洋太がサンタになったワケ(番外編) 2  -デブと俺の恋愛事情-

 ブスッとした顔をしている俺に、店長はちょっと困ったように人の良さそうな眉を八の字にして、眼鏡の奥から様子を窺ってきている。そんな態度もいちいち気に障って、だからと言って俺のこの不機嫌が全て店長のせいってワケでもないから、憤りの天辺が見境なくなってしまう。
 クッソー。
 クリスマスは雪が降らないなんてジンクス、いったい誰が口にしやがったんだ?
 朝から降り出した雪は夜にかけて少し激しくなって、肩に雪を積もらせた本日何人目かのお客がクリスマスローズを購入したのは、俺がそんな風にブスくれて、店長が困った顔をしているときだった。

「プレゼント用にしてくれるかな?」

「あー、はいはい」

 愛想の悪い店員だって思われちまったかな…いや、そんなこたねーだろ。
 巷はクリスマスで浮かれてるし、こんな花を抱えて帰るもしくはどこかに行くってんだ、どーせコイツも浮かれてるに決まってら。フンッ!
 お客に対してこんな接客態度が許されるのは、恐らくこの人の良い店長が休みまくるバイトに悪態も吐けず、何とか1人GETした俺を大事に思ってくれてるからなんだろう。そんな店長には悪いが、今の俺はメチャクチャ機嫌が悪いんだ。
 こんな風に幸せそうな野郎どもを見ると、心が狭いだとか何だとか言われようが、ムシャクシャしてしかたがねーんだよ。くっそぅ…
 今頃本当だったら俺は、洋太の部屋でココアとか飲みながら、あったけー部屋でラブラブだったに違いねぇのに…いやマジでムカツクんですけどね!
 白い花束はこれから誰の手に渡るんだろう。
 渡される相手は、多分今日はすごく幸せに違いねーんだろうな。
 白い雪までがロマンチックにチラホラと降りやがって、ホント、俺に喧嘩売ってんなクソー。

「今日は最後まで残らなくてもいいからね。明日は休んでいいから…」

 ムカムカしている俺の不機嫌に、火に油を注ぎたくない店長は控え目にそんな当たり前のことを言いやがるけど…さすがにあからさまに牙をむくわけにもいかず、俺は額に血管を浮かべながらニッコリと笑って頷いた。

「そうッスね。今日はやたら冷え込むんで、早く帰りたいッスねぇ。テンチョー」

「うわぁぁ…今日の里野くん、また一段と機嫌悪そうだねえ。今日は誰かと一緒に過ごす予定だったのかな?」

 聞かなきゃいいのに、この野郎…
 ニコニコと笑いながらも、内心はマグマのようにドロドロと怒り狂っている俺に、店長は笑ったままで凍り付いてるようだった。
 外は雪だしな、凍ってもしかたねーや。フンッ。
 午後8時を過ぎると、通りの人影も疎らになって、深々と降り積もる雪の音が交通の麻痺した町に静かに降り注いでいる。暖房が適度に効いた部屋で仕事をしていたせいか、自分でしでかした行為とは言え怒り狂って頭から湯気が出そうなせいなのか、火照った身体を持て余して店先に出ると、真っ暗な空から雪の破片が散っていた。その光景がなんだかやたらと寂しくて、今この時、同じ空の下で、きっとどこかで、この同じ光景を見ているかもしれない洋太を思い出していた。
 アイツ、今日はあんまり目を合わせなかったな…くそ、やっぱ怒ってるんじゃねーかよ。
 身体に染み入るように雪を纏った冷気が寒気を呼んで、身体が震えてしまうけど、こんな時はお前が傍にいてくれればいいのに。何があっても、どんな時でも、洋太が傍にいれば俺はきっと寒くなんかないしこんな風に、世界中でたった独り取り残されてしまったような心細さなんか感じなかったに違いねぇ…
 口許から出た白い息は、ぼやけて滲んで消えてしまった。

