7  -EVIL EYE-

 肌寒さを感じて、暗い闇の中から目覚めた俺は、顔を上げようとして首の痛みに顔を顰めていた。

「う…」

 声にならない声を出して痛みをやり過ごそうとしたんだけど、腕が、思うように動かない。いや、そうじゃないな、腕を一纏めに括られて、頭上で縛り上げられているんだ。
 すわカタラギかと目を瞬かせた矢先に、眩しいライトを照らされて、目を焼いたような鮮烈な光に目蓋を閉じて顔を歪めてしまった。

「お目覚めかな、相羽くん」

 声は、確かに兵藤だ。
 でも、何処か抑揚がなくて、兵藤らしくもなく静かだった。
 いや、この建物自体が驚くほど静かだ…そこまで考えて、俺は嫌な予感がした。
 息遣いさえ、俺以外に聞こえないなんて、そんな非常識なことが有り得るかよ。
 そこに、兵藤と…もしかしたら松崎もいるかもしれないってのに。

「ひ、兵藤!これ、いったい何だよ?手を解いてくれッ」

「ダメだって…なぁ?相羽、ホント、いきなり美味そうになっちゃってさぁ、お前こそどうしたんだ?」

 射抜くような強烈な光のライトが不意に下げられて、漸く俺は確りと目を開くことができたけど、チカチカしていてそんなによくは見えない。
 それでも、目の前で禍々しい表情で鼻に皺を寄せて笑う兵藤の顔は、嫌でも見えるから、吐き出される息遣いを頬に感じながら、俺は嫌がって両腕を縛り上げられたまま、自由になる足で兵藤の向こう脛を蹴飛ばしてやった。
 これぐらいはしないとな、気が済むかよ。
 カタラギの時は蹴り損なっちまった。

「相変わらず威勢がいいよな。俺さぁ、このまま喰うってのでもいいけど…相羽を犯っちゃいたいんだけど、お前らどう?」

 ニタリと笑って、そんな恐ろしい提案をする兵藤にグイッと顎を引っ掴まれて、痛みに顔を顰めながらハッとした時には、ヤツは異常に長い、粘着質の唾液に塗れた舌でベロリと頬を舐めてきたんだ。

「物好きだなぁ…いいぜ。それも楽しそう」

「何よ、アタシはお腹空いてんだけど!」

「俺、相羽と犯りたい。なんか、ソイツ見てると勃った」

 口々に言いたい放題の連中を忌々しく見渡したら、なんてこった、そこにいる連中は誰も顔馴染みで、数多くいる俺の友人どもじゃねーか。

「な、何言ってるんだよッ!お前ら、頭おかしいんじゃねーのかッッ」

 悔し紛れに叫んだけど…コイツ等があの化け物だとすれば、こんな風に縛る前に、俺は既に息絶えているはずなんだから、生かされたことには理由があるんだろう。
 それが友人の姿で輪姦とかだったら、ホント、今日から俺は何を信じて生きていけばいいんだ。

「エヴィルハンターが来る前に殺しちゃおうよぉ。アタシ、お腹が空いたぁ!」

 松崎の可愛いと評判の口は耳まで裂けて、両端から、やっぱり粘る粘液のような唾液がボタボタと溢れている。その松崎の腰を掴んだ真鍋のヤツが、唾液を零す松崎の裂けた頬にキスをした。

「ヤツ等が殺れるのは下等エヴィルだけだよ、松崎。夜は長いんだ。愉しませろよ」

 だらんと垂れた舌で口の周りの粘液を拭き取ろうとしているのか、余計汚しているのか、どちらとも取れるように長い舌で顔を嘗め回す松崎は、胡乱な目付きで荒々しく息を吐きながら、恨めしそうに俺を見詰めてくる。
 吐き気がした。
 コレはもう、松崎じゃない。
 兵藤でも、俺の知る友人たちじゃない。

「俺さぁ、ずーっと相羽が憎かったんだよなぁ。でも、今日はラッキーだったぜ。小煩い安河もいねーし、存分に可愛がってから、美味しく頂いてやるよ」

 ギザギザの歯をガチガチと鳴らした後、長い舌で首筋から頬をベロリと嘗め回す兵藤は、なんの前触れもなく俺のカッターシャツを引き千切ったんだ!
 ハッとした時には、クスクスと背後で笑う気配がして、長い兇器みたいな爪を持っている誰かの指先が、いや、爪の先が、恐怖に縮こまっている乳首を抓んでキュッと引っ張った。

