Act.38  -Vandal Affection-

 6時間54秒。
 それが俺たちに残された時間。
 この時間を過ぎればセキュリティ機能が停止する上に俺たちをと須藤達をとつないでいるラインが切れてしまう。
 そうなれば助け出せる可能性が限りなくゼロに近付くってことだ…
 ただ、どうしてゼロ近付くってだけで完全にゼロってワケじゃないかと言うのは、メインフレームの原子炉からできる電力供給が可能なら “手動で引く事で救出ができるようになる”という手段がまだ残されているからだ。
 でも、この手段は今の俺たちが選択できるものじゃない。
 なぜならそれはアレックス博士の話でも判るように、主電源の原子炉自体がその機能を十分に果たせていないと言っている以上、その強大なエネルギーを何の知識も持っていないような俺たちが簡単に扱える代物じゃないって事は明白だからな。
 まぁ、それができるようなら自家発電機をわざわざ再起動させたりはしてないよ。
 何より一番心配しなくてはならない事は、須藤達に残されている“時間”がもっとも重要ってことだ。
 そんな考えが頭の中を駆け巡っていた時だった。

「なぁ、コータロー」

 俺の前方を注意しながら先に進むタユが不意に声を掛けてきた。

「なんだよ?」

「…ヨシアキやヒトミって本当にこの先のエリアに居るのかい?」

「はぁ?」

 俺はそんな拍子抜けしそうな台詞に、タユに向かって間抜けな声を上げてしまった。
 そんな俺に気付いたのか、タユも足を止めると肩を竦めながらなんとも言えない表情をして振り返ったんだ。

「アレックス博士の操作する監視カメラに二人の姿は映ってなかったからさ。いや、少なくともオレには見当たらなかったってワケだけど…」

 タユがなんとも言い難そうにしながらも、そんな風に素朴な疑問を俺にぶつけてきた。
 確かに、良く考えてみたら俺にしても、その疑問に答えられるような記憶がない。
 むしろ、どうしてこの先に二人が居ると確信しているかさえ不思議に思えるんだからどうかしてる。

「そ、そう言われれば俺も、どうしてアイツらがそこに居ると思っているんだろう?」

 一瞬、俺たちの間に微妙な沈黙が続いた。

「まっ、先に進むイコール生きてりゃ二人に会えるってことだ!」

 タユがそう言って気軽に俺の肩を叩く。
 深く考えても答えは出ない。
 それに…何よりもそのカメラに二人の『最悪な状況』を見たわけじゃないんだ。タユと上の階で再会できたって事も、先を見て進んだ結果だったんだしな。
 そう考えて、できるだけ思い込むようにした時だった。
 不意にタユが神妙な顔をして俯いている俺の肩を掴むと、いきなり引き寄せるようにして俺を抱き締めたんだ。

「た、タユ?」

 ギョッとして目を見開く俺の髪に頬を寄せて、タユは感情を押し殺したような口調で言った。

「たとえ二人が、どんな状況になっていても、オレ達の手で救い出してやろうな」

 一言一句を区切るようにして、それは俺に言っているのか、それとも自分自身に言い聞かせているのか、タユは静かな口調だった。

「タユ…」

 身体を離すようにして俺の顔を覗きこんできたタユの漆黒の双眸が、僅かな光を反射させて強い意思を物語っているようだ。
 ああ、そうだな。
 タユ、お前が言おうとしていることは俺にだって良く判る。
 たとえ、たとえどんな姿になっていようと俺たちの手で、それがどんな方法であっても、この手で助け出そう。
 そんな風に渦巻く感情を押し殺したような瞳で見られてしまうと、俺は気恥ずかしさも忘れて、なぜだろう?タユに身体を預けるようしてその肩に額を押し付けてしまう。
 その時だった。

「コイツはたまげたな!何をおっぱじめるかと思えば男同士でメロドラマかよ?」

 その声に俺とタユはバッと離れると素早く銃を構えた。
 パン!パン!!
 乾いた音がした直後に金属が弾かれるような音がして、俺とタユの手から銃が弾けるようにして落ちた。

「クッ!」

 タユが悔しそうに唇を歪めると、低い声の主は薄暗闇の向こうからクックックッと笑い声を響かせやがたんだ。

「まぁ、無駄な抵抗はよせよ。この先じゃ、そんな鈍い神経してると一時間も生きてられないぜ?」

 低い声で笑っていたソイツが、薄暗闇の中から姿を現した。
 暗い目付きをした男は平凡なジーンズにTシャツといった姿で、配管に凭れ掛かりながら俺たちに銃口を向けたままで何か面白いものでも見ているようにニヤニヤと笑っている。

「お二人さんはゲイか?クククッ…」

 チッ、ムカつくヤローだぜ!
 そう思いながらタユを横目で見ると、素っ気無いムッとしたような表情をしているくせに、その目付きはさり気ない仕種で油断なく相手の隙を窺っているようだ。
 タユのヤツ、何か考えがあるのか?
 そう思ったら俺は、できる限りヤツの興味がタユにいかないように注意を引くことにした。

「なんだよ、俺たちがそーゆー関係じゃマズイことでもあるのかよ?」

 一瞬、タユがチラッと俺を見た。
 その目付きは…って、何、お前が動揺してんだよバカ!!

