1.軽く視姦してくる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 都築を奇妙な縁で自宅に泊めてから数日が経ったある日、俺はその視線に気付いた。
 いつもどおり華やかで賑やかなグループで中心になっている時もあれば、同じゼミ仲間の地味なグループと居酒屋で猥談に花咲かせている時もある忙しい都築が、俺をじっと見ているんだ。
 ちらちらなら判る。じっくりと、舐めるようには意味が判らん。
 確かに世話をした翌朝はじっと見られていたからそれが都築の癖なんだろうと思っていたけど、注意してよく見ていると別に他の連中にはお座成りに視線をくれるぐらいで、俺を見る時のような熱心さは皆無だった。
 じゃあ、どうしてそんな熱心さで俺を見ているんだと言われると、ちょっと本人じゃないのでなんとも言いようがない。
 俺の周りにいる地味~な連中にも都築の熱心さはすぐにバレて、と言うか、あれだけじっくり見られていたら誰にだってバレると思う。つーか、華やかなグループの連中には完全にバレていると思うぞ。
 だいたい都築は愛想はいいものの不真面目で、誰かの話を聞いているようで聞いていない、スルースキルはリア充らしく高レベルだし、とは言え熱心さの欠片もないような酷いヤツが、何を思ったのか女でもない俺に熱い視線を向けているんだ。誰だって派手に『?』マークが頭上に高々と浮かぶってもんだ。
 特に華やかなグループの連中の大半は都築と深い関係になりたいヤツばかりだし、純粋に都築に惚れているヤツもいれば、将来の有利性を考えて近付いている連中も少なくないワケで、それぞれが全員ライバルだって言うのに、何処の馬の骨かも判らないようなポッと出の俺なんかに美味しい獲物を攫われてなるものかと、ギラギラした目で睨まれるのは正直怖い。

「篠原さぁ、都築となんかあったのか?」

 不意に入学当初から仲の良い、趣味が丸被りの百目木が困惑したように眉根を寄せると何かを恐れるようにしてヒソヒソと話しかけてくる。

「何かって…この間の合コンで都築が潰れたから家に連れて帰ったぐらいだよ」

 なんでコソコソしてんだと腕を引っ張って物陰に隠れて話そうとする百目木に、却って俺のほうが困惑したように眉根を寄せてしまう。

「そっかー、じゃあ都築のヤツ、お前のファンになっちまったんだな」

「はぁ?なんだそれ」

 百目木がまた何やら馬鹿げたことを言い出したから、俺が呆れて壁に背中を預けて溜め息を吐くと、ヤツは不思議そうに首を傾げながら肩を竦めてみせた。

「なんだ、篠原ってば自分の噂を知らないのか。お前、有名なんだぜ。お節介なほど世話焼きで料理上手で、母ちゃんみたいに優しいから、一度家に連れ込まれたヤツはだいたいファンになってて2回目のチャンスを狙ってるんだと。斯く言う俺もお前の飯は狙ってるけどね」

 最後は冗談めかした百目木に「なんだそりゃ」と俺は呆れてしまう。
 よくよく聞けばわざと酔ったふりまでして俺んちに来たがるヤツもいるらしくて、確かに料理には自信があるが、わざわざ酔ったふりまでして口にしたいほどの代物とは思っちゃいない。ましてやそんなことで家計を逼迫して欲しくもない。

「あの都築がファンになるぐらいだから、また実しやかに噂が流れるだろうなぁ」

「なんだよそれ、もう誰の介抱もしてやらねえよ」

 ぶすっと腹立たしく唇を尖らせると、百目木は声を出して笑って「競争率が激しくなりそうだなぁ」なんて他人事みたいに…いや、実際は全くの他人事ではあるんだが、友達甲斐もなく宣うから軽くでこピンをくれてやった。

「で、都築がどうかしたのか?」

「いやいや、篠原の話で判ったよ。都築がお前を熱~く見つめちゃってるから、すわ何事かって噂になってたけど、ファンになったんなら仕方ないな。ほら、アイツって無類の女好きだけど男もいけるだろ?だから、都築が篠原に惚れたんじゃないかって噂が…」

「はあ?!都築って男もいけるのか」

 青天の霹靂とはこのことだと思ったね。
 女を取っ替え引っ替えでだらしねえなと思っていたのに、男にまで手を出してるなんてとことんだらしねえんだな。やっぱり、あの時ハウスキーパーを断っておいて正解だ。
 女だけじゃなくて男とのあれやこれやでも、清らかな俺の視覚や聴覚を汚されるところだった。

