3.跡を付ける、付き纏う  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 酒を呑んで軽めのドラッグで少し気分が高揚しているところに、女のやわらかい身体が熱を伴って圧し掛かってきた。

「ふふ…気持ちいい?」

「…ああ」

 くすくすと笑う口許は淫らに緩んで、充分に綻んでいたんだろう、女のやわらかな肉が緩やかに勃起したソレに絡みついてくる。
 別に女も男も穴は同じで、ただ容姿だけが個々の個性を持っているに過ぎない。
 閉じかけていた瞼を開けば、身体の上で踊る裸体の女は、控え目にも小さいとは言えない声で喘ぎながら、豊満な乳房を揺すって「大きい、太い、凄い、素敵」と文章にもならない言葉の羅列、ワケの判らないことを唾液を飛ばしながら口走っている。
 ぐじゅぐじゅと愛液が粘着質な音を立てるのにも興奮しているのか、引き締まった腹に両手を据えて、女が嬉しそうに腰をくねらすたびに、中の肉がうねって硬さを増す牡しか持たないソレを締め付けてくる。
 穴は同じなんだから、どうせならやはり綺麗なヤツがいい。
 身体は硬いが女より男のほうが締まりは良いように感じる。入れる穴が違うからか。
 親指でクリトリスを押し潰すように揉みながら腰を突き動かせば、獣じみた嬌声を上げる女の痴態にも飽きて瞼を閉じた。ただうねって締め付ける快感に酔い痴れるよりも寧ろ…見慣れた顔が瞼の裏に浮かんでくる。
 腰は、見かけによらず細い。
 着ている服で中肉中背のように見えるけれど、恐らく脱がせばほっそりとした肢体をしているに違いない。
 淫らな顔など想像もできないけど…ふと、腰を掴んでいた掌が滑って、女の尻の割れ目に隠れた窄まりに指先が触れた。
 額に汗が浮かぶ。お互いの荒い息が寝室に響いている。
 それでも、瞼の裏には目尻を染めて恥ずかしがる顔が見える。

「ねえ、こっちでさせてよ」

 囁くように呟いて、愛液に塗れた指先でグッとアナルを犯せば、最初女は驚いたような顔をするけれど、そっちも既に開発済みだから文句も言わずにやわい肉から引き抜くと、うっとりしたように両手で尻を割り開いて天を仰ぐみたいなソレに腰を落としてくる。
 たぶん、彼を犯す想像だけで凄く興奮していたと思う。
 まるでゴムみたいな弾力を持つ輪は奥に進めばやわらかくなる。男はこの輪の部分がもう少し固く締め付けてきて、もっと気持ちがいい。
 泣くんだろうか、酷いと言って。
 最後は勃起した昂ぶりから白濁の精液を噴出しながら、こんな筈じゃなかったと組み敷かれたまま、他の男たちと同じようにがくがくと痙攣して悦楽の虜になるんだろうか。
 何処も彼処もやわらかい女と違って、ほっそりと硬い腰を掴んで思うさま突き上げてやれば、絶頂に飛ぶ意識を追い詰めてやれるのに…今度は男を抱こう。
 そうすれば、もう少し想像に現実味が伴ってきて感触を追うことができる。
 乾いた音で腰を打ちつけながら、何度も極める女の身体を擬似的に使って、俤の青年の中に思うさま吐き出す幻を見て薄いゴムの中に白濁とした精液を叩き付けた…

□ ■ □ ■ □

「ちょっと待て。今のエゲツナイ爛れた性交渉の話は興味深いと思う。でも、瞼の裏だとか俤とかの相手は、まさか俺じゃないだろうな」

 相変わらず俺が留守の間に家主のように居座っている都築に夕飯をご馳走していたら、借りたDVDがあまりにつまらなくて、一昨日抱いた女の話をしてやると童貞の俺を気遣って勝手に話し出したのが冒頭のえぐい内容だ。

「は?違うよ。どうしてオレがセックスの最中にお前を思い出すんだ」

「……だよな」

 箸で太刀魚の骨をチマチマと取り除く小まめさに呆れながら頷くと、都築は綺麗に骨が取れた太刀魚に満足して舌鼓を打って、それからふと上げた目線に俺をとらえると首を傾げるようにして箸を咥えたままで行儀悪く言いやがった。

