第一話 花嫁に選ばれた男 5  -鬼哭の杜-

 蒼牙は寝付きがいいせいなのか、どうやら頗る目覚めもいいらしい。
 ふと、目覚めた俺が、抱き締めるようにして眠っていた蒼牙の姿がないことに気付いて、漸く安堵して本当の眠りを貪ろうとした当にその時だった。
 よく晴れているのか、燦々と降り注ぐ朝日を背に跪いている人影が、障子の向こうから声をかけてきたから思わず飛び起きちまった。

「楡崎様、お目覚めでございますか?蒼牙様より言伝をお預かり致しておりますが…」

「か、桂さん!う、うん、判った。判ったけど、ちょっと待ってて貰えるかな!?」

 それでなくても昨夜の名残が濃厚なこの状態を、絶対に桂にだけは見られたくない。あの無表情の顔で花嫁はこの俺だけだと言ってしまえるような人だ、こんな状態を見たらもしかしたら…内心でニヤリとするんじゃないか!?
 そんな、俺の知らないところでほくそ笑まれるなんて絶対に嫌だぞ。
 いや、それよりもだ!何よりもこの、下半身をべっとり濡らしたアレが渇いて張り付いてるところなんか…死んだって、誰にも見られたくねぇ!!

「…?楡崎様。どうぞ、湯殿のご用意もできております。宜しかったらまずは、汗を流されては如何でしょうか?」

 ちょっと考えて思い当たったのか、アワアワと焦って浴衣で下半身を拭ったり、布団をバタバタさせている俺のことなんか相変わらずお構いなしで、桂のヤツは音もなく障子を開けて入って来やがったんだ!

「か、桂さん!いや、これはその…」

「寝所の片付けは私の役目でございます」

 キッパリと言い切られてそれは判ったんだが…その、あんまりジロジロ見ないで欲しい。
 寝乱れた布団はグチャグチャだし、シワシワになった浴衣に隠された下半身はその、朝の生理現象から見せられないような状態でモジモジと膝頭を擦り合わせてしまう。まるで視姦するようにジーッと見られてしまうと、それでなくても見詰められることに慣れていない俺としては、恥ずかしさでますます居た堪れない状態に陥ってしまうんだ。
 相変わらず、墓穴を掘りやすいタイプだなーと、暢気に考えている余裕もないってのに、桂はふと、思い付いたように腰を上げかけた。

「…蒼牙様をお呼び致しましょう」

「うっわー!!それは、それだけは勘弁ッッ」

 慌てて桂の腕を縋るようにして掴んで引き止めると、今にも泣きそうな顔でブンブンッと首を左右に振ってしまった。

「…ですが、そのままではお辛いのではないでしょうか?」

 ソッと眉を顰めて必死の俺を見下ろしてくる桂に、いや、この状況自体がかなり辛いんだが!!と叫びたい気持ちを押さえ込みながら、俺はブンブンッとさらに激しく首を左右に振って言い募った。

「だぁいじょうぶ!大丈夫だから!!ち、ちょっと、先に風呂に行ってきますッ」

 あはははっとできるだけさり気なく、いや、メチャメチャ不自然な前屈みで立ち上がった俺を見上げた桂は、ムーッと納得いかないような表情をしていたけど、漸く俺の気持ちに気付いてくれたのかそれとも根負けしたのか、どちらにしても「では、後ほど…」と呟いて寝室の後片付けを始めてくれたんだ。
 何とか地獄の寝室から逃げ延びた俺はよく磨かれた長い廊下を歩きながら、ふと、気付いた。
 あれ?さっき確か、桂は蒼牙からの伝言を預かってるとか言ってなかったか?
 …まあ、いいや。なんか考えるのも、朝っぱらから疲れちまった。

「光太郎くん」

 ガックリしながら廊下を歩いていると、不意に呼び止められて、俺は嫌々振り返ってしまう。
 中庭に立っていたのは確か…そうだ、花嫁候補の1人、大木田繭葵だ。都会的な大学生のイメージはそのままで、ジーパンにピンクの可愛いチュニックを着て腕を組んでニヤニヤ笑っている。

「昨夜は楽しんだみたいだね~♪いいよ、隠さなくても。ボクね、こう見えてもヤヲイって好きだし…」

 は?ヤヲイ…?
 眉を寄せて首を傾げる俺を、繭葵はその可愛い顔からは想像もできないほどゲラゲラと笑いやがったんだ。
 なんなんだ、このガサツなヤツは。

「ここには花嫁候補で来たワケでショ?正直、冗談は人を見て言ってろ!…って思ってたんだけど。貴方がいるって聞いたから来たんだよん♪」

 豊満とも言える胸を押し上げるようにして腕を組んでいた繭葵は、ニヤニヤと勝気そうな目付きをして俺を上目遣いで見上げてきた。

「は?俺を知ってるのか??」

「あったりまえじゃーん!楡崎って言ったら…」

「繭葵さん」

 不意に凛とした声が響いて、繭葵はドキッとしたように首を竦めてしまった。
 その反応は俺にもお馴染みのもので、それこそ悪いことなんか何もしていないって言うのに口から心臓が飛び出そうなほど驚いて、いつの間に来ていたのか、足音もなく近付く眞琴さんに振り返ったんだ。

