1  -狼男に気をつけて!-

 ストーカー…だと言うんだそうだ。
 正直に言うと、それまでの俺はそんなこと、実は微塵も感じていなかった…と言うよりはむしろ、未だにそんな風にヤツのことを思ったことはない。
 いいヤツだなぁとか、そんなモン。
 俺ってばもしかして、頗る鈍感ってヤツなんだろうか…?

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 親にごねて手に入れたワンルームマンションの独り暮し!…と言うには程遠いきったならしい1DKアパートの、安っぽい木の扉に申し訳程度に取り付けられた鉄製のノブにぶら下がった近所のコンビニのビニール袋。
 内容は見なくても判る。
 俺がいつも買うお決まりの商品が一式詰まってるってワケ。
 本日も夕食代が浮きました!
 苦学生には付き物の赤貧と言う名の悪魔に取り付かれた俺、東城光太郎の夕食はお決まりのワンパターンだけれども、毎晩毎晩ありがたい差し入れだと思うよ。
 本当にその機能を発揮してるのか、いまいち疑いたくなる鍵穴に挿し込んだ鍵を回すと鈍い音を響かせて金属がカチリと回る。立て付けの悪さも築年数の古さが物語る時間の流れだと思えば案外と住み心地のいいアパートの一室は少し…どころかかなり散らかっている。足の踏み込み場もない、そろそろ片付けないとゴキちゃんとコンニチワだ。

「ん?」

 チカチカと、外の通路から挿し込む、まるで取って付けたような切れかけた電球の薄明かりに浮かび上がる室内で、主の帰りを待つ電話の留守番機能が反応している。

「…母さんかなぁ?また何か送ってきたのかも」

 口では悪態、でも内心では物資の供給にホクホクしながら、俺は赤いランプを点滅させるボタンを押してみた。
 玄関に行ってドアを閉めて、電灯を点けたところで巻き戻し完了。冷めた機械の声が件数を抑揚のない声で言った後に…無言。

「20件?…で無言。またいつもの悪戯かよ。嫌になるよな、全く」

 これが苦痛だと言う連中もいるらしいけど、俺は気にしない。
 つーか、気にならない。
 消しちまえばいいワケだし、相手にしなきゃそのうち諦めてくれるだろう。
 イタ電なんざ、相手してやるから調子に乗るんだ。無視無視、これに限るよな。

『…もうそろそろ帰り着くよね?今日もバイト、お疲れさま。あんまり店長と親しくしない方がいいよ』

 最後に入ってるのはほんの5分ほど前に掛けたんだろう、いつもの根が暗そうなアイツからの労いの声。
 抑揚らしい抑揚もなくて、一体何を考えてるのか良く判らないヤツだ。

「店長ねぇ…そう言えば」

 俺は今日の店長こと、藤沢実の台詞を思い出した。
 店長と言っても俺と同様の雇われで、確か1つか2つぐらい上だったんじゃないかな?よく覚えてないや。
 つーか、気にしてないから忘れてしまう。悪い癖だとは思うよ。

「ストーカーかぁ…まあ、根が暗そうだって点では頷けるけど。女でもあるまいし、気にする必要もないか」

 簡単に言ってのけたその台詞を、俺が死ぬほど後悔するのはもう少し後の話になる。
 その日の俺は店長の忠告をケロリと忘れて、挿し入れられた夕食を感謝しながら頂きました。
 毒入りのリンゴを、甘くて美味そうだと信じた白雪姫の様に疑いもせずに…俺はペロリと平らげちまった。