第一話 花嫁に選ばれた男 2  -鬼哭の杜-

 高い日差しが少し傾斜してきた庭には、竹箒を持った、こんな純和風の田舎の村には恐ろしく不似合いの黒スーツを着た男が、寡黙そうな真一文字の唇を引き締めて黙々と広過ぎる庭を掃いている。
 子供の頃、暗い影にはいつも何かが蹲っているような、見たこともない何かが潜んでいるような気がして怖かった。特に田舎の祖母の家に夏休みに訪れた時なんかは、どこか黴臭い部屋の片隅にはきっと何かが棲みついているに違いないとか思ったもんだ。
 そんな祖母の家を思い起こすような広い日本家屋はだだっ広くて、不意にあの頃の記憶を思い出して無意識のうちに背筋がゾッとしてしまった。

「これは…眞琴様。そちらの方はもしや…」

 寡黙そうな黒スーツの男は忙しなく掃いている手を休めて、低いくせに良く通る声音で控え目に話し掛けてきた。

「そうですわよ、桂。粗相のないようにね」

 桂、と呼ばれた男は伏し目がちの切れ長の目で探るように俺を見て、恭しく頭を垂れて呟くように言った。

「遠路遥々とお疲れ様でございました」

「蒼牙さんはいらっしゃいますの?」

 眞琴さんが礼儀正しく挨拶する桂の言葉を遮って尋ねても、この寡黙そうな男は怪訝そうな顔もせずに、もちろん不愉快そうな顔も、と言うか、表情そのものがまるでないような無表情で応えている。

「本日は全ての日程をお休みされて、今はごゆるりと自室にて休まれております」

「そう、安心しましたわ。いつもまるで風のように姿をお隠しあそばすから、またどこぞに行かれたのかと心配しておりましたのよ」

 コロコロと鈴が転がるような笑い声を上げる眞琴さんとただ黙って立っている黒尽くめの男、2人の会話があまりにも空々しくて、どうしてだろう俺は、どこかうそ寒さを覚えていた。
 ここから、この場所から一刻も早く立ち去りたいと思うなんて…どうかしてる。
 たぶんきっと、この暑さがいけないんだろう。
 こんなに、こめかみから流れる汗が頬を伝って顎から零れ落ちてるってのに、気温にまるで左右されることがないような、2人の和服姿と黒尽くめのスーツ姿があまりにもアンバランスで、まるでそこだけが別世界のような違和感を覚えてしまったせいなんだろう。

「お待ちかねの花嫁様ですものね、早くお連れしないと怒られてしまいますわ」

 クスクスと、真っ赤な唇を嫣然とした笑みの形に歪めた眞琴さんは、傍らから俺の荷物を持ってくれた桂が控え目に数歩下がるのを見つめながら、そのくせどこか不満そうな表情を浮かべて俺を促しながら歩き出した。
 肩のところでキチンと摘み揃えられた緑がかった綺麗な黒髪は、流行の髪型と違って凛とした潔さのようなものがあった。確かに俺も、友人どもからウザがられるような癖のない黒髪だけど、まるで夜の闇のような眞琴さんの髪の色とはハッキリと違っているなと思ったんだ。
 男と女の違いなのか、生活習慣の違いなのか…いずれにせよ俺も彼女も、髪を染める行為を嫌ってる点では意見が合いそうだなーとか、殆ど空ろにそんなどうでもいいことを考えていた。
 これから会う、蒼牙と言う名の呉高木のご当主が、果たしてどんな男なのか俺は知らないし、想像すらもできないでいる。
 でもきっと、いつかどこかで会っていたんだろう。
 相手は俺を知っていた。
 俺はヤツに何かしたんだろうか…何かして、金持ちに良くある好奇心、もしくは恨みのようなもので俺に何らかの仕返しをしてやろうと考えたんじゃないのかな。
 さもなきゃこんな、莫大な借金をチャラにしてまでも俺を花嫁にしようなんて下らないことを考え出したりしないだろう。男としては最大の侮辱だしな。
 花嫁なんて、今更ながらだけど、やっぱどうかしてるとしか考えられん。
 まあ、そんな侮辱的な名目で俺を縛りつけようと考えているような男のことだ、陰気でくらーいヤツに違いないだろうよ。祖父に犯され、血の繋がらない養父に犯されながら、やっぱり血の繋がらない、ましてや養父が連れ込んだ愛人との不気味な生活環境なんだ、異常な精神状態からおかしな性格になってたって仕方ねぇんだろうけどな。
 それを理解して判ってやれるほど俺だって出来た人間なんかじゃないんだ、今は怒りとかそんなものよりも、この先どうして生活していけばいいのか、そのことを考える方が慢性的な頭痛に拍車をかけて嫌気がさしてくるってもんだ。
 ああ、帰りたい…なんて思ったら、母さんはまた泣くんだろうか。
 呉高木の家には数年に一度は来たことがあるし、先々代の顔も知っていた。
 ただ、ここ数年は忙しくて親父たちについてここを訪れることはなかったし、気付けば何時の間にか当主が2人も代わっている始末だ。だからと言って、ずっと現当主がいなかったってワケではけしてないし、俺はきっと一度は会っているはずだ。
 思い出せないのはソイツが大人しい子だったのか、はたまた遠い分家如きの息子などには会わせてくれなかったのか、どちらにしても俺には呉高木蒼牙の記憶はない。
 でも、どうして蒼牙は俺のことを知っているんだろう。
 何処で会った?
 俺はお前に何をした?
 俺の預かり知らないところで、1人の人間の感情が動いているってのはどうも気持ちのいいもんじゃねーな。しかも、その理由や原因を俺は知らないときてる。
 正直、ただのとばっちりなんじゃないかと考えている辺りは、俺もまだまだってことなんだろうけどな。

