Act.35  -Vandal Affection-

 タユと俺は格納庫のような場所を離れると、その先にあるはずの補助電力装置に向かって足を進めた。補助電力装置とは、何かしらのアクシデントが発生した時に限って起動して電力供給用の供給を行う装置…つまりは自家用発電機と同じような物だ。ここの地下施設の総電力の80%を地下に設置された原子力発電機から補っていて、その他の20%は表向きに公開されているらしい太陽光発電、ソーラーパワーで補われていると言うことだった。
 言うことだった…と付け加えたのには、ここまでに来る道中でタユが俺に話してくれたことを簡単に纏めたってだけのことなんだ。

「この発電機をどうやって動かすか…タユ、ちゃんと考えてるんだろうな?」

 前方を進むタユに声をかけると、ヤツは肩越しにちょっと振り返って肩を竦めるぐらいだった…ってことは、何も考えていないから全く期待なんかできないってワケなんだろう。やれやれだ。
 歩調をやめた俺たちの目の前に息を潜めて冷たく、ひっそりと佇む『鉄の箱』を見上げながら、俺は溜め息を吐きながらもう脂っぽくなってしまった頭を掻いた。

「…まあ、そんなことが判るぐらいだったらこんなとこには来てないか」

「そりゃ、そうさ…と、言いたいがそうも言ってられないようだな」

「!?」

 タユは振り返りざまに俺が持っている銃を押さえつけたんだ。
 俺たちの視線が眩しいライトの光の中に微かに黒光りした銃口を認識した瞬間、激しい衝撃が肩を襲ってきやがったんだ!!
 チュン!!

「痛…ッ」

 その銃口から飛び出した弾丸が僅かにタユの頬を掠ったが、続けざまに発砲された銃弾が当たる場所には既に俺たちの姿はなかった。

「ヘイ!誰だ、オレたちは化け物じゃないぜ!」

 タユは銃を握り締めて構えながら、飛び込んだ発電機の物陰から発砲してくる人影に向かって叫んだ。その人物はタユの流暢な英語を聞いて少し驚いたのか、すぐさま声を上げて叫び返してきた。

「ま、待て!もう、発砲はせんぞい!!」

 その声が響くとすぐに鉄の階段がカンカンと金属的な音を立ててその声の主が近づいて来ることを告げた。

「どうする?危険なヤツじゃないなんて保証は、これっぽっちもないぞ」

「でも、相手の方からやって来るんじゃこのまま逃げ出すことも出来ないし…」

 俺とタユが顔を見合わせて相談していると、両手を上げて白髪の老人が白衣姿で現れたんだ。
 薄暗い室内に姿を現したソイツは、白衣の下に水色のお洒落なワイシャツを着て、少しセンスの欠けたネクタイが解けかかるように首に巻かれていたし、ねずみ色のスラックスは所々にオイルでも付けたのかシミがまだらに出来ていた。
 どうやら、随分と長い間、この施設で働いていたんだろうってことは判った。

「ハハハッ…すまんね、年寄りになると何事にも臆病になってしまうんじゃ」

 声が僅かに震えていることに気付いたときには、白衣の爺さんの視線の先はタユが向けている銃口の先を捕らえていた。

「ジジィ、アンタは何者だ?」

 タユが油断なく顎鬚を蓄えている白髪の老人を見据えながら顎をしゃくると、爺さんは一瞬、タユの迫力に気圧されたのか、躊躇したようにジリッと後退ったんだ。
 そりゃあ、互いに油断の出来ない緊張した空間に居ることには間違いないんだし、俺たちも爺さんも、相手がどんなタイプの人間かも判らないんだ。ましてやヤツが、フィリップのような人種だったとしたらマジでヤバイじゃねーかよ。

「そんな怖い顔をするな、ほれ、ワシは銃も捨てるぞ」

 慎重にタユの動向窺いながらそう言うと、爺さんは殊の外あっさりと手にしていたハンドガンをガシャンッと重い音を立てながら鉄の床に投げ出した。
 この爺さんは、俺たちを油断させるつもりなのか?