「見た目キレイな奴は殆ど喰われてるよ。まあ、まさか篠原が喰われてるとは思わなかったけどさー」

「喰われるかよ。つーか、見た目キレイなら俺は無問題」

 自分で言って自己嫌悪だけども、けして俺は綺麗な容姿をしているワケじゃないしね。どちらかと言うと、あんまりスポーツは得意じゃないんだけど、よく体育会系に間違われるようなタイプだ。
 真っ黒い髪に実直そうだと言われるちょい太めの眉、やや二重の目はパッチリで睫毛が長いのがキモイらしいが、唇もやや厚めだったりする。そんなワケで中肉中背の日本人体型だから体育会系…とか、どんだけ見た目重視の社会なんだろう。くすん。

「じゃあ、問題ないな。引き留めちまって悪かったな」

「いや、いーよ別に。俺もいい話が聞けたし」

 今後一切、絶対に誰も介抱してやらねえって決めた。
 決意も新たに百目木と物陰から2人で連れ立って出たところで、今まで噂話にしていた当の本人とバッタリ出くわしてしまった。

「よ、よう」

 ヒクッと頬を引き攣らせながら、挨拶なんてするつもりもなかったんだけど、あんまりにも冷ややかで蔑んだような、虫けらでも見るような目付きでじっくり見られていたら声を掛けずにはいられなかったんだよ。

「…」

 こっちは挨拶したって言うのに、相変わらず腕に女の子を下げてる都築は何も言わずにふんっと鼻を鳴らして、それから全くの無視状態でその場から離れようとする。
 普通、こんな場合は声を掛けた気恥ずかしさから俯くか、声を掛けてるだろって更に相手の注意を引こうとして恥を掻くパターンだよな。
 だから、敢えて俺は無視されたんならこれ幸いと、そのまま百目木と立ち去ろうとした。
 だらしなくても男女共に無節操でも、みんなが憧れるイケメン御曹司に声を掛けたのに無視されて、周りからの失笑にあわわとしているのは百目木ぐらいだったし、そんな友人の腕を掴んで「ほら、行くぞ」って引っ張ってやった腕を何故かガシッと掴まれた。
 誰にって、都築にだ。

「…なんだよ?」

 ムッとして高い位置にある、女も男もきゃあきゃあ言う高身長ハイスペックの、小顔がモデル並みにカッコイイとか言われている都築のムッツリした不機嫌そうな顔を見上げた。連れの女の子は早いところ何処かに行きたいのか、苛々しているようだったけど、どうも都築の機嫌を損ねたくなくて黙って俺を睨んでいる。
 都築から睨まれるのもイラッとするのに、どうしてヤツの女からまで睨まれなくちゃいけないんだ。
 俺がどうやらぷりぷり腹を立てていると気付いたのか、それでもまるで頭の天辺から爪先までを舐めるようにじろじろ見回す都築の視線に閉口して、用がないなら腕を放して欲しいと態度で示したって言うのに、都築はまるで放そうとしない。
 なんだ、こいつ。

「怒ってるのか?」

 不意に聞かれて、思わず「はぁ??」となったのは俺だけじゃない。
 百目木も都築に注目している周りの連中も、もしかしたら腕から下げている女の子ですら、都築の言葉の意味がちょっと理解できなかったんじゃないかと思う。
 だってさ、最初に無視して不機嫌そうだったのは都築なんだぜ。

「…いや、怒ってるのは都築だろ?」

「はあ?なんでオレが怒らないといけないんだ」

 知るかよ!
 怒る気力も失せて、俺は溜め息を吐きながら首を左右に振ってみせた。

「ああ、そうか。そりゃ悪かったな。じゃあ、もう用がないんなら行ってもいいか。これから講義があるんだよ」

 そう言って腕を振り解こうとしたら余計にガッチリと握られてしまって、ホント、都築はいったい何がしたいんだろう?

「だから、なんだよ?」

 確かに若干苛立たしそうな口調になったかもしれないけど、そんな態度の俺に百目木はハラハラしてるみたいで、女の子も周りのヤツらも身の程知らずがってな怖い目付きで睨まれて、理不尽さに泣きたくなる。

「…考えたか?」

「は?」

 首を傾げて不信そうに眉を寄せた俺を見据える色素の薄い双眸は途端に不機嫌そうに細められて、それから何かをブツブツ言うと、悔しそうに鼻に皺を寄せて傲岸な態度で見下ろしてきたんだ。