「あ、…その。おはよう、眞琴さん」

「おはようございます、光太郎さん。繭葵さん?お食事の用意が整っていますわよ。早くお行きになって」

 俺にニコッと微笑みかけた眞琴さんは、どうしてこう、朝日も眩くて爽やかな朝だって言うのに真夜中のような、退廃的な雰囲気を醸し出すんだろう。

「はいはい!判ったよ。ちゃんと行くし、今は光太郎くんと話してるんだよね!」

 この眞琴さんの退廃的な、翳りのある凄みと言うのは女には効かないのか、繭葵は腰に手を当ててフンッと鼻で息を吐き出しながら唇を尖らせている。

「あら、まあ。光太郎さんはそれどころではないとお見受けいたしますけれど…」

 着物の袂で口許を覆いながら、コロコロと鈴が転がるように笑う眞琴さんは俺が真っ赤になるような台詞を平然と言ってのけてくれた。うう、この家にいる連中は全員、俺と蒼牙の関係を知っているんだろうなぁ…やっぱり。
 ますます落ち込みそうになる俺を見ていた眞琴さんは、不意に少しだけキツイ眼差しをして繭葵を見ると、「では、後ほど…」と言って姿を現した時と同じぐらいに足音もなく立ち去ってしまった。
 ドッと疲れが出て、もう少しで廊下に両手を着いて座り込んでしまうところだった。

「おっかないよねー!ボク、あの眞琴さんって苦手。でも、お目付け役にって蒼牙様に言われちゃったら反対できないもんねぇ…はぁ」

 やれやれと首を左右に振るこの繭葵でも、やっぱり蒼牙は怖いのか、綺麗に整っている眉を大袈裟に八の字に歪めて項垂れてしまっている。その気持ち、ちょっとだけど判るぞ。
 なんか、気が合いそうなヤツだなー
 表情もコロコロ変わって明るいし、ああ、なんかここに来て初めて人間らしい人間に会ったような気がする…

「ま、いーや!取り敢えず、あんな呉高木のおっちゃんの説明じゃ、自己紹介にもならなかったじゃん?改めまして♪ボクは大木田繭葵、民俗学を研究しているのだ」

 エッヘンと胸を張って威張る繭葵の、見た目よりも随分と子供っぽい仕種に、俺は思わずプッと噴出しちまった。やっぱコイツ、スゲー可愛いな。
 だからホラ、蒼牙は繭葵を嫁にすればいいんだ。そうしたら、この辺鄙な田舎も明るくなるだろうに…子供も産めるしな。

「ボクねぇ、ホントはずっとこの村に居座りたいんだけど…あ、でも心配はナッシンよ?ボクは蒼牙様の花嫁になるつもりは全然!ないからね~♪」

「いや、そのつもりになってくれよ~」

 朗らかに『花嫁失格』宣言なんかしないでくれ。
 そんなの、俺がしたいくらいなのに…

「へ?光太郎くん、花嫁様になりたくないの??うっわー、それって勿体無いよ!だって、蒼牙様って性格はちょっとアレだけど、外見はバリかっこいいし、何よりお金持ちじゃーん♪女の子の憧れだよぉ」

 うへへへーと笑う繭葵に、俺は思わず項垂れそうになりながら、「それじゃ、お前が花嫁になればいいだろ」と言ってやった。すると繭葵のヤツは、俄かに嫌そうに眉を寄せて、冗談じゃないとビシッと人差し指を突き立てて天空を指し示したのだ。

「ボクは生涯独身宣言!なんてったって民俗学の研究に没頭したいからね♪だから、この繭葵ちゃんにドーンと任せなさいッ。小雛に負けないように応援するから♪」

「…普通は小雛の応援をするんじゃねーのか?」

「ノンノン♪繭葵ちゃんは楡崎光太郎くんの味方です」

 ウッシッシと拳で口許を隠して嬉しそうに笑う繭葵を見詰め、俺は力なく肩を落としながら聞いてみた。
 だいたい、何となく意味が判ったような気がするし…

「やっぱそれは、ヤヲイが好きだからなのか?」

「うは♪小説なんて書きません!」

 …母さん、ここにも妖怪がいました。

 なんだかとても嫌な雰囲気を漂わせる不気味な繭葵と分かれてから俺は、ガックリと肩を落として檜造りの豪華な風呂場に足を向けていた。
 名門の温泉旅館でも通りそうなほど、ここはどこの大浴場ですか?と聞きたくなる脱衣所で、もう皺くちゃで次は着れないだろうなと思いながら脱ぎ捨てた浴衣を竹籠に放り込んで、俺はゴワゴワしている下半身を取り敢えずなみなみと満たされている湯で洗い流した。
 簡単に身体を洗って広すぎて却って寂しすぎる浴槽に浸かって、壁に凭れるようにして溜め息を吐いた俺は、ふと繭葵と眞琴さんの遣り取りを思い出して考えてみた。