「ッ…」

 痛みに目蓋を閉じると、ニヤニヤ笑っているんだろう、兵藤は荒い息を吐きながら俺の耳の穴を舐めている。

「お前、知らなかっただろ?エスカレーター式の学校にさ、お前なんかが外部入学してきやがって。それ以来、ずっと人気の的だった俺が常に2番になっちまったんだッ」

「ちがッ!…うぁ……て、ストも、何もかも、い…つも、兵藤が一番…っ…」

 乳首を爪の先でギリギリと捻り上げられて、痛みに唇を噛み締めながら言ったら、兵藤は馬鹿みたいにゲラゲラ笑って、噛み締めている俺の唇を別の生きものみたいな舌で嘗め回した。

「可愛いこと言ってくれるじゃん。兵藤に惚れてるかもよ?」

 俺の股間に跪いて前を寛げていた半田が、そんな笑えもしない冗談を言って、萎えて項垂れている俺のペニスを掴むと問答無用で咥えやがった。

「…ぅあッ……嫌だッッ」

 思わず暴れそうになって、縛り上げられている縄が両手首に食い込んだまま、ギシッと軋る関節が悲鳴を上げても、俺はどうにかしてこの場から逃げ出したいともがいていた。

「可愛い声だな。まぁ、どーしても相羽が俺を好きだって言うんなら、俺の気が済むまで傍に置いてやってもいいけどな」

「お!兵藤ちゃん、優しい♪」

 背後から乳首を弄りながら項を舐めていた真鍋が野次るように尻上りの口笛を吹くと、ペニスを口に含んで、まるで生きものみたいに蠢く舌で絡みとって扱いていた半田は、俺のペニスに巻き付いてもまだ余っている舌先を細く変形させて、鈴口にグリグリと押し込もうとしながら笑うんだ。

「や…ぁ、…い、……も、やめろッ……ヒ」

 滑る粘液塗れになる股間の滑りを、そのまま肛門に導くようにして突っ込んでくる半田の指を、一度開かれて傷付いたその部位の痛みに恐怖心を煽られて、俺は知らずに括約筋に力を入れていた。

「優しいに決まってんだろ?女子にも男子にも人気のある相羽くんがさ、あの根暗野郎に夢中になるのを辞めて、可愛い顔して好きだと言えば、俺だって鬼じゃねーワケだし?朝昼晩をずーっと犯し続けて気が済むまで傍に置いてやるって」

 ゲラゲラと2人が笑うと、凶悪な面構えでニヤニヤ笑った兵藤は、涙目で俯いている俺の顔中を舐めながら、ジーンズのジッパーを引き摺り下ろすと…既に半田のせいでズボンを引き抜かれていたから、素足の膝裏に手を入れて抱え上げるようにしたら、フェラに夢中になっていた半田が掻き回している直腸から指を引き抜いた。

「コイツ、もう誰かを咥え込んでるぞ」

 傷付いて、ズタズタになっているじゃないかって思う肛門を軽く指の腹で撫でる半田がにやつく口調で言うと、唐突に、兵藤がカッと高血圧みたいに顔を真っ赤にして、掴んでいる俺の顎を力任せにグイッと上向かせたんだ!

「…ぅ……ッ」

 痛みに眉を顰める俺の顔を繁々と覗き込んできた兵藤は、双眸を真っ赤に充血させて、鋭く尖った鋭利な牙が生え揃う口許をガチガチと鳴らして唾を飛ばした。

「相手は誰だよ?!安河かッ!」

 どーして、こう、短絡的に考えるんだよ、この変態どもは。
 強い力で顎を掴まれているから、動かし難い頭を僅かに左右に振って、俺は狂気の矛先が安河に向かないように否定した。だって、相手は安河じゃない。
 カタラギだ。

「お前は淫乱なのかよ?まぁ、淫乱だよな。この人数をこれから相手するんだしぃ?」

 ヒャハハハハ!ッと、馬鹿みたいに哄笑した兵藤は、隆々と勃起しているペニスを掴むと、何度か扱いて強度を持たせ、その血管の浮き上がる凶悪そうな怒張の先端で狙いを定めると、熱を持って腫れている肛門に前触れもなく乱暴に突っ込んできやがったッ!

