俺が旅行に行ったワケ 3  -デブと俺の恋愛事情-

 浴衣でエッチ。
 してやったり!
 ニヤリ笑いで浴場に向かう俺に、佐渡は慌てたように後を追ってきた。

「ぼ!僕も一緒に入る!…その、だめ?」

 両手にはキッチリお風呂セットなるものを持ってやがるくせに、今さら何が【だめ?】なんて可愛く小首を傾げて言ってやがんだ。でも、許してやる。
 俺は今、海よりも深く広い心でなんだって受け入れてやれるからな!
 おお!いいヤツだな、俺!
 頬に片手を当ててニッコリ笑ってやると、途端に佐渡はムッとした表情をした。

「洋ちゃんと…その、犯ってたの?今まで?」

 ムッとはしてるけど、それでも声を潜めながら不貞腐れたように聞いてきた。

「おうよ!文句あっか?洋太のアッツイ愛がたくさん俺の中に注ぎ込まれたからな、飯の前に風呂だ!そして飯が終ったらもう一発!」

 幸福でボルテージの上がってる俺に聞いたお前が悪い。
 今ならなんだって言える。
 空だって飛べるかもしれねぇ。
 ホクホクしてこの宿ご自慢の露天風呂に着く頃には、佐渡は何か言いたくて、でも言えなくて、何とも複雑な表情で同じ暖簾を潜っていた。

「ええっと…でもさ、ほら。その、中の始末って部屋の内風呂でしたほうが良くない?誰かに見られたら…」

「見られたって構うかよ」

 俺が着ていた浴衣や下着をポンポンッと竹でできた脱衣籠に放り込みながら言うと、頬を薄紅に染めて恥ずかしそうに呟いていた佐渡はちょっとショックを受けたように顔を上げると、目を見開いて、それから変に気を回した自分の偏見にうんざりしたように眉を寄せて落ち込みやがったんだ。
 …って、おいおい。

「冗談に決まってるだろ?俺が良くても洋太が困る。そう言うのは嫌だから、ちゃんと内湯で始末してきてるって。それよりもお前こそ、小林はどうした?いつも腰巾着みたいについて回ってたろ?」

「うーん。どうしてだか知らないけど、一緒にってせっかく誘ってあげたのにアイツ、後で行くって言うんだよ!洋ちゃんと行くから、僕は里野くんと行けって。変だよね?」

 いつもは煩いヤツなのに、と、それでも腰巾着がいないといつものような調子が出ないのか、佐渡はやけに不機嫌そうに呟くと唇を尖らせて浴衣を脱いだ。
 先に脱いでてスッポンポンで立ってるってのも何だかなって思うけど、少し恥らいながら、いや、実際は恥らってなんかねぇんだけど、可愛らしい雰囲気がそんな演出をしててそう見えるんだよ!
 まあ、恥らうように浴衣を脱ぐ佐渡ってのは…なるほどね。小林は来ないはず、もとい、来れねぇはずだ。
 ヤツも健康な野郎なら、この姿でイチコロだろう。
 とか何とか言ってたら、暖簾を潜って風流な和紙でできた障子張りの引き戸を開けて誰かが入ってきた。
 そっちに目を向けると…

「洋太!」

 俺が嬉しくて駆け寄ろうとすると、ほぼ、つーか全裸の俺に顔を真っ赤にした洋太の背後から、同じく真っ赤な顔をした小林が姿を見せた。俺を見てってワケじゃねぇんだろう…元凶は、アレか。

「あ!後で入るんじゃなかったの?」

 ムッとしたように唇を尖らせた元凶のワガママ坊ちゃんに、小林はモジモジと俯いて『長崎先輩が行くって言うから…』と、キッチリ洋太のせいにして言い訳をカマしてる。
 ったく、男らしくねぇな。
 オズオズと洋太の背後から入ってきた小林は、プッと可愛らしく頬を膨らませている沢渡から少し離れた脱衣籠に浴衣を脱いで放り込み始めた。