「里野くん?ワッ!さっむいね!!ほら、ボーッとしてたら風邪引いちゃうよ」

 肩を掴まれて、俺は漸くハッとして、途端に寒さに気付くなんつー過ちを冒してしまった。
 いかんいかん。
 ははは…馬鹿だな、俺。
 こんなクソ寒いのに、洋太が空を見上げてるワケがねぇよな。

「あのバケツを奥に持っていってくれたら、今日はもういいよ」

「うぃーッス」

 軽く返事をして、バケツっつーよりも大きなペールを持って奥の倉庫に仕舞い込んだ俺が、今日は寒かったし、でも良く頑張ったなーと伸びをしながら、さて洋太にどんな言い訳を切々と語ってやろうかと首を傾げていると、店長がニコニコ笑いながら手招きしているのが見えた。

「里野くん、里野くん。これ僕と奥さんからクリスマスプレゼント♪」

 ニコニコと人の良い笑顔で綺麗にラッピングされたクリスマスローズを手渡しながら、まるで子供みたいに無邪気にはしゃぐ店長を見て、ああ俺も、俺もこれぐらい素直に笑えたら今頃洋太と喧嘩なんかしてなかったんだろうなぁとしょんぼりしてしまって、気付いたら溜め息が出ちまってた。

「売れ残りの花で悪いんだけど。きっと、君を待っている人は喜ぶんじゃないかと思ってね…若い人には今時花束なんかじゃ駄目なのかな?ああ、それともやっぱりもうプレゼントは用意しちゃってるよね。ごめんごめん、僕は全く気が利かなくって。よく奥さんにもそれで怒られるんだけど…」

 おお、いかん。
 俺の溜め息を当たり前だけど、誤解した店長が慌てたように言い訳を始めやがった。
 いや、店長。そうじゃないんだ。
 そうじゃない、一番売れる時期に俺の為に取っておいてくれたクリスマスローズが、そんな悪いわけないじゃないか。気付いたらアイツにプレゼントさえも用意していなかった俺の、身勝手で仕方ない性格には却ってその贈り物は感謝したいぐらいなんだ。

「店長、スミマセン」

「気に入ってくれた?ああ、良かった」

 店長の素直さが移ったのか、ペコンと頭を下げて礼を言う俺に、ホッとしたように胸を撫で下ろしながらフッフッフッと笑って、彼は人差し指を立てて左右に振るとこんなことを言った。

「でもね、里野くん。こう言う場合は『スミマセン』じゃなくて『ありがとう』って言うんだよ。その方がすごく素敵だと思わないかい?」

 ふと、店長のその言葉を聞いて、俺は遠い昔の記憶を思い出した。
 今日みたいに雪が降っていたあの日、大きすぎるマフラーで口許を覆った優しい眼差しのまだあどけないアイツが、寒さに震えながら強がってマフラーを投げ出しているクソガキに言ったあの言葉。

[ごめんね、洋ちゃん。ごめんね] [違うよ、光ちゃん。どうして謝るの?その場合は『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』って言うんだよ] […うん、ありがとう]

 …ああ、くそ。ホント、あの頃の俺ってば絵に描いたように素直で、可愛いヤツだったんだよなぁ。
 いつからこんな捻くれたガキになっちまったんだろ。
 自分の馬鹿さ加減に、勝手に気恥ずかしくなって頭を掻きながら眉を寄せてしまう俺に、店長は気を悪くしたとでも思ったのか、困ったように眉を八の字にしながら笑ったんだ。

「単純かもしれないけどね。僕は『スミマセン』と言われるよりも『ありがとう』って言われる方が何倍も気持ちがいいと思うんだよ。同じ五文字の言葉なのに、こんなにも違っていて不思議だよねぇ」