「今夜は一緒に風呂に入ろう」

 味噌汁の椀に口を付けていた俺は思わず噴出しそうになったものの、寸でのところで思い留まり、ずるずると和布を啜りながら胡乱な目付きで睨んでやる。

「背中を流して欲しければ家に帰って興梠さんに頼めばいいだろ」

「別に背中なんか流さなくてもいい。ただ、ちょっと確認したいことがあるんだ」

 糠漬けも美味そうに咀嚼する都築は、炊き込みご飯も美味しいなと、普段は松茸だの松葉ガニだのの炊き込みご飯でも食べているんだろう肥えた舌で、それでも俺の味付けが一番美味いなんて嬉しいことを言いながら、変なことばかり言ってくるから性質が悪い。

「確認したいことって?」

「……腰が」

 ボソッと相変わらずブツブツ言う都築に、俺は思わず細めた胡乱な目付きで睨んでしまう。

「やっぱりさっきの話の男は俺なんじゃねえか!」

「だから違うって。お前の場合はどんな腰をしてるのか確認したいだけだ」

 都築曰く、気になる男は中肉中背で俺と同じ体型なんだけど、腰の太さが服に隠れて判らない。だから同じ体型の俺の腰を見れば、だいたいソイツの腰の太さが判る。セックスの最中に思い浮かぶほどそれが気になって仕方ないんだとか何だとか。
 何言ってんだコイツ、って思いはしたけど、そもそも都築はバイじゃねえか。

「都築は女の子も男も性欲の対象だろ。そんなヤツと一緒に風呂なんか入れるかよ」

 俺が心底警戒して胡散臭そうに言うと、それこそ心外とでも言いたそうに眉を跳ね上げると、小馬鹿にしたように鼻先で嗤って味噌汁の椀に口を付けた。

「自惚れるなよ、お前なんかタイプじゃない」

 …まあ、確かに噂でも実際に目にした時でも、都築が連れているのは男女ともに飛び切り綺麗な連中だったから、好みじゃないと言われれば納得できるんだけど。

「スパに行って誰彼なしに抱くとでも思ってるのか?オレだからこそ選ぶ権利があるんだよ」

 上から目線で不機嫌そうに眉間に皺を寄せる都築の傲慢な物言いは、でも確かにそのとおりだから劣等感にぐぬぬぬ…ッと歯軋りしたくても悔しさを飲み込んで、仕方なく唇を尖らせてボソボソと謝った。

「そっか、そうだよな。ごめん」

「今後気をつければ別にいい」

 寛容にお茶を啜る都築に、だけど、と俺は食べ終わった食器を片付けながら立ち上がって言った。

「でも一緒に風呂は入らない。入る理由が俺にはないからな」

「なんだって?!」

 てっきり、すっかり俺と風呂に入るつもりでいたんだろう都築は、そんな俺の言葉にギョッとしたように色素の薄い双眸を見開いて呆然としたみたいだった。
 当たり前だ。どうして俺がコイツの気になる男の腰のために恥を掻きながら一緒に風呂に入らないといけないんだ。

「そもそもうちの風呂は狭いんだ。2人で入るなら抱き合って入らないと絶対に入れない。そんな気色悪いことができるか」

 都筑だって嫌だろう。

「だったら、これから車を出すからオレの部屋に行こう」

 自分の車は速いから、ここからなら十数分ほどで着くからと、食器を流しに持って行って片付けにかかる俺の背後にべったりとくっ付いて、腰に手を回して抱き付きながら都築のヤツは食い下がってくる。
 都築の車と言えば、確かウアイラとか言う世界で100台しかないハイパーカーで、ミッドナイトブルーの車体がとても綺麗だったと、一度大学で助手席に綺麗な男を乗せているところ見たことがあったから思い出した。
 乗ってみたいけど…

「嫌だね。俺は今日はもう寝るんだ。風呂は明日の朝入る」

 自分の貞操は大丈夫なものの、高級車に乗るためだけに掻き捨てるには、大いに割に合わない恥を手放す気はない。

「ぐ…ッ」

 都築はお坊ちゃんだからなのか素行が悪いせいなのか、よく判らないが寝起きが非常に良くない。
 1コマ目がある日は前日に俺にちゃんと言っておいて、翌日、時間になったら起こしてやらないと絶対に起きない。起こしてやっても「あと5分」とぐだぐだベッドにしがみ付いて寝汚い。
 自分が起きれないことを判っているから、朝風呂に入る俺の由美かおるばりの入浴シーンを覗くことができないと思ったのだろう、腰に回している腕に僅かに力が篭って、ブツブツと不機嫌そうに悪態を吐いているみたいだ。

「お前の容姿でガンガン迫ればどんな野郎だって堕ちるんだろ?確か前に華やかグループのなんつったか、誰かがそんなこと言ってたし、直接本人に頼めばいいじゃないか。好きって言ったら犯らせてもらえるんじゃねえか?」

