第一話 花嫁に選ばれた男 4  -鬼哭の杜-

 ふと、蒸し暑さで目が覚めたら、いつの間にか桂の背中で眠ってしまっていたのか、気付
けばそこは最初に通された俺の部屋だった。
 純和風造りの平屋の家は、天井を渡る梁がその家の古さを物語っているようだ。
 そうか、この家は既に100年以上も歴史を見詰めてきたんだな…そんな中で、俺みたいに男でありながら花嫁として迎えられたヤツを何人見てきたんだろ?…はは、また俺の空っぽな脳味噌が夢でも見てるよーだ。
 そんなヤツ、多分後にも先にも俺ぐらいしかいないって。
 ハーッと長い溜め息を吐いて片手で両目を覆っていた俺は、こんな風に寝ていてもどうしようもないと思い、仕方なく起き上がることにした。上半身を漸く起こしたところで、不意に外が賑やかなことに気付いて俺は首を傾げてしまう。
 なんなんだ?
 浴衣のままで寝てしまったせいか、皺だらけになった裾を引っ張りながら立ち上がろうとして、障子に畏まって座っている誰かの人影に気付いてギクッとしてしまう。いつからそこにいたのか、もしかして俺が寝ている間ずっとそこにいたのか、アワアワしながら身支度を整えていると、不意に障子の向こうから俺の気配に気付いた誰かが低い声音で声をかけてきた。

「楡崎様、お目覚めでございますか?」

「あ、なんだ…桂さんか。ああ、今起きたんだけど迷惑かけちゃって…」

 慌てて取り繕おうとする俺の言い訳なんか聞く耳を持たない様子で「構いません」と呟いて、桂は微かに頭を下げながら言ったんだ。

「楡崎様、御当主様並びに先代様、花嫁候補の皆様方がお待ちでございます。どうぞ、枕元に用意致しましたお召し物に着替えられてお出ましくださいませ」

「へ?…ああ、はいはい。これね」

 俺は上体を起こしたままで桂に指示された枕元にある、木製のケース、ほら良く旅館なんかで浴衣が入ってるヤツがあるだろ?丁度それぐらいの大きさの箱に整えられている服…と言うか、着物を掴んで絶句した。
 どこからどう見ても、これって女物じゃないか!?
 白を基調にした薄紅色の花が散る着物は、こんな蒸し暑い夜に綺麗なお姉さんでも着てくれればサッと汗も引いて、絶好の納涼になるってモンだが…これを着た俺を想像したことがあるのかよ、桂さんよぉ。

「…あからさまに女物ですが?俺、こんなの着て人前には出られないぞ」

 ガックリ肩を落としてその場で項垂れてしまう俺の姿なんかお構いなしで、桂はちょっと息を飲むようにして沈黙していたが、その間に言葉でも探していたんだろう酷く落ち着いた低い声で言いやがったのだ。

「とんでもございません、楡崎様。そのお召し物は蒼牙様がご自分で糸と反物を選ばれた、京の最高級の品物でございます。必ずや楡崎様にお似合いになることと思われます」

 ははは…どうもこの家に住んでいる連中の俺に対する脳内変換は、どうやらイコール女ってことらしい。
 手当たり次第にぶん殴るぞ、この野郎。
 どこの世の中に京都で最高級品のお着物なの?嬉しいわ!と言って飛び付く野郎がいるってんだ?いるんなら今すぐ俺の目の前に連れて来やがれ!教え諭して聞き分けがないなら張り倒してやるからよッ…いかん、あまりにも突飛な会話で壊れるところだった

「蒼牙様がお待ち致しておりますので、どうぞ楡崎様…」

「あー、はいはい。すぐに行くから、桂さんは先に行っててよ」

 何か言いたそうな雰囲気だったが、そうでもしないと俺が一生この部屋から出てきそうにないとでも思ったのか、桂は僅かの間悩んでるようだったけど軽く一礼して立ち去った。
 よしよし。
 この家の連中、ことに桂に至っては俺の意見なんか無視するようにとでも教え込まれてるのか、絶対に俺が嫌がることでも蒼牙がそうしろと言えば強制的に執行するんだろう。今だってそのまま頑固に居座っていたら問答無用で入って来て、無理矢理にでもこの恐ろしい着物を着せられていたと思う。
 俺は半分以上蒼褪めながら、親指と人差し指で綺麗な着物を摘み上げると盛大な溜め息を吐いた。
 フンッ!誰が大人しく蒼牙の選んだ着物なんか着るかってんだッ!
 ガックリ落ち込んでいた俺は俄かにムッと眉を寄せて顔を上げると、部屋の片隅に置かれている大きなFILAのボストンバッグからジーンズとTシャツを取り出して握り締めた。

「俺に女装させようって魂胆が気に喰わん。その辺は羞恥心っつーのをあの生意気小僧も持ってるってワケだ…嫌われようとしているこの俺様が、どうして言う通りに行動すると思うんだ?あの大馬鹿野郎がッ」