「ヒィ…ッッ!い…っう……ッッ」

 それでもカタラギに比べれば、まだ声が出るぐらいの余裕はあったけど、内臓が引っ繰り返るような衝撃は相変わらずで、思わず吐きそうになりながらも俺は、縋るものはもう、手首に食い込む縄しかないから…これで二度目だから、擦り切れて、もしかしたら血管とか破って死ねるんじゃないかと思う。
 俺の何が気に障ったのか…カタラギにしても兵藤にしても、ここにいる全員とも、まるで俺が女か何かみたいに、当然そうに肛門を犯そうとする。
 俺は男なのに…もう、何もかも捨て去って、このまま死ねたらいいんだ。
 グチュグチュッ…と膨大な粘液を滴らせて俺の内壁を抉るようにして突っ込んでくる凶暴なペニスに翻弄されて、前に与えられる信じられない愛撫に一瞬、理性が吹っ飛びそうになったけど、それでも唇を噛み締めて与えられる快楽から逃げ出そうと足掻いていた。

「あ、いば…お前のなか、ぬるぬるしてスゲー気持ちいい!」

 ハァハァと耳障りな息遣いで夢中になって腰を進めてくる兵藤に、俺はむずがる子供みたいに汗を飛び散らせながら頭を左右に振った。
 背後にピッタリと密着した兵藤は腰を蠢かしながら、無防備に晒している俺のあらゆる素肌を弄りながら、さっきまで真鍋が遊んでいた乳首に戯れかかると、俺はもう、思考回路がバーストして、何を考えたらいいのか判らなくなっていく。

「も、…許して…うぁ!…ん、く……やぁ……ッッ」

 あられもない喘ぎ声の語尾は悲鳴に近い叫びになって、俺は逃げ出そうと腰を捩ったけど、接合部分を長くて凶悪な舌で舐め始める真鍋を引き剥がせなかった。
 ビクンビクンッと身体が震えて、何度も絶頂に駆け上っていると言うのに、半田の舌が射精を塞き止めているから、完結できないまま何度も身体を震わせて、イくこともできずに身体をビクンッと波打たせる俺の括約筋が、その度に兵藤を締め上げて、ヤツは好色そうな目付きをしたままで、俺の中に灼熱みたいな奔流を叩き付けた。
 ゴプッと嫌な音を立てて、引き抜かれたペニスに導かれるようにして精液が零れると、内股にツゥ…ッと滴る嫌な感触に全身が震えてしまう。

「よし、次は俺だ」

 いそいそと真鍋が、まだ何かを咥えていると思い込んで閉じきらない肛門に捻じ込んできた。
 ペニスってのは男によって違うモンなんだな…とか、余計なことばかり頭の中でぐるぐるするけど、確かに突っ込まれる角度なんかで、思う以上に深い部分を貫かれて息が止まる思いに吐き気がしたり、性急なピッチで追いつく暇もなくすぐさま射精されて、俺は壊れた人形みたいに喘ぎながら、風に翻弄される木の葉みたいだと自嘲したくなっちまう。
 早く、終わってしまえばいいのに…

「んもう!早く終わってよねぇッ」

 俺の想いを代弁するような松崎の癇に障る声に眉根を寄せると、俺の口腔に貪るように長い舌を挿し込んで咽喉の奥を犯す兵藤が興奮したように牙をむいたみたいだ。

「うるせーよ、松崎!腹が減ってるんならそこらヘンの人間でも喰って来いッ」

「えー、何よそれぇ」

 憤然と激怒する松崎は端から無視で、俺の締め付けを堪能している真鍋が「おぅ、う、スゲー、いい!」とか、意味不明な言葉を発しながら、何度も射精したりしやがるから、胎内では精液が溢れたみたいで、抜き差しを繰り返す度に、粘着質な音を立てて白濁とした飛沫が散っていた。

