死人返り 11  -死人遊戯-

 歩いても歩いても、同じようなところをぐるぐる回っているんじゃないかと錯覚してしまいそうな真っ暗な森の中で、僕はとうとう沙夜ちゃんから貰った槍を杖にして翠祈の後を追っていた。
 でも翠祈のヤツは、既にへたばっている僕なんかまるで無視して、疲れなんか感じてないんじゃないかって思うほど飄々としているんだから…いったいどんな身体をしてるんだろう?
 一息吐こうと空を見上げても、鬱蒼と生い茂る木々の間からだと星がチラチラと見えるぐらいで、船上から見たあの星空を見ることはできなかった。
 ああ、でも…あの時はこんな風に、この旅で匡太郎の秘密を知ることになるなんて思ってもいなかった。
 死人が甦るってだけでも、ホントは冗談だろ?って笑って逃げ出したいくらいなのに…はぁ、こんなこと考えても仕方ないか。
 僕はもう一度槍を杖代わりにして、それでもジッと待ってくれている翠祈の傍まで追いつこうとした。追い付こうとして、背後から聞き慣れない音がすることに気付いて振り向いてしまったんだ。
 ズッ、ズッ…と、何か重そうなものを引き摺るような音?
 だって!あんまりに色んなことが起こり過ぎたし、翠祈が目と鼻先にいたもんだからついつい、気を緩めていたってのは認めるけど、そんな立て続けに何かが起こるなんて思う方がどうかしているよ!!
 僕が振り返った先には…でも、別に何もなかった。
 なんだ、本当はバリバリに緊張しているせいで、きっと幻聴を聞いちゃったんだな…そう思って、僕は翠祈に振り返ろうとして何気なく下を見てしまった。
 そう、下を見てしまったんだ。
 ソレは、なんて言うか…ゴワゴワになった長い髪を引き摺りながらうつ伏せに倒れたままで、奇妙に捩れた腕の関節をぎこちなく動かしながら、地面を這うようにして近付いてきていたんだ。
 声も出ずに、口を開いたままで目を見開きながら呆然と立ち尽くしてしまった。
 だって僕に、いったい何ができたって言うんだ?
 地面に顔を擦り付けるようにして這って来るソレは、なまじ顔が見えない分だけ余計に恐ろしくて、土色と言うか、なんだか変な色に腐食してしまっている肌を持つ指先は黒くなっていて、1本1本の指にちゃんと爪がついているものなんてなかった。
 そんな風に冷静に観察できるのは…いや、こんな状況が僕にとって冷静だって言ってしまってもいいのだろうか。
 不意にガクガクッと膝が笑って、気付いたら僕は背後に倒れるようにしてへたり込んでしまっていた。

「あ。ああ…うわぁぁぁぁ!!」

 思わず叫んだ口許はすかさず大きな掌に覆われて、悲鳴はその掌に吸い込まれてしまった。それでも僕の絶叫に驚いた夜目の利かない鳥が、バッと飛び立って、下半身を引き摺るようにして近付いてきていたソレの動きがピタリと止まる。
 ギギギ…ッと、絶対にどうかしてる骨の軋む音を響かせながら、ソレが顔を上げようとして、僕はへたり込んだままで翠祈である匡太郎の身体にしがみ付いてしまった。
 逃げてるって思われても、僕はソレを見たくなかった。
 だって、なんだか見てはいけないもののような気がしてしまったんだ。
 それは翠祈だってそうだったんだけど…