「何を企んでやがる?」

「なーんにも、じゃ。それよりも、君たちの様子から察するに下層階からここに来たんじゃないのかね?」

 爺さんはわざとらしい惚けた顔に汗を滲ませながら肩を竦めてそう言った。

「…どうしてそう思うんだ?」

 タユが油断なく白髪頭の爺さんを見据えながら皮肉気に片頬を歪めて斜に構えて顎をしゃくると、白衣の爺さんは少し諦めたような表情をして首を左右に振って話し始めたんだ。

「ここの発電機は施設内の電力に異常をきたした時に自動運転を始めてそのトラブルを回避するよう設計されておるんじゃ。そして、ワシはこの施設内の動力源を生み出す装置の設計者でもあるから、君らがここに来たことによってピンときたんじゃよ…」

「じゃぁ、どうしていきなり発砲したんだよ?」

 タユは腕を組むと、白髪の爺さんに間髪入れずにさらに追求したんだ。
 爺さんはギョッとしたように瞠目したけど、すぐに肩を竦めながらそれでも消えるような声でゴニョゴニョと何かを呟いている。

「まあ、それは大目に見るとしてだ。ジジイはこの厄介な代物を動かすことが出来るってことなのかい?」

「無論じゃ。そもそも…」

 爺さんの語りが入ろうとするのを俺は焦ったように横から止めたんだ。
 冗談じゃない、長ったらしい説明なんか聞いてられっかよ!

「余計な説明は後で聞くから、とにかく早く起動させてくれよ!」

 俺はヒョイッと眉を器用に上げる爺さんの、その胸倉を掴みかかる勢いで詰め寄った。

「せっかちな奴等じゃのぉ。とにかく何をするにもあそこの制御室に行かん事には始まらんじゃろうよ」

 俺たちは爺さんが指差した方を見た。
 確かにこのフロアのどこにもこの装置を起動させるような端末は無い。

「まあ、お前さんがた。せめて自己紹介ぐらいはしてもいいんじゃなかろうかね?」

 肩を竦める爺さんに、どうやらその言葉に嘘は無いようだと思った。
 どうしてそう思えたかと言うと、俺たちに肩を掴まれた小柄なその爺さんは、背中を押されながら半強制的に制御室へと促されているにも拘らず、まるでとても嬉しそうに、そう心底嬉しそうに見えたからなんだ…

「で、どうして起動できないんだ?」

 汗を袖で拭きながら端末で必死に原因を調べる爺さんの背後から、低い声で唸るようにしてタユが苛々と腕を組んで首を左右に振っている。

「原因は起動プログラムに損傷があるようじゃのう…修正プログラムを呼び出してリペアさせるまでに時間が必要じゃよ」

「時間って、どのくらいかかるんだ?」

 矢継ぎ早の質問にも、爺さんが申し訳なさそうに言う。

「一時間から二時間と言うところじゃろうな」

「“じゃろうな”じゃねーだろ?早く何とかしろ!!」

 タユがしょぼくれた爺さんの襟首を掴んで持ち上げると、今にも食いつくんじゃねーだろうなと思うほどの胡乱な殺気を孕んでニヤニヤと笑ってその皺だらけの苦渋に満ちた顔を覗き込んでいる。いい加減、タユもキレそうなんだろう。
 いや、判らなくもないけど、それはちょっと爺さんの体力からして乱暴するのは拙いんじゃねーかなと…

「く、苦しい…若いモンはすぐに短気を起こしていかんな、人の話は最後までキチンと聞くんじゃ!!」

 そう言いながら苦しそうにしている爺さんを、俺は額に血管を浮かべてニッコリ笑っている不気味なタユから引き離したんだ。タユはすぐにそんなふざけた態度をやめると、まるで納得がいかないんだとでも言いたそうな顔をして俺を一瞬睨むとフンッと鼻を鳴らしてそのまま俺たちに背を向けて外方向いちまった。

「さっきも言っただろうが。ワシはこの施設の動力源を全て任されているアレックス・キーブスじゃ。こう見えてもその道のプロなんじゃぞい」

「ここで言うところの“ハカセ”ってヤツか?」

「ワシャ、専門家を博士と呼ぶかどうかまでは知らんがのう……まぁ、ワシのことはおいおい話すとして、先に起動方法を説明せんと後ろでヘソを曲げておる若造の機嫌が直らんじゃろうて…」