 他人事だし、どうだって良かったから茶碗類を洗いながら気もなく言うと、「華やかグループってなんだ」と訝しそうに眉根を寄せた都築は不機嫌そうに首を傾げてるみたいだったが、やっぱり仏頂面で首を左右に振った。

「オレと違ってソイツは純粋で性的部分がまだ幼いんだ。大事にしたいと思ってる」

 へえ、都築にしてはまともなことを言うんだなと感心して、でも相手は男なんだよなぁと特に偏見はないものの、選り取り見取りの行き着く先はちょっとアブノーマルになるのか。

「ふぅん。でも、だからと言ってソイツの身代わりなんてゴメンだからな!」

 そこだけはちゃんと釘を刺しておかないと、気付いたら押しの強さに負けて都築んちの広いと噂の風呂に一緒に入っている羽目になるからな。
 今みたいになぜか押しに負けて、狭いシングルに一緒に寝てるなんてことに…

「俺、今夜こそ客用の布団を敷くから。都築はベッドで寝てていいぞ」

「別に一緒でも構わないだろ。ここは隙間風が寒い。誰かの体温が欲しい」

 だったらわざわざウチに来て寝てくれなくてもいいんだが…と思いながらも眉を顰めると、意識してるのかと呆れたような顔をしやがるから、不貞腐れたように足が突き出るベッドに横になって寝転がる都築が、上から目線で来いと顎なんかしゃくるのにぐぬぬぬ…ッと言いたいことは目白押しだが唇を噛むしかない。

「このベッド、通販で買った安物だから、そのうち男2人の体重に耐えられなくて壊れるんじゃないかな~」

 後片付けも終わって溜め息を吐きながら都築の傍らに上がると、ヤツは少し身動ぐようにしてベッドを軋ませて、然程寝心地も良くないだろうに残念そうに頷いた。

「そうだな…今度ダブルを買ってやるからここに置けよ」

「ダブルが置ける広さに見えているなら眼科に行け」

 都築に背中を向ける形で寝転がると、やれやれと溜め息が聞こえて、それから無造作に上掛けを引っ張り上げて自分と俺の上に引っ掛けながら、ゆっくりと片手で腰を抱いてくる。
 コイツ、本当に意中の彼の腰が気になってるんだなぁ。

「うちはサータのベッドなんだ。シモンズもいいけどな」

 ブツブツ言って満足そうに息を吐くと、すぐにうつらうつらし始める都築は、寝汚いくせに寝付きはいい。まるで子供みたいだ。
 まあ、でもいつか。そう言うおかしな条件がなくなった時、都築んちに行って大きい風呂に入って、聞いたこともないメーカーのベッドに眠ってみるのも悪くないかなと思いつつ、俺もぬくぬくしながら瞼を閉じた。

□ ■ □ ■ □

 都築を週の5日は泊めていることに愕然としていた俺が百目木に救いを求める昼下がりの午後、ふと唐突に、百目木からも指摘されたんだけど、ソイツらの姿に気付いたんだ。
 昼時を過ぎているとは言え、華やかな集団でカフェでもないファミレスに押しかけて、お前たちいったい何してるんだと聞きたくなる。
 都築を除いた(都築は桁違いだから)全員がそれなりのお金持ちで、こんな安っぽいファミレスに来るようなレベルの連中でないことは、注文を受けるおねえちゃんの赤くなる頬を見ていればよく判る。
 百目木と互いに嫌なものを見てしまったと言いたい双眸で目線を合わせた俺は、連中の喧しい声に因って事の真相が判った。どうやら都築がファミレスのパンケーキを食べたいと言ったことで、大学の近くにあるこの平凡なファミレスが一部セレブな空間になってしまったと言うワケだ。
 俺たちみたいな庶民の憩いの場まで侵してくるんじゃねえよ。

「そう言えば、この間のタワレコでもアイツ等いたよな」

「え?!気付かなかったッ」

 百目木の話によると、都築様御一行は、俺が大のお気に入りのMOTHBALLと言うバンドのCDを試聴してノリノリに浮かれてる後ろを、悠然と事も無げに通り過ぎたんだとか。
 その際、都築は口の端で笑っていたらしく、立ち去り際に誰に見られることもなく、おどけた仕草で指で作ったピストルで俺を狙い撃ちしてたんだとかなんだとか、なんだその気持ち悪い動作は。
 狙い撃ちしたくなるほど浮かれて獲物化していたのか…
 呆気に取られていた百目木には見られていたらしいが。
 ちなみにその時、俺のことを完全無視した百目木は都築がMOTHBALLのCDを全て購入したのを目撃したんだそうだ。