 フフンッと鼻先で笑いながら俺は、この村では神でもあるご当主の言いつけを思い切り破ると言う愚挙に出たのだ。
 いや、こう言う男としてのプライドを賭けた行為を愚挙と言ってしまえるこの村の方が、現代に生きる俺にとっては全く信じられないんだがな…
 浴衣を脱いでいつもの着慣れたよれたジーンズに着古したTシャツと言う、いや、私的とは言えお披露目と言うフォーマルの場に行くには確かに常識外れの格好をして、反発心も満々に障子をスパーンッと開け放ってやった。
 そこには従順な桂の姿は予想に反して見当たらず、ちゃんと言うことを聞いてくれたのかとちょっと驚きながら俺は、一度深呼吸をしてなぜか動悸が激しくなる胸元を押さえながらキッとヤツらのいる部屋がある方角を睨み付けた。
 純和風の日本庭園を見渡せる長い廊下を進んで右手に曲がり、もう少し進んで左手にある障子を開ければ蒼牙たちが集まっている広間だ。案の定、もう明かりが燈されていて、人影が障子に蝋燭の明かりで揺らぎながら映っている。
 障子に指で穴でも開けて中を覗いて見るかなぁ…そんな風に弱気になる心を奮い立たせようともう一度深呼吸をした当にその時だった。それまでざわついていた室内が一瞬で静まり返り、俺があれ?っと首を傾げていると、中で誰かの動く気配がして障子の脇まで移動してきたソイツの声が静まり返った室内に響いた。

「楡崎様のお出ましてございます」

 いや、ちょっと待ってくれ。まだ心の準備が…とか、内心で慌てふためく俺の気持ちなんかお構いなしで、向こう側で、ちょうど俺の右手側に跪いている桂がサッと障子を引き開けたんだ。
 部屋で顔を並べていた連中の視線が突き刺さるように注目したけど、俺はその雰囲気に一瞬だけ怯んだものの、軽く咳払いをしてズカズカと足を踏み入れた。頭を下げていた桂は顔を上げると、俺の出で立ちに微かに眉を寄せたが、このお目出度い場所で何か言えるはずもなく、黙ったままチラッとだけ上座に座る当主の様子を窺ったようだ。
 フンッ、もともと嫌われようと思ってるんだ。どうしてこの俺がコイツらの顔色なんか窺わなきゃいけないんだよ。
 室内に入った俺の眼前に広がっている光景を簡単に説明するなら、いや、できれば一分だってこんなところには居たくないんだが、そう思わせる雰囲気を持った連中を見渡して、まあ説明するならば一段高くなっている上座に蒼牙を配し、その下段から俺の目の前に一族の連中が雁首を揃えて座っていると言うワケだ。
 上段で退屈そうに胡座を掻いている蒼牙により近い場所に座っている男が、恐らく後藤谷家の長男であり、先代当主の呉高木直哉なんだろう。ソイツはまるで、小馬鹿にでもしたような顔付きで俺をチラリと見たが何も言わなかった。その次に座っているのが義姉の伊織さんで、俺の姿を見るなりニッと笑った。その隣に座っている眞琴さんはと言えば、俺をチラッと見ただけで口許に微笑を浮かべた無表情のままでその顔付きに変化はなかった。
 その次に座っているのは俺がまだ見たことのない、それでも一族の者なんだろう、厳しい表情をしたヤツらが呆気にとられたような顔をして俺を見ている。 それから、よくある田舎の有力者特有の陰口を囁きあいながら、ムスッとした顔をして俺を睨みやがる。
 クソッ!怯むな俺!!
 さて、どこに座ればいいんだと見渡したら、蒼牙の眼前に畏まるようにして座っている2人の美人を見つけてしまった。
 1人はまだ少女のようで、もう1人は見るからに都会の大学生と言った感じの取り澄ました美人だ。
 ふーん、どうやらこの子たちが本当の!花嫁候補ってワケか。

「…楡崎様、どうぞ繭葵様の隣へ」

 俺の背後に畏まった桂がざわめく室内でも凛と響く声で促して、俺は繭葵と呼ばれた都会の大学生っぽい美人の隣にやれやれと胡座を掻いて腰を下ろした。桂はちょっと困ったような顔をしていたけど、その顔を見てなんでこんなに良心の呵責を感じるんだと額に僅かに汗を浮かべながら蒼牙を見ると…うっ、なんで俺睨まれてるんだ?
 やっぱ、この態度はいけなかったのか??
 …と言うことは、よしよし、これで俺のイメージは100%まで下がったな。 これでいいと、口を真一文字に結んでそんなご当主を見据えていると、肘掛けに頬杖をついて面倒臭そうに扇子で扇いでいた着流し姿のままの蒼牙は、フンッと苛立たしそうに鼻で息を吐き出すと、ピシャリと手持ち無沙汰に扇いでいた扇子を閉じて身体を起こしたんだ。
 俺にも腹を立てているけど、何よりこんな席を設けられたことに一番腹を立てているんだと、なぜかその態度が物語っているように思えたのは俺だけじゃないはずだ。現に、ヤツがこの後口にした言葉でそれが如実に暗示されていたからな。