「いや俺は…」

 別にそんなつもりじゃなかったと、言い訳しようと開きかけた口を閉じて、少し考えた。

「店長、俺ってすごい我が侭なんスよね」

「へ?」

 突然、話しの内容が変わって、当たり前なんだけど追いついてこれない店長はヘンな声を出して首を傾げたんだ。
 いや、ホント。俺でさえなんでこんなこと言い出したか判らないってのに、店長なんかもっとヘンな野郎だなって思ったに違いねーと思うが、それは勘弁してくれ。
 店長みたいに大人になれていない俺は、もう時期学校と言う守られた安住の地を飛び出して、社会と言う波に乗りに行かなきゃならねーんだ。自信なんてないし、愛するあのデブとずっとこのままでいられる自信すらも、ホントはなくて、怖くていつも不安ばかりを抱え込んでいる毎日って言えば、俺を知る連中は飛び上がって驚くだろうがな…
 唯我独尊を地でいってる俺にだって弱みぐらいはある。
 敢えて言い触らそうなんて気は、まず有り得ねぇけどな。

「店長が言ったように、今日は大事なヤツに我が侭言ってごり押しして来たんスけど…ああ、別に嫌味じゃないッスよ。ソイツ、いつも仕方なさそうな顔して、それでも笑っちゃうようなヤツなんスよね。だからついつい甘えて、俺は我が侭ばっか言ったりするんスよねー…でも、アイツはどうなんだろうって思うと、ちょっと気になったりして」

「…それは、きっと。いや、これはあくまでも僕の考えなんだけどね。その子はきっと、里野くんのことをすごく、すごーく好きなんだろうと思うよ。いや、若いのにすごいね。大事すぎて、きっと自分では我が侭を言うってことにも気付かないぐらい一生懸命なんだよ」

「はぁ…」

 店長のことだ、俺の大事なヤツはきっと可愛い女の子ってぐらいにしか思ってないに決まってる。こう言う場合は、俺の視点からモノを言っちゃ駄目なんだろうな。

「もし、店長だったらどうします?こんな場合、まあその、好きな子が我が侭言ったりなんかしたら」

「僕かい?僕の場合はね、これがまた奥さんが我が侭言いたい放題でね」

 そう言って店長は人の良い垂れ目をもっと垂らしながら、初めてできた子供を腹に抱えて笑っている、あの勝気な奥さんのことでも思い浮かべてるんだろう、幸せそうな顔をして答えやがるから、せっかく話しに乗ってもらってて悪いんだけど、正直殴りたくなっちまったってのは内緒だ。

「でもそれはきっと、他の誰でもない『僕』だから、奥さんは我が侭を言ってくれてるんだろうって思えてねぇ。それだけで本当に嬉しくなってしまうんだよ。ああいや、僕の場合は単純だからね」

 ハハハッと店長が少し困ったように笑った。
 笑ってる顔はホントに嬉しそうだって感じで、そのくせ、そんな自分にやれやれとでも思ってるんだろう。でもその笑顔は、俺はきっと、良く目にしている光景だと感じていた。
 洋太の、あの仕方なさそうなちょっと困った笑顔ってヤツだ。
 店長、そうなんだろうか?
 『洋太』だから俺は、安心して我が侭を言っている…んだろうか。
 それはアイツなら何でも言うことを聞いてくれる便利なヤツだから…とか、そんな感情を抜きにしてってことなんだけど。もちろん、そりゃ当たり前のことだ。
 『好き』って気持ちを教えてくれたのが『洋太』の存在なら、『好き』が『愛してる』に変わる感情だと言うことに気付かせてくれたのも、確かに『洋太』だった。
 世間で言えば、確かにおかしな感情なんだろう。
 『男』が『女』を『愛する』んじゃなくて、『男』が『男』に『恋』をして、ずっと『恋』しながらやがて『愛しい』なんて想っちまうんだからなぁ。
 まさかこんなことまで店長には言えやしねーけど、俺が抱いてしまったこの感情ってのは実に厄介で、奥が深くて、戸惑いばかりでホントに手に負えない代物なんだ。
 少しずつ整理しながら、自己完結で理解していかなきゃなんねーってのに、『恋』ってのはそのモノが本当に厄介だからさ、独りで自己完結で理解できりゃそれでいいってのに、何が厄介って、そこには常に『相手』がいるってことさ。
 ソイツのことを考えると、自分で理解して完結したって、終わらないし完結もしやしない。
 そうなのかと頷いたって、当の本人のことを考えると思い切り迷っちまう。
 でもこの感情を、アイツも感じているとしたら、心の奥底がポッと温かくなっちまって、自然と顔がにやけちまうから困る。困るけど、にやけちまうんだよなぁ…ん?
 ああそうか、洋太も感じていたのか。
 俺が我が侭を言う度に、『俺』がどう思ってるのか悩んで、自己完結しようとか躍起になって、でもそれができなくて仕方なくて、でも同じように『俺』が悩みながら、ただただ『恋しい』と想っている感情を互いに理解しているくせに難しい方向に考え込んじまって、もう笑うしかない状況に陥ったと気付いた途端、不意に浮かんじまうあの笑顔。
 ああ、なんか俺、ちょっと判ってきたような気がするぞ。