「なんだ、少しも考えていなかったのか?ハウスキーパーの件だ」

 まあ、確かにあんな好条件なんだし、好条件じゃなくても都築の家に入れるってだけで他の連中なら挙って頷く案件なんだから、都築のヤツがそんな態度を取っても誰も文句も言わずに納得するとは思う。思うけど、俺は別に都築なんかとはお近付きになりたくないからそんな態度は業腹だ。

「別に俺が頼んでるワケじゃないだろ。考える考えないは俺の自由だ」

 ハウスキーパーの単語に周囲の連中はざわついたけど、都築も俺もそれは無視してお互いの意見を言い合う。
 実は次のコマは休講になったから自由だったんだけど、都築に関わりたくなくて嘘を吐いたことを、どうやらヤツは気付いている、もしくは知っているらしく、この場から俺を立ち去らせる気はないみたいだった。

「だが、お前は判ったって言った」

 不機嫌そうに唇を尖らせる都築に、そりゃ言ったけどもと痛いところを突かれて俺がもごもごと言い訳めいて言ってると、ヤツはあからさまに溜め息なんか吐いて頭を左右に振りやがる。

「オレに嘘を吐いたのか?」

 都築の腕にぶら下がるようにしてしがみ付いた女の子をそのままに、俺の腕を痛いぐらいに握り締めている都築がグイッと身体を寄せると、強いぐらい深い艶を見せる色素の薄い双眸で見据えられて息を呑んでしまう。

「そうじゃないけど、やっぱり俺には無理だってば」

「無理かどうかは試してみないと判らないだろ」

 食い下がる都築に、次第に周りの連中からざわざわと不穏なざわめきが小波のように広がっていく。とは言え、俺の噂とやらを信じている連中もいるワケで、篠原なら金にモノを言わせてでも雇いたいよな~とか言う声まで聞こえてくる始末だった。

「じゃあ、絶対条件として…どんな理由があったとしても部屋に女の子を連れ込まないって約束できるか?」

 絶対無理。100%無理。
 知ってます、知ってるから言ってるんです。

「…彼女も駄目か」

「駄目です」

 お前、彼女って言ったら女の子全部彼女って言うだろ!

「…パーティーも駄目か」

「駄目」

 どうせ乱交するんだろ。乱交じゃなくても遊びに来た女の子を寝室に連れて行くだろ。

「……」

 ぐぬぬぬ…っと、どうやら豪く葛藤しているようなので救いの手を差し伸べてやることにした。

「但し、例外として」

「…?」

 目線は一瞬たりとも外さないからずっと見られっ放しなワケなんだけども、その時の都築の期待に満ちた双眸はきっと忘れられないと思う。

「お母さんと姉妹はいいよ」

「ぐッ」

 期待していただけに裏切られた感が半端ないような目付きで見据えてくるけど、俺はそ知らぬ顔で「それができないなら駄目です」と言ってやった。

「あのさぁ、都築。お前だってその腕に引っ提げてる可愛い子とキャッキャウフフフしたいんだろ?こんなむさい野郎といるよりも何倍もマシだと思うよ。素直にプロのハウスキーパーさんを雇うといいよ」

 掴まれている腕をそっと外しながら苦笑して言うと、都築は何とも言えない複雑な表情をして見下ろしてきた。
 噂では190センチはあるって言う身長は伊達ではないんだろう。

「アイツ等の飯なんか食えたモンじゃない。くそ…どうしたら」

 またしても独りでぶつぶつ言っているから、俺はぽんぽんと引き剥がした都築の男らしい大きな手の甲を叩いて、それから「じゃあな」と言った。
 これでもう、ハウスキーパーになれ地獄からは解放されるだろう。
 頭いいな、俺。

「…わかった。その条件をのむ」

 不意にハッキリと都築が口にした言葉に、周囲から軽くどよめきが起こった。
 俺ですら唖然としたのは、馬鹿みたいに女好きな都築がまさかこの条件をのむとか思ってもいなかったので、今度は都築のターンになるワケだ。

「のめば今夜からでも来るんだろ?引越しは興梠に任せればいい。帰りは一緒に…」

「ちょちょ、ちょっと待て!」

 慌てて俺が止めると、やっと諦めがついてさっぱりした都築が、今度は何だと胡乱な目付きで睨み据えてくる。確かに美人の凄みは怖いと言うけど、イケメンの凄みも大層怖い。
 だが、負けるワケにはいかんぞ、俺!

