Level.2  -冷血野郎にご用心-

 ああ見えても、強引なエッチを好む甲斐のヤツは、その気になれば学校でも犯ろうとする。もちろん、俺は拒むことなんかできず、喜んでアイツに足を開く。でもさすがに、授業中に気分が悪いと言って俺を連れだして、そのまま屋上で犯られた時は抵抗したけどな。
 家だって、本当は弟がいたって犯る気はあったんだろう。
 でも、弟が気に入らないんだ。
 なんでか知らないが、甲斐は匠のことを毛嫌ってる。
 自分よりも背が高いせいかもしれないけど、いまいちよく判んねぇ。
 あれから3日が過ぎたけど、言い出したら絶対の甲斐は悲しいかな、約束通りちっともエッチをしてくれない。誘うつもりでわざと放課後に二人きりになってみたりしたけど、まるで無視。
 そりゃあ、気持ちがいいほど無視してくれた。
 それも丸きり無視なら俺だって悲しくて涙を流すだけで、残りの4日をカレンダーを睨みつけながら過ごすだろう。でも、甲斐の嫌がらせはそんな生易しいもんじゃねぇんだ。
 今日だってわざと委員会から戻ってくる甲斐を待ち構えていたって言うのに、横スライドのドアを開けて入って来たアイツは、一瞬だけ俺の存在に足を止めたけど、すぐに何事もなかったように自分の席に戻っちまった。

「甲斐!俺…」

 キッチリと詰襟を乱していない甲斐と、学校でも札を貼られてるだらしない格好の俺と。夕日の射し込む教室には奇妙な沈黙があって、俺はそこまで言ったものの、二の句が告げられなくてぎこちなく視線を外してしまう。
 やっぱり、最初に口を開くのは甲斐なんだ。

「どうしたんだい?顔色が悪いよ、結城くん」

 知ってるくせに…畜生ッ。

「ああ、こんな日だったね。君が嘉藤と犯ってたのって…」

 思わず顔を上げると、さして興味もなさそうな表情の甲斐が俺をまっすぐに見ていた。
 縁なしの眼鏡がキラリッと夕日を反射して、その奥にある綺麗な目をガラスの壁で隔ててる。
 うッ…ヤバイ。
 俺は甲斐の顔が好きなんだ。たぶん、入学した時からずっと。
 嘉藤と犯ってる時だって、瞼の裏には甲斐の顔があったし、俺のモノを掴んでる指先は甲斐の手だった。
 でも、まさか本物に抱いてもらえるなんて思ってもなかったけど…
 すっげぇ、嬉しかったんだ。
 本物の甲斐の腕は、思ったよりも逞しかった。
 着痩せするんだろうな、コイツ。

「聞いてるの?」

 ハッとした。
 間近に甲斐が迫っていて、顔を真っ赤にして思わず俯くと、ヤツは何を思ったのか突然俺の顎に手をかけてクイッと上向かせたんだ。
 驚いて目を見張る俺に、甲斐の綺麗な顔が近付いてくる。
 思わずギュッと目を閉じた。
 キスしてくれるんだと、すっげぇ喜びながら。
 胸がドキドキする。
 甲斐とエッチする時も、こんな風に気紛れでキスしてくれる時も、いつも俺はドキドキして目なんか開けてられないんだ。恋する乙女も真っ青になるほど、俺は従順な処女みたいに震える。
 口許に甲斐の息がかかって、あともうちょっと…

「ぷっ」

 ん?
 目を開けると、口許を手の甲で押さえて笑う甲斐の顔があった。
 こ、コイツまた…!
 俺をからかいやがってッ!

「そんなにキスして欲しいのかい?でもダメだよ。言っただろう?」

「わ、判ってるさ、畜生ッ!」

 顔を真っ赤にして吐き捨てた俺は、思わず泣きそうになりながら外方向いた。
 うう、くそう。コイツはいつだってそうだ。
 俺に期待させるだけさせて、結局掌を返して放置する。そうして諦めてしまう俺を見て笑うんだ。
 学校でもけっこう喧嘩が強いから、ヤンゾーとも殴り合ったりしてそれなりに名前が売れてる俺が、自分のキス1つで浮かんだり沈んだりするのを見るのが好きなんだろう。
 とんだ趣味を持った坊ちゃん野郎だ!