「そうか、店長。そうだったんだ!」

 不意に頷いて腕を取って振り回す俺に、店長は驚いたように目を白黒させていたけど、
そんなの構ってられるかってんだ。いや、店長には悪いけどな。
 そうかと納得して、そうなると大人しくしてられないってのが俺の悲しい性ってヤツでさ。

「店長!どーせみんな単純なんスよ。そんな簡単なこと、どうして気付かなかったんだろ?店長、今日はありがとっした!」

「へぁ…ああ。はいはい。気を付けてね」

 何がなんだか判らんぞ、とでも言いたそうな表情の店長をそこに残して、俺はその手から奪い取ったクリスマスローズとかすみ草の花束を抱えて、着替えを済ませると足早で雪の降り積もる町に飛び出した。
 深々と降り積もる雪。
 きっと、今夜は最高のクリスマスだったんだろう。
 全く、俺ってヤツは。
 どうしてこう、アイツに迷惑ばかりかけちまうんだろうな…
 恋しいのになぁ。
 こんなに、胸の奥底からホントに恋しいと想ってるのになぁ。
 それを気付かせてくれたクリスマスなんだ、最高に決まってるじゃねーか。

「ん?」

 もう人通りも疎らになった歩道に、ポツンと灯された街灯の下、こんな夜にお互いバイトなんて辛いよなーと思えてしまうサンタクロースが看板を抱えて不貞腐れたように壁に凭れて立っていた。
 交通の麻痺した車道を恐る恐る通る危なっかしい車を、気のない様子で見つめるその眼差しには覚えがある。いや、確かに俺はその目を知っている。
 いや、まさか。

「…洋太か?」

 洋太と言えばそんな気もする。
 なんてったって人目を惹く大きさだ。
 サンタと言われると、ああそんな感じだなって…ホントだ、良く似合ってる。
 雪の降る歩道に、やっぱり同じように、いやちょっとヘンなのは花束なんか抱えている俺の方なんだけど、立っているそんな俺の姿に気付いた壁に退屈そうに凭れていたサンタクロースはヒョイッと陽気そうに眉を上げたりしやがった。

「光ちゃん。遅かったね」

 バイトが終わるのを、端から待っていたような口調で大きな身体を起こした洋太は、やけに似合うサンタクロースの格好で近付いて来た。

「お前…何してんだ?」

 呆れたように言ったら、洋太はきょとんとした顔で自分の身形を改めて見下ろした後、眉をヒョイッと上げて生真面目に当たり前のことを言ってくださった。

「サンタクロースだけど?」

「いや、そりゃ見りゃ判るけどよ。ここで何してたんだって?」

「ああ、そのこと」

 頷いて、洋太はどこかのケーキ屋の宣伝が書かれた看板を容易く振って見せながら、ちょっとムッとしたような口調で肩を竦めて言ったんだ。

「家でボーッとしてたらね、叔母さんから電話で呼び出されちゃってさ。大好きな誰かさんがいないんだったら店の手伝いをして頂戴、だって。大好きな誰かさんはいるんだけど、今日は構ってくれないから仕方なく僕もバイトをすることにしたんだよ」

 いちいち嫌味とか言うなよ。
 そりゃ確かに、今日は俺が悪かったんだけどよー

「でもほら、この雪でしょ?人通りも少ないし、こんな時間だし…お役御免ってワケで、あとは大好きな誰かさんを待っていたんだ。もう終わったんでしょ?」

「ああ」

 頷いたら、大袈裟すぎる真っ白な髭と赤と白のお決まりの帽子の隙間から覗く、あの優しい眼差しが嬉しそうに細められて…俺は思わずドキッとしちまった。
 らしくもないんだけど、俺は洋太の笑顔が好きだ。

