上半身を起こした姿勢でクスクスと笑って、横たわる俺の尻に指を這わせた甲斐がねっとりと絡みつくソレで指を汚しながら、快感の余韻に小刻みに震えてる俺の耳元に囁いてきた。
「…ん」
ふるふると震えながら甘えるように擦り寄る俺を、甲斐はもう一度クスクスと笑う。
「最高に感じたって顔してる。痛いのが好きなの?隠し事して責められるのも好きそうだよね。結城くんって、もしかしてマゾ?」
羞恥にサッと頬が赤くなるけど、悪態をつけるだけの体力が残っていない俺は恨めしそうに甲斐を睨むだけが精一杯で、悔しいから嫌がると知りながらわざと抱きついてやった。…と言っても、ガバッとってワケじゃなく、緩慢な動作で伸ばした腕をゆっくりと背中に回すんだ。
コイツは俺が抱きついたりすることを嫌うんだ。
エッチの道具に終った後まで馴れ馴れしくされるのは嫌いなんだとはね除けながら、前にそう言われたことがあるからな。おかげで、その夜は涙で枕を濡らして徹夜した挙句、翌日には真っ赤になった目を匠に訝しそうに見られたし、甲斐からは笑われた。
クソッ!よくよく考えたら散々じゃねーか、俺よ!
上半身を少し起こさないといけないんでけっこう辛いんだけどな、それでも抱きついてやった。
へへん、どうだ?嫌だろう、ざまーみろ。
ニッと笑うと案の定、嫌そうな顔をして引き離そうとする。
離れてやるもんか。
ウザそうに眉を寄せる姿もハンサムだ。
ギュッと抱きついて離れようとしない俺を暫く見下ろしていた甲斐は、珍しく諦めたのか、無理に引き離そうとはしなくなった。
俺はホッと安心して、甲斐の温もりを感じようと素肌に頬をすり寄せた。
俺はやっぱり、コイツになら何をされてもいいって思えるぐらい好きなんだろうな。
甲斐の温もりと規則正しく繰り返される呼吸にゆっくりと上下する身体に頬を寄せて、すごく安心していた。安心すると人間って言う生き物はどうしてこう、墓穴を掘っちまうんだろう。俺の滑りやすくなった口も、その安心に余計なこと吐き出した。
「甲斐…好きだ」
ふと呟いて、俺は唐突にしまったと思った!
や、やべぇ!ずっと胸にしまいこんでいた想いなのに!こんな時に口を滑らせちまうなんて…ああ、バカな俺よ!
恐る恐る顔を起こすと、甲斐のヤツは俺が温めていた、大事に大事に抱き締めていたこの思いを鼻先で笑いやがったんだ!
「結城くん、僕を好きだったの?」
「す、好きでもなきゃ、誰が野郎なんかに抱かれるかよ!」
俄かに取り戻した意地で身体を起こした俺は、甲斐を見下ろしながら顔を真っ赤にして怒鳴るように言った。するとヤツも面倒臭そうに起き上がって、ウザそうに頭を掻きながらチラッと俺を見る。
「ハッキリ言って迷惑だね。だから予め結城くんには言っておいたはずだけど?」
「…わ、判ってるよ。これは契約であって、俺たちの間には恋愛感情なんて言う気味の悪いもんはない」
判ってるけど…ずっと好きだったんだ。
嘉藤には悪かったけど、コイツに見つけられたあの瞬間、本当は最初に心臓が固まった。
瞼の裏で思い浮かべていたソイツが、目の前に呆れたような表情をして立っていたんだ。
蔑まれるだとか、笑われるだとか、そんなことはどうでも良かった。ただ、俺がいちばん怖かったのは、嫌われるってことだったんだ。でも、その後の命令に天にも舞い上がるほど嬉しかった。俺は見つかったことに感謝した。その日の晩、ラッキーと叫んで飛び上がった。泣くほど嬉しかったんだよ。
好きだった。
この学校に入学して、お前と隣同士になったあの時から。
男らしい横顔も、長い睫毛も、誰にでも優しい笑顔を向ける優しさにも。いや、その部分にはちょっと語弊があるけど、全部がチカチカしたんだ。
目の裏がスパークしたようなあの瞬間、きっと恋に落ちていた。
「判ってないよ、結城くん。僕は誰も愛さないんだ。そう言う、面倒臭いことは嫌いなんだよ。君があんまり面白かったから気が向いたら抱いていたけど…関係を長く続けすぎちゃったかな?」
不意にその口から漏れた言葉に、俺の心臓が痛いほど脈打った。
ドキンッ…じゃなくて、ドクンッと。
「君は僕の言うこともきかなくなってきたし…面倒臭い感情を押し付けようとする。もう、いいかな」
「嫌だ!」
面倒臭そうに言う甲斐の語尾に被さるように叫んで、俺は恥も外聞もなく甲斐に詰め寄った。腰が痛くてそれどころじゃないんだけど、それでも、その口に最後通告を言わせるワケにはいかないんだ!
「…俺は、俺は嫌だ。お願いだから、俺、もうそんなこと二度と言わないようにするから。だから…これで」
俺はそこで息を飲んだ。
自分で言うのだってこんなに辛いのに、どうして、甲斐の口からその言葉を平気で聞けるって言うんだ!
判ってたんだ、こうなることは。
だから言えないでいたのに、どうしてあの時、この口は言っちまったんだ!?
「これで終わりなんか言わないでくれ…」
ハラハラッと涙が零れた。
それを拭うことも忘れて、と言うか、自分が泣いていることにも気付かずに、俺は食い入るようにうんざりした表情を浮かべる甲斐を見つめたんだ。
甲斐の口はそれでもなかなか動かなかった。
重い沈黙に押し潰されそうで、俺は気付かない間に拳を握り締めていた。
お願いだから…
一瞬、目の前が揺れて、甲斐が驚いたような顔をした。
でも、俺には判らなかった。なぜ、甲斐がそんな表情をするのか。
ただ、自分の身体の異変に気付いた時には床に倒れこんでいたんだ。
その後の記憶はない。
俺はきっと、何か悪い夢を見ているんだと思う。