「…でも」

 不意に間近で声がして、訝しそうに振り返った俺に突然、甲斐が覆い被さってきた!

「なッ…んんッ」

 ガタガタッと椅子や机を薙ぎ倒すようにして手近な机に俺を押しつけた甲斐は、深く口唇を色んな角度から合わせながら舌を絡めてくる。
 キスだ。
 ああ、キスしてくれたんだ。
 俺は嬉しい誤算に躊躇わずにその背中に腕を回して抱きつきながら、アイツのくれるキスの快楽を夢中になって追っていた。俺は、俺は甲斐とのキスが大好きだ。
 エッチも好きだけど。いや、大好きだけど。
 キスはなんだか身も心も溶けてしまって、いつか全部甲斐の物になっていくような錯覚がするんだ。どうしたってそんなことできるはずもないんだけど、だからこそ、キスだけが夢中になれる。溶けあって解けあって…心まで解れていくような。
 ああ、甲斐が好きだ。
 暫くして、俺を貪り尽くした甲斐の唇が離れて、とろんと潤んだ目を必死で開きながらアイツの顔を見上げる俺。甲斐は、不意に下半身に自分の足を割り入れて少し隙間を作ると、そのまま摺り寄せるように腰を進めてきた。
 そして、俺と自分の唾液に濡れた唇を妖艶に釣り上げて、身体を倒して覗き込んでくると耳元に溜め息のように囁いてくる。
 うッ!ゾクッとする!!
 下半身の如実な変化もバレちまってるだろうし…エッチしてくれないかな?

「キスまでは止めなかったからね。これは3日間我慢していたご褒美さ。たまんないね。キスだけでそんな顔するなんて…光太郎、このままここでセックスしたい?」

 学校だっていいんだ。コイツがしてくれるなら、南校舎の2階の奥にある、あの幽霊が出るからって誰も使ってない便所の個室で思う存分犯られるのだって嫌じゃねぇんだよ。放課後に、誰か来るんじゃねぇかとビクビクしながら犯られるのも好きだ。
 本当は、言いたい。
 この学校で一番の頭脳明晰、眉目秀麗な男らしい甲斐佑介は俺とエッチしてるんだ!俺のモノなんだ!
 …ってな。
 でも、それは絶対にムリだから。
 俺たちは別に付き合ってるワケでもないし、ハッキリ言って俺はただのダッチワイフだし。
 なんかすっげぇ悲しくなって、俺は夢中で頷いていた。
 いいんだ、淫乱だって思われたって。

「したい。当たり前じゃねぇかよ、畜生!俺はいつだって甲斐と犯りたいんだ!」

「ダメ」

 ピシャリッと言い放って、甲斐のヤツは酷く優しげな、学校中を虜にする微笑を浮かべてついでのように掠めるキスをすると、あっさりと身体を離してしまった。
 あう。この火照った身体、どうしろっつーんだよ!?

「じゃあね、光太郎。あと4日、頑張るんだよ」

 そう言ってクスッと笑った甲斐は自分の机からカバンを取り上げると、一緒に置いていた眼鏡をかけてさっさと教室から出て行こうとする。その後姿を見送りながら身体を起こした俺は、バカだよな。ホントにバカだよ。
 甲斐だって散々煽られてるはずなんだ。腰に当ったアイツの下半身だって変化はしていたし…
 その熱を冷ます相手には、そっか、事欠かないんだったよな。

「甲斐先輩!」

 弾む声で呼びかけた可愛い女の子は、下級生だ。前から甲斐の周りをウロウロしてた子だけど、そっか、やっと念願が叶うんだな。嬉しそうに笑って。甲斐のヤツ、ホントに酷いヤツだ。
 そんな酷いヤツに惚れてる俺って…いや、よそう。考えてたら果てしなく落ちこんじまう。
 俺は溜め息をついて立ちあがった。

□ ■ □ ■ □

 教室の散乱した机を片付けていたら横スライドの扉が開いた。
 甲斐じゃないことは判っていたから胡乱な目付きで睨みをくれると、隣りのクラスの長崎洋太とか言うデブが驚いたような、それでいてビクついたように立っていた。

