俺が旅行に行ったワケ 5  -デブと俺の恋愛事情-

 洋太の買った趣味の悪いバンダナで後始末して、俺が乱れた浴衣を直している傍らで、
ヤツは何だか不機嫌そうに俯いている。
 う?バンダナを汚したのが悪いのか?それともいえーいって思ったのがバレたとか…?
 バンダナは思い切り汚したからなぁ…洗ったって元には戻らねぇだろうし。よし、新しいのを買ってやろう!
 でも俺はそうは言わずに、洋太の太い首に両腕を回しながらニッと笑ってやった。

「なんだよ、良くなかったのかよ?不満そうな面しやがって。俺は初めての外エッチで興奮したんだけどな…」

 もう一度、整えた浴衣を脱がしてみるか?と首を傾げたら、洋太は慌てたように首を左右に振って条件反射で回した腰から腕を離すと俺の腕を掴んだんだ。

「もうすぐ夕飯の時間だよ。旅館に戻ろう。翔たちもきっと心配しているよ」

「よ、洋太?」

 相変わらずの仏頂面で俺の腕を引きながら大通りに出るから、俺はちょっと焦ってしまった。
 腕なんか掴んでるなよ、洋太。
 俺は別にかまわないけど、洋太が、お前が変な目で見られるじゃねぇか。
 洋太が変な目で見られたり、何か言われるのは嫌だ。すごい、嫌だ。
 なのに俺は…それが判っていながらでも、大して力も入ってないってのにその手を振り払えないでいる。
 変な目で見られるって判ってるってのに、クソッ!腕を掴まれて、このままどこまでだってついて行きたいなんて思っちまうなんざ…ったく。
 でも、嬉しいんだ。
 掴まれた部分がジンジンしてて、頬が真っ赤になっちまう。
 耳元で血が逆流してるのが判るし、目の裏がチカチカするほどドキドキしてる。
 ああ…これじゃ、俺が周りに目立つようにしてるんじゃねぇか!…なんてホントは、目立ちたかったり。
 見ろよ!俺、今すっげぇ好きな奴に腕を引かれてるんだぜ?いいだろう!って、世界中に言いたい。言い触らしたい。
 ヘンだ…俺。
 ぐいぐい引っ張られて、いつもは反対だからかな。こんな風に強引にされるとなんでも言うことを聞きたくなっちまう。もちろん、そんなの洋太だけだけどな!
 温泉町ってのは奇妙な習慣みたいなものがあるんだろう、一定の時間になると人影がなくなるんだ。宿屋がみんな同じ時間に夕食にするんだろう、ピタッと人影がなくなった石畳で、なのに俺は無言で歩く洋太の大きな背中を見ながら唐突に不安になったんだ。

「よ、洋太、どうしたんだよ?急に黙り込んで…」

 俺、ヤバイこと言ったかな?
 その、や、犯りすぎたのかな…
 恐る恐る尋ねると、洋太は俺の腕を掴んだままで突然立ち止まった。

「光ちゃんはきっと、自分が思っている以上に綺麗だって気付いてもないんだろうね」

 は?

「何を言ってるんだ、洋太。佐渡でもあるまいし…」

「そんなことないよ!」

 それから徐にバッと俺の方を振り返ったんだ。

「…ッ」

 思わずと言った感じで力の入った腕に少し顔を顰めたら、洋太はハッとしたように力を緩めたけど腕を離す気はないらしい。
 ったく、なんだって言うんだ!
 ワケが判らない状況に追い詰められると俺は、途端に苛々しちまう。
 どうしたってんだ、このデブ野郎は!向こう脛でも蹴り上げてやろうか。

「洋太、お前どうしたんだ?ちょっと変だぞ」

「変なのは光ちゃんだよ」

 間髪入れずに言い返されて、俺は目を白黒させながら首を傾げた。

「へ、変って…」

 やっぱ、旅行に来てて開放的になりすぎてるとか?
 エッチのしすぎだとか…あう。
 ふくふくの大きな顔を不機嫌そうに顰めて、洋太は俺を見下ろしている。そのただならぬ雰囲気に固唾を飲むようにして見上げたら、洋太はどこか痛そうな顔をして呟くんだ。

「変だよ。胸を触られてもなんにも言わないなんて、変だよ…」

 へ?
 それはその、別に野郎だし、変に何か言う方がおかしいと思うんだけど…あ!
 お、俺ってば確か、それで感じたから抱いてくれって言ったんだっけ?
 うっわ、それってマジでヤバイかも。
 つーことはなんだ?洋太はやっぱりヤキモチを妬いてるのか?

「アレはその、胸を触られたから感じたんじゃないぞ!」

 嘘をついた後ろめたさでいつもよりもずいぶん低い声で口篭もるようにモゴモゴと言い訳をすると、ヤツは疑い深そうに俺の顔を覗き込んでくるんだ。
 おお、ちょっと嬉しい。
 日頃は見てばっかりの俺を、洋太の方から覗き込んでくれるなんて…

「…だって、感じたって言ったじゃないか。あんなにすごくて…」

 ムッとして唇を尖らせる洋太の子供っぽい仕種に、俺はもうすごく嬉しくなって掴まれている方とは反対の手で洋太の浴衣の胸元を掴んだ。
 引き寄せるようにしてキスをしたら、洋太はちょっと驚いたように目を開いたけど、すぐに俺を引き離しやがるんだ。

「バッカだな!俺が洋太以外のヤツに感じるワケがねぇだろ!…アレは、お前が、洋太が嫉妬してくれてるんだって思ったら嬉しくなって…その、洋太で嬉しくなると下半身が熱くなるんだよ、俺は!」

 大して力の入っていない腕から手を離して掴みなおすと、人目がないことをいいことに、その大きな手を自分の胸元に当てて目線を伏せた。

「聞こえるか?今だってドキドキしてら…」

「光ちゃん…僕…」

 ホッとしたように息をついて謝ろうとする顔をキッと睨んで、俺はその鼻先を弾いてやった。

「バッカ、こんなときは謝るんじゃねぇ!キスするんだろ?」

 だって、確か恋人同士はそのはずだ。
 勘違いしてごめんねの時は、代わりにキスをするんだろ?そう、本で読んだ。
 人通りのなくなった石畳は、この時間になると省エネなのか、街灯も半分に落とされちまってる。それはそれで幻想的で綺麗だ。その薄ボンヤリと明るい街灯の下で、洋太は俺の頬に片手を当てて軽く上向かせながら、キスをしてくれた。
 唇を合わせるだけの簡単なキスだったけど、俺はすごく嬉しくて思わずエヘヘッと笑って肩口に頬を寄せて抱きついたんだ。
 すっげ嬉しい!幸せだ。
 頬に当てていた手を腰に回して抱き締めてくれた洋太は、そのぷくぷくしてる頬を俺の頭に押し付けてきた。
 おお!マジで嬉しい!!
 旅行に来て良かったな。
 洋太が俺で嫉妬するってのにも驚いたけど、こんな風に抱き締めてくれるのも嬉しい!
 旅先ってのは開放的になるって聞いたけど、マジだ!
 このままどんどん洋太が開放的になってくれりゃいいのに…
 俺はニヤニヤ笑いながら洋太のてっぷりしている背中に腕を回して、ほくほくとそんなことを企んだりしてギュッと抱き付いていた。
 うん、すごくしあわせだ。