「これで面子は揃ったわけだな、直哉?」

 先代当主を捕まえて呼び捨てと言うのもいただけない態度だったが、名指しされた当のご本人が別段気にした様子もないから俺がとやかく言える筋合いじゃないんだが…だけど一瞬、2人の間にビリッと電気のような火花が散ったような気がして、おわ!マジこえーと思ってしまったのは事実だ。
 少なからず蒼牙の怒りはこの義父にも向けられているんだろう。

「その通りにございますな、当主。では、簡単ながら儂がご紹介いたしましょう。当主より向かって左手に居られますのが呉高木小雛(クレタカギコヒナ)様であります。先々代当主の弟君、源次郎様のお孫様になります。その隣にいらっしゃるのが大木田繭葵(オオキダマユキ)様であります。呉高木に一番近い分家の娘様になりますな…さて」

 不意に直哉が俺の顔を見た。
 一瞬、ゾクッとするほど冷たい双眸で俺を睨んだ後、さもとってつけたかのように困惑した顔をして蒼牙を見たが、件の当主はこちらの居心地が悪くなるほど俺の顔をジッと見詰めたままで、扇子を振って直哉の言葉を遮ったんだ。

「下らん紹介などいらん。なるほど、遠路遥々ようこそお出でくださった。どうぞゆるりとして行かれよ…と言いたいところだが、生憎と何もない村だ。満足な持て成しもできないのでね、早々にお帰り下さるのが賢明だろう」

「当主!」

 直哉が低いが威圧感のある声音で諌めようとしたが、そんな声にはもう慣れ切っているのか、蒼牙はフンッと鼻を鳴らしただけで話はそれだけだとでも言わんとばかりに立ち上がった。

「余計な気遣いなど無用の長物だ。いい加減、観念したらどうだ?」

 キリリッと整った口角の端を吊り上げて笑う蒼牙の表情は、見るものを一瞬で震え上がらせる、なんと言うか、凄味のようなものがあった。17歳です、なんて言われてもすぐには頷けない奇妙な大人びた雰囲気があって、それまでこの場で絶対に『花嫁候補なんかじゃねぇ!!』と訴える意気込みできていた俺の、そのなけなしの意気込みなんかその顔を見ただけで一気に萎えてしまった。
 だが、直哉はそうじゃなかった。
 相変わらず飄々とした表情はしていても、キリッとした顔立ちには先代当主の威圧感のようなものが漂っていて、剣呑としたオーラは隠されることもなく垂れ流しだ。きちんと正座したままで当主に向き直った直哉は、ハッキリとした口調で宣言したんだ。

「お言葉ながら、当主よ。既に望月(モチヅキ)の儀は執り行われた。当主が望むと望まざると、花嫁候補は晦(ツゴモリ)の儀まで候補に変わりない。努々お忘れなきよう」

 瞬間、蒼牙の顔に怒りのような激しい感情がハッキリと浮かんだ。
 だが怯まない直哉に舌打ちしたが、すぐにもとの人を喰ったような冷ややかな表情をして、呉高木の当主は吐き捨てるように言った。

「勝手にするがいい。話はそれだけか?…伊織!眞琴!」

「なんですの?蒼牙さん」

 唐突に名前を呼ばれた伊織さんと眞琴さんは、それでも全く意に介した風もなく自然に応えている。その態度は、まるで生まれた時からそうであったように、蒼牙の一言一句に忠実に従う侍女のようでもあるから…なんか、ヘンな感じだよなー 義父の愛人で義姉なんて言う立場にあるのに、その実、蒼牙の前では侍女のように忠実なんだから…態度はまるで素っ気無いんだけど。まあ、命令され慣れているってことなのかな。

「小雛と繭葵を鄭重に持て成してやれ」

「判りましたわ。ねえ、眞琴さん?」

「承知いたしましたわ」

 素っ気無い蒼牙の指示に、伊織さんと眞琴さんはまるで共同戦線を張っているかのように顔を見合わせると、妖艶な微笑を浮かべてクスクスと笑いあった。その態度がまたゾッとするから見ていられないんだけど、俺はソッと事の成り行きを窺っている他の花嫁候補、つまり呉高木小雛と大木田繭葵の2人を盗み見た。
 小雛の方はご令嬢とでも呼べそうな可憐な顔立ちをした美少女で、その花のかんばせに不安そうな色を浮かべて俯いていた。その傍らにいる繭葵はと言うと、さも退屈そうに欠伸を噛み殺しながら不貞腐れているようだったが、好奇心で見ている俺の目線に気付いたのかバチッと視線が合ってしまってギクッとした。
 繭葵は何か興味深そうな目付きで俺を繁々と見ていたが、不意に取るに足らないとでも思ったのかニヤッと笑ってそのまま視線を外してしまった。
 いや、そりゃあな。花嫁候補だと言われて都会からこんな鄙びた田舎に来て、その花婿である当主に邪険にされて驚いたのは良く判る。しかも、しかもだ!その花嫁候補の列の中に、どこからどう見ても立派な男である俺がいたんだ、興味深そうを通り越して気味が悪そうな目付きで見られたんじゃなくて良かったけど…いや、興味深そうな目付きだって充分、萎える。
 ただ、その最後の意味深な笑いはちょっと気になったけどな。

