Level.4  -冷血野郎にご用心-

 煌煌と明かりが照らすどこにでもある平凡なキッチンで、全然平凡じゃない態勢で弟に抱きついてる俺。
 下半身に指を這わせて、でも初めてって言うぐらいだから、コイツは女の子との経験もないんだろう。いきなりテンパッてて、もう入れたくてしかたないとでも言うように、匠は濡れた先端を俺に押し付けてくる。

「ま、待て。匠。女の子と一緒なんだから、いきなり突っ込まれれば痛いんだよ。判ってくれ!」

 俺はその激痛を知っている。
 1度、甲斐のヤツに止められていたにも関わらず、アイツよりも先にイッて、翌日なんの潤いもないソコにいきなり突っ込まれたんだ。切れて血が出て、暫くはまともにクソもできなかった。正直、それだけは勘弁して欲しい!
 頬を上気させて、欲望に濡れた瞳で食い入るように覗き込んで来る性急な匠を押し留めるようにそう言いながら、俺は何か、滑りの良くなるものを探したんだ。1回出して、それを使うって手もあるんだけど、初めてのヤツにそんなこと言えないし…つーか、恥ずかしくて言えねぇっつの!
 オトウト…なんだぜ。
 俺の態度に気付いて上体を軽く起こすと、匠もキョロキョロする。その目が何かを捉えて細められた。手を伸ばす。

「なぬ!?おま…ッ!そんなの使うのかよ!?嫌だぞッ」

「イヤって…だって痛いのは嫌なんだろ?洗えば綺麗になるって。汚れるのは一緒なんだからさ、いいだろ?」

 そう言って、まるで見せつけるように片手で空けたキャップを弾き飛ばし、細い口に指を突っ込んで逆さにすると、サラダ油は匠の長い指に絡み付くように垂れていく。

「大丈夫。…俺が綺麗に洗ってやるから」

 耳元で囁かれて、ゾクッとする。
 そう思ったときには、ぬるっとした指先が入り口を抉じ開けて入ってきた!
 あううう…

「…う…」

「うわ…絡み付いてくる。す、すげぇ。熱い!」

 いちいち説明しながら指を動かすんじゃねぇ!あう…き、気持ち悪い。

「うぁ…んん…ぁ」

「アニキ、す、すげぇ色っぽい!俺、もう…」

 あ?
 うわっ、待て!待ってくれ!
 まだ…

「あうッ!」

 グイッと押し入れられて、俺は思わず匠の大きな背中にしがみ付いた。
 久し振りの衝撃は唇を噛み締めて遣り過ごしたけど、それでもコイツ、ち、ちょっと大きくないか?

「あ…あ…ッ」

 いきなり激しく揺さぶられて、燻っていた熱は全身を火照らせると匠を含んでる部分をキュッと締め付ける。す…すげぇ。
 我が弟ながら…なんてヤツだ!

「あ、アニキ!す、すげぇ!…うッ」

 匠は驚くほど呆気なくイッた。
 灼熱の飛沫がいちばん深い部分に打ちつけられて、久し振りの快感に俺はぶるぶると震えながら匠に縋りついた。ヤツも俺をギュッと抱き締めて胴震いすると、最後まで出しきろうと小刻みに腰を動かす。
 うう…初めてだけに溜まってたのか、その量は半端じゃない。
 含みきれずに零れ落ちた。

「…あ」

 眉を寄せて溜め息をつくと、むしゃぶりつくようにキスされる…でも俺、イッてないんスけど。
 そう思ってたら、まだ身体の中で形を潜めてる匠が、固さを保持してることに気付いてやっぱりかと思った。甲斐も俺に突っ込んだあと、簡単には終ってくれなかったからな。
 俺は匠に縋りつきながら、その日は促されるままに気を失うまで抱かれていた。