「う…うぅ……も、い、嫌だ…や、…誰…か……ッ」

 そんな奇特なヤツ、いるワケないんだけど。
 そんなこと判りきっているんだけど、我知らず動いている腰だとか、夢中で貪られるペニスの快楽だとか、そんなもの、全部投げ出してもいいから、誰か、俺をここから救って欲しい。

「なんだよ、誰に救いを求めてるんだ?こんなエロい格好して、誰に見て欲しいワケぇ~?」

 思い切り馬鹿にしたような兵藤が、夢中で腰を振っている真鍋の横に割り込むようにして、張り詰めている怒張を、それでなくても真鍋のモノだけでもめいいっぱいだって言うのに、割り込ませようとしている事実にハッと気付いたら、背中に冷水を浴びせられた気がした。

「や!…ヒ……む、無理、…や、うあッ!……嫌だぁぁぁッッ」

 涙が飛び散る。
 ギチギチに男を頬張っている直腸に、兵藤はニタニタ笑いながら張り切って怒張しているペニスをグイグイと押し込もうとしている。
 そんなの入れられたら、俺は壊れてしまう。
 一本だって胃がせり上がるような不快感に吐き気がして、脂汗が滲んでるって言うのに、これ以上何か入れられたらと思うと、俺は恐怖と激しい痛みを恐れて両目を見開いて「もう、やめてくれ」と懇願した。にも拘らず、兵藤は指を使って少しでも広げようと焦っているみたいだったけど、その指でさえ辛い。

「ぐぅッ……ッまえら、い、ちど、自分でも突っ込まれてみろってんだッッ」

 思わずそんな憎まれ口が吐き出せたけど、みんなゲラゲラ笑うだけで、それが却って癪に障るのに、動かせない拳を握り締めて、力とか入らないけど、俺のペニスを咥えて放さない半田の脇腹の辺りを思い切り蹴り上げてやった!

「ぐわッ!!」

「んぁ?!…ぃ…ひぁ!」

 その瞬間、何処まで入り込んでいたのか、長い舌が尿道から鈴口に向けて一気に引き抜かれたと同時に、ビュルッと溜まりに溜まっていた精液が飛び出して、その腰が萎えそうな快感に悲鳴みたいな声を上げてしまった。

「何、やられてんだよ、半田!バッカじゃねぇッ」

 兵藤がゲラゲラ笑うと、顔を両手で覆って転げまわっている半田は、蹴ったのは脇腹のはずなのに、覆った指の間からどす黒い液体が滴ってるから、どうやら今の衝撃で舌を食い千切ったみたいだ。ふん!いいザマだ、そのまま昇天してろッ。

「…ッ!」

 肩で息をしながら、それでも内心で悪態を吐いていたら、不意に顎を引っ掴まれて、痛みにギュッと顔を顰めると、すぐ耳元で兵藤の粘る声がした。

「なかなかやるじゃん。お前さ、さっき誰か…って言ってたよな?アレ、誰を呼んでるんだ。しつこく纏わりついてる愛しの安河か?それとも…」

「オレだよッ」

 不意に頭上から降ってきた凶暴そうな声にギョッとした兵藤が振り仰いだ先には、ここは近所の廃工場なんだろう…天井の辺りにもう錆びて剥き出しになっている鉄筋の上に立ち尽くしている派手な出で立ちの男が不可視のオーラを浮かべていた。

「き、貴様は…ッ」

 松崎が両手の爪をジャキッと伸ばして身構えると、転がるようにして俺を突き飛ばした真鍋も兵藤と肩を並べて、どうやら戦闘態勢に入ったみたいだ。
 たった一本の縄で漸く繋がれている両腕に体重をかけながら俺は、できれば逢いたくなかったけど、でも、今は唯一、この地獄のような場所から救ってくれるかもしれない男を見上げていた。
 カタラギは、エヴィルである連中を、まるで虫けらでも見るような目付きでチラッと見ただけで、後はただただ、壮絶な表情で俺を見詰め返している。
 まるでそれは、そうして犯されている俺が悪いとでも言うような非難の目付きだったから…つーか、お前、何時からそこにいたんだ?
 そう考えた瞬間、思い切り頭を打ん殴られたような衝撃を受けて、気付いたら頭にガチンッと来たまま思わず叫んでいた。