「だぁ…れ…ヒュー…いる…の?」

 気管が潰れているのか、それとも拉げてしまっているのか、耳を覆いたくなるようなおぞましい声音で囁くように、そのくせ搾り出すような気味の悪い声が響いて、僕はますます匡太郎の胸に顔を押し付けてしまった。でも、すぐにその顔は引き剥がされて、気付いたら匡太郎の姿をしている翠祈が、なんとも言えない冷ややかな表情をしたままで、ソレの頭を思い切り蹴り飛ばしたんだ。
 悲鳴を上げる瞬間なんてなかったと思うぐらい、呆気なく蹴り飛ばされた頭は重い音を立ててゴロゴロと転がって行った。
 既に腐敗してしまった血液は吹き上がることもなく、ドロリ…ッとレバーのようなブヨブヨの何かが出てきたぐらいで、後は蠢く虫が這い出てきたぐらいだった。それを見ただけでも吐き気がするのに、翠祈は不貞腐れたようにジーパンのポケットに両手を突っ込んで、まるで近所にジュースでも買いに行くみたいな気安さでスタスタと歩いて行くと、長い髪が絡みつく頭を踏み潰してしまったんだ。
 それでも僕は、全身をビッショリと汗で濡らしたまま、何も言えずに目を見開いて凝視しているだけで、もうそれ以外の行動を起こせないでいたから、翠祈がスニーカーの踵についた何か得体の知れない物体を近くの石に擦り付けて落としていても膝が笑って立ち上がることさえ出来ないでいた。

「…ん?なんだ、このぐらいのことでもう萎えてんのか?確りしてくれよ、お兄ちゃん。先はまだまだ長いんだぜ?この次、死霊鬼に喰われた死体を見かけたら、今みたいに頭を蹴り飛ばしてやれ。それができないなら、その槍で頭を切り離してやれば起き上がることはもうないぜ。まあ、いつもオレが一緒にいるってワケじゃねーからなぁ」

「ええ!?…や、それは嫌だ。こんなところで僕を1人にする気なのか!?」

 恥も外聞もなく翠祈に縋り付いて、こんな所に1人で取り残されるぐらいならと、僕は思い切り哀願してしまった。でも、そのおかげで萎えていた足腰が立つようになって、それはそれでちょっとホッとしたんだけど…

「あれれ?お兄ちゃんはオレを助けてくれるんじゃなかったのかい?…おっと、それは匡太郎の方だったな。まあ、いいや。仕方ねーな、判ったよ。オレが守ってやるから引っ付くな」

 鬱陶しそうに眉を顰めてペロリと下唇を舐める、顔はまるで匡太郎のくせに!僕をウンザリしたように遠ざけながら翠祈は肩を竦めて座り込んでいる僕の腕を掴んで、信じられない力強さで持ち上げてくれた。その表現もちょっと嫌だけど、それでも何とか立ち上がれた僕を見た翠祈が、片方の唇の端を吊り上げて意地悪そうな笑みを浮かべると腕を組んで顔を覗きこんできた。

「それで?どうして欲しいんだ、お兄ちゃん。おテテでも繋いで欲しいワケ?」

 ムッと眉を寄せて、それでも近くで夜目も利かないくせに鳥なんかが飛び出したりするもんだから、僕は思わずまたしても悲鳴を上げて翠祈の魂を持つ匡太郎に抱き付いてしまった。

「わーお。抱き締めてて欲しいのか?」

 ニヤニヤ笑いながら言ってるってのがすぐに判ったんだけど、それでも怯えてしまっている僕はそんな翠祈から離れることもできないでいる。
 …こんなのは、ダメだ。
 そうだ、僕は今度こそ匡太郎の為に何かしようって決めたんじゃないか!こんなところでヘバッていたら、いつもの僕に逆戻りだ!!
 自分自身を叱咤して、僕は自分から匡太郎の胸元から顔を引き離したんだ。
 オヤッとしたように眉を上げる翠祈を無視して、僕は小刻みに震えながらギュッと眉を寄せて槍を掴み直した。そうだ、動く死体を見かけたら頭を切り離せばいいんだ。そしたら、もう動かなくなる。
 動かなくするには頭を切り離す…
 何かの呪文みたいにブツブツ言いながら僕が蒼褪めた顔をしたままで翠祈を見上げると、匡太郎の顔のままでヤツは尻上がりの口笛なんか吹いてみせるんだ!