「クククッ、めでたい連中だな。この状況を判ってんのか?」

 男が馬鹿にしたように笑ったその瞬間、銃口が下を向いたその僅かな隙をタユが見逃すはずがない。
 ビュッ!
 俺の横で風を切るような音がすると、鋭い光の矢が男の銃を握る手に突き刺さる。

「ギャッ!」

 すかさずタユは床に落ちたハンドガンを拾うなり、まるで猛獣が獲物を仕留める瞬間のような素早さで間合いを詰めたんだ。

「おっと、形勢逆転だな。アンタがカルロス・ヴァンジェリスかい?」

 タユが足元の銃を俺の方に蹴ると、手を抑える男のこめかみに銃口を押し付けながら片手で男の腕を捻り上げた。

「グッ、どうして俺の名を!?」

 こめかみに銃口を押し付けられて忌々しそうに歯噛みしていた男は、驚いたようにその痛みに歪む目を見開いてタユを、それから俺を交互に見た。
 だから、その質問には俺が答えてやった。

「アレックス博士に紹介されたんだ」

「アレックス博士に?」

 不意に男がキョトンとした顔で俺の方を見た。

「ああ、そうだ。それにしても、爺さんが言ってた男にしちゃ穏やかなヤツじゃないな」

 タユがそんな風に皮肉げに唇を歪めると、その腕をさらに捩じ上げた。

「イテテテテッ!あー、悪かった!博士の知り合いだって判ってりゃあんな事はしちゃいねーよ!」

 苦しそうに顔を歪めるカルロスが呻きながら喚くと、肩を竦めるタユに懇願した。

「頼む!もう何もしやしねーから放してくれッ!手のキズが痛てぇんだよ!!」

 カルロスが顔をめい一杯に歪めながら言うように、ヤツの手からは鮮血が幾筋もポタポタと流れ落ちていた。
 俺は男の手から流れてる血を見て、タユに目で合図を送ったんだ。
 素っ気無い素振りで肩を竦めたタユが掴んでいた腕を投げ出すようにして離してやると、カルロスは痛む腕を庇うようにして擦りながらブツブツと悪態を吐いた。

「たく…とにかくここから離れた方がいい。血を嗅ぎつけてヤツが来るかも知れないからな」

 不意に、憎々しげに吐き捨てるカルロスのその台詞に、何か引っ掛かった俺が口を開こうとしたが。

「ヤツ?何だそりゃ?」

 タユの方が一足早く反応して、下唇を尖らせながら胡散臭そうな顔をしたんだ。

「おいおい、何も知らないんだな。ここにはあらゆる状況試験に合格した『コード』っていう生物兵器が警備を任されている区画なんだ。つまり、簡単に言えば…」

「戦場と同じってワケか」

 タユが諦めたように溜め息を吐くと、すぐに銃からマガジンを抜くと残りの弾数を数え始めた。

「オレのオートに残り10発、アンタのハンドガンに良くて5発、コイツのオモチャに10発あっても…相手を確実に仕留められる自信はないな」

 やれやれと首を左右に振るタユのその言葉に、カルロスが小馬鹿にしたように鼻先で笑った。

「フンッ、冗談だろ?相手は殺しのプロだぜ。専門職を相手に俺たちに何ができると思う?ヤツにロックオンされれば倒すどころか逃げられもしねぇーよ」

 その説明を聞きながら俺の顔を見てヒョイッと眉を上げたタユが、手にしていた銃を腰に戻すとカルロスに振り返るなり言ったんだ。

「アンタだってこうして、今もここで息ができてるんだ。死ぬ事はねぇだろーよ」

 タユは「アンタのようなウスノロでも生きてられるんだ、大丈夫だろ?」とでも言うように軽に言って、肩を叩きながら意地悪そうにニヤッと笑う。そんなタユの考えが判ったのか、苦虫でも噛み潰したような顔をしたカルロスが俺たちの前に立った。

「とにかくここは危険だ。俺が隠れている場所まで案内するぜ」

「早くそうすりゃいいのによ」

 タユが肩を竦めながらボソッと俺に耳打ちした。
 その言葉を俺は聞き流したんだ。
 だって、それどころじゃないじゃないか!
 ここには桜木を…いや、結果的には俺たち三人の命を守ってくれたあの『仲間』と同じレベルの生き物がウロウロしてるって事だろ?
 全く、タユのヤツ。
 カルロスとイヤミの言い合いしてる場合じゃないんじゃないのか…?