「蒼牙さん?いらっしゃいますの?」

 良く磨かれた長い廊下を歩いて、一番奥まったところにあるのがこの館の当主たる呉高木蒼牙その人の部屋なんだろう。
 眞琴さんの声にビクッとして、俺は唐突に物思いに耽っていた思考回路が醒めるのを感じた。
 そうだ、この異様な佇まいに翻弄されて怯えてたけど、良く考えてみれば本人に直接、直談判してみればいいんじゃねーか。話してみて、理解してもらえれば晴れて家に帰れるってワケだし、まさか自分の勘違いからこんなことを仕出かしたからって、今更借金チャラはありませんでしたなんか言うワケもないだろうしな。なんせ相手は超が付く大金持ちなんだ、たかが数百万なんか痛くも痒くもないだろうよ。
 そう、たかが数百万なんかな…
 だんだん暗くなる思考回路を叱咤して、俺は覚悟を決めて呉高木蒼牙に真正面から挑むことを腹に決めて居住まいを正した…んだけど、どうも眞琴さんの様子がおかしい。
 どうしたって言うんだ?

「蒼牙さん?…おかしいですわね、返事がありませんわ」

「って、中で倒れてるんじゃないのか?!」

 思わず語尾が強くなったのは、予め腹を括っていたせいで力が入り過ぎてしまったからだ。
 でも、眞琴さんはそんな俺なんか気にした風もなく、溜め息を吐いて首を左右に振ったんだ。

「いけませんわ、蒼牙さんたら。今日は大切な花嫁様がいらっしゃる日だと言うのに、またどこぞへと行かれてしまったのだわ」

 どこぞにって…どこかに行ったってことか?

「致し方ありませんわね。光太郎さん、申し訳ありませんが、本日のご挨拶は夜になりそうですわ。その間はどうぞ、ごゆっくりなすって」

 そう言って眞琴さんは俺を促して立ち上がると、広い屋敷の中にある別室に案内してくれた。案内してくれただけで、それ以上は用もないとばかりにさっさと立ち去ってしまった。
 取り残された俺は…さて、どうするかな?

「楡崎様、お荷物はこちらに置いて宜しいですか?」

 不意に背後から声をかけられ、その時になって漸く俺は、そこに桂が立っていることに気付いた。
 うわ、この人は気配もしないのか??
 …いや、違うな。都会の毒気に晒されて、無意識のうちに無視していたんだろう。そうでも思い込まないと、バクバクする心臓を落ち着けることができない。

「あ、ああ。重いのに、ごめん」

 慌てて受け取ろうとすると、桂は酷く優雅な仕種で俺の手を止めると、無表情の面をしたまま首を微かに左右に振って見せたんだ。

「とんでもございません、楡崎様。お心遣い痛み入ります」

 荷物を部屋の隅に置いた桂は深々と頭を下げると、寡黙な仕種で立っている。
 えーっと、こう言う場合はどうしたらいいんだ?
 チップか??