 そう言うとモニターにこの施設内の動力系統図を表示させた。

「このエリア以降と一部のセキュリティがメイン稼動している発電システムの太いラインで繋がっているんじゃよ。ここと…そう、ここじゃ」

 そう言うとビデオモニタにはその配線の詰まった管が何本も通っている先が映し出された。
 だが、何かしらのアクシデントでコンクリートの天井や壁が瓦礫となって配管を下敷きにしていた。それは素人の俺たちが見ても「こりゃ切断は免れないな」って思うような光景だったんだ。

「これが原因じゃろうなぁ。細かいセキュリティ系統は各フロアに別の手段で配管されているはずじゃから、電力を供給すれば…」

 アレックス博士がモニタを切り替えた。

「このゲートが開くと言うことじゃ。ここじゃろ?お前さんたちが進みたがっとる道と言うのは」

 背後のモニターには息を潜めた分厚そうな扉が映し出されていた。

「…」

 とても人間の腕だけじゃビクともしないんだろうなと思うその扉の、無言の威圧に言葉なく俺とタユは食い入るようにモニターを見つめていた。
 そうだ、でも。
 きっとあの扉の先に須藤と桜木が居るはずだ。一分でも、一秒でも早く出会う事を考えなくちゃな。
 そう、何もかもが手遅れになってしまう前に…
 息を殺して見守る俺たちの横顔を見ていたアレックス博士が、何かを感じたのか、それともこんな状況下からの当てずっぽうだったのか、目をショボショボさせながら呟いたんだ。

「…何やら事情がありそうじゃのう。どうしてもその先に進まなければならないことは痛いほど判る。判るんじゃが、ワシから言わせてもらえばこのまま引き返したほうが良かろうよ」

 アレックス博士はパッとモニタを制御画面へと切り替えると、呆然と、たぶん今の俺たちの姿って言えば迷子の子供みたいに頼りないに決まってんだろうけど、振り返りながら爺さんは俺の顔を見たんだ。

「引き返す?それはどういう意味で言ったんだ」

「この先のエリアがどういう施設かお前さんたちはちゃんと調べているんじゃろう?」

「うっ…」

 俺とタユは思わず顔を見合わせて、ほぼ同時に言葉を詰まらせた。
 正直なところ、殆どが『体当たり行動』ばかりで何も考えていない。
 考えている事と言えば単純に階を降りて行く事だけだったからなぁ…
 実際のところ、タユの行動には一連に洗練された部分があるから、きっとコイツは何か考えとかあって行動してるってことは判る。いや実際、もしかしたらタユにはアレックス博士が何を言おうとしているのか、本当は判っているんじゃないかとすら思える。今のタユは、ほとんどが俺に振り回されてるような状況だし…
 だが、そんな俺の視線をどう誤解したのか、タユは肩を竦めるだけで何も言おうとはしない。
 ああ、こんなことならタユの寄越した地図をもっとよく見ておくべきだったな。

「この先は、人体を使った試験…つまり、人間をモルモットに薬の研究を行うエリアに入るんじゃ。そこはな、映画や小説なんかで読むような甘いもんじゃないぞ。生きた人間が研究材料にされているんじゃからな。どうだ、ゾッとしない話じゃろう?」

「それでも…」

 俺は一瞬言い淀んで、それから首を左右に振ったんだ。
 人間をモルモット…そうか、あの時あの変態野郎が言っていた言葉は、強ち嘘ではなかったんだな。

「それでも、俺たちは進むしかないんだ」

 まるで遠くでも見るような、何かに思いを馳せるように双眸を細めた爺さんはやれやれと溜め息を一つ零した。

「危険を通り過ぎた場所に敢えて飛び込むようなマネが出来ると言うのも、若いうちだけの特権なのじゃろう」

 ついでのように苦笑いしながら、博士は俺たちの要望を満たすためにシステムの起動プログラムを修正し始めたんだ。