『楡崎って言ったら…』

『繭葵さん』

 眞琴さんはけして多くを語ろうとはしなかったけど、一睨みで射竦められた繭葵が言おうとしていた言葉の先はなんだったんだろう?
 うーん…まあ、考えて答えを出せるほど俺の脳味噌は優秀じゃないしな。後でコッソリと繭葵に聞けばいい。
 温泉の成分を含んだ心地好い朝風呂で心身の疲れを朝っぱらから贅沢に解しながら、俺はそれでも、あまりの心地好さにうとうとしていた。考えることが子供の頃から苦手だったし、どうせ、楡崎の家系なんかたかが知れているんだ、大方本家とは縁故がないとかそんなことなんだろう。
 まあ、やっと分家…と言うような間柄だってのは母さんにも聞いていたからな。そんな、今更驚くこともないんだから…繭葵には先手を打って言った方がいいのかもしれん。
 そんなことを考えながらフーッと溜め息を吐いていると、不意にガラリッと横開きの脱衣所に続くドアが開いた。
 うを!?もしかしてここって混浴!!?
 ビクッとして思わず溺れそうになった俺の前には、鍛え抜かれた肉体を惜しげもなく晒して、つまり隠す行為は一切なしのナチュラルボディの蒼牙が不機嫌そうなツラをして立ってやがったんだ!

「ななな…ッ!?」

「なんだ、アンタか。言い付けは伝わっていたようだな」

 清廉な朝陽が射し込む浴室の靄の中で光りを反射した不思議な青い白髪がキラキラと光っていて、蒼牙は不意に機嫌良さそうにニコッと笑った。その笑顔は、俺が今まで見た中でも飛び切り上等で、思わず溺れそうになっていた俺は羞恥心も忘れて見蕩れてしまった。
 確かに、繭葵が言うように蒼牙はバリかっこいいんだろう。

「い、言い付け…?あ、そう言えば桂さんが蒼牙に頼まれたことがあるって…」

「ん?聞いてなかったのか。ふん、まあいい」

 別に気分を害したわけでもなさそうに呟いた蒼牙は、平然と浴槽に入ってきて、その時になって俺は漸く我に返ると慌ててバシャバシャと水飛沫を上げながら入れ替わるように出て行こうとしたんだ。
 その腕を掴んだ蒼牙が、ニヤッと、あの上等の笑みを引っ込めて意地悪そうに笑いやがった。

「おい、どこへ行く?もちろん、一緒に入るんだ」

「はぁ!?…馬鹿だろ!お前、絶対おかしいだろッ」

 まあ、男の俺に昨夜散々なことをしてくれた蒼牙のことだ、こんな朝っぱらからでもこんな風に引き寄せながら、清々しい朝陽をマトモに拝めないようなキスをしてもどうってこたないんだろうけど。

「…ふッ…んぅ……ん、んーーーッ!!」

 それでなくても熱い湯に逆上せそうになっていた俺は、昨夜の名残のような濃厚なキスに溺れかけて、慌ててその端正な顔を引き剥がそうとした。でも、都会育ちの俺の力なんかどうってことないのか、確かにさっき目にした朝陽の中の蒼牙の肉体は引き締まって、無駄のない筋肉に覆われていた。毎日裏山散策でもしているのか、そうなると俺のなんちゃって腕力なんか平気で捩じ伏せられるよなぁ…ハッ!諦めるな、俺!!

「…ッ、んッ…め、やめろッ」

「やめない」

 ペロッと俺の唾液に濡れた唇を舐めながら、蒼牙は機嫌が良さそうにもがく俺の身体を抱き寄せる。
 そうはさせるかと、慌てて膝立ちになる俺の腰を掴んで引き寄せると、蒼牙はその整った唇を俺の胸元に寄せてきたんだ。ウワッ!…ちょっとそこは、拙い。

「~ッに!やってんだッ!!やーめーろーッ」

 ふっつりと立ち上がっている乳首に舌先を這わせて、それでなくても朝の生理現象に困ってしまっている俺としては、蒼牙の青い白髪を引っ掴んで引き剥がそうとする指先に力も入らない。

「…んんッ…」

 思わず涙ぐんで痺れるような快感に耐え忍ぶと、カリッと甘噛みされて、引き剥がすはずの蒼牙の頭を抱きかかえてしまう。やめてくれ、の言葉が悲鳴みたいな喘ぎになって、咄嗟にキュッと唇を噛み締めたら蒼牙のヤツがフッと笑った気配がする。
 クッソー!いつか絶対に殴るからなッ。
 双丘の窪みでひっそりと息衝く堅く窄まった蕾が、胸元に施される愛撫に微かに震えて、まるで湯に溶けるようにして力が抜けて僅かに綻んでくると、蒼牙は悪戯でも仕掛けるように肉襞を撫でやがったんだ!

「…ッあ!…ヒ…な、何を…!?」

 それまで散々煽られていた俺の意識が急に冷水でも浴びせられたようにハッキリと覚めて、蒼褪めたように蒼牙を見下ろすと、わざとらしくペロリと乳首を舐め上げた青白髪のご当主は、とても邪悪そうな笑みを浮かべて言ってくれました。

「晦までにはまだ時間はある。だが、慣らした方が俺の具合はいい」

 お前のためですか!?

