Level.3  -冷血野郎にご用心-

 いや、俺はアイツとエッチできてキスできたらそれでいいんだ。多くを望んだら、いつか全部失ってしまう。
 つーか、俺!
 なんかすっげぇ暗いぞ!暗すぎる!
 溜め息を吐く自分にハッと気付いてぶんぶんと首を左右に振ると、気を取り直してカバンを引っ手繰るように掴んで教室から出ようとしたら、夕暮れのオレンジの光が射し込む廊下に嘉藤が立っていた。両手にノートを抱えて、そうか、甲斐に押し付けられたんだな。

「…お互い、なんか情けねぇよな」

 俺に気付いた嘉藤はポツリと呟いて、バツが悪そうに苦笑した。
 両手が開いていたら、コイツの癖で腰に片手を当てて鼻の脇を掻いていただろう。
 長身だし、猫ッ毛の柔らかな髪を持ったコイツもけっこう女子にモテるのにな、何が悲しくて級長の下働きなんかしなきゃいけねぇんだろう。黙ってて欲しい…ってのが理由だけどさ。
 里野のように開けっ広げに好きが全開にできたらいいんだけど、嘉藤も俺も、別に好き合ってるってワケじゃねぇから、言い触らされたら堪らんわけだ。
 現に嘉藤には彼女がいる。

「すまん」

 俺が謝ると、嘉藤はちょっと驚いたように眉を顰めて、それから労わるように笑う。

「なんでお前が謝るんだよ?アレはお互いさまだろ。でもせめて、イッてから見つけろよなってカンジかな」

 そう言って冗談っぽく笑った嘉藤はじゃあなと言った。必要以上に傍にいるところを甲斐に見られでもしたら大変だからな。
 甲斐の条件に、嘉藤に近付くなと言うのがあった。嘉藤も、結城に近付くなと言われている。
 だからこの、小学校の時からの友人とはあの一件以来必要以上に近付いたことはない。
 甲斐と言うか、アイツの情報網は凄くて、俺の1日の行動をなぜか全て知っていたりするから不思議なんだ。それを知っている嘉藤も近寄らないようにしてくれている。 旧知を知ってる友人たちは、急に仲が悪くなったと噂してたけど、それ以上は何も聞いてきてくれない。いい友人を持ったとホッと胸を撫で下ろしたもんさ。

『あのままボクが君たちのことを見つけていなかったら、今みたいにこうして光太郎の足を抱えてるのは嘉藤だったかもね…』

 エッチの最中にまるで思い出したように甲斐はそう言ったけど、そんなことがあるワケないと俺は笑った。
 アイツには彼女がいるし、アレはただの火遊びみたいなものなんだよ。
 いつまでも持続するわけがねーだろ。甲斐にしては頭の悪ぃこと言ったよな。
 もう、だいぶ薄暗くなってきた帰り道を辿って家に帰った俺は、部屋の暗さに舌打ちした。今日も親父たちはいないんだ。出張とか言ってたっけ、夕飯はまた俺が作るのか…
 うんざりするって、マジで。

「クソ兄貴」

 不意に暗いキッチンから声を掛けられてギクッとした。

「な、なんだ匠か。驚かせるなよ」

「遅かったじゃん。ガッコ、とっくに終ってんじゃねぇの?」

 いつものように何かをつまみ食いでもしてたんだろう、匠のヤツはアイスキャンディを片手に胡乱な目付きで俺を見る。顔がいいだけにちょっと凄みがあるよな。
 コイツ、何を怒ってるんだ?

「しかたねーだろ?居残りだよ、い・の・こ・り!」

「へぇ」

 信じたのか信じていないのか、電気をつけて椅子に薄っぺらいカバンを投げ出す俺を、匠は壁にもたれるようにして腕を組むと、アイスの棒で手遊びしながらじっと見る。
 なんだって言うんだよ、いったい!?

「兄貴、最近さ、妙に色っぽくなったよな」

 ギクッとした。
 何を言い出すんだ、コイツは。

「クラスの連中からさ、言われるまで気付かなかったんだけど…あんた、自分が思ってるよりもずいぶんとモテてるんだぜ?知ってた?」

「知るかよ!可愛い子にモテるんなら大歓迎だけどな。今度紹介しろよ」

 冗談っぽく笑って冷蔵庫から牛乳を取り出すと伏せてあるコップを手に振り返って、思わずコップを取り落としそうになっちまった。
 頭1つぶん背の高い匠は、冷蔵庫に片手を付いてアイスの棒を弄びながら俺を覗き込んできたんだ。ちょ…マジでたまげた。
 いったい、いつの間に近寄ってきてたんだ!?
 コイツ、足音もさせずに忍び寄る、忍者のような特技をどこで身に付けたんだ。もしかして、幽霊!?ひ、ひえぇぇ…って、あんまり驚いて何をバカみたいに動揺してるんだよ、俺!