「頑張るつもりですね、お兄ちゃん。まあ、無理してるのは見え見えだけどな…」

「煩いよ!いいから早く先に行こうッ」

 槍を振り回すようにして促す僕を翠祈はニヤーッと笑いながら見ていたけど、肩を竦めてそれ以上は藪を突くつもりはないらしく、さっき起こったことをまるで忘れてでもいるかのように普通に、本当に極普通にサッサと歩き出したんだ。
 僕はと言えば、どんな些細な小さな音にでもビクビクしながら、沙夜ちゃんに貰った槍を後生大事に両手で掴んで、歩き難い山道を翠祈の後を追って必死で歩き続けた。

◇ ◆ ◇

 山道は僕の想像なんか遥かに凌駕するぐらい険しくて、本当にこのまま歩き続けて沙夜ちゃんが言った『化け物の屋敷』なんかあるんだろうか…そんな風に僕が考え始めていたその時、不意に翠祈の足が止まった。
 訝しく思って眉を寄せていたら、ゆらりと立つ人影を翠祈がジッと見据えているのに気付いたんだ。
 青白い人影や、もう、遠い昔に腐敗してしまった誰かの亡骸や、悲しげな人魂…こんな夏の絶好のシチュエーションに、ただお化け屋敷で見せられたのなら半分興味本位で怖がるだけだけど、今はできるなら拝みたくなかった光景だと思う。
 半泣きで翠祈を見上げた時にはもうそこに姿はなくて、まるで敏捷で獰猛な猫科の野生の動物みたいな素早さで、翠祈は揺らいで立つ、生前は人間だったに違いないその亡骸の顎の辺りに拳を打ち付けていた。鈍い音がして、ゴリッと嫌な音を響かせた首が、思ったよりも脆く転げ落ちて、所在なさそうに身体が揺らぐと背後に倒れ込んでしまった。でも翠祈は、倒れてしまった死体にはもう興味を全くなくしてしまったようで、いや、そうじゃない。最初から行く手を阻む死体なんかには興味がないんだ。だから、顎を殴った後に横から襲い掛かってきた死体をすぐに蹴り倒して、表情もなくその頭を踏み潰すことができるんだろう…
 僕は槍を掴んだまま、さっき決意したこともスッカリ忘れてしまって、ヘタヘタとその場に座り込んでしまった。
 だってこの状況を、どうやって飲み込めばいいって言うんだ?
 不意に背後で気配がして、ハッとした時には遅かった。

「…ヒゥッ!…ッ」

 もう下半身は既に腐ってどこに行ったのか判らない、上半身だけの姿になった以前は人間だったモノが、枯れ木のように細い両手で僕の首を締め上げたんだ!
 ムッとする腐敗臭だけじゃなくて、恐るべき力強さで締め上げられる息苦しさに僕は生理的な涙を零しながら、それでも、掴んだ槍を逆手に構えて首を締め上げている腐乱したその頭部に突き刺したんだ。死体は一瞬何が起こったのか判らないと言ったような表情をして力を緩めたから、僕はその隙に逃げ出して槍の柄を掴むと思い切り横に振ってその首を?ぎ取った。
 もう、怖がっている場合じゃないんだ!!

「ギャァァァァァ…ッ」

 槍で貫かれた頭が凶悪な表情をして断末魔を上げると、驚くことに、まるで水分が蒸発してしまうかのように頭部はあっと言う間に消えてしまった。
 取り残された上半身は苦しそうにもがいていたけど、今度こそ本当に事切れてしまったのか、力なく倒れて、その亡骸はグズグズと燻って、まるで地面に吸い込まれるようにして溶けてしまったんだ。
 な、なんだったんだろう…
 翠祈が倒した死体は腐敗臭を撒き散らしながら亡骸を晒しているって言うのに、どうしてあの死体は消えてしまったんだろう?
 その時だった、尻上がりの口笛が静まり返った森に響いて、ドキッとした僕が振り返ったら翠祈が腕を組んだままでニヤニヤ笑っていたんだ。

「よく頑張ったじゃねーか。半ベソは大目に見て賞賛してやるよ」

 ムカッ。

「これは、首を絞められたから…ッ」

「へたり込んでるけどな」

 上半身を屈めるようにして屈み込んできた翠祈は、顔を覗き込んできながらそんなことを言うから、僕は二の句を告げられずにムッとするしかなかった。
 うー、ワラワラいた死霊鬼に魂を喰われてしまった動く死体を一体を除いて全部倒してくれた翠祈に比べたら、そりゃあ僕が倒した一体なんかは片腹痛い程度なんだろうけど…僕にしてみたらそれは凄い成長なんだぞ!…とか、翠祈に言ったところでまた、あの意地悪そうな顔でニヤニヤ笑うに決まってるんだ。
 あれ、でも…

