。

「さて、次はハイレーン族についてだ」

 案外根気強いルウィンは、賞金稼ぎと言う特殊な職業に心奪われていて、既にそのことは忘れているような光太郎が訊ねたもうひとつの課題に取り組むことにした。
 光太郎は晴れた夜空のような双眸の中に、満天の星を煌かせながら、ルウィンのくれるお楽しみ箱の中身を期待して見上げていた。
 窓辺から漸く最初の星が輝くのを見上げながら、深紅の小さな飛竜は心の奥深いところまでも覗き込めそうなほど深い新緑の双眸を瞬かせて、小首を傾げている光太郎に奮闘しているルウィンの姿を微笑ましく感じ、そう思えることの平和な時間を愛しいと思っていた。