「えーっと、ありがとう桂さん。それから…」

 財布はバッグに入ったまんまだったから、俺が荷物に近付こうとしたその時、桂はバリトンの耳に心地よい声音で言うんだ。

「楡崎様。蒼牙様は気紛れな方ではございますが、どうぞ末永くお傍に居られてくださいませ」

「へ?…あ、ああ、うん。できるだけ努力はするよ」

 そんな風に畏まって言われてしまうと、実はこれから直談判するんです、とはさすがに言えなくなっちまった。それに、汗一つ掻いていない桂の無表情が、ほんの少し、たまたまジッと見ていたから気付いただけなんだけど、ホッとしたような表情をしたからだ。
 桂はそれだけが言いたかったのか、頭を深々と下げるとそのまま部屋を後にしようとした。

「?」

 しようとして、ふと立ち止まると、俺に向かって恐らく営業用なんだろう笑顔を浮かべて言った。

「楡崎様。蒼牙様がお戻りになられるまで、どうですか?裏山でも散策なさっては。この暑さではそのお召し物では辛いでしょうから、浴衣を用意致しております」

 そう言って部屋にある大きな箪笥から淡い緑色の浴衣を出したんだけど、その浴衣は簡単に帯で結べばいいだけだったから、礼を言って受け取った。
 そうだな、こんな暑さだ。浴衣でも着て涼んでるってのも悪くないな。

「ありがとう…って、なんだ、もういないのか」

 音もなく立ち去るってのは、それも洗練された執事としての嗜みってヤツなんだろうか? まあ、何はともあれ、取り敢えず着替えることにしよう。

 浴衣ってのは服と違って至るところがスースーしてて、おかげ様であの頭が痛くなるような暑さは感じなくなっていた。できればシャワーでも浴びてから着替えたかったんだけど、そこまで図々しくはなれないよな。
 こんな田舎の村だとコンビニもないし、ましてや携帯は圏外になってる。アプリでもして遊ぼうかとも思ったけど、今はそんな気分でもなかった。
 ホントは裏山なんか何が楽しくて行くんだとか思っていたけど、こりゃあもう、裏山しか時間潰すところはないよなぁ。
 うんざりするぐらい歩いて来たってのに、また歩くのかよ。
 俺らしくブツブツと悪態を吐きながら歩き出した裏庭は、それでも裏山に続く道を歩いている間にそんな悪態は吹っ飛んでいた。
 いつも目にする緑なんかよりも遥かに青々とした緑は射し込む光にキラキラと光っている。
 へぇ、こんなところを歩いていると気分が静まってくるな…ああ、そうか。
 桂のヤツは俺が苛々しているのを感じていたんだな、だから裏山に行けなんて言ったんだろう。
 こんな田舎に来て、それでなくても暮らして行けるのか凄く不安だって言うのに、俺はいったいどうしたらいいんだろう?
 不意に弾んでいた足取りは重くなって、俺はトボトボと歩きながら道端の小石を蹴った。
 履き慣れていない下駄で蹴ったのがいけなかったのか、小石は俺が意図した場所とは全く違う方向に転がって行って、それを目で追っていたらふと、草叢に転がった小石の先に白い花が群生しているのを見つけたんだ。
 よく見たら先端が薄紫に染まっていて、完全な純白ってワケではないらしい。
 近付いて、蛇とかいたら嫌だなぁと思いながらも、俺は誘惑に勝てずに草叢を越えて群生している花の中に入って行ったんだ。入って行ったと言っても、花の丈は短いし、花も小さくて群生していなかったら見落としちまうところだった。

「…綺麗だなぁ」

 今日は色々とあった。
 色々とありすぎてまだ頭が混乱してる。
 ちょうど座りやすい場所を見つけて、俺はそのまま地面に腰を下ろしてから木の幹に凭れた。木々の間から覗く太陽はまだ高くて、ジリジリと肌を焼く感触にクラリと眩暈がした。
 まるで現実の世界から切り離されたような村は閉鎖的で、こんな村でやっていけるんだろうか…桂にはああ言ったけど、そんなの無理だ!やっぱり無理だ!
 でも、逃げ出せない。
 この村からどうやって逃げ出せばいいんだ?親父の借金を残して?
 借金取りは母さんをも苦しめるってのにか?