「さて」

 不意に、堂々とした声音が室内に響いて、俺がハッとした時には蒼牙は既に俺の前に立っていた。
 慌てて何か言おうとした時には俺の腕は掴まれていたし、ムスッとした不機嫌そうな目付きが何か言おうとする俺の口に重い蓋を被せやがった。いかん、これじゃ負けちまう。

「アンタはどうして俺が用意した着物を着ていないんだ?」

 その瞬間だった、不意に強い視線に刺されるような錯覚を感じて、俺は睨み据えてくる蒼牙から視線を逸らして周囲を見渡してしまった。だが、俺とは違った意味でその場にいた連中も動揺したように囁き合いながら顔を見合わせている。
 どうやら、蒼牙が俺に贈り物をしたことに不満を持ったらしい。
 当たり前か。
 コイツは見たこともない金額の資産を抱えている生きた金塊みたいなものなんだ、誰だってその関心は欲しいに決まっている。そりゃあ、俺だってただの養子とかなら喜んで応じたかもしれないけど…花嫁だぞ?勘弁してください。
 でも、俺を見ているヤツは誰もいないのか。
 あの視線はなんだったんだ?気のせいかな…

「どうしてって…アレをこの俺に着ろと言うお前の精神を疑ったからだろ?」

 それでも不機嫌そうに俺の腕を掴んでいた蒼牙から、グイッと視線を逸らすなとでも言わんとばかりに顎を引っ掴まれて嫌でも間近にヤツの顔と睨めっこしなければいけない状況になると、もう周囲の視線なんか気にしている暇もなくて、俺は言葉を選ぶようなフリをしてストレートに言ってやった。

「当主に何たる口の利き方!」

「無礼な!!」

 口々に言っては俺を睨みつけてくる親戚連中に、俺が何か言い返すよりも先に蒼牙がゆっくりと振り返ったんだ。
 その、恐らく冬に吹雪く嵐よりも凍えてしまいそうな双眸に見据えられて、当主としての地位だけでなく、この呉高木蒼牙と言う人間が持っている気質そのものに怯えたように、居並ぶ一族たちは一様にバツの悪そうな顔をしている。
 大の大人を震え上がらせる蒼牙の強烈な威圧感に、俺、果たして真っ向から勝負できるかな…
 そんな風に萎えた心に追い討ちをかけるかのように、蒼牙は外見とは裏腹の日本男児らしいキリッとした口許に上辺だけの笑みを浮かべて、俺を引き寄せながら一族の重鎮たちに言い放ったのだ。

「まあ、そう目くじらを立てないでくれ。これでも可愛い俺の花嫁なんだ。ああ、紹介し忘れていたな」

 チラッと見下ろしてきた蒼牙に言いようのない不安を感じて、俺は蒼褪めながら「ちょ、ちょっと待ってくれよ…」と遮ろうとしたけど、そこはモチロン、我が道を行く不遜の塊野郎が俺なんかの言うことなんぞ聞いてくれるはずもない。

「これは俺の子を産む大事な花嫁だ。楡崎光太郎と言う。この村に来てまだ間がない。何かと不便で困ることもあるだろうから皆で助けてやって欲しい」

 あはははー…って笑うしかねぇ心境の俺を誰が責められるって言うんだ?
 俺は男で、だから子供なんか産めないんだがな…頼む蒼牙、目を覚ましてくれ。

「なんと!…それでは直哉さんのお連れした娘御たちはどうなるのだ?」

「いずれも劣らぬ娘御ばかりだが…」

「いやだが、楡崎と言ったぞ」

「なんにせよ、晦が応えてくれよう」

「いやいやしかし、当主がああ言っておられるのだ。何も晦を頼らずとも、当主の寵愛が傾けば自ずと答えも出ようものよ」

「なるほどなるほど!ならば我らもでき得る限り、光太郎殿の手助けを致さねばな」

「元気な跡継ぎを産んでもらわねばならんからなぁ、はっはっは」

「おお、そうだ。承知した、当主よ」

 それぞれが好き勝手なことを言ってくれてるけど…はぁ!?認めるのかよッ!?

 ち、ちょっと、ホント、なんだこれは!?

「ああ、よろしく頼む」

 上機嫌でニッコリ笑う蒼牙と、居並ぶ機嫌の良い一族の重鎮、そして置いていかれている俺と花嫁候補たち…いや、その花嫁候補の連中すらも、繭葵にしたって初めから決まってるならわざわざこんな田舎に呼びつけないでよねとでも言いたそうな呆れた顔をしているし、小雛は蒼褪めたまま仕方なさそうに俯いちまってる。
 ええ!?何、お前たちまで認めちゃってるのッ!!??