「テメーは自分の女が輪姦されるのを黙って見てるのが趣味なのかよッ!!」

「今来たんだッッッッ!!」

 間髪入れずに腹にズンッと響く怒気を孕んだ低い声音で言い返されて、その、腹の底が冷たくなるような威圧感の伴う声音に一瞬でも怯んでしまったんだけど、それは、その場にいる誰もがそうだったのか、ヤツ等は怯えたように声にならない声を上げて威嚇してるみたいだ。でも、カタラギはそんな連中なんか眼中にもない様子で、ギリッと奥歯を噛み締めたような仕種をしてから、鉄筋から飛び降りると、ダンッ!…と、凄まじい音を響かせて俺の前に着地しやがった。
 …なんか、非常に拙いような気がする。
 さっきまでワケの判らない怒りで見境がなかったんだけど、カタラギの声を聞いた途端、頭から氷水を被ったような錯覚がするほど唐突に冷静になったから…今は素直に判る。
 うん、ヤバイ予感がする。
 ゆらっと、真っ赤な髪の派手な男が顔を上げると、右の邪眼が愈々禍々しく見えるほど忌々しそうに双眸を細めて、ビクッと竦んでいる俺を見据えたカタラギは、ゆらりっと殺気のオーラを纏って立ち上がったんだ。
 着地した場所のコンクリートが、あれほど自在に空気を操っているんじゃないかってほど、軽々と体重も感じさせずに飛び降りることだってできるくせに、砕けて弾け飛んでいるのは…それだけ、コイツは怒っていると言外に意思表示しているのかも知れない。

「さ、捜せなかったんだ!突然だったし…嫌だって言ったんだぞ!やめてくれって言ったんだけど、でも」

 無理に犯されたのは俺なのに、どうしてそんな目で俺を見るんだよ?!悪いのは全部、俺だって言うのか??!
 必死で言い訳する俺もどうかしてるのかもしれないけど、そう言わざるを得ないほど、今のカタラギは凄まじく腹を立てている。

「俺、首の辺りを叩かれて意識がなくなっちまったし…、し、仕方なかったんだ!だって…って、ん?」

 必死の言い訳なんか耳にも入っていないカタラギは、何時の間にか、見据えていた俺の顔からズーッと下の方、つまりその、なんと言うか、さんざん射精されまくって夥しい精液に濡れた下半身を、ジッと見下ろしていたんだ。
 な、何を見てるんだよ、お前は!!
 漸く引っ掛かってるだけのシャツでなんとか隠そうと足をモジモジさせて画策しながら俺は、真っ赤な髪と、鎖だとかなんだとかのアクセサリーで胸元とベルトをジャラジャラさせている、昨日とは違うダメージデニムに袖を捲くった昨日と同じ黒コートの派手なロック系のバンド野郎みたいな出で立ちのカタラギを睨みつけた。

「お、俺のことはいいから、早くエヴィルをやっつけろよッ」

「…ヤッツケロ、か。ふん!こんな雑魚はいつでも狩れるッ…でもさぁ、なんだよ、光太郎のその格好は」

 悪態吐くときぐらいは俺の顔を見ろよ。
 女ってワケじゃねーんだから、同性に見られたって屁でもないはずなんだけど…でもコイツの場合は違う意味で俺を見てることもあるワケだから、気を抜いてはダメなんだ。

「だ、だから、これは、その…」

「イッたな」

「へ?」

 忌々しい目付きで鼻に皺を寄せて口には犬歯をむいたままで、漸く隠れている俺の下半身を穴が開くほど睨み据えているカタラギが、なんとも突拍子もないことを言いやがるから、思わず呆気に取られた俺はポカンとして間抜けな声しか出なかった。

「オレの時は萎えてたくせに、そんなにエヴィルに犯られるのはよかったのかよッ?!」

「バッ!な、何言ってんだよッ?!お前はやめてくれって言ってもグイグイ突っ込んできて、血が出てたんだぞッ!痛くて感じることができなかったんだッッ」

 あれ?俺なんか売り言葉に買い言葉でヘンなこと言ってるような気がするんだけど…

「あー、そーですか。だったら優しいエヴィルちゃんどもと遊んでりゃいーんだよッ」

 フンッと鼻で笑って片手を振るカタラギの視線は、それでもしつこいぐらい僅かに布が覆ってる下半身に向けられてるから、居た堪れない気持ちになって顔が真っ赤になってしまう。

