学食にもラーメンはあるけど、俺が誘っている近所の【山小屋】は九州の濃厚な豚骨に辛子高菜をどっさり入れると激ウマだから、こんなところで済ますのは勿体無い。
だから敢えてそれを言わなかったし、安河に至っては気付いてもいないみたいだった。
俺が兵藤と昼休みを一緒にしている間は、安河は何処に雲隠れしていたのか、俺が兵藤の誘いを断って学校中を走り回ったってのに、学食にもいないし、何処にもいないみたいだった。
でもたぶん、それは俺の捜す行動力が追いつかなかったんだと思う。
やっぱり、何時もみたいにフラッと何処かに行こうとする安河の腕をギュッと掴んだら、相変わらず俺だと知ってるくせに居た堪れないみたいに長い前髪の向こうで動揺するツラにニッと笑って、敢え無く連行される安河と連行する俺を見送って、女子に囲まれた兵藤はちょっとムッとした顔をしていた。
なんで、ヤツにそんなツラをされないといけないのかは疑問だが、そもそも、昼まで一緒にいなくてもいいんだよな、と、最近気付いたってワケだ。
恙無く授業を終わらせた俺たちは、約束通り、ラーメン屋に向かって歩き出していた。
夜の闇に怯えるようになった兵藤は、仕方なさそうに俺たちを見送っていたけど、そそくさと女子に誘われるまま自宅に向けてダッシュしたみたいだ。
…って、アイツ。さすがエヴィルだからなのか、高級マンションに独り暮らしなんだぜ?
親父の会社の社宅で親子3人で暮らしてる俺からしてみたら、エヴィルのクセに生意気だぞ!…ってさ、どっかのガキ大将みたいなこと言いたくなっちまったよ。
ま、それはさておき、俺たちは他愛ない会話を楽しんでいた…って、一方的に俺が喋ってるんだけど、安河も適当なところで相槌を打ってくれるから、話が弾むって言うのかな?言葉数は少ないんだけど、けして聞いていないワケでもないし、やっぱ、コイツといると楽しいんだ。
「そうだ、安河の家って何処だっけ?」
「え…?」
唐突に話を変えたせいか、安河はちょっと面食らったような顔をした。
だってよー、知られざる安河の生態、その2とか知りたいじゃん。
「やっぱ、兵藤みたいに独り暮らししてんのか?高級マンション??」
「はは…そんなんじゃないよ。でも、独り暮らしだ」
やっぱりか、いいよなー。
「そうだよなー!やっぱ、独り暮らしって楽しいだろ?俺も独り暮らししてみたいよ」
何気なくそんなことを言ったら、安河はちょっと口許に笑みを浮かべただけで、スッと目線を伏せてしまった。だから、およ?っと首を傾げてその顔を覗き込めば、ドキッとするほど真摯な双眸が揺れる前髪の向こうにあって驚いた。
「ど、どうしたんだよ?」
「え?…ああ、独り暮らしも良し悪しって思ってたんだ」
思わず返事が戻ってきて、ますます俺は驚いてしまう。
安河がこんな表情をするときって、決まって曖昧にはぐらかされるから、俺はまた勝手に一方的な話を展開する…ってのがお決まりのパターンだったってのに、でも、だからって悪い気はしないな。
却って、いい気分だ。
ほんの少しだけど、安河が懐いてきたみたいで嬉しい。
「そりゃ、自炊とかしないといけないし…でも、自由な時間とかあるだろ?やっぱ、その辺が魅力的だよな!」
気分良く相槌を打ったら、安河はちょっとキョトンッとした顔をしたけど、すぐに「そうだな」と言って笑ったみたいだ。
それ以上は何も言わないし、それぐらいの会話だったけど、これはこれで俺たちの間で何かが発展してるんじゃないかって期待してもいいと思うんだよな。
うははは。
「…もし、相羽が独り暮らしをしたいなら、その…」
あまり自分から発言しない安河がポツリと呟いたから、肩を並べて歩いていた俺はん?とその鬱陶しい前髪に隠れている双眸を見ようと顔を上げた。顔を上げて、またちょっと面食らってしまったんだ。
だってよー、あの安河が照れてるみたいに頬を染めてるんだから、ビックリしない方がどうかしてると思う。
「うん」
頷いたら、よほど照れてるのか、ジッと見上げる俺の目線を避けるように…って言うか、安河は何時も目線をふいっと外すんだけど、今回もそうして目線を泳がせてから、後頭部を掻いた。
「いや、そんな大袈裟なことじゃないんだ。もし、よければ、ウチに来ればいいって…」
「へ?」
思わず目をまん丸にしてすっ呆けた声を出しちまったけど…でも、ビックリするどころじゃないぞ!
あの安河が、日曜日ですら一緒に遊ぶこともしない安河が、いきなりそう言うことをすっ飛ばして同居のお誘いなんかしてきたんだから、驚かない方がどうかしてる…いや、マジで。
「…でも、相羽には兵藤がいるから。俺よりも兵藤との方が楽しいだろうな」
不意に自嘲的に笑って、今のは聞かなかったことにして欲しいとか言いやがるから、俺が思わずムンズッと安河の腕を両手で掴んで足を止めると、その反動で、長身の安河も足を止めざるを得ない。
ギョッとする顔を覗き込んで、もう、逃がしてやらないからな!