「クソッ!」

 髪の中に両手を突っ込んでグシャグシャに掻き回して、どうしようもない現実に頭がどうかなりそうだった。
 浴衣でも暑い。
 なんなんだ、このクソ暑さは。
 この暑さが俺の思考回路を狂わせているんだ。

「畜生、俺にどうしろって言うんだよ!?花嫁だって?笑わせるな!俺のどこを見たら子供を生める可愛い女に見えたんだ!?」

 ザッと立ち上がって思い切り喚き散らした俺は、頭を掻き毟りながら更に喚きたてて、それも気が済まなくて拳をブルブル振るわせるほど握り締めながら地団駄踏んだ。

「だいたいなんで男が花嫁になれるんだ!?戸籍はどうするんだよ??どーせ養子なんだから、最初から養子にくれって言えばいいだろッ!?クッソーッ、何が御当主だ!何が親父の借金だー!!!」

 肩でハアハアと息をしながらそれでもまだ苛々していたのに、地面で踏み躙られた白い花を見つけたら急に気分が萎えてしまった。

「ああ。ごめんな、ごめんな。せっかく綺麗に咲いていたのになぁ」

 しゃがみ込んで散ってしまった花を集めていたら、何かもう、全部どうでもいいことのように思えてきた。

「…はぁ、バカらし」

 そんな地団駄踏んで事が解決するなら、最初から踏みまくってダンスだって華麗に披露してらぁ…そうはいかないのが人生ってモンだ。
 こんな姿誰かに見られたらメチャクチャ恥ずかしかったな、ハハハ。
 …って、誰よお前!?
 立ち上がって思わず軽く笑って両手をお手上げ状態にしていた俺は、木の幹に凭れながら腕を組んでいる男に気付いてギョッとしちまった。

「ん?もう終わったのか。なかなか面白い見世物だったぞ」

「ど、ど、どど…」

「暑さで頭をやられたのか?」

「喧しい!」

 どうやら一部始終を見ていたらしい男は怪訝そうに眉を寄せて首を傾げたが、誰もいないと思い込んで恥ずかしい事をしていた俺としては、照れ隠しの意味でも叫ばざるを得なかったんだ。
 どこから現れたんだとか、あの恥ずかしい姿をどの辺りから見ていたんだとか、色々と聞きたいことがあったのに動揺の方が大きくて言葉に出来ない。
 それに一瞬、ギクッとしたのも影響してる。
 木の幹に凭れていた男は、青銀と言うのか、若いくせに青っぽい白髪だったから、てっきりこの山にいるって言う鬼でも出てきたのかとビビッちまったんだ。
 でも、バカらし。
 そんな鬼なんかこの時代にいるかっての。ああ言うのは、大方昔の人が外国人を怖れて『鬼』って呼んでいたに過ぎないんだからさ。
 肩を竦めていると、男はゆっくりと身体を起こして俺の傍まで歩いて来た。
 その足取りはゆったりしているし、背が高くて体格が良いもんだから着流しは妙に決まっているし、そりゃあ申し分ない男前だ。肌は日焼けしているのか褐色で、釣り上がり気味の
目が意地悪そうに見えるのはあからさまに俺の嫉妬心からの産物なんだろうか?
 何も言えずに見上げていると…ってのも、身長差が5センチはあるんで、目の高さがちょうど見上げる形になるってワケだ。いったい、何を食ったらそんなにデカくなれるんだ。そんなことはどうでもいいんだが、そうして見上げたら、不意に男の腕が伸びてあっと言う間に顎を掴まれてしまった。

「なにすんだ?!」

 ムッとして睨みつけると、男は何やら面白いものでも見るような目付きをしてジロジロと不躾に観察してきやがるから、ガッチリ掴んでいる掌から逃れようと首を振ったにも拘らず、その腕はどうしても離れてくれない。