「…だって、どうしていいか判らなかったんだ。身体はヘンな具合になるし…抱かれたのだってお前が初めてだったから、あれが本当なんだって思ってたから、今の自分はおかしくなってると思って…こ、怖くて…」

 思わずポロッと涙が零れ落ちた。
 悲しいとか恐怖だとかそんな感情じゃない、選りによってなんでこんなワケの判らないことでカタラギに責められて、こんな無様な格好まで晒してなきゃいけないんだと、自分のあまりの不遇な運命に泣けてきたんだ。
 でも、それをカタラギは明らかに曲解して受け止めてしまったらしい。

「あの時は時間がなかったからな…くそ、オレとしたことが。じゃあ、お前。今度オレが抱いたら、ちゃんとイけるのかよ?」

 なんでそこに拘るんだ…と、言いたいけど、漸く俺の顔を捉えた禍々しい邪眼と険しい左目に見据えられると、なんか反論したら余計面倒臭いことになりそうな予感がしたから、俺は諦めたみたいに目を閉じてしまった。

「わ、判んねーよ。その、抱かれてみないと」

 でも、少なくとも…カタラギは仲間と俺を共有しようとは考えていないみたいだから、それがたぶん、せめてもの救いだと思う。

「でも!…今度は、ちゃんと優しくしてくれよっ」

 あんな痛いのはもう、懲り懲りだ。
 耳まで真っ赤になりながら、つっけんどんに唇を尖らせて言ったら、それでどれほどの溜飲が下がったのかは判らないけど、カタラギのヤツは陽炎のように殺気を立ち昇らせて、それでもニヤッと笑ったみたいだった。

「よし、今回は光太郎が可愛らしく反省してるみたいだから許してやる。あ・と・は」

 理不尽な物言いになんだとこの野郎とカチンとくる俺の前で、カタラギがリズムに乗るようにしてくるりと背後を振り返ると、怯えて竦んでしまっている、さっきまではあれほど偉そうだった兵藤たちが青褪めているみたいだ。

「オレの女に手を出したエヴィルどもをぶっ殺すか。雑魚だと思って見逃してやってたのにな」

 犬歯をむいてニヤッと笑うカタラギの根性の悪そうな表情に、兵藤じゃなくても怯えるに違いないけど、ヤツ等はジリジリと後退して、そのまま脱兎の如く出口に向かって逃げ出したんだ。
 その後ろ姿を腕を組んで悠然と見送るカタラギに、このままじゃ逃げられちまうと焦る俺の目の前で、突然真鍋の身体が高圧電流に触れたみたいに吹っ飛んだからギョッとした。

「あらら、強気のエヴィルちゃん。鬼ごっこはナシだぜ?なんせ、お前ら。選りによってカタラギの女に手を出したんだからな」

 両手を広げるようにして出入り口の辺りからゆらりと現れた緑の髪の派手な男は、広げた両腕の肘から掌にかけてバチバチと火花を散らして笑ってる。

「俺たちでさえおっかなくて関わらねーってのによ。強気なエヴィルちゃんは、カタラギに遊んでもらいな」

 何時の間に現れたのか、何かの機械の残骸らしきものの上にだるそうにしゃがみ込んでいるオレンジの髪の男が、投げ出している片手に一丁、肩を叩いてる手に一丁の、二丁拳銃を手にしてどうでも良さそうに無責任に言い放った。

「兵藤とか言ったっけ?光太郎、今日でコイツとはお別れだ。何か言うこととかあるか?」

 言うことなんかあるか。
 あるとすれば、どうでもいいからこの腕の縄を解いてくれ。
 さっきのことを思い出したら急に吐き気がして、俺はブンブンッと首を左右に振ってやった。
 その態度がまたカタラギをいい気分にさせたみたいで、どうやらそれで、本当に俺の言葉を頭から信じることにしたみたいだった。
 これで、カタラギたちみたいに「グッバイ、兵藤」とか言ってたら、また曲解したカタラギが激怒してたんじゃ…とか、理不尽なDV夫に恐怖する奥さんみたいに、俺はたらりと冷や汗を掻いて息を呑んでしまった。
 よかった、喋らなくて。