「ホントか?!ホンットーに、俺が行ってもいいのか??」
「…え?あ、ああ。別に、俺は独りだし。誰に迷惑をかけるってワケでもないから…その、相羽さえよければ」
思わずだったんだ。
安河がさらにハッと目を瞠ったのは、うっかり、満面の笑みを浮かべちまったせいだと思う。
だってさ、なんか、漸く本当に安河が心を開いてくれたみたいで嬉しいんだ。
俺、エヴィルハンターとかエヴィルとかに翻弄ばっかされて、自分を見失いそうになっていたけど、こうして安河が友達をしてくれるから、漸く繋ぎ止められてるんだと思う。
その安河が気安くこんなことを言ってくれたんだから、少しでも俺のこと、認めてくれたんだよな?
うん、嬉しい。
「今度、日曜日じゃない日でいいからさ。泊まりに行ってもいいか?」
「…別に、土日でもいいよ」
その台詞に、もう、今日の安河は俺に泣けと言ってるんだろうか…って、疑っても仕方ないだろ?
日曜日は駄目だと、何百回も断られたってのにさ。
「日曜日は何時も駄目だったんじゃないのか?」
慌てて首を傾げたら、足を止めている安河は吹いてくる夕暮れの風に前髪を揺らしたままそんな俺を見下ろすと、キリリとしている双眸をフッと和ませたみたいだった。
「日曜日…俺、早くからいないんだ。相羽がそれでもいいのなら、日曜日でもいいよ」
「…あ!もしかして、安河?」
何となく思い当たってハッとしたら、安河はちょっとバツが悪そうに苦笑して頷いた。
「バイト…してるんだ。その、学校には内緒で」
「やっぱり!」
俺たちが通ってる高校はバイト厳禁!…だったりする。
だから、安河は日曜日は駄目だと言うだけで、曖昧にはぐらかしていたんだ。
どーして気付かなかったんだ、俺。
思わずガックリしそうになったけど、でも、それで今までの謎が一気に晴れたような気がする…って、あくまでも気がするだけなんだぞ?
だってさー、何時もフラッと何処に行くのか、まるで掴みどころのない雲みたいな雰囲気には変わりないもんな。
「安河がバイトかー…全然想像がつかん!」
「…失礼だぞ」
安河がらしくもなくクスッと笑ったりするから、俺も釣られたようにエヘヘヘッと笑ってしまった。
「とは言っても、こんな無愛想だからさ。知り合いの倉庫の管理とか整理とか手伝ってるんだ」
「…そうだったんだ。やっぱ作業着とか着るのか?」
「いや、倉庫内は暑いから。Tシャツにジーパンだ」
「へぇぇぇ」
素直に感動した。
それで、高校生のわりには、安河はガタイがいいんだ。
本気になればヤンゾーどもなんかぶん投げられそうなほど、体育の時に見た安河の上半身は程よく筋肉がついていて、どんな筋トレしてんだろうって、羨ましかったんだよな。
そうか、倉庫の整理って言うぐらいだから、重いものとかも持ってるんだろうなぁ。
「それじゃ、今度の土日にお邪魔しよっかな♪」
今までの会話からどうしてそんな流れになるのか判らないのが俺流の会話だ…とかなんとか、自分に言い聞かせたりして、安河の腕を掴んだままでニヘッと笑って見上げたら、そんな俺を呆れたように見下ろしていた安河は、ちょっと口許に笑みを浮かべて頷いたみたいだった。
「ああ」
「お泊りセットを持っていくよ」
お泊りセット…って自分で言っておきながら、何故か気恥ずかしくなってしまうってのに、安河は別段気にも留めずに、やっぱり頷くだけだ。
「さすがに独り暮らしする!ってイキナリ押しかける…ってのも悪いし。いや、それ以前に、俺んち、母さんが異常に心配性だから。独り暮らしができるか激しく謎なんだよな」
嬉しさに調子に乗ってそんなことを言ったら、安河は「そうなのか」と呟いた後、少し何かを考えているみたいにフイッと視線を逸らして、それからぽつりと言ったんだ。
「…お袋さん。俺の家に来るのも心配するんじゃないのか?」
「友達んちに遊びに行くのまでは止めないって」
さすがになぁー
「そうか…じゃあ、独り暮らしの気分を味わうつもりで、気が向いたら泊まりに来ればいい」
「ホントか?!じゃ、お泊りセットを置いてってもいいか?」
「ああ」
俺がこれほど喜ぶとか夢にも思わなかったのか、ちょっと面食らったけど、それでも安河も嬉しそうに笑ってくれた。
俺には良く判らないし、安河自身が口にしたワケじゃないから自信もないけど、もしかすると独り暮らしってのは、相当寂しいんじゃないかって思う。
兵藤の場合は王子様だから、何時も誰かしら女子とか遊びに行ってるみたいだから平気だろうけど、安河は本人も自覚してるぐらい無愛想で取っ付き難いところがあるから、きっと知り合い以外では友達とか、遊びに来るヤツも少ないんじゃないかって思うんだよな。
それなら、俺、しつこくストーカーまがいに付き纏ってた甲斐あって、堂々と安河の友達第一号として、今度の土日にお泊り決定だ!
なんか、嫌なことばっかりだったけど、少しずつ、俺にもツキが回ってきたんじゃないかなぁ…とか、思っても少しぐらいはいいよな?