「や、嫌だッ!!」

 慌てて引き剥がそうとしても、双丘を割られて人差し指の腹で窄まっている蕾を押し開くようにして撫でられると、居心地の悪い奇妙な落ち着かない感じに晒されて、不安になって却って蒼牙の頭に抱きついてしまうという悪循環をやらかしてしまった。そうすると、ヤツは満足そうに目蓋を閉じると味わうように乳首に吸い付いてくる。
 そうされるだけで腰が萎えそうなほど感じてしまう俺は、思わず尻を突き出すような形になって、戯れている蒼牙の指先に蕾を押し付けてしまう。

「…や、…嫌…い…だ」

 涙ぐんで蒼牙の髪に唇を押し付けながらどうしていいのか判らない俺がうわ言のように呟けば、不思議な青い白髪の持ち主は胸元に吸い付くようなキスの痕を散らして、貞淑に震える蕾の襞を確かめるように指先で辿っていく。

「やめ…怖……ッや…ッ」

 いつか指先が潜り込んでくるかもしれない…そんな恐怖に膝がガクガク震えて、俺は縋りつくようにして蒼牙に抱きついていた。
 ピチャンッと、天井から滴った水滴が敏感になっている俺の背筋を濡らして、ビクッと意識が逸れた瞬間だった。
 不意にグッと、揉み解されて柔らかく綻んでいた蕾に、蒼牙の男らしい太い指先が潜り込んできたんだ!

「ひぁ!?…グッ……痛ッ」

 妙に跳ね上がる声を上げて目を見開いた俺は、それから、節くれ立った指先がグイッと潜り込む、その強烈な圧迫感に思い切り目を閉じて唇を噛み締めた。思わず生理的に浮いた涙が零れて、ぽろっと蒼牙の頬を濡らしたようだった。

「…ん?指1本でもはじめはキツイか?」

「~…ッ!!あ…たり前だ…ろッッ!!」

 お前が一度犯られてみればいいんだよ!!

「…ぅあ…あ、んん……ッ」

 それじゃあ、とばかりに蒼牙は今度、はち切れんばかりに勃ち上がったまま放っておかれた俺の息子を掴むと、熱すぎる湯の中で先走りを零す先端をにちゅっと揉み込んだ。

「思った通り、感度はいい」

 満足そうにそんなことを呟いて、蒼牙は快楽に震える俺自身を握り込むとゆるゆると扱き出して、その快感を貪る俺の意識がソコから離れた瞬間、ヤツはもう少しグググ…ッと蕾に指を捻じ込んできた。

「痛ッ…このヤ…クソッ!指を抜ッ……」

「ふん?これ以上は狭いな。そうか、今夜はオイルを遣ってやる」

「…あ、アホゥ……ッ…」

 俺の言葉に怒っているわけでもないくせに、蒼牙のヤツは半分も含みきれていない指先を蠢かして何かを探っているようだったけど、結局、お目当ての何かが見つからなかったのか、軽い溜め息を吐きながら勃ち上がった欲望を揉み解すようにして扱いたんだ。
 その緩慢な仕種と断続的な痛みに身体を丸めるようにして倒れそうになった俺は、蒼牙の耳元に唇を寄せて切ない溜め息を零してしまった。たぶん、正気に戻ったら羞恥心で身悶えしまくるんだろうけど、その時の俺にはそんなことを考える余裕すらなかったんだ。
 ビクビクッと身体を震わせて抱き締めると、青白髪の当主はツンッと反り上がった乳首をねっとりとした舌先で舐めながら欲望の先端を揉むようにして尿道口に爪を引っ掛けやがる。

「ひぁッ!!…うあ…ぁ……くぅ…ッ」

 その圧倒的な快楽の波に攫われるような錯覚を感じて、俺は溺れる人のように無我夢中で蒼牙に抱き着いていた。蒼牙は挿入していた指を引き抜いて俺を喘がせると、腰を抱き締めるようにして白濁を吐き出す欲望を乱暴に扱いて最後の一滴まで搾り出してくれた。
 ねっとりとした舌先で歯列を割り開かれて…ああ、そうか、キスされてるのか。
 温泉の熱と快楽の余韻で一気に逆上せてしまった俺は、ガックリと蒼牙の膝の上に座り込んでしまい、貪られるままに濃厚な口付けを交わしてしまった。
 不意に下半身に灼熱のナニかが触れて、息子同士が挨拶すると言う居た堪れない状況に、それでも熱に浮かされた俺の思考回路は支離滅裂で、自分でも、もう何を言っているのかよく判らない。

「…ッ、お前…辛くないのか?」

「ん?」

「だって…イッてないだろ」

 俺の言っている意味を理解したのか、一瞬キョトンとした蒼牙はフッと笑って、ボーッとしている俺をぎゅぅっと抱きしめてきた。もう、あんまり気持ち良くってさ。されるが侭よ。

「晦の夜は思う存分抱くつもりだ、気にするな」

「ふーん…ツゴモリ?…そか」

 ちゃぷんっと、垂れ流しの湯量は豊富なのか、あれだけ暴れても常に湯はなみなみと満たされていたから、俺は半分出ている蒼牙の肩に頬を寄せて瞼を閉じた。
 ああ、気持ちいいなぁ…

