Level.1  -冷血野郎にご用心-

「おい、結城光太郎」
 朝っぱらからフルネームで呼ばれた俺は胡乱な目付きでソイツに振り返った。
 偉そうに呼び捨てかよ。とんだお坊ちゃま野郎だぜ。

「なんだよ、甲斐佑介」

 ムスッとしてその偉そうなヤツを見上げる俺に、甲斐のヤツは全く不遜な態度を崩そうとせずに宣って下さった。

「今日、セックスしてやるからお前の家に行ってやる」

 冷たく見下ろしながら、このクラスで一番のハンサムはそんな風に俺に言った。

「ま…」

 一瞬息を飲んで。

「マジかよ!?いいのか?」

「飲み物ぐらい用意してろよ」

 嬉々として聞き返すと、甲斐はバカにしたように鼻で笑ってそんな俺を見下ろすと、もう表情を見せずにウザッたそうに吐き捨てて行ってしまった。
 以前に缶ジュースしか置いていなくて、ビールがないと機嫌を損ねたアイツは1ヶ月近くエッチしてくれなかった。別に俺としなくてもアイツには言い寄る女も男も多くて、アイツ自身はそれほど不自由してるってワケじゃねぇんだ。
 俺と犯るのはほんの気紛れ。
 放課後の教室、誰もいないことをいいことに、俺は、実は親友の嘉藤と犯ってたんだ。
 犯ると言っても、年頃の野郎がそうするように、お互いを弄り合って感じるって言う、まあ火遊びのようなもんさ。怖いもの見たさ。それも雰囲気に流されてのたった1回が、運の悪いことにこのクラスで一番ハンサムな、頭脳明晰で運動神経が抜群の陰険な級長に見つかっちまったんだ。
 もちろん、嘉藤も同罪。
 ヤツは泣く泣くこのクラス委員の下僕となって、未だに使いっ走りはもちろんのこと、雑用の全般は押し付けられて扱き使われてるようだ。俺は…
 俺は、ヤツの性奴隷。いやな響きだぜ全く。
 性奴隷と言うよりもダッチワイフかな?犯りたい時に声を掛けてきて、自分は独り暮しのクセに俺ん家にきてエッチする。家の中に親がいようがいまいがお構いなしで、一度なんか弟に見つかりそうになって泡食ったこともあった。勘弁してくれと泣きついたら、ごく平然とした顔をして『じゃあ、もうしてやらん』と言いやがったんだ!
 覚えたてだった俺は完全に、今もだけど、甲斐がくれる快感に溺れていてそれだけは絶対に嫌だった。最初はバージンの女みたいに痛がって暴れたけど、その時は家族が誰もいなくて心底ホッとしたもんだ。あんな断末魔のような悲鳴を家族になんか絶対に聞かせられない。
 俺は甲斐が帰った後、泣きながら血塗れの下着とシーツを洗った。
 腕には覚えがある。
 空手の有段者で、大会でもいつだって優勝していた。
 その俺が、ほんの少しの悪戯で同じ男にいい様にされてる。
 止めることもできない。
 いや、止めようと思わないんだ。
 鼻先で冷たく笑う甲斐佑介。
 アイツのくれるめくるめく快楽に、きっと頭まで溺れてるに違いない。

□ ■ □ ■ □

「お前!…今日は友達の家に泊りに行くんじゃなかったのか!?」

 薄っぺらい学生カバンを持った俺と、その背後に縁なし眼鏡をかけて立っている優等生ぜんとした甲斐を訝しそうに交互に見遣った俺よりも頭1つ背の高い弟の匠は、アイスキャンディーを舐めながら不遜な態度で唇を尖らせた。

「うるせぇな。予定が変わったんだよ。なんだ、クソ兄貴。今日は真面目に勉強でもするのかよ?」

 学校でも知らないヤツがいないぐらい有名な甲斐を興味深そうにジロジロ見ていた匠は、すぐに興味をなくしたようなシレッとした表情で口角だけを釣り上げて笑いやがる。
 ああ…どうしよう。
 チラッと甲斐を見ると、表面こそ綺麗な顔にみんなを惹きつけてやまない優しげな微笑を浮かべているが、内心では凄まじく怒っていることが判るほど額に血管を浮かべていた。ヤツの表情の変化を唯一知ることができるのはその血管で、でも滅多に見せることはないんだ。よほど怒ってるときじゃないと…表情を読ませないポーカーフェイスが得意なくせに、怒ってるんだ。
 ひえぇ…怒ってる!半端じゃなくッ。

「た、匠!何も言わずに今日はどこかに泊りに行け!」

 た、頼む!このままだと、兄ちゃん、犯り殺されちまう!

「はぁ?なに言ってんだよ。なんで俺が…」

「無理はいけないよ、結城くん。ボクは今日は帰るから」

 俺の肩をやんわりと掴んで止めた甲斐を恐る恐る振り返ると、見たこともない笑みを浮かべて冷血非道な男は肩に乗せた手に力を込めた。
 覚えてろよ。
 言外の台詞が、まるでテレパシーか何かのように俺の脳味噌に流れ込んでくるようだ。

「ええ!?いや、それはちょっとッ」

「なんだかな。勉強するのに俺がいちゃ拙いワケ?」

 だからって出て行く気はないんだろう弟は、肩を竦めただけでテンポの良い足音を響かせて2階の自室に戻ってしまった。
 暫くの沈黙。
 先に口を開いたのは甲斐だった。

「ボクは帰るから」

「うえ…」

 声にならなくて、俺は泣きそうな表情をして俺と同じ背の高さの甲斐を縋るように見つめた。

「そんな顔してもダメ。これから最低でも1週間はセックスなし」

 あう。

「…ああ、それから。自慰もしちゃダメ。1週間、慣れた身体を持て余しているといいよ。じゃあね」

 そう言ってお邪魔しましたと礼儀正しく言った甲斐は玄関から出て行った。俺は慌ててその後を追いかけたが、とうとう甲斐のヤツは振り返りもしてくれなかったんだ。
 俺が呼んでも、きっと今ここで泣き叫んでも振り返りもしないんだろう。
 たとえ振り返ったとしても、まるで虫けらでも見るような冷たい目をして鼻先で笑うんだろうな。
 甲斐佑介は、そんな風に冷たいヤツなんだ。