「思った通り、向こうっ気の強い性格のようだな。身体もなかなか頑丈にできているようだ。なるほど、どうやって肉体を鍛えた?」

 興味深そうに聞いてくるそんなふざけた質問には答えてやる気も起こらなくて、俺は下唇を突き出すようにして悪態を吐いた。どうせさっき、恥ずかしいシーンは見られちまったんだ、この際俺の性格がどうだこうだってのは関係ない。

「余計なお世話だろ?それよりもお前は誰だよ」

 質問を返されるとは思っていなかったのか、この不遜な男はやっと俺の顎から手を離すと、まるで人を小バカにしたように顎を少し上げるようにして見下ろしてきたんだ。

「これは失礼。俺はアンタが騒いでいた、話題のご当主さ」

 …は?
 話題のご当主って…だってお前、呉高木のご当主は誰もが惹かれちまうぐらいの妖艶な美少年だって…思ってたぞ??
 いや確かにそれは俺の思い込みだけど、でも、祖父と先代に犯されてたって手紙に書いてあったし、誰が、どんな気を起こせば、このガタいのいい色黒の青みがかった白髪のあんちゃんを抱こうなんて気が起こるんだ!?
 いや、待て。
 俺を花嫁にしようなんて考えるぐらいだから、コイツでもありってことなのか?
 おいおい、俺の軽い脳味噌じゃ話が繋がらないぞ!

「当主って…は?お前が?当主??」

「そう、俺が当主だ」

 ニヤッと犬歯を覗かせるようにして笑う青白髪の男は、この暑さでどうかしたのか、いやそれとも俺自身がどうかして聞き間違えているのか、御歳17才の呉高木家現当主、呉高木蒼牙高校2年生だと名乗っている。
 寝言は寝てから言ってください。
 と言えれば大したモンだったが、あんぐり口を開けてパクパクしてしまったのは、予想もしていなかった展開に完全に脳味噌が追いついていなかったからだ。

「やっと来たな。待ち草臥れていたんだぜ?」

 そう言って、呆気に取られている俺の腰に腕を回すと、蒼牙と名乗った男は俺の顎に再び手をかけて上向かせると、そのままキスしてきたんだ。
 そう、キス…ッて、うを!?じじじじ、冗談じゃねーぞ!!

「やめろッ!この野郎ッ、見て判んないのか??俺は男だぞ!?」

「そんなことは百も承知だ。自分の花嫁に夫となる者が口付けて何が悪い?」

 至極当然そうに主張されて、それもそうかと納得しそうになった単純な俺は、問題はそこじゃない!と必死になってその腕から逃れようとしたが、やっぱガタいの違いなのか、そう易々とは離してくれそうにない。

「煩いヤツだ」

 青みがかった黒目をした蒼牙は、問答無用とばかりに唇を塞いでくる。嫌だと拒絶してもお構い無しで、結局俺は唇と唇を合わせるだけの軽いキスじゃなくて、肉厚の舌に歯列を割られ頭がクラクラするような濃厚な口付けをされちまったんだ。

「…ッ…ぅあ、…はぁ」

 唇が離れたときには無意識で甘い溜め息を零してしまい、ハッと我に返って忽ち羞恥心で顔が真っ赤になってしまう。それこそ猿並にまっかっかだ。
 俺の濡れてる唇に舌を伸ばそうとする蒼牙の行為を、慌てて俺は掴んでいた着流しの胸元を離してヤツの口を両手で塞いでやった。
 これ以上弄られてたまるかってんだ!

「バッ、これ以上何かしたら本気で抵抗するからな!!」

 ビックリしたように目を丸くした蒼牙は、それでもフッと双眸を細めて少し笑い、俺の手の上から手を重ねるようにして掌に口付けてきた。
 うひゃぁー…なんだこりゃ!?
 慌てて手を離すと、蒼牙はそんな俺の手を掴んで唇を寄せながらニヤッと笑って顔を覗き込んでくる。

「本気の抵抗か、それも面白い。だが忘れるな、アンタは俺の花嫁なんだからな」

 お前はバカか?…と、思わず耳を疑いたくなるような台詞を吐く呉高木蒼牙と、それがファーストセッションだった。

「まあ、抵抗してみるといい。当分は退屈せずにすみそうだ」

 ニヤッと嬉しそうに笑ったりするから、俺はその鼻面を殴ってやりたくなった。