「翠祈、ちょっと聞いてもいいかな?」

 初めての経験で強がっていても、やっぱりカタカタと震える指先の震えを止めることができずに、僕が少し上にある翠祈の顔を見上げて首を傾げたら、あんな風に冷酷な表情だってできる匡太郎の顔でニヤニヤ笑いながら眉をヒョイッと上げて見せたんだ。

「なんだ?」

「死霊鬼って…確か死体を食べるんだろ?でも、沙夜ちゃんは魂を食べられたって言ってたけど…」

「ああ…」

 なんだ、そんな下らないことかとでも思ったのか、翠祈は下唇をペロリと舐めると、肩を竦めて遣る瀬無いほどどうでもよさそうに説明してくれたんだ。
 クソー!

「死霊鬼と言う鬼は、食う死体と使役する死体を分けて使うんだ。迷惑なことに、あんたと違って狡賢いからな。人間ってのは死んでも49日間は魂がこの世に留まって死体の傍にあるのさ。もちろん荼毘にふされてもそんなワケだから、死霊鬼はその年の一番新しい死体を寄越させるんだろ?中には死んだばっかりの死体もあるからな、そんな連中の魂を喰らっては自在に動かせる兵隊にしていたんだろうよ。誰も足を踏み入れることもなく、連綿と受け継がれてきた風習だ。大方、使役されている死体はウジャウジャいるんじゃねーか?…魂を喰って永遠に地上に留める、実に恐ろしきは人の怨念ってヤツさ」

 いちいち気に障るような嫌味を言いながら説明してくれる翠祈を、キッと睨み付けながらそれでもなるほどと頷いた。でも、よくよく考えてみると首を傾げてしまうぞ?

「あれ、でもそうすると幽霊とかはいないってこと?」

 僕が首を傾げながら聞いてみると、翠祈は「はぁ?」とでも言いたそうな顔をしてから、それでもできる限り辛抱強く答えてくれたんだ…って、どうしてそんなにいちいち面倒臭そうにするかな~

「つまりだ、この間抜け。言わなかったか?49日間は魂は死体の傍にある。つまり49日を過ぎた後は悪霊になるヤツもいれば、あんたらが俗に言う幽霊ってのになるヤツもいる。運が良ければ逝くべき場所に逝けるヤツもいるワケだが、49日を過ぎた後は本人の意思に因るところとなるんだろ」

 ああ、そうなのかと漸く納得できた僕が頷いていると、翠祈は呆れたように溜め息を吐いて首筋を掻いている。翠祈が呆れるほど僕ってのは使い物にならないヤツ言いたいのか、この悪霊もどきの神様は。
 僕はムゥッとしながらも、もう1つどうしても気になっていたことがあったから、面倒臭いついでに教えて貰おうと思った。ふん。

「そっか、動いている死体が魂を食べられたからってことは判ったよ…あと、さっき倒した死体なんだけど。どうしたんだろう?煙みたいに消えてしまったんだけど」

「はは!そりゃ、当たり前だろ?何を言ってるんだ、あんたは。紫魂の槍に貫かれた亡者だ、漸く解放されてあの世に行けたってワケだろ」

「紫魂の槍?」

 僕が驚いたように目をパチクリさせると、翠祈は呆気に取られたような表情をしてマジマジと僕の顔を覗き込んでいたけど、ちょっと呆れたような顔で周囲を見渡した後、自分自身に何かを言い聞かせて、それに納得したのか、意味も判らずに呆然としている僕の前に本格的に腰を下ろして、見慣れた匡太郎の表情をして話し出したんだ。

「まず始めにだ。あんたは民俗学とやらのお偉い勉強をしていたけど、こう言ったオカルトには全く興味がなかったってワケだな?いや、いい。何も言わないでくれ。オカルトなんて言うのもどうかしてると思うがな、まあいいさ。死霊鬼のことはなんとなく判っただろ?じゃあ、国安の妹がくれた槍について話そう」

 何か言おうと口を開こうとする度に軽く睨まれて、僕は仕方なくムッツリと口を閉じた貝みたいに大人しく話を聞いておくことにした。
 だって、もし今回の件で匡太郎のことが判らなかったら、僕はずっと、匡太郎のために、そして自分自身のためにこの旅を続けて行くことになると思うから、オカルトがすっごい苦手だけど、ここは黙って聞いておいた方が賢い選択だと思う。うん、きっとそうだ。
 オカルトや心霊話を苦手に思ってたら、匡太郎や翠祈とこの先共存なんてできないと思う…