「…って、ことらしいぜ?んじゃ。グッバイ、エヴィルちゃん」

 ニコッと、信じられない顔で笑ったカタラギが両手を前に差し出すと、まるで空気中にある何かの粒子みたいなものが集まってきて、青白く発光しながらそれは片方を日本刀に、もう片方の手の甲を覆う鉤爪に変化したんだ。
 ニコッと笑ってるくせに、ピクッとこめかみが引き攣るってことは、やっぱり、カタラギのヤツは余程激怒してるんじゃないかと思う。
 さっきから少しも勢いの衰えない陽炎みたいな殺気は相変わらずだし、豪語していたようには強くもないような兵藤、松崎、さっき吹っ飛ばされた真鍋の顔色を見ても、それが判る。
 俺がなんとなく、こんな目に遭わされたってのに、憐れだなぁと思ったときには、電光石火の素早さで斬り込んで行ったカタラギが、呆気に取られている松崎の胴を真っ二つにして、断末魔を口にするヒマもなかった彼女は砂利だらけの廃工場の床に倒れると、グズグズと溶け出して消えてしまった。その光景に気を取られている隙に、次の行動に出たカタラギが、電気にやられて身を捩って喚き散らしている真鍋の身体を鉤爪で掬い上げるようにして投げ出したら、ついでのようにオレンジの髪の男の手にしている銃口が火を噴いた。
 乾いた音が1発響いたら、落下する真鍋の後頭部が破裂したみたいにバシュッと何かを撒き散らしたら、眉間に数センチの穴が開いたみたいだ。
 それら全てを見届けることもせずに、カタラギは、呼吸すら乱れないままニコニコ笑って今や1人になってしまった兵藤のところにぶらぶらと近付いて行った。
 それがどれほど恐ろしいだろうと、あの邪眼に何度も射竦められている俺としては、内心で合掌していた。

「オレのさ、女は美味かっただろ?兵藤くん」

 腰が抜けたように…いや、よくよく見ると、緑髪の男の電気が足許でバチバチしてるから、両手以外は身動き取れなくされている兵藤が、ゆらりと殺気を滲ませて見下ろしてくるカタラギを睨んでいるようだ。だけど、既に観念しているのか、兵藤はニヤッと嫌になる笑みを浮かべて、最後の一矢を打ち出した。

「ああ、美味かったぜ。癖になる味だ。まだ、抱かれ慣れてない身体が自分から腰を振るようになってたぜ。結局、アンタの女はアンタよりも俺のチン●で男を知ったってワケだ」

 ぶち、…と。
 その言葉が終わるか終わらないかのところで、確かにハッキリと、何かが切れたような鈍い音がしたと思う。それは俺だけじゃない、カタラギの仲間も聞いてたみたいだ。
 何故なら、オレンジの髪の男が「ゲ」と顔を顰めると、緑の髪の男が片目を閉じて、「アチャ」と片手で額を押さえたからな。

「なるほど!」

 搾り出すような声は却って冷静さを保っていたから、俺が思わず眉を顰めた次の瞬間、風を切るようにして日本刀が触れるか触れないかの近距離で、俺の横を凄まじいスピードで飛んで行った。
 んな、俺に当たるなよ。
 青褪めて言葉も出ない俺の背後で、何かが倒れる音がして、その時になって漸く、俺は半田の存在を思い出していた。

「雑魚は寝てろ」

 鉤爪でガッチリと兵藤の頭を掴んだまま、振り返るついでのように投げた日本刀は、指を変形させて造り上げたナイフのようなもので、俺に襲い掛かろうとしていた半田の頭を貫いていた。
 やっぱ…カタラギはスゲーと思う。
 ガックリと項垂れそうになる俺の目の前で、ニコニコ笑いがすぐに化けの皮を剥いで、ヒクヒクと口許を引き攣らせたカタラギは絶句している兵藤を見下ろした。