□ ■ □ ■ □

 正直俺は、今日ほど学校に行くのが嫌だったことはない。
 確かに匠のヤツはあの後、ぐったりしてる俺を浴室まで運んで行って丁寧に洗ってくれたさ。自分が汚し尽くしたあのナカまでもご丁寧にな。
 でも甲斐のヤツは俺の変化なんかすぐに気付くヤツだから、バレたらむちゃくちゃ怒るだろう…つーか、弟と犯ったなんて知れてみろ、潔癖症のヤツはまるで汚いものでも見るような目をして無視するかもしれない。
 それは嫌だ!
 俺は甲斐に抱かれたい。アイツがいい。アイツだけが好きなんだ…
 それをネタに一生強請られるならそれでもいい。
 でも無視されて、傍にいることも許されないのは絶対に嫌だ。
 アイツの所有物になると決めた時から、おもちゃにされることは判ってた。それだっていいと思ったんだ。
 大好きだったから。
 溜め息が零れる。
 縁なし眼鏡の奥の冷めた双眸を思い出して、俺は泣きたくなった。
 傍にいたい、声が聞きたい、触っていたい…そんな簡単なことなのに、どうして俺は甲斐になるとそれができないんだろう?甲斐だからこそできそうなのに。
 匠のことは、ほんの成り行きだった。今でもアイツが好きかと聞かれたって、躊躇いなく弟としてならって言うだろう。
 甲斐に、いちばん好きなヤツに散々煽られた後だったから、匠とだってエッチができたに過ぎないだけで、あれが素面だったら殴りつけて蹴倒してただろう。今だって、今度アイツが迫ってきても顔面パンチとハイキックをお見舞いしてやるつもりではいる。
 …いる、けどどうしよう。
 ああ、学校が。悪魔の学校が迫ってくる。
 嫌だと言って竦む足を叱咤しながら震えてる瞼をギュッと閉じて、観念したように開くと、俺は覚悟を決めて顔を上げた。
 そうだ、平然としてればバレることなんかねぇ。何を怯えてるんだよ、俺!
 わっはっは。そう考えたら気が楽じゃねぇか!バッカだな、俺!

「結城くん。往来で百面相かい?」

 ギクッとした。

「ひ、ひえぇぇ~ッ!か、甲斐!?」

 訝しそうに眉を寄せた縁なし眼鏡をかけているハンサムは、いつものことだけど心なしか不機嫌そうに、馬鹿にした目で首を傾げた。
 ああ…でも、どんな顔をしても様になってる。カッコイイよなぁ。くうッ、大好きだ!

「なんて声を出してるんだ。どうかしたの?顔色が悪いようだけど…」

 そう言ってすっと伸ばした綺麗な手が、俺の真っ赤になってるに違いない顔の、額に添えられた。
 ギュッと目を閉じて、それでも嬉しくてニヤけてしまう。
 甲斐が俺に触ってくれる。

「熱はないみたいだね」

「うるせーよ、甲斐!気安く触るんじゃねぇッ!」

 その手を払いのけて、自己嫌悪。
 ああ、なんで俺ってこうなんだろう。
 せっかく!せっかく甲斐が俺を触ってくれてるってのに!!

「ふぅん。僕に触られるのは嫌ってワケだね」

「違う、アレとこれは話しが違う」

「アレ?アレってなんのこと?」

 クスクスと笑いながら横目で俺を見て歩き出す甲斐の後を追って小走りに歩き出しながら、俺は何となくホッとした。良かった、甲斐にバレなかった。
 その足が不意にピタリと止まり、ニコッと笑った表情で甲斐は見惚れてる俺に振り返った。

「今日は僕の家においでよ。安心して。まだ4日過ぎてないからね、セックスはしてやらない」

 俺はキョトンッとした。
 今…なんて言ったんだ?
 家に、お前の家に?

「い、いいのかよ?俺なんか行っても…」

 ドキドキして聞き返す俺に、不意に上辺だけの表情を消した甲斐のヤツは、いつも通りの人を小馬鹿にしたような顔で怪訝そうに片方の眉を小器用に釣り上げて鼻先で笑った。

「別に構わないさ」

 口調も冷たい。
 でもこれが甲斐の本性。
 上辺だけの優等生ぜんとした顔立ちはニセモノで、いつもこんな風に人を馬鹿にしてるのが甲斐なんだ。
 だからこんな顔をしてくれた方がホッとする。
 甲斐が俺だけに見せる、本性だから。
 愛されてるんじゃないかって勘違いできる一瞬だから。
 俺は嬉しくなるんだ。
 バッカだな俺、絶対にそんなことなんかないのに…何を期待してるんだ。
 溜め息をついて、歩き出した甲斐の後を追いかけた。
 追いつけない、大好きな背中。