「あんたの持っているその槍は『紫魂の槍』と呼ばれる、神代の三種の神器の1つだ」

「え?だって三種の神器ってのは『八咫鏡(ヤタノカガミ)』と『草薙の剣』と『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』じゃなかったっけ?」

「それはあんたたち人間が勝手に定めたモノだろ?オレはそんなモン、聞いたこともないね。オレが神代の時代から伝え聞いた三種の神器ってのは、その槍と、『暁の御鏡』と『蒼の鈴』だ。こんなところに『紫魂の槍』が隠されてるなんて思いもしなかったがな…どうやら国安の家系は代々その槍を護る役目にあったようだな。あの時見せた家系図を覚えているか?」

 あの洞窟で見せてもらった、あの家系図なら覚えてる。
 僕は頷いて、いちいち説明するのも面倒くせぇと思っているのか、ちょっとウンザリしているような翠祈に話の続きを促した。

「俗に言う近親婚だった国安の家系は、この槍を長い年月守り抜かなければならなかったから、自然とそう言う形になっちまったんだろう。まあ、そんなこたどうでもいいんだが。ちょうど流人、今回暴れてやがる死霊鬼だな。ソイツが流れ着いた時にいた巫女が一番力が強かったんだろう。その紫魂の槍で死霊鬼をこの島に封じ込めた。つまり、紫魂の槍には浄化と封印の力があるんだ」

 ああ、そうか。
 それでなくても空腹と疲労で弱っていた流人は、この島に閉じ込められた時には既に虫の息だったのかもしれない。死んだ後に、彼が鬼になったことを、巫女だった国安の先祖はすぐに気付いてこの島に封印してしまった…って、きっとそう言うことなんだろうな。

「たぶん、あんたの考えていることは粗方当たってると思うぜ」

 僕の思考を読み取ったかのように、翠祈が顔を覗き込んできながらニヤッと笑った。
 真っ赤な舌でペロリと下唇を舐めて、何やら企んでいそうな笑みを浮かべる翠祈を、僕はちょっと嫌な予感を感じて眉を寄せたんだ。

「な、なんだよ、その目付きは。そりゃ、ちょっとは流人の人にも同情とかしちゃったけど…」

「構わんさ。人間なんて生き物はみんなそうだ。自分より劣っているものを見ては可哀相だと思って見下げながら優越感を感じる。いや、それは違うな」

 そう言って立てた人差し指を左右に振りながら、翠祈は尤もそうな顔付きをして先を続けるんだ。

「自分より劣っているものを見つけては、自分はまだ大丈夫だと言い聞かせるために可哀相だと思っている自分を装いながら、見下げてるんだよな」

「…翠祈、ずっと思ってたんだけど。根性捻くれてるよ?」

「普通、面と向かって言うかよ」

 率直な気持ちを直球で投げつけてしまった僕に、それでも翠祈は、別になんとでも言えとでも思っているんだろう、気に留めた風なんかこれっぽっちも見せずにニヤッと笑った。

「まあ、そう言うワケで。恐らくこの島の死霊鬼を退治するには、今後その槍が重要になってくると思うぜ。どうやら国安を連れて行きたがってるってこた、あの世に行く準備はできてるんだろう。さ、チャッチャと片付けちまおうぜ」

 そう言って話を切り上げた翠祈は立ち上がると、漸く落ち着きを取り戻した僕の指先を掴んでグイッと引き起こしてくれた。
 僕は面倒臭そうに歩き出した翠祈の後ろ姿を追い駆けながら、死霊鬼を退治して、国安を見つけ出したその先に、どうか匡太郎を救う術が見つかりますようにと祈っていた。
 そして、祈りながら…どうしてだろう、翠祈のことを考えていたんだ。
 匡太郎を救えたら、なんだかんだと言いながらも僕の起こす行動に付き合ってくれるこの翠祈は、いったいどうなってしまうんだろう。
 その時になって初めて、僕の心に不安が走った。
 まるで見透かすように、森を渡る生温い風が吹き去っていった。