「こ、これは!?はぁ??俺、男なんだぞッ!?」

 それまで沈黙で事の成り行きを見守っていた俺としては、一族の誰かが猛然と反対してくれるだろうと信じていた。だって蒼牙は呉高木一族のご当主で、その子供が次代を担うんだぞ?どんな酔狂で蒼牙が俺なんかを選んだのかはよく判らないが、どんな大金持ちの馬鹿息子でも、男の俺を花嫁にするつもりだなんて言ってみろ、親戚中がひっくり返るような大騒ぎになる…って、俺が確信していてもおかしかないだろ?なあ、おかしくないよな?…なんだ、俺。なんか自信がなくなってきたぞ。

「おかしなことを言う花嫁様だな」

「ははは、緊張されておるのだよ」

 一族の連中は俺の内心の悲鳴なんかお構いなしで…ああ、そうか。
 忘れてた、ここにいる連中は俺の感情なんか無視で上等!だったな。はは…は…

「では皆の者、夜分にご足労すまなかった。俺は部屋に戻る。桂、後は頼んだぞ」

「畏まりました、蒼牙様」

 そう言って、着流しのままの蒼牙は何がなんだか判らなくなって真っ白になっている俺の腕を掴んで問答無用で立ち上がらせると、そのまま部屋を後にしようとした。
 その背中に、凛とした声が響く。

「お待ちなすって、蒼牙さん。光太郎さんのお部屋はあちらですわよ」

 凛とした声の持ち主は見ないでも判る、そう、眞琴さんだ。
 真っ赤な紅を差した綺麗な唇に笑みを浮かべ、ピシッと背筋を伸ばして正座した眞琴さんは膝の上できちんと両手を揃えている。その姿は日本人形が座っているようで、そのくせ、妙に生々しい微笑がゾッとするほど整っていて背筋に冷たいものが走る。でも、蒼牙のヤツはそうでもないのか、平然としたツラをして眞琴さんを見ると、それからチラッと畏まっている桂を見下ろした。

「…光太郎の部屋は俺と同室だ。当たり前だろ?」

「畏まりました」

 桂はすぐに恭しく平伏したが、それを聞いた瞬間、花嫁候補の小雛が悲しげな目をして俺たちを見たんだ。その時になって初めて俺は、小雛の顔を真正面から見ることができた。気が弱いのか、さっきから俯いてばかりいた可憐な少女は、悲しそうな目をした綺麗な顔立ちをしている。
 蒼牙のヤツ…花嫁は小雛にすればいいのに。

「まあ!同衾なさるの?それでは一族の慣習を…」

 眞琴さんが口許にうそ寒い微笑を湛えたままで、その笑みとは裏腹の笑っていない双眸が俺たちを見詰めながら言い募るのを、蒼牙がハッキリとした口調で遮った。

「抱かなければすむことだろ?毎朝桂が確認することだ、慣習に背いてはいない」

「それでしたら構いませんが…」

 クスクスと眞琴さんが笑うと、伊織さんがどうでも良さそうな顔をして肩を竦めた。 直哉は表情こそ変えてはいなかったが、そのくせその目付きに憎々しげな気配をオーラのように孕んで俺を睨みつけている。
 なんなんだ、この連中は。
 俺の腕を掴んでいる蒼牙を筆頭に、みんな頭がイカレちまってるのか?
 俺は男なんだ!俺は男…もしかして、この村は何かおかしくて、この村に入ったと同時に女にでも見えるようになったとか…?
 何を馬鹿なこと言ってるんだろう、確りしてくれよ楡崎光太郎!
 俺の腕を掴んで歩き出す蒼牙の背中を見詰めながら、俺は慢性的な頭痛を感じて眩暈がした。

「なぁ、俺はやっぱり男なんだよな。お前が言うような子供なんか産めないし、やっぱ花嫁ならもっとこう、俺なんかと違って可愛い安産型の…ほら、小雛ちゃんとかいいんじゃないか?」

 ほぼ強制的に腕を引っ張られながら歩いている俺は、何とかこの危機的状況を回避しようと必死に言い募っていた。それを蒼牙が聞いているのかいないのかなんてことは今の俺には関係ない。取り敢えず、この頓珍漢な蒼牙に思いとどまって貰わなけりゃいけないんだ!…ああ、そうか。それだったら聞いてないといけないのか。
 一人で喋っては内心で溜め息を吐いている俺なんかまるで無視して、蒼牙のヤツは無言のままで自分の部屋である奥座敷に連れて来たんだ。それから、障子の扉を引き開けると既に寝床の用意が整っているその場所に、俺を突き倒したんだ。
 こここ、この展開は…ッ!!
 夕方のことを思い出して、仰向けに突き倒された俺は慌てて体勢を整えると、尻でいざるようにしながら蒼牙からできるだけ遠ざかろうとした。そんな俺を見下ろしていたこの家の当主は、後ろ手で障子を閉めながらその口許にニッと嫌な笑みを浮かべたんだ。