「な、何だよ?邪魔くせぇな。退けって」

 動揺してるのを悟られないように努めて平静を装う俺は、牛乳を持った手で押し退けようとして逆にその手を掴まれてしまった。

「牛乳、もう飲んできたんじゃないの?それとも、足りなかったのか?」

 最初、意味が判らなかった。
 眉を顰めて、首を傾げる俺に『いまさら純情ぶってんの?』と笑った匠は上半身を屈めて耳元に口を寄せてきた。

「甲斐ってヤツとヤッてんだろ?」

 チリッと頭の隅が痛んで、目の前が真っ赤になる。
 なに…言ってんだコイツ…
 俺は突然襲いかかってきた眩暈に足許をふら付かせながら、支えるように腰に回ってきた腕を力なく振り払おうとしたんだけど…失敗した。

「ほっせぇ腰、してるよな。男と犯るのってどんなカンジだ?教えてくれよ、お兄ちゃん」

 その言葉で、たぶん、どこかキレたんだ。
 そんなにキレやすい方じゃねぇけど、すっげぇブチギレたのは確かだと思う。
 なぜかって言うと…気が付いたら匠を殴ってたんだ。

□ ■ □ ■ □

「ふざけるなよッ!どこの世界に兄貴が弟に男とのエッチをレクチャーするって言うんだ!?」

「…ッ、てぇ」

 唇か、口の奥が切れたのか血のついた口許を拭いながら、それでもいまいち効いてないんだろう、匠のヤツは俺を睨みながら離れなかった腕で腰をグイッと引き寄せたからだ。
 落ちたコップは割れなかったけど、牛乳は白い水溜りを足許に作っている。
 トクトク…ッとある程度流れたら、それは止まった。関係ないけど、それをジッと睨みつけた。
 次の言葉が予想できるから。

「認めるわけだ」

 やっぱり。
 俺は諦めたように目を閉じて、それから力なく開いて匠を見上げた。

「…ああ、俺は甲斐が好きだからな。それでお前がキモイっつーんならしかたねぇと思う。これで満足かよ?」

 本当は実の弟にキモイなんか言って欲しくなんかなかったけどよ、ギュッと抱き締められた腰が妙な熱を呼んでヤバイからな。甲斐のヤツに散々煽られた身体はしっかり熱を覚えてるし、まだまだ冷める気配だってねぇ。こんな状態だと、弟に欲情してるみたいでぜってーに!嫌なんだ。
 コイツが気付いていないうちに、早く…

「…なんでだよ、兄貴。アイツ、あんたのことなんか惚れてるわけじゃねぇんだぜ?俺のクラスの女子とも付き合ってるんだ。あんた、アイツに遊ばれてるだけじゃねーかよ」

 匠は、睨み付けていた目をどこか痛いような表情に変えて、ちょっと辛そうに見下ろしてきた。
 コイツは俺を心配してるんだ。キモイと言ってはね付けようと思えばできるのに、そりゃそうだよな。実の兄貴が男におもちゃにされてるなんか思ったらムカツクに決まってら。気持ち悪い前にやめてくれッて…俺でもたぶん叫んでたと思う。実際、甲斐以外のヤツと犯るなんて、もうホント、冗談じゃねぇって思うから。

「好きだからしかたねぇよ」

 溜め息をつくように呟いたら、弟は暫く何も言わずに唇を噛み締めていた。
 それから、徐に空いていた片手を伸ばして俺の頬を包み込むと俯いている顔を上げさせるんだ。少し汗ばんだ掌は温かくて、しっとりと肌に馴染んでくる。甲斐はこんな風に優しくしてくれないから、ちょっと溜め息が出た。

「でも、辛いんだろ?…なあ、俺じゃダメなワケ?」

「へ?」

 投げられた言葉を理解できなかった俺は間抜けな声を上げたけど、匠は別にそれを笑うわけでもなく、奇妙な目付きで覗き込んできた。…いや、違う!覗き込んだんじゃない!それなら顔はとっくに止まってるはずだからな!…って、何を冷静に説明をしてるんだ、俺よ!
 これは、まさか…

「やめ…ッ!」

 抗おうとしたけど匠は思った以上に力が強くて、俺は為す術もなくギュッと目を閉じるしかなかったんだ。
 でも最後の抵抗で歯を食い縛ると、絶対に口を開いたりなんかしてやらん!実の弟とキスだと?ふざけるのも大概にしろよッ!!