「…背中を流させるだけのつもりだったが、これは思わぬ誤算だな」

「へぁ?」

 間抜けな声を上げる俺の耳元に唇を寄せて、蒼牙のヤツは楽しそうにクスクスと笑った。

「いや、嬉しい誤算だったな。だが、本来、花嫁と言うのはこうであるべきなんだ。アンタはおかしいよ」

 …俺がおかしいんじゃない、お前のその思考回路が奇妙に捩れて、他の人よりも性格が裏返ってるんだよ。
 まあ、こんな風に6歳も年下の男にいいように弄られて、喘ぎながらイッてるような俺だって確かに蒼牙が言うようにおかしいんだろうけどな。

「俺がおかしいように蒼牙だっておかしい。俺を花嫁なんて言いやがるし…はぁ」

 うとうとしていたら、不意に身体から滝のように湯を落として蒼牙が立ち上がった。
 ハッと気付いた時には既に腕に抱えられていて、唐突に羞恥心を覚えた俺は思い切り暴れてしまった。

「下ろせ!この馬鹿ッ」

「顔が真っ赤だ。上がるぞ」

 ガッシリした腕にガッチリと抱き上げられている状態じゃ、俺のなんちゃって体力が湯上りの気だるい疲れに適うはずもなく、思い切り頬を膨らませたままブスッと不機嫌面で仕方なく大人しくすることにした。チェ!もっと筋肉つけとくんだったッ。
 当主たる者は常に傍若無人でなければいけないのか、蒼牙はいつも問答無用だ。
 やめてくれとか、離せと言っても俺の言うことなんか聞いた試しが一度もない。
 まあ、当たり前か。
 コイツは大財閥の呉高木家の当主なんだ。

「桂、光太郎の分の朝食は俺の部屋に用意しろ」

「畏まりました」

 いつの間にそこにいたのか、ギョッとする俺なんかに目もくれずに桂は恭しく頭を下げて忠実に蒼牙の指示に従った。
 いや、ちょっと待て。
 初めての朝食に遅れるのもどうかしてるけど、列席しないってのは拙いんじゃないか?

「いや!俺もちゃんとみんなと一緒に食べるよ」

 桂から受け取った浴衣を器用に俺の上にかけながら蒼牙のヤツは、ムッとしたような顔をして容赦なく睨み据えてきた。その青味がかった双眸に睨みつけられると、条件反射で怯えてしまうのは何が原因なんだろうな、畜生!

「朝食の席で倒れるつもりか?部屋で休め」

「~あのなぁ…」

 頭ごなしの命令口調にムッとしたら、6歳も年下の男に怯えているのもどうかしてると思って、俺はその顔を覗き込みながら前髪から雫が滴る蒼牙の双眸を睨み返したんだ。

「桂!光太郎の着物を用意して朝食の準備を済ませろ」

「畏まりました」

 濡れている蒼牙の身体を大きなバスタオルで拭いて浴衣を着付けてしまった桂は、ビシッと言い付けられると、もう一度恭しく頭を下げて音もなく立ち上がり、そのまま「失礼します」と静かにその場から立ち去ってしまった。

「…あのな、俺の存在が恥ずかしいんならもうこんなことは止めにして、とっとと俺を家に帰したらどうだ?」

 盛大な溜め息を吐きながら首を左右に振ってそう言った俺を、蒼牙は呆れたような、小馬鹿にしたような目付きで見下ろしてくるとフンッと鼻先で笑いやがったんだ。

「俺がアンタの存在を恥ずかしがっているだと?面白いことを言うな」

「違うのかよ?」

 年下のくせにいちいち癪に障るモノの言い方をする蒼牙にムッとすると、ヤツは何がおかしいのかクックックッと笑い、それから思いきり爆笑しやがったんだ。

「な、なんだよ!?」

「本気でそんなことを思っているのか?謙虚な花嫁だな。愛されているとは考えないのか?」

「はぁ?愛…って、冗談だろ??」

 何を言いやがるんだ、このアンポンタンは。
 どこの世界に6歳も年下の野郎に「愛されてるから朝食の席には列席しなくてもいいのね♪」なんて考えるお目出度い馬鹿がいるってんだ?…まあ、花嫁候補として迎えられている小雛や、堂々と生涯独身宣言したあのお目出度い妖怪が心の変化を見せるのであれば、繭葵なら考えられないこともないけどなぁ。
 第一、男にそれを要求すること事態、やっぱ蒼牙の方がどうかしてる。

「俺はアンタを誰にも見せたくない。できれば俺の部屋に閉じ込めておきたいぐらいだ。だが、当主の妻は常に家を守り、村を守る存在でなければならない。村人にも当然愛されて然るべき存在だからな、苦渋の思いで出歩くことを許しているんだぞ」

 朝陽を受けながら真摯な双眸で見下ろしてくる蒼牙の瞳に見つめられて、図らずもドキッと胸を高鳴らせてしまった俺っていったい…顔を真っ赤にしてギクシャクと目線を逸らすと、
俺は唇を尖らせてブツブツと話しを逸らすことにしたんだ。
 いや、そうじゃないととんでもない方向に話しが向かいそうで、地雷原に無謀に踏み込むつもりなんか毛頭ないからな、賢明な判断だったと思うぞ。