「ま、待て!さっき、眞琴さんが言ってたじゃないか!それにお前はなんて答えた?な、だからほら、やっぱこう言うのは拙いって…」

「フンッ、要は挿れなければいいってだけのことさ」

 そんなゾッとするようなことを言って、蒼牙はゆっくりと俺の前に屈み込むようにして片膝をついた。
 それこそ、ガクガクブルブルしながら見上げている俺を、何が面白いのか、蒼牙はクックックッと笑っていたけど、不意にムッとした顔をして俺の顎を掴んだんだ。掴んだ手は強くて、俺は無意識のうちに眉を寄せてしまった。

「何が気に喰わないんだ?アンタは俺の気に入った着物を着て、俺の傍にいればいいんだ。そんな簡単なことがなぜできない?」

「…お、前は馬鹿か?俺は男なんだ!女装なんか趣味じゃねぇッ」

 ギッと睨みつけたら、蒼牙はそんな俺の顔をマジマジと見詰めてきた。まるで、自分に反論するヤツがいるのかとでも言いたげな、そんな吃驚した表情だったんだと思う。

「女の着物が嫌なのか?」

「そんな簡単なことじゃないけど…いや、そもそも何もかもが嫌なんだ!」

「なんだと?」

 どうして睨まれるんだろうな。
 嫌に決まってるだろ、花嫁なんだぞ??
 そりゃあ、小雛や繭葵や、いや世間一般に女と名のつく生き物なら誰だって喜んでお前の花嫁になるだろうけど、俺は何度も言うように男なんだ!花嫁なんつー概念もないし、普通に結婚して女を愛して、生涯は平凡なモンだろうって思っていたのに…
 男に嫁ぐだと?
 俺が生きてきた23年間を全て否定して、この村で男に囲われて生きていけって言ってるんだぞ?

「俺にだって人権はあるんだ!そりゃあ、蒼牙はこの村の掟であり神だろうよ。でも俺は違う。こんな村で生まれたワケでもないし、何より俺は男なんだ!…そんな簡単なこと、どうして気付いてくれないんだって俺の方が聞きたいぐらいだよ」

 思わず泣きそうになったけど、蒼牙があまりにもポカンッとしたから言っている自分の方が滑稽で、なんとも馬鹿らしく思ってしまった。

「俺は…ッ」

 それでも何とか言い募ろうと開きかけた口を、少しカサつく蒼牙の唇が塞いできた。
 まるで、そう、もう煩いから黙れとでも言うように。

「やめッ!…んぅ…ま、だ、話が!!」

 何とか唇をもぎ離して続けようとする俺の言葉を舌先で奪いながら、蒼牙は覆い被さるようにして圧し掛かるとさらに深い深い口付けを施してくる。
 内側を這う舌先の動きに翻弄されながら、気付けば俺の舌も蒼牙の肉厚の舌に絡めとられてもう言葉すらも吸われてしまいそうだ。
 どこでこんなキスを覚えてきたのか…そこまで考えて、唐突に思い出した。
 そうか、蒼牙は子供の頃から義父や祖父とこう言う行為をしていたんだ。嫌でも叩き込まれたその時の感情は、こうして俺を征服しながら、それは至極当然のことなんだろう。
 含みきれない唾液が唇の端から零れ落ちて、俺は何をしているんだ?

「…ん…ふ」

 チキチキチキ…ッとジーンズのファスナーを音を立てて引き下ろしながら、シャツの裾から忍び込ませた指先で俺の乳首を捕らえると抓んだり弾いたりして嬲り始めた。プッツリと膨らんだ胸の突起を押し潰すようにして擦られる、その刺激がゾクゾクと背筋を震わせて、蒼牙が引き下ろそうとするジーンズの中でトランクスに収まっているモノが震えながら涙を零す。
 その瞬間ギクッとして、俺は必死でジーンズにかかった蒼牙の腕を振り払おうと、唇を塞がれたままで嫌々するように首を振りながら暴れたんだ。でも蒼牙は、そんな俺の反抗的な態度に苛立たしさを感じたのか、小さく舌打ちすると乱暴に俺の腰を抱き上げてジーンズを無理矢理引き下ろしやがった!
 それと同時にトランクスまで引き下ろされて、涙を零して打ち震える俺の息子が露呈されてしまう。

「…フンッ、口では抗うようなことを言ってみても、身体はやけに素直じゃないか」

「…ッ…るせッ」

 涙目で睨み付けながら上ずった息を吐くと、蒼牙はなんとも意地が悪そうに犬歯を覗かせてニヤリと笑いやがった。
 クッ!なんてヤツだ!