「なんだよ、洋太?どうした」

 その後ろからヒョイッと顔を覗かせたのは、この界隈きっての喧嘩野郎。俺もまだ勝ったことのねぇ半端じゃなく強いと噂の、巷では地獄の狂犬とか呼ばれてる里野光太郎だった。俺と同じ名前だから、嫌でもその顔は覚えていたんだ。
 どこがどういいんだか、この里野と言うヤツは長崎にムチャクチャ惚れてるらしい。
 もう学校中の噂で、どうも、エッチもしてるらしいんだ。
 そう思ってよくよく見ると、里野の頬は上気して、なんとなく、今まで犯っていたような色気みたいなものが漂っているような気が、しなくもない。う~ん。
 …と言うことは、俺も?
 や、ヤバイ。

「あれ?お前、確か俺とおんなじ名前の結城とか言うヤツだっけ?どうしたんだ?誰かと喧嘩でもしたのかよ」

 その場の惨状を見渡した里野は驚いたように眉を上げたが、さして興味もなさそうに肩を竦めると、さり気なく長崎の腕に自分の腕を重ねた。その一つ一つの仕草が、どうも噂は本当らしいことを教えている。う~ん…羨ましいな。クソッ!

「ちょっと洋太のヤツが貸してた本を取り戻したいって言うんだよな。いいか?」

「こ、光ちゃん。別に取り戻すだなんて…返してもらいに来ただけだよ」

 慌てる長崎にどっちも一緒だと言って眉を寄せた里野は、でもすぐに幸せそうに笑って長崎の暑苦しい顔を見上げた。額に汗が浮かんでて、ホントに暑苦しいヤツだ。

「ご、ごめんね、結城くん」

 慌てる長崎には俺の雰囲気なんか判らないんだろう、ホッと息をつきながら肩を竦めた俺は、好きにしろよと言って机を片付ける。
 甲斐は自分のしたことは全部、俺に片付けさせる。それができていないと臍を曲げて、口を利いてくれない時もあるから、俺はいつだって後片付けをするんだ。
 もう、習慣になっちまった。

「えっらいよなー」

 不意にボソッと里野が呟いたから、俺は怪訝そうな顔をしてそんな里野を見た。

「あぁ?」

 里野は噂のわりには優しい顔立ちをした、けっこう整った顔をしてる奴だと思う。笑うと覗く八重歯が可愛いといえば可愛いかもしれない。子供のような無邪気さがあるんだ。
 いや、体付きも顔も立派に成長してるんだけどな。

「教室だよ。喧嘩で散らかしたってさ、俺だったら放っておくもん。洋太はすぐ怒るけどな」

 この里野に怒ることができる奴なんかいるのかよ!?
 じゃあ、やっぱりあの噂はマジなんだ。

「こ、光ちゃん!ほら、本はもう返してもらったから行こうよ!」

 長崎はさっきからずっと慌てっぱなしだ。なんか、胡散くせぇなコイツ。

「…あッ」

 腕を掴んで引っ張ろうとすると、里野はやけに色っぽい声を出した。
 俺と長崎はギョッとしたけど、長崎にはその意味が判ってるんだろう、自分の腕にいる里野のやわらかく潤んだ、誘うような目を見下ろして咽喉を鳴らしたからな。顔を真っ赤にして泡食って引き摺って行くあの様子だと、これからどこかでエッチするんだろう。
 慌ててた理由が何となく判って溜め息が出た。
 あーあ、幸せな奴っているんだ。
 俺みたいに男なんかに惚れた奴ってのは、報われない気持ちに悩んでる奴ばっかだと思っていたのに、同じ名前を持つ里野が少し…いや、かなり羨ましいと思った。
 幸せそうに笑ってた。
 見てくれがどうあれ、好きだと思える奴の傍にいて、いつだってキスしてエッチできるなら幸せだよな。ソイツも自分を好きなら、天にも昇るほど嬉しいに決まってる。
 いいな。
 ボソッと呟いて、なんか凄く自分が惨めな気持ちになった。
 いつか…いつかこの恋は報われるんだろうか?