「ゼミの連中で行った東池袋のプラネタリウムの近くにもいたんだぞ」

 百目木がどうしていいか判らないと言いたげな困惑の表情で呟く話では、その時は人待ち顔の都築だけだったらしいが、そう言われてみたらあの日の夜に来た都築に、百目木とデートでもしてたのかとしつこく聞かれた記憶がある。
 何いってんだ、お前じゃあるまいし、ゼミの連中と趣味の疑似天体観測を楽しみに行ったんだよと言い返したっけ。

「…俺、付き纏われてるんじゃないよな」

 さり気なく否定して欲しくて青褪めて言ってみたものの、注文したチョコレートアイスとリコッタパンケーキを見下ろして、全く同じものをこちらをちらりとも見ることなく注文した都築に閉口した。と言うか声が出なかった。

「たぶん、偶然だって言われる」

「…ですよね」

 元来甘党の都築のことだ、なんか真似してるのかって聞けば、はあ?何言ってるんだ、自惚れんなってこの間みたいに言われるに違いない。

「俺さぁ、最近都築に睨まれることがあるんだよな。たぶん、お前と付き合ってると思われてるんだよ」

「はぁ??なんだ、それ」

「いや、マジで冗談じゃなく。昨日もさ、都築のヤツお前の跡を付けるみたいにしてたんだよな。でも、アレは跡を付けるとかじゃなくて、話す切欠を探ってたのかもしれないけど…ともかく俺と目があったらむっつりした顔でこっちにまで来て声を掛けてきたんだ」

 声を掛けた?
 都築は基本、同じゼミの地味~な連中とも卒なく話しはするものの、自分から何か話し掛けるってことは殆ど無い。まあ、少なからず俺たちに一線は引いてるって感じなんだけど、そんな都築が百目木に一体何を話し掛けたりしたんだろう。

「気になるだろ?俺もすげー気になって返事したんだよ。そしたら、なんて言ったと思う?」

 百目木は本当に顔色を失くしたみたいに青褪めて、その時のことをまざまざと思い返したのか、本当に嫌そうに薄ら笑っている。

「篠原にハウスキーパーになるなって言ってるのはお前なのか?お前は篠原の何なんだ。まさかセフレじゃないだろうな…ってさ」

「!!…都築、お前と一緒にするなってアレほど言ったのにッッ」

「いや、それはいいんだよ。実際ただの友達なんだから。ただ、こうやって2人でいる度に、たぶん、これからも都築は行く先々に現れるんだと思うぞ」

「……だったら、先手必勝ってワケか」

 俺がポツリと呟くと、百目木は胡乱な目付きで見返してきた。

「だからさ、最初に何処其処に行くけど都築も来るかって声を掛けるんだよ。アイツ、もう週の大半は俺んちで過ごしてるし、俺の行動とか全部理解してるはずだけど、どっか疑り深いところがあるみたいだから。先手必勝で誰と行くか、何処に行くかを教えたらそこまで酷い行動はしないと思うんだよな」

 閃いた!と強気で言ってみると、呆れたようにドリンクバーから持って来ていて、そろそろ薄くなりそうなコーラを一口飲んだ百目木は、諦めたように溜め息を吐きながら「甘いなぁ、篠原は」と言いやがった。

「なんでだよ。わざわざ俺がお誘いしてるんだから、気になるならくればいいだけだろ」

 チョコアイスが溶けかけたパンケーキに舌鼓を打ちながら唇を尖らせたら、百目木はだからお前は馬鹿なんだとでも言いたげに、可哀想な子を見るような目付きをするからムカつくんだけども。

「なんでわざわざ都築に報告してんだよ。相手はプチストカーだってのにさ。餌を振り撒いてるようなもんだろうが」

「…え?都築ってストカーなのか??」

 それは寝耳に水だ。
 確かにちょっと他の友達とは違うなぁとは思っていたけど、まさかストーカーとは思わなかった。でも俺、別に嫌がらせとか受けてないんだけど。

「あれ?違うのかな…そうだな、あんなセレブで人生順風満帆の都築が、何が悲しくて貧乏大学生のストカーなんかになるかってんだ。ごめん、間違ったわ。ちょっと行き過ぎた友達なんだろうなぁ」