「昼間もそうだったな。本気で抵抗すると言いながら、最後は腰を摺り寄せていた…」

「…ッッ!るせーっつってんだろッ!…ヒッ…さわ…んなッ」

 ダイレクトに勃ち上がった息子を擦り上げられて、ビクッと震えた身体を縮めるようにしてその手淫から逃れようとする俺を、蒼牙の身体が押さえつけて思うように身動きが取れない。そのくせ、器用に動く指先が俺の息子をいいように弄んで、中指と親指で輪を作って扱かれてしまうと、もうその快感を覚えている身体から知らずに力が抜けてしまう。

「…ゃ、やだ!!やめ…ひぃ!」

 厭らしい音を立てて扱かれる雄の喜びに震える俺を、蒼牙はやっと手に入れた面白い玩具を壊さないようにと、この不遜を具現化したような男にしては珍しい態度でもって、最も屈辱的な方法で俺を屈服させようと企んでいるようだ。

「聞け。お前の零す淫液が俺の指を濡らして誘うように淫らな音を立てている。これでも俺を拒絶するのか?」

 わざと音を立てて扱く蒼牙を信じられないものでも見るような目付きで見上げた俺を、呉高木のご当主はニヤッと笑いながら見下ろして、グチュグチュと先走りを零す尿道口を人差し指で引っ掻いた。

「バッ!…あうッ…ヒ…な、これは…なんだ!?」

 動転して伸ばした指先は、現在俺を責め苛んでいる当の本人、呉高木蒼牙の胸元に行き当たり、堕ちてしまいそうな錯覚にその張本人である蒼牙に縋り付いてしまった。

「快楽に素直に溺れるといい。俺もセックスは好きだ。唯一、飽きない遊びだからな…」

 ふと、俺に少しかさついた唇を落としながら、蒼牙は感情の窺えない表情をした。
 ねっとりとした舌先に再び翻弄されながら、それでも俺は、この若干17歳の少年の心が読めなくて動揺してしまう。

「…ん!…フッ…ん…」

 口付けと言うにはあまりに濃厚なキスをしながら、蒼牙は俺の息子をそれこそこれでもかと言うほど弄り倒してくれる。そのくせ、あとちょっとでイきかけると意地悪するように根元を押さえちまうから、気持ちの上では何度だってイッてるのに身体は一滴も零せずにいる。そんな責め苦に追い討ちをかけるように、蒼牙の低い声音が厭らしく耳元を掠め、もう何がなんだか判らない状況に叩き落されて俺は泣きながら蒼牙に抱き付いていた。

「お願いだから!…も…ん、…イ、イかせて…くれッ」

 最初に言われたように、俺は身も世もなく泣きながら腰を摺り寄せていたけど、当の蒼牙は肩で荒々しく息を吐きながら男らしいキリリと釣り上がった双眸を細めて額に張り付く青みがかった白髪を掻き上げている。

「イかせてやってもいいが、それだと俺は面白くない。そうだな…」

 掻き上げた掌で熱に浮かされた俺の頬を包み込むと、太い親指で乱暴に半開きの唇を擦ってきた。

「咥えさせるのも面白そうだが、まあそれは後にとっておこう。挿れるギリギリのところを擦ってやる」

 クックッと悪人面で笑った蒼牙が、正直もう何を言ってるのか良く判らなかった。
 吐き出すべき部分を握って堰き止められている苦痛ってのは尋常じゃなくて、ダムが放流できずに貯水量を上回って決壊する…あの感じがまざまざと想像できたら狂いそうになった。

「な…んでも、い…から、はや、く…して…ッ」

「ふん、いい子だな。祝言までには自分から挿てくれと強請るぐらいには開発してやろう」

 俺の耳元に唇を寄せて囁きながら、もうそれだけでもイきそうになっているのに蒼牙のヤツは根元を握る指の力を抜いてくれずに、空いている方の手で器用にジーンズを脱がてしまうと、俺の腿を抱え上げるようにして腰を摺り寄せてきたんだ。
 着流しの肌蹴た前から狙いを定めるかのように、蒼牙の灼熱の砲台がゆっくりと露にされたひっそりと息衝く貞淑な蕾へと押し付けられた。ふるふると震えるその部分は、まだ花開かされていないから、余計に固くしっかりと窄んでいる。俺の先走りがたらたらと濡らしている蕾に、蒼牙の先端がまるでノックでもするかのように突いてきて、そのなんとも言えない刺激だけでも俺の身体はビクッと怯えたように竦んでしまった。
 そんな俺を宥めるように背中を擦ってくれていた蒼牙は、ふと、何を思ったのか俺の身体を反転させて腹這いにしたんだ。

「うん、矢張りこちらの方が具合がいいな」

「…へあ?…」

 ヘロヘロになりながら頬を枕に押し付けるようにしている俺に圧し掛かりながら、蒼牙は俺の腰を浮かせるようにして持ち上げると、ゆっくりと自らの灼熱の杭を震える蕾に押し付けて皺を伸ばすようにして擦り始めたんだ。その刺激は、今までに感じたことがない奇妙で鮮烈で、そして厭らしかった。
 頬を上気させて涙ぐむ俺の顔を覗き込みながら、判りきっているくせに蒼牙は頬に口付けながら囁くんだ。