「…俺、女の子って言ったけど。性的対象として連れて来る全般駄目なんだからな。ちゃんとその辺は理解してるか?」

「!」

 女の子が駄目なら男の子がいるじゃない…どっかの王妃様みたいに優雅な思考だったに違いない都築にクリティカルを決めてみたけど、当然そのつもりでいた都築はあの日から初めて、困惑したように一瞬俺から目線を外した。
 まあ、それぐらい衝撃的で安らげるはずの家だと言うのに、ちっとも安らげない制約を課せられて項垂れたんだろう。
 蝶よ花よと何不自由なく生きてきた都築の癖に、そんな風に不自由な身になってもいいと思えるほど俺の飯は美味かったんだろうか。食えなくはないとか悪くないとか、けして美味いと言わないくせに、大好きな女たちを二の次にしてでも食いたいと思うとか…うう、絆されんな俺!

「まあ、無理すんなって。偶になら、俺んちに飯を食いに来てもいいからさ」

 しょっちゅうだと家計が逼迫するからな。
 小さく苦笑して、よしよしと俺の顔を覗き込むようにしている都築の頭を撫でてやると、ヤツは少し悔しそうに俺の目をガン見してくる。

「それじゃ嫌なんだ」

 と、やけにきっぱりと言い切った言葉に、何故か俺は一抹の不安を感じた。

□ ■ □ ■ □

 結局あの後、ちょっと検討すると言って女の子と一緒に何処かに消える都築を見送って、漸く解放されたと安堵の溜め息を零すなり、今度は百目木に腕を引っ張られてしまった。

「は、ハウスキーパーってどう言うことだよ?!篠原、随分と都築に気に入られたんだな」

「やめてくれよ…なんか餌付けしちまったみたいで嫌なんだよなぁ」

 周りの視線も痛いし、今日はこれで講義もないから一旦家に帰って、それからバイトに行くわと百目木に挨拶した。とは言っても、納得していない百目木のことだ、詳しい事情を知りたいとバイト中に声を掛けてくるに決まっている。
 こう言う時、同じバイト先は辛いんだよなぁ。とほほほ…
 18時から1時までの7時間勤務で週に4日入っている居酒屋『村さ来い』には、まず俺の勤務日を(何故か)熟知している都築が毎回来ている、そしてそれ目当ての男女が犇めく、店長兼オーナーの三枝さんは毎日大喜びだ。
 それに引き換え、白のTシャツに黒のスラックス、動き易さを重視した黒のカフェエプロンを着用中の俺は、実に7時間を都築の視姦に耐えないといけない。
 別に俺自身に興味があるワケでもないくせに、注文は必ず俺に言いつける、その際に白Tの下は何も着ていないせいか、「乳首立ってる」とか「汗掻いた?少し透けてる」とかとかとか!!猥談のついでみたいにそう言って、にやりともせずに胡散臭そうに繁々と俺の胸もとを舐め回すように見るもんだから、冗談だと判っていても恥ずかしい。
 みんな馬鹿みたいに笑うけど、絶対、一回ぐらいは都築を殴りたい。
 酒が入ってたって許したくない。そもそも都築は酒に強いんだ。

「都築さぁ、その性質の悪い視姦もどきにじっと見る癖は止めたほうがいいと思う」

 特に俺を見るのは。
 テーブルには都築の他に、何時もつるんでる佐野ってヤツと梶村ってヤツがこんな居酒屋には来たくねえよと若干不機嫌そうに俺をチラッと見てふんと鼻を鳴らし、その他には特別可愛い女の子たちが数人キャッキャッと都築に科を作って頑張っている。
 注文を受けたハイボールを都築の前に置きながらコソッと忠告してみたら、受け取ったハイボールを呷りながら何を言ってるんだと心外そうな顔付きで眉を寄せた。

「別に見てない」

 いや、今だってハイボールには目もくれずに、じっと俺の顔とか胸もととか見てるぞ。
 傍から見ている百目木が言うには、背中を向けてても舐めるように背中や尻を見てるらしいじゃねえか。

「…見てるとするなら、それはお前が悪い。お前が見られようと意識してオレを見ているんだ」

 なるほど、見られるのは俺が見られようと意識して都築を見ているからだ…とそう言うことか。

「そっか、俺が意識して都築を見ているのがいけないんだな。それじゃあ、お前に見られたって仕方ないな」

 今後、絶対に都築を見ないって決めた。
 そう決めてガン無視に徹してやったら、都築は1日で音を上げていたけど、それでもやっぱり視姦はされるし謝られないし、俺の苦悩はまだまだ続くみたいだ。

□ ■ □ ■ □

●事例1:軽く視姦してくる
 回答:お前が見られようと意識してオレを見るのが悪い。
 結果と対策:そっか、俺が意識して都築を見ているのがいけないのか。だったら、お前に見られたって仕方ないよな。今後、絶対に都築を見ないって決めた。