「お前、サンタの衣装が良く似合うよな。一瞬、ホントのサンタクロースかと思っちまった」

 へへへと、照れ隠しに笑って言ったら、洋太は嬉しそうな笑顔のままで頷いたんだ。

「だって、約束したよね。小さい頃、僕が光ちゃんのサンタさんになってあげるって」

「お前、あんな昔のこと覚えてたのか?」

 ちょっと驚いた。
 でもその後の台詞でもっと驚いたし、笑っちまった。

「当たり前でしょ?僕の記憶力はぴか一なんだから。だから光ちゃんがお嫁さんになってくれるってのも、ちゃんと覚えてるからね」

「なんだよ、それ」

 仕方なさそうに笑ったら、洋太はなんだとはなんだよとでも言いたそうにわざとムッとしたけど、それからすぐに笑って白い手袋をした大きな手で俺の手を掴んだんだ。

「約束通り、今夜は良い子の光ちゃんにサンタさんが来ましたよ。さあ、あの時のお願いを叶えてあげる」

「マジかよ」

 照れくせーのに洋太ときたら、そんな俺を引き寄せて、誰も人がいないことをいいことに髭のマスクを上げてキスしてきたんだ。
 そんな展開になるとは思ってもみなかったら驚いたけど、いや、洋太のヤツがこんなことするなんて思ってなかったから俺はどんな顔したらいいのか…なんてな、そんなのどうにでもなるさ。
 いつもは俺が奪うようにしか奪えなかった口付けを、珍しく洋太からしてくれたんだ、驚くとか人目を気にするとか、そんなどうでもいいことよりも思いきり舞い上がっちまって、嬉しくて仕方なかった。

「よ、洋太!?」

 それでも声が上ずるのは、不意打ちに照れてる姿を見られる気恥ずかしさからだ。

「光ちゃんの願いは、『サンタさん、僕を置いていかない人を連れてきて』だったでしょ?クリスマス前に、お父さんが亡くなって、雪がすごい降ってるのに光ちゃんはマフラーまで投げ出して、大声で叫んでたね。真っ白な頬を赤くして、泣きながら真っ暗な夜空を見上げていた。僕はどうしても、守ってあげたかった。でも光ちゃんをあの時守っていたのは、冷たい雪だけで…僕には守ることができなくて、ずっと考えていたんだ」

「洋太…」

 俺の耳元に唇を寄せた洋太は、ごく小さな声で「雪に嫉妬したんだ」とか、冗談とも本気ともつかない声音で言いやがるもんだから、ホント、俺はどんな顔したらいいのか判らなくなっちまうだろーがよ。

「今日、叔母さんにサンタクロースの衣装を見せられたとき、すぐに引き受けることにしたんだ。看板持ってればいいだけだし、夜には終わるから」

「俺のサンタになってくれたってワケかよ」

「そう思ってくれるならいいんだけど」

 自信なさそうな顔しやがって、ったく、俺のサンタは気が弱くていかんね。

「じゃあ、少しあのお願いを変更してもいいか?」

 どうせ誰もいねーんだし、洋太サンタの胸元に頬を寄せると、嬉しくて瞼を閉じながら言ったらサンタは、長い付き合いの俺にしか判らないと言う難有りなんだが、ちょっと首を傾げてから嬉しそうにクスクスと笑ったんだ。

「大人になった光ちゃんのお願いだね♪」

 嬉しそうに言うんじゃねー

「なんとでも言いやがれ。『俺を置いていかない人』じゃなくて、『俺を愛してくれる人』ってのはどうだ?連れてきてくれるよな、サンタさん」

「光ちゃん…うん、もちろん」 

 僕で良ければ…と呟いて、洋太が俺の顎を持ち上げてキスしてきた。
 啄ばむような、掠めるような、恋しさのこみ上げてくるような優しいキス。
 俺は洋太のサンタ所以の帽子とマスクを引っぺがすと、本来の洋太のあのふくふくした顔を見つめながら頬に手を添えて、鼻先が触れ合うほど近付いてその目を覗き込んだ。