「アイツにはキスさせるのに…俺じゃダメなんだ」

「当たり前だろ!?お前はバカか…ッ!んんっ」

 しまった!…ああ、俺のバカ!
 怒鳴った時に口が開いて…匠の熱い、熱を持った舌が滑り込んできたんだ。
 うう…弟の舌に煽られるなんか、気持ち悪いだけだ。

「あッ…やめ…んん」

 何度も角度を変えながら口付けられて、それでなくても甲斐に煽られた身体が奥の方からズンッと何かを訴えてくる…ダメだ!弟に発情するなんて、絶対にダメだ!!
 必死の抵抗も空しく俺の身体は本人の意思をまるで無視して、カッと、まるで 熾火 のように身体の奥で 燻 っていた何かに勝手に火を付けやがった!

「…う、…ううッ…ん」

 俺のあからさまな変化にすぐに気付いた匠のヤツは、ゆっくりと口を離すと、唾液で濡れている唇をペロリと舐めた。その仕草はちょっとセクシーで…う、何を考えて…
 たぶん、エッチなことだよ。
 ああ、そうだよ!その通りです!
 俺は弟に欲情してるよ、畜生!コレと言うのも甲斐のヤツが悪いんだ!
 1週間も放っておくんだからな。慣れすぎてる身体にはキスの刺激だって辛いんだ。すぐに反応しちまう。
 これじゃインランじゃねーか。畜生!

「アニキ…感じてるんだ?」

 ニヤッと匠が笑う。

「ああ、そうだよ!畜生ッ!どうしてくれるんだ!?」

 言って、自分がどれほどバカなことを口走ってしまったのかにハッと気付いたときはもう遅かった。キョトンとした匠は次いで、すぐにプッと噴き出しやがる。ああ、顔が熱い。
 俺のバカ…熱が出そうだ。

「大丈夫。俺、初めてだけど、ちゃんと兄貴が気持ちいいようにしてやる…」

 そう言って抱き締めてきた匠のヤツは、俺を引き摺るようにしてキッチンにあるテーブルの上に押し倒したんだ。やけに散らかってないと思ったら…まさか 端 からこうなることを想定してたんじゃねぇだろうな?…こいつ、抜け目ないのか。もしかして。
 抜け目ねぇんだ!

「こんなところで犯るのか!?冗談じゃねぇ!嫌だッ、ぜってぇにヤダ!」

「もう、我慢できねぇよ、兄貴。1発目はすぐに終らせるから、な?」

 そう言ってグイッと腰を押し付けられて、匠の欲望の在処を知った俺は思わず顔を背けてしまう。
 うう…やっぱ兄弟でなんて、嫌だよう。

「どうしても犯るのか?」

「犯る!」

 もう興奮しきってる匠は、日頃女の子が黄色い声を上げて追っかけ回す美貌もどこへやら、切羽詰った表情で俺の首筋に顔を埋めてきた。

「アニキ…ずっと好きだったんだ。あんなヤツよりもずっと前から…」

 熱い息が首筋を掠めて…うう、どうしようもなく身体が熱を訴えてくる。
 伸ばして、ガクランの下に着ている薄いT-シャツの裾から手を忍ばせたその指先に、俺は、女の子なら感じてもしかたねぇって頷ける場所に触れられて小さな声を上げた。それに気を良くした匠はぎこちない手付きでそこをキュッと抓んでくれる。

「うう…い、嫌だ。匠、そこは…」

「イヤだってことはイイってことなんだろ?なあ、アニキ…」

 熱に浮かされたように耳元に囁いてきた匠は、俺たちの荒い息遣い以外は静まり返ったキッチンに何かの金属音と鈍い音を響かせたんだ。それがなんであるのか知っている俺は、不意に下半身を締めつけていたものが緩んだ感じに目を閉じる。バックルを外されてジッパーを下げられたんだ。
 それだけじゃ、指を突っ込むのだって苦しいだろう…うう。
 うう…
 ううう…
 クソッ!

「いいか、匠!今日は大人しく犯られてやるッ。だがな、2度目はこうはいかないし、してもやらん!判ったか!?」

「う、うん。でも!今日のが良かったら、次のチャンスぐらいはくれるんだろ?」

 いつもは俺をバカにしたように見下ろす双眸が、今日は必死に食い下がってきやがる。いつもこうなら、この図体ばかりが大きく成長しちまった弟だって可愛いのに。
 俺はふと笑って、真剣に覗き込んで来る匠の首に腕を回して、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしているヤツの口許に触れるだけのキスをした。こんな格好じゃ決まり悪いけどよ。
 俺だって男だ、腹を括ってやらぁ!
 兄弟っつったって、男と女じゃあるまいし、妊娠もしなきゃ一夜の過ちで簡単に終る。
 匠の目はそれを完全に否定してるけど、俺はそう思い込むことにして腰を浮かした。
 ズボンが引き下げられて、下半身にひんやりした風が触れると、それでも堪らずにギュッと目を閉じて俺は匠の首に 齧 りついた。これから訪れるだろう快楽に、少なからずも期待してるんだ。
 俺ってヤツは…