結局昨日は、一睡もできなかった。
まんじりともせずに考えていたのは辻波の真意だ。
100円ショップで買ったバッグの中には、昨夜のビデオテープが黒いケースに入って収まっている。
あの野郎…俺のことをなんだと思ってんだよ。
俺はなぁ…エッチなホモビデオに出てアンアン言ってる趣味はねぇんだ!
バスに揺られながら降り積もる怒りを深々と胸に溜め込んでいた。
バスは俺の怒りなんかどこ吹く風でガタゴトと揺れながら大学まで一路のんびりと進んでいた。
その途中でバイト先のコンビニを通りすぎた。
お、店長だ。
相変わらず女の客に人気があんなぁ。タレ目の長身ってのは何かとモテるんだろう。
きっと、憎めない笑顔が人気の秘密だと俺は見た。
俺だってあんな顔で笑いかけられたらそれまでの怒りが一気に萎えちまうもんなぁ。だから仕方なく夜番も引き受けちまうんだ。
茶髪も悪い。ひよこみたいにほえーっと見えるからな!
…。
いや!そんなこた今は関係ない!!
ったく、なんだってこんなことになっちまったんだ?
俺は…無愛想で仏頂面の辻波のこと、けっこう好きなんだ。
ちょっとした些細なことにもよく気がつくし、本を静かに読んでいるくせに妙な存在感とかあってそれなりに目立つヤツで、でも、なぜか『暗い』ってイメージだけで誰も近寄らないってのが不思議だった。
でも…みんなが言うように、やっぱりアイツは陰湿なヤツだったのかな?
こんな陰険なことで、『嫌いだ』って意思表示なんかすんなよ。
バッグからチラッと覗く黒いケースを、何か汚いものでも見るような目付きで見ていたんだと思う。俺の横に座ったおばちゃんが胡散臭そうな目つきをしてるからな。
なんか、もうマジでムカツク!
俺はブスッとした膨れっ面で窓の外を緩やかに流れる景色を目で追っていて、思わず気分が悪くなった。
全くついてねぇな!
朝っぱらから車酔いかよ!?
くそぅ!!ほんっとに覚えてろよ、辻波!
全ての元凶がまるで辻波とでも言うように、俺は近付いてくる大学を睨みつけていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「辻波!」
いつも通り出入り口に近い場所に陣取っているヤツの前に立ちはだかって眦を吊り上げる俺を、辻波は読みかけの本から鬱陶しそうに目線を上げて頬杖をしたままで見上げてきた。
「…なんだよ」
俺はその冷静な態度にますますムカツキながら、ギリッと奥歯を噛み締めてバッグの中から黒いケースを取り出した。
「?」
訝しそうなものでも見るような目付きで俺の手元を見る辻波の野郎、何を空々しいことしてやがるんだ!
「お、おいおい。どうしたんだよ、東城…?」
俺の剣幕に桜沢のヤツが驚いたように飛んできて、慌てたように腕を掴んできた。その腕を振り払いながら、講堂の連中が注視するのも気に留めずに苛々と怒鳴っていた。
「コレ、見覚えもねーのかよ!?ちっくしょう!お前は信じられるヤツだって思ってたのに…これじゃまるっきりストーカーじゃねぇか!気持ち悪ぃんだよ!!」
持っていた黒いビデオケースを投げつけて、驚いたようにポカンッとする桜沢をその場に残して、俺はさっさと講堂を後にしようとした…けど、俺の耳に飛び込んできたのはポツリと言ったカンジで零れ落ちた一言。
「…ストーカー?」
訝しそうな顔がチラついてもいたけど、それがなんだって言うんだ!?
ホンット!コイツってばいつからこんな空々しいヤツになっちまったんだよ?
ブスくれた俺はこのまま授業に出る気にもなれなくて、やっぱり、と言うか案の定そのまま家に帰ることにしたんだ。バイトは夕方からだし…なんかそれにも出る気になれないけど、バイトは俺のライフラインだ。クビにでもなったら大変だ。
でもなんとか頭も冷やしたいことだし、まずはアパートに戻ろう。
クソッ!逝っちまえ、辻波!!
悪態を吐きながらバスに揺られて戻ってきたアパートは、やっぱり泣きたくなるほどボロっちくて、なんか唐突に怒りの萎えた俺は郵便受けを覗くことにしたんだ。
信じていたヤツに裏切られるのはやっぱりちょっとツライ。
古ぼけて半分以上壊れかけた郵便受けから請求書だとかダイレクトメールの束を取り出しながらそんなことを考えていて、階段を上りながら確認していた俺の足取りが唐突に止まった。
コピー用紙にカラーで刷られたそれは、SMかなんかの広告だった。
ただし。
縛られてしなる鞭で打ち据えられているソイツの顔は俺で、デジカメかなんかで隠し撮りした写真を切り取って貼りつけただけの粗雑なモンだったけど、中傷誹謗の書きたてられた紙は見るのもおぞましくて気付いたらグシャグシャにしていた。
なんなんだ、これは!?
俺は慌てて束にしているゴムを取ってバラバラに見てみると、カラーコピーされたそのチラシが何十枚もあった。最後になっている1枚に、まるでバカにしたような丸字のフォントで
『ご近所にバラまいちゃうぞ!』と書いてあった。
洒落になんねぇよ、これは。
いったい何十枚コピーしてんだよ!?
苛々しながらそれらを全部グシャグシャに丸めて、俺は階段を一段抜かしで駆け上がってから安アパートの扉を引き開けた。
くそ!ムカツク…って、あれ?なんでドアが開いてるんだ?
鍵を…そう思って怒りで我を忘れていた俺はハッとして室内を見渡した。
程なくして鍵を開けて上がり込んでいるヤツの正体が判った。
そこにいたのは…
「…辻波?」