「へ?そうなのか」

 首を傾げる俺をシゲシゲと見つめた後、視線を感じて首を竦める百目木は、何か全部吹っ切りたいような仕草で首を左右に振り立てた。

「お前って面倒見も良くていい母ちゃんなんだけど、危なっかしいところがあるからさ。都築はそれを心配しているのかもな」

 誰が母ちゃんだ。
 好きこのんで面倒を見てるワケじゃないぞ。『困ってる人がいたら親切に』は祖母ちゃんの教訓なんだ、それを態と酔ったふりとかけしからん輩がいることを教えてもらったから、もう親切になんかしない。

「まあ、篠原の言うように、何処其処に行くって報告してやれば都築も安心するんじゃね。いっそのことハウスキーパーにでもなってやればいいじゃん」

 最後、どうでも良さそうな投げ遣り感満載の口調は気になったものの、そうだよなと自分に言い聞かせるようにして頷いた俺は、どうして言い聞かせようとしているんだと自分で自分に首を傾げ、それから妙な居心地の悪さに一抹の不安を覚えていた。

□ ■ □ ■ □

「やい、都築!お前、百目木に変なこと言ったんだって?」

 自宅からわざわざ持ち込んできたPS4でモンスター狩りをしているすっかり居座り態勢のスウェット姿の都築が、不機嫌そうに眉を顰めてちらりと顔を覗き込んでいる俺を見る。
 そのPS4のおかげでDVDやブルーレイ鑑賞ができていることは感謝するけども。

「セフレって聞いたことか?疚しさがないのなら友達だって普通に答えるだろ。何をそんなに気にしてるんだよ。そっちのほうがおかしい」

 至極当然そうにそう言って、都築は画面に目線を戻すと、壮大で綺麗な異世界へ無敵のような重装備で飛び出して行く。お洒落でリア充な都築がまさかスウェット姿でビッグタイトルのゲームに興じるとか思っていなかっただけに、その姿は酷く新鮮で、コイツも年相応の俺と一緒のガキなんだなとちょっと安心できた。
 この間のえげつない下ネタには正直引くけどな。

「百目木もただの友達だって軽く流してたぞ…お前は違うのか、百目木が好きなのか?」

 ブホッとまたしても噴き出してしまった俺は、ジロリと訝しむように色素の薄い双眸で見つめてくる都築に「んなワケないだろ」と言って、その広い背中をバスンッと殴ってやった。

「最近、行く先々で都築に会うんだけど…まさか跡を付けてるってことはないよな」

「はあ?!なんでオレがお前なんかの跡を付けないといけないんだ。たまたま行き先が被っただけだろ。それなら、お前のほうがオレを付け廻してんじゃないのか」

「え?あ、そっか。そうとも取れるよな。悪い」

 都築の横に座ってモンスター狩りを眺めながら詫びたら、都築はフンッと鼻を鳴らして少しは溜飲を下げたみたいだ。

「悪いと思ってるんなら早く引っ越してくればいいんだ」

 特別巨大なモンスターを通信で仲間と狩っているから、手を離すことができないんだろう都築は、不満そうに少し頬を膨らませて口を尖らせブツブツと悪態を吐いている。視線はモンスターに釘付けでも、思考は俺との会話に集中してるんだから凄いって言えば凄いよな。
 都築は子どもの頃からあらゆる帝王学を学んで、老齢な祖父のために何時だって会社を引き継げるように準備しているらしいから、そう言えば、大学の成績もほぼ首席だって噂されてたな。なぜほぼなのかと言うと、首席で満足するとその上を目指す気力がなくなるから、だいたい2位ぐらいの成績で様々な物事を吸収するようにしているんだとか。
 お金持ちでお洒落でリア充でイケメンで長身で頭もいいなんて、都築の悪いところって男女問わず性的にだらしないところぐらいじゃないか。でもそれだって、昔は英雄色を好むって言われたぐらいだから、都築ぐらいになると色恋沙汰も当たり前なのかもしれないな。
 俺には全く理解できないけど。

「だから、ハウスキーパーは考えられないってば」

「オレは試していたんだ」

 不意に都築が俺を見据えてきた。
 まだ通信での狩りは続いているのに、都築はもうどうでも良くなったように途中抜けして、PS4は起動したままで酷く真面目な顔付きで見下ろしてくる。

「この数週間、一緒に居てもお前は全然嫌そうじゃなかった。だったら、このまま一緒に暮らせるだろう。何がそんなに嫌なんだよ。此処だったらいいのか?」

 矢継ぎ早の質問に、俺は目を白黒させながら、躙り寄ってくる都築の身体を両手で押さえて首を左右に振った。
 まさかそんな実