「すぐには殺してやらねーぜ。兵藤くんは昼は大人しい高校生なんだろ?お前に最大の屈辱を与えてやるよ」

「ぐ…ッ、ま、まさか…ッ」

 グエッと拉げた悲鳴を上げたのは、どうやら重いブーツの底で腹を蹴られたらしくて、兵藤はつんのめるようにして倒れそうになったんだけど、カタラギの凶悪な鉤爪がそれを許さなかった。

「そうそう、そのまさかだ。生き恥を晒してハンターの慈悲に縋って生き残っちまったエヴィルの行く末は憐れだよな?仲間に食い殺されろよ。でも、それじゃあんまりつまんねーから、もうひとつ、ハンター様からの慈悲を与えてやる」

 肩が震えるぐらいの屈辱を受けたカタラギは、邪眼を細めてニヤッと、邪悪な表情で性質の悪い笑みを浮かべながら言い放ったんだ。

「夜明けから夕暮れまで、オレの女を護るんだ」

「…!!」

 鉤爪が深々と突き刺さった頭部からどす黒い血液らしきものを流しながら、唇を噛み切るほど噛んでいる兵藤が震えるようにカタラギを睨みつけた。
 なんて条件を出してるんだよ、どうせ、んなことして解放しても言うことなんか聞くワケないだろ。
 とっとと、とんずらするに決まってるってのにさ、カタラギは結構抜けてるんじゃないのか?
 馬鹿らしい条件に溜め息でも吐こうかと思っていたら、オレンジの髪の男が低く笑う声がした。

「?」

 訝しく思ってオレンジの髪の男を見たら、その向こうの出入り口の辺りの壁に腕を組んで凭れている緑の髪の男も同じように笑っているみたいだ。
 なんなんだ。

「ワケが判らん…ってツラしてるね、カタラギの彼女」

「…その言い方はやめて欲しい」

「なんでだよッ」

 オレンジの髪の男の台詞にうんざりしたように呟いたら、そっちで勝手にやってるはずのカタラギが、間髪入れずに犬歯をむいて口を挟むから、俺は呆れたようなツラをしてしまった。

「判った、彼女でも女でもなんでもいーよ」

 もう、こうなりゃヤケクソだ。
 どうでもよさそうにフンッと鼻を鳴らしたら、なんだか納得できていなさそうな顔をしていたカタラギは、それでもそれ以上は何か言うつもりはないらしい。それを見越して、オレンジの髪の男は肩を竦めた。

「エヴィルってのはよ、仲間を裏切ると制裁を加えるんだ。ま、もともと共食いするんだから制裁ってのもどうかしてるけどな。ましてや、ハンターの女を護るなんざ愚行をすれば、それこそ嬲り殺しにされるだろーよ」

「つまり、夜が活動の全てのエヴィルが、夜道を歩けなくなるってことだな」

 オレンジの髪の男の台詞を引き継ぐようにして、緑の髪の男はそう言うとプッと噴出した。
 それで、2人してゲラゲラ笑ってるんだけど、何がそんなに可笑しいのかいまいちよく判らん。
 そもそも、エヴィルってなんなんだ??

「なんの庇護もなく、もう、人間狩りもできねーな?ましてや頼る仲間も失って、オレの命令を無視すればどちらにしても、地獄よりも苦しい死に様が待ってるってワケだが。これからどうして生きていこうか、エヴィルちゃん?」

 首を傾げている俺の前で、カタラギが皮肉気に鼻先で笑った。
 それは、エヴィルにとって最大の屈辱なのかもしれない。それに、カタラギが言うように、兵藤は他の連中よりも過酷な死に様をするんだと判る。あれほど激怒していたカタラギが、そう易々と見逃すはずがないもんなぁ。
 絶望したように青褪めた兵藤は、それでも、何もかも失って、どうすることもできないまま、カタラギの叩き付けた条件に縋るように承知したみたいだった。
 ガックリと項垂れるように頷いた兵藤を見ながら俺は、今日からエヴィルに護られることになったワケなんだけど…って、おいおい、ちょっと待てよ。
 俺の意見とか権利とかは…やっぱ無視なのか?
 その日何度目かの溜め息が、項垂れて疲れ切った口から吐き出されていた。