「だいたい、こんな朝っぱらか何してたんだよ?」

「ん?朝稽古さ」

「稽古?」

 肩を竦めた蒼牙は、浴衣を掛けられただけでスッポンポンの俺を両腕で抱えたまま、さっさと脱衣所を後にして廊下を大股でズカズカと歩きながら説明してくれた。

「真剣で常に精神を鍛えている。まあ、古武道なんだが…神道呉高木光陰流ってのは知らないだろうな」

 乗っけから否定的だなぁ…まあ、知らないけど。

「へえ…って、なんだそれ?」

「ふん。居合道なんだが、明日にでも見せてやろう」

「へ?ホントか??」

 思いもよらない申し出に、正直ちょっと嬉しくなってしまった。
 居合い道ってなんだ?真剣…って言ってたし、剣道みたいなもんかな。
 ワクワクして蒼牙を見上げると、朝陽を浴びて青い白髪がキラキラしている呉高木家の当主は、男らしいキリリとした口許をキュッと釣り上げて微笑んだ。

「早起きしろよ」

「う、努力する」

 その為にも夜はチョッカイ出すんじゃないぞと軽く睨んだら、蒼牙は声を上げて笑いながらそれについては何も言わなかった。
 いや、ちょっと待て。
 返事がないってことは、今夜もやっぱり犯られるってことなのか??
 ぐはっ!勘弁してくれ…

「…出歩くことは構わんが」

 不意に蒼牙に言われて、トーンが低くなった声の慎重さに気付いて、顔を真っ赤にしてドキドキしていた俺は訝しく眉を寄せてその顔を見上げた。

「裏山の中腹にある神堂には近付くな。あれはこの村の禁域だからな…当主である俺を除いては、『弦月(ユミハリ)の儀』の時にのみ巫子しか出入りはできない」

「ふーん、そっか。よし、判った」

 素直に頷く俺をチラッと見下ろした蒼牙は、ホントにコイツ判ってんのかな?とでも言いたそうな顔をして僅かに眉を寄せたけど、口許に笑みを浮かべたまま恐ろしいことをサラリと言ってのけたんだ。

「立ち入れば命はないと思えよ」

 …家に帰らせてください。
 どうしてこう、この村と言いこの呉高木家と言い、なんか胡散臭いんだろうな。でも、蒼牙から言われてしまうと繭葵じゃないが、どうしても反抗できないような威圧感があるからビビッちまうのは仕方ない。
 禁域とされている神堂に立ち入ったら、なんかホントに殺されそうな気がして、俺は乾いた笑い声を上げながらウンウンッと首を縦に振ったんだ。
 蒼牙はそんな俺を見下ろしていたけど、フンッと鼻先で笑って肩を竦めるだけでそれ以上は何も言わなかった。
 だからこそ。
 「命はない」発言が殊更本気に思えて、俺は腹の底から神堂には近付かないと誓ったのだった。

 結局、朝飯は問答無用で蒼牙の部屋で食う羽目になったんだが、それでも一息吐いたら逆上せも治まったのか、俺はまた暑くなりそうな空を見上げて裏山を登ることにしてみた。
 どうしてこう、俺は押しに弱いんだろうなぁ…
 深々と溜め息を吐いていたらふと話し声が聞こえて、俺はキョロキョロと辺りを見渡してみた。
 いや、でも人影は見当たらない。
 はぁ、当たり前か。
 ここは呉高木家のご当主の山で、村人が簡単に立ち入ることなんかできないんだ。
 そもそも、この山自体が1つの巨大な神社のようなもので、神山として崇められてるんだよな。頂にはご神体があって、本格的な神社は確か天辺にあるんじゃなかったかな。
 これは眞琴さんが教えてくれた情報で、中腹には池があるんだが、その近くに今日教えてもらった神堂があるってことか。
 蒼牙は確か『弦月の儀』の時には巫子と当主が入って、それ以外の時は当主である蒼牙しか立ち入ることができない場所って言ってたしなぁ…繭葵は民俗学を研究しているって言ってたから、さぞかし入りたくてウズウズしてるんじゃないか?

『…御は男衆並みの体格だそうじゃ』

『大きいのか。そうか、子が楽しみじゃのう』

 ニヤニヤ笑いながら歩いていると、唐突にまたボソボソと話し声が聞こえてビクッとした。
 …いや、心霊現象とかそんなに苦手とは思っていなかったけど、こうして何かの声を聞いてしまうと、俺じゃなくてもビビるんじゃないか?
 こんな村で妖怪じみた連中が棲んでいるんだ、何が出てきてもおかしかないんだろうけど…
 風が、今更になってザワザワと青々している翠の葉っぱを揺らしたりするから、それまで清々しく思えていた風景が一変しておどろおどろしくなったと思うのは俺の気のせいじゃないはずだ。
 真っ青になりながら頭上を仰ぐ俺は、出来るならこのまま立ち去ったほうがいいんじゃないかとさえ思えてきた。