「すげーな、俺を愛してくれる人を連れてきてくれるなんて…最高のクリスマスプレゼントだったぜ、サンタさん」

「うん、僕もそう思うよ。だって、白い花束を抱えた光ちゃんを見たとき、ドキッとしたもの。降りしきる雪がまるでヴェールみたいでね…僕だけのひとだったらいいのに」

 呟いて啄ばむようなキス、応えながら、当たり前だろと悪態を吐いてみたり。
 お前だけのモノに決まってるじゃねーか。
 こんな我が侭な俺を好きになってくれる物好きなヤツなんて、目の前のデブ以外にいるわけねーだろ。ホント、お前ってヤツはバカヤロだ。

「また、雪に嫉妬してしまうね」

「ずっとしてろよ。納得するまで嫉妬してていいんだぜ、それでいつか」

 うん、いつか。

「俺を見つけてくれたらいいんだ。それで、思いきり愛してくれ」

 俺みたいに。
 答えに近い何かを見つけて、納得して、ずっと愛していこうと思えるように。

「光ちゃん?なんだか、すごく…」

「ん?」

「…ううん、なんでもない。すぐに見つけに行くから、ちゃんと待っててね」

 ギュッと抱きしめられて、寒いはずなのに俺は、洋太と言うでっかいぬくもりに包まれて幸せで幸せで、瞼を閉じて頬を摺り寄せていた。
 クリスマスの夜。
 俺は洋太と言うでっかいプレゼントを抱きしめて、生まれて初めて、心から幸せを感じていた。
 洋太もそうであってくれたらいいのに…
 俺の『恋』は、それでもまだまだ迷路の中で、きっとこの先も洋太を捜し続けるんだろう。
 『恋』に答えなんかねーもんな。

「うん、洋太。うん…ありがとう」

 たった五文字の言葉なんだけどな。
 言ってみると照れくせーもんだ。
 でも、ありがとう。
 洋太。
 奇跡のようなサンタからもらったこのクリスマスプレゼントを、俺はきっと手放さないだろう。

□ ■ □ ■ □

 鼻を鳴らして泣く俺に、洋太はサンタになる約束をして、マフラーを巻いてくれた。

「僕、きっとサンタさんになるよ。それで、光ちゃんのお願いは全部叶えてあげるんだ」

 そんな嬉しいことを言って、降りしきる雪の中、きっと寒かっただろうに洋太はニッコリ笑っていた。
 ガキの俺は、そんな洋太の優しさがくすぐったくて、思ってもいないくせに唇を尖らせて。

「でも、それだと他の子が可哀想だよ」

 優しい洋太を困らせる。

「えーっと、そっか。光ちゃんは優しいんだねぇ」

 まるで愛しそうに双眸を細めて笑う洋太は、洋太こそが、雪の中で俺を守るように温かかった。

「ううん、僕が優しいんじゃないよ。洋ちゃんがすごく優しいんだよ!」

 自分の言葉に逆に腹を立てて首を振る俺に、洋太がちょっと驚いたように眉を上げて、それからはにかむように笑ったんだ。

「ええ?違うよー」

 えへへと笑う洋太、あの頃からきっと、俺はお前が好きだったんだ。

「違わないよ。ねぇ、洋ちゃん。じゃあ、僕だけのサンタさんになって?」

 唆すように囁いて、そのくせ、答えはちゃんと知っている。
 きっと、お前はその答えを言ってくれる。

「うん、いいよ」

「ホント?じゃあ、僕も洋ちゃんだけのものになるね」

 馬鹿だな、洋太。
 お前はちゃんと、最初から知っているんじゃないか。
 答えに一番近い何かを。
 俺が気付くよりもずっと早くから、お前はちゃんと知っていたんだよな。
 あのクリスマスの夜からリンクして、答えに近い何かに気付いたのは俺。

気付かせたのは、サンタになったお前…