「光ちゃん、先に行ってなよ。その、風邪を引いちゃうよ?」

 モジモジしたように洋太がそう言って、俺は漸く自分が全裸だったことに気付いて頷いた。

「じゃ、先に行ってるから」

 タオルを片手に鼻歌交じりで行きかけたその時。

「え?あ、待って!僕も…」

 慌てたように浴衣を脱ぎ散らかして俺を追おうとした佐渡が、小さな声を上げてこけた。
 いや、正確には尻餅をついたんだ。

「きゃん!」

 ブッ!
 俺には確かにそんな音が聞こえたような気がする。
 振り向いた先、小林が鼻を押さえてへたり込んでいた。

「わわ!?大丈夫かい?小林くん!?」

 傍らでのん気に着替えていた洋太が慌てて屈みこむと、小林は何でもないですからと言いながらも、驚いたようにペタリと床に座り込んだままで心配している佐渡を見てさらに鼻血を出しやがる。
 …ったく、ご愁傷様なヤツだ。

「俺は露天風呂に入るんだ!勝手にやっとけ」

 やってられっかよ。
 溜め息をついて浴場に向かう俺と、洋太に支えられるようにして椅子に座る小林を見比べていた佐渡は、悩みもせずにすぐに俺を追ってきた。
 小林のガックリと項垂れる姿がチラッと目の端に写って…ホント、ご愁傷様なヤツだと俺は溜め息をついた。
 佐渡の鈍感さは洋太と同レベルだ。
 ったく、先が思いやられるよな、俺たち。
 俺はほんのちょっとだけ小林の気持ちが判ったし、ヤツに親近感すら覚えた。
 小林は純なヤツだから佐渡においそれとは手が出せないんだろう。ましてや身体が弱いときてる、今回の旅行も主治医を拝み倒して来たって言うじゃねーか。
 薬と注射器を常備してってのも可哀相だし、小林は精一杯、佐渡に良くしてやろうと努力している。でも、佐渡は俺が好きなんだよなぁ…
 少し熱めの湯に白い身体を浸けながら溜め息をつく佐渡を、同じ男湯に入ってる連中が驚いたように見ている。そりゃそうだ、女かと見間違えるほど綺麗な肌と顔をして、頬なんか桜色に染まってりゃ誰だって生唾ぐらいは飲みたくなるだろう。
 だからってそんなに気色ばむなよ、小林。つーか、いつの間に来たんだお前?

「に、忍者…」

 踏ん反り返って湯に浸かっていた俺が頬を引き攣らせながら思わず呟くと、傍らに湯を波立たせて入ってきた洋太が、でかい身体を伸ばしながらやれやれと溜め息をついた。
 お前はオヤジか。

「何が忍者なの?」

 首を傾げる洋太に、小林の立ち直りの早さだよ、とは言えなかった。
 まぁ、あんだけ根性がなきゃ佐渡を好きにはなれんだろうなぁ。俺が洋太と両想いになるのにだってしこたま時間がかかったんだ。あの調子だと、俺たちが卒業するまでにはくっ付かないかもな。
 妙な老婆心が芽生えちまう。
 俺は案外お節介だからな…クソッ!この旅行は俺と洋太の新婚旅行だってのに!なんで俺が他人の恋愛にまで気を遣わなきゃならんのだ!?

「洋太!風呂から上がったら夕飯まで…」

「うん、もちろん判ってるよ。なんだ、光ちゃんも同じことを考えていたんだ…なんだか嬉しいね」

 俺を離すんじゃねぇぞ!…と言いかける語尾に被さるようにして洋太が言ったから、ああ!コイツもとうとう俺のことを…って、嬉しくなった。
 もちろんじゃねぇか。
 ああ、洋太…俺も嬉しいよ!
 そりゃもう、泣きたくなるほど嬉しい!

「洋太!俺…」

「道の両端にずらーっと街灯がたくさん灯っていてね。すっごく幻想的だってパンフレットに書いていたよ。夕飯まで散歩しようね。浴衣で、下駄の音とか響かせて石畳を歩くんだ…風情があるよねぇ」

 ガクッ!ばしゃん!
 見事に水没。

「こ、光ちゃん!?」

「それ!僕も賛成!」

「佐渡が行くなら、俺も…」

 両手を挙げて万歳をするように喜ぶ佐渡に小林が小さく笑いながら頷いてるってのに、水面から顔半分を出して胡乱な目付きで俺が睨むもんだから洋太は何か悪いことを言ったかなぁとでも言いたそうな間抜け面をしやがる。
 コイツら…ぜってぇ、殺す!
 特にこのデブ野郎!お前は殺す!
 畜生!
 お前らまとめて逝ってよしッ!