『見てくれはどうなのかのぉ』

『儂は見てくれよりも心根が知りたいのぅ』

 様々な声を渦巻くようにして風が吹き上げていくのを、殆ど蒼白になった顔でどんな表情をしたらいいのか判らなくなっていた俺は、膝頭が笑い出しそうになるのを必死で堪えていた。
 いや、そんなこと堪える前に逃げろ、俺!
 ダッシュか?いや、ここは突然襲い掛かられるのも嫌だからな、忍び足で逃げるべきか?いやいや、やっぱ普通に何事もなかったかのように元来た道を歩いてだな…とか、突っ立ったままでグルグルと脳内をフル回転させて考えていたら、ん?何かあるぞ。
 整備されていない山道の砂利を蹴りながら歩いていくと、茫々に伸び放題の草に埋もれるようにして小さな地蔵が5体並んで立っていた。誰も拝む人がいないのか、呉高木家の住人たちは既に忘れてしまっているのか…どちらにしても、草ぐらいは刈ってやるべきだ。
 それから、先に行ったところにある小川で水を汲んで…うん、掃除してやろう。

「よう、地蔵さん。呉高木の連中も酷いよなぁ、地蔵があるんなら掃除ぐらいしてやれよ!ってな」

 ヘッヘッヘッと笑いながら草をブチブチ引き抜きながら、誰に言うともなく呟いて、いや、俺自身の不平をブチブチ愚痴っている間に、案外早く片付いちまった。

「おお、なんだ。スゲー可愛い地蔵さんだな」

 草の中から姿を現した小さな地蔵たちは、仲良く並んでまるで微笑んでいるような表情が刻まれている。その笑顔に似合うように、綺麗になった山道は元の清々しさを取り戻したような気がする。

「あとで水を汲んできてやるな。遠慮するなって、どーせ俺はヒマなんだ」

 立ち上がって伸びをしていたら、おおそうだ。

「忘れてた。桂さんがお菓子をくれたんだ。干菓子って言う京都の品なんだってさ。俺、甘いの苦手だからお供えするよ」

 5人分にしては少ないかもしれないけど、お昼前に腹が減ったら召し上がってくれって言って手渡された程度だからなぁ…まあ、いいか。
 桜色の和紙に包まれた小さな花を模した干菓子を供えてしゃがみ込んだ俺は、パンパンッと両手を打って深々と頭を下げて祈った。
 どうか、今夜こそは蒼牙の魔の手から逃れて安眠できますように、と。

「さてっと。水を汲みに行って、ちょっと磨いてやるかな」

 よっこらしょッとまるでジジィのような掛け声を反動にして立ち上がると、フワッと、ジリジリと暑くなり始めた山中にあっては珍しく涼しい風が吹いてきた。いや、山の天気は変り易いって言うし…普通なのかな。
 まあ、いいやと思い直して歩き出す俺の背後で、何か声がしたような気がした。

『あれが嫁御かのぉ』

『龍の子の嫁御じゃ』

『なんとまあ、男衆のようじゃ』

『心根はおなごよりもやわらかいのぉ』

『龍の子の嫁御は、心根も良く美しいのぉ』

 ザァ…ッと風が吹いて、何か言っているはずの声は掻き消されてしまった。いや、もしかしたら声なんか最初からしていなくて、俺の空耳だったのかもしれない。
 うん、きっと空耳なんだろう。
 振り返って聞き耳を立ててみたけど、結局その後は静まり返った山中に清らかで清々しい鳥の声が高く澄んで聞こえるだけで、声らしい声なんか何も聞こえやしない。まあ、こんな場所に来て23年間の全てを否定しろと言われ、尚且つ今までで起こらなかった珍事が立て続けに起こりまくったんだ、空耳の一つや二つや三つや四つぐらい聞こえたって…ははは、仕方ない。
 さて、地蔵さんたちに水でも汲んでくるか。
 俺ぐらいは、この忘れ去られた地蔵たちの世話をしてやろう。
 どーせ、俺は暇人なんだ。
 歩いていてハタと気付いた。
 あ、そうか。バケツとか持ってこないと
 仕方なく振り返って戻ろうとした時、山の中に人影を見たような気がして目を擦ったら、淡い桜色の着物を着た腰までも長い艶やかな黒髪の女の人が山中に向かって歩いて行った。そっちに行ったら道に迷うじゃないかと心配になったけど、まあ、この山にいるってことは呉高木の家の者なんだろうなと安直に思って俺は、元来た道を引き返そうとした。引き返そうとして、山道の真ん中に小雛が立っているのに気付いたんだ。

「…こんにちは」

 小雛はちょっと恥ずかしそうに俯いて、モジモジしながらはにかんでいる。
 大きな瞳は瞑れば音がしそうな長い睫毛に縁取られていて、上目遣いに見上げられればどんな男も思わず凄まじい庇護欲にそそられるだろうと思う。現に俺もそうだし、蒼牙のヤツが小雛に見向きもしないところが…ああ、アイツって本当に変態なんだなぁとつくづく思い知ってしまう。
 いや別に、ホモが変態ってワケじゃないんだが、俺の許容範囲を越えているってだけさ。