「気持ちいいのか?」

 両目をギュッと閉じて首を左右に激しく振っても、いやもちろん、激しく振ったつもりなんだけど、実際には数センチ動いたぐらいの反抗的な態度に、まるで今すぐにでも挿れてしまうぞと言わんとばかりにグググ…ッと灼熱を押し付けられて、どうしても俺の口から『感じている』と言わせたい蒼牙の思惑にまんまと陥落してしまった俺は、切なく息を吐きながら微かに頷いてしまった。

「…きもち、いい…」

「イかせて欲しいか?」

 うんうんと何度も頷いて、男らしい蒼牙の痛いほどの眼差しを感じると、俺はポロポロと涙を頬に零しながら吐き出すように言ったんだ。
 もう、そのことしか頭の中に渦巻いていないから…
 しかも蒼牙に、両の尻たぶで挟まっている灼熱を揉みしだくように掴まれてしまうと、尚更その感情は膨れ上がる一方だ。

「い、イかせてくれ、蒼牙…も、俺…死にそう…」

「…ふん、はじめからそう言えばいいんだ」

 満足そうに呟いた蒼牙は俺を横抱きにすると片足を抱え上げるようにして股を開かせて、グイッと太くて硬い灼熱の杭で濡れそぼっている蕾を擦り上げながら並んだ果実を押し上げてくる。その潜り込まれてしまうかもしれないスリリングな感触に怯えながらも思い切り感じている俺の両手を掴んで、蒼牙のヤツは俺自身に息子を握らせたんだ。

「…あ?…ッ」

「当主に手扱きさせる気か?自分で扱いて、そのイく顔を俺に見せるんだ」

「~…ッ!大概ッ…やっぱヘン、タイだよ、お…前ッ」

 涙目で睨む俺に、額に汗を浮かべた蒼牙はその時、ここに来て初めて見る笑顔を浮かべたんだ。
 こんな状況でドキッと胸を高鳴らせている俺もどうかしているけど、こんな状況で会心の笑みを浮かべている蒼牙もどうかしていると思う。

「イきたくないのか?」

 クスクスと耳元で笑われて…

「うひ~」

 その息遣いだけでもイッちまいそうな俺としては、もうどうにでもなれ!と吐き捨てるような勢いで自分自身を扱き始めたんだ。その動きに合わせるように俺の濡れた蕾を厭らしい音を立てて擦る蒼牙の灼熱が速度を増して、襞に引っかかる先端の感触にブルッと震えながら濃厚で濃い白濁を吐き出すと、びくんびくんと痙攣する身体を抱き締めながら蒼牙は食い入るように俺の顔を見ていた。
 コイツ、本気で俺のイく顔をみるつもりだったのか!

「ッあ…はぁ…ぁ…ん…ん」

 涙を零しながら長く堰き止められていた苦痛から解放された余韻で震える俺の首筋に、まるで噛り付くようにキスをした蒼牙に抱えられるようにして長い溜め息を吐くと、首筋の快感に最後の一滴まで震える先端から吐き出してしまう。

「どーだ、俺とのセックスも満更嫌じゃないだろう?」

 ニヤニヤ笑いながら目尻の涙を唇で掬う蒼牙に囁かれて、こんな風に思い切り乱れてしまった俺としては、今更否定することもできないし、ましてや「良かったv」なんて言えるはずもないし…何も言えずに羞恥で顔を真っ赤にして布団を睨みつけていた。

「…まあ、いい。必ずアンタは俺のものになるんだ。せいぜい、今は抵抗するんだな」

 クックックッと咽喉の奥で笑った蒼牙は脱力してヘバッている俺の上に圧し掛かると、そのまま口付けながら布団を引き揚げやがった。ま、まさか…このまま寝るとか言うんじゃねーだろうな!?

「お、ちょ!蒼牙!!お前このまま寝るのかよ!!?」

「ん~?煩いヤツだな。疲れれば寝るだろうが」

 いや、ちょっと待て。
 そう言えば気持ちよ過ぎて気付かなかったけど、お前は?お前はイッてないんじゃないのか?
 それなのに寝るのか??
 …いや、蒼牙がイくってことは俺の想像を遥かに凌駕するナニをしなきゃいけないってことになるワケだから、イかないならイかないでいてくれた方が、俺にとっては助かることなんだろうな、やっぱり。
 そんなことよりも!俺のこの両手はどうすればいいんだよ!?

「煩いヤツだ!そこら辺で拭けばいいだろーがッ」

 覆い被さるようにして眠ろうとしていた蒼牙は寝付きが良いのか、もう半目になりながら苛々したようにシーツで俺の両手をゴシゴシと拭ってしまった。これで文句はないだろうと、この上ない底冷えのする目付きでジロッと睨んだ後、蒼牙は俺を抱きしめるようにして眠ってしまった。
 これぞ当にアンビリーバボー。
 翌日、桂に惨状を目撃されてしまった俺が、羞恥に身悶えるのはそれから間もなくのことだった。