「こんにちは。散歩かい?」

「ええ、光太郎さんも?」

 男と話すことに免疫がないのか、小雛はモジモジしながら後ろ手に組んでニコッと笑っているけど、どこか今にも逃げ出したいような雰囲気があるからな。
 そんな無理して話し掛けることもないだろうに、そう言う努力は花婿候補の蒼牙に対してするべきだと思うぞ。

「俺は、ちょっと裏山探検かな」

 へへへッと笑って頭を掻いたら、小雛はクスクスと笑って少し緊張を解いたようだった。でも、すぐに山の中で何か物音がするとビクッとして、まるで警戒心の強い小動物のように身体を硬くしちまうんだ。たぶん、こんな山に来たことがないんだろう。
 蝶よ花よってな感じの、温室育ちのご令嬢ってヤツじゃねーのかな?
 蒼牙のように俺様至上主義の不遜大魔王には、確かに俺や繭葵のようなヤツじゃなくて、こう言った従順そうな小雛が良く似合うと思うんだけどなぁ…まあ、エッチの点で言えば、まだ本番はされていないけど相性は合うのかもしれないけど…ハッ!?何を言っちゃってんの、俺!!
 ヤベーと真剣に考え込んで項垂れてしまった俺に、小雛は不思議そうな表情をして小首を傾げている。どうかしたのかなと、その可憐な表情が困惑している。

「探検と仰っても、その格好では大変じゃありませんか?龍刃山(リュウジンヤマ)は標高は低いですが、矢張り山は山なので…」

 浴衣姿の俺が疲れているのだと思ったのか、小雛は困ったように笑いながら控え目にだけど忠告してくれた。
 さすがに直哉が当主のために見立てた娘たちだ。ちょっと変わっている繭葵にしても、この小雛にしても、特別に綺麗で上品だし、可愛くて女の子らしい。
 ああ、だから頼むよ、蒼牙。
 この2人のどっちかと結婚してくれって言う、やっぱ直哉が正しいんだと思うよ。
 花嫁はこの2人のどちらかが最適だって。

「それが、案外そうでもないんだよね。小雛の方がそんな格好じゃ辛いんじゃないのか?」

 ピンクハウスの可愛いワンピースを着ている小雛は、夏にしてはちょっと暑苦しくも感じるけど、真っ白な肌が太陽の光で透き通ってて却って爽やかに感じるからいいのか。
 小雛はちょっと頬を赤くして、モジモジしたように俯いてしまった。

「私は大丈夫です。でも、その…光太郎さんは、蒼牙様の愛を受けてらっしゃるから…」

「グハッ!!」

 あ、そうか。
 小雛も俺と蒼牙の関係は知ってるんだよな!?
 うっわー、なんかまともに小雛の顔が見れなくなっちまった。つまり彼女は、俺が蒼牙と朝っぱらから致してしまったことを、たぶん、伊織さんから聞いていたんだろう。それなのに、山ん中で平然と散策してりゃ身体の具合を心配されても仕方ねーのか。
 ああ、なんかガックリと落ち込んじまいそうだ。

「…私、ずっと蒼牙様の許嫁だったんです。だから、12歳の時に破談するまで、もうずっと蒼牙様のことしか考えていませんでした」

 スカートを掴んでモジモジと手遊びしながら俯いて語る小雛は、やっぱり何か言いたかったんだろう。それでも、俺なんかに気を遣いながら言葉を選んで、おまけに笑ってやがる。

「今までもそうでした。これは何かの間違いなんだろうと思っていたんですが…こうして光太郎さんにお会いしたら、本当のことだったんだと理解しました」

 蒼牙は酷いヤツだ。

「いや、小雛。俺は違うんだ、そうじゃない…」

 小雛は少し上目遣いに見上げてきたけど、長い睫毛が縁取る綺麗な瞳を瞬かせてニコッと小さく笑ったんだ。

「私、晦の儀までいますけど、どうぞ仲良くしてくださいね」

 それだけ言うと、ペコリと頭を下げてから小雛は小走りで行ってしまった。
 何か言おうと開きかけた口を言葉と一緒に噤んでしまって、俺はぼんやりと突っ立ったままで動き出すことができないでいた。
 俺は違う?
 そうじゃない?
 どうしてそんなことが言えるんだ?
 俺は。
 俺は…蒼牙と肌を重ねている俺は?
 蒼牙が与えてくれる快楽に、嫌だと拒みながらもすぐに陥落して溺れてしまうくせに。
 蒼牙に、知らずにもっと…と強請る浅ましいこの俺の、いったい何がそうじゃないんだ。
 あまりにも色んなことが一気に起こり過ぎて、頭がグルグルしてもう何も考えることができない。蒼牙のことをどう思っているのかとか、自分の置かれている今の状況を把握することだとか…そんなこと、できれば全部、投げ出せたらこんなに悩まなくてすむんだけどなぁ。

「はぁ…考えたって仕方ねぇ。確か晦の儀まで15日あるんだったよな。その間に…どうするか考えよう」

 この村から逃げ出して借金苦に苦しむ母さんの顔を見に帰るのか、23年間生きてきた全てを否定して、心もない年下の男に抱かれながら生涯を終えるのか…
 俺は溜め息を吐いた。
 山の中に拭く涼やかな風が、俺の溜め息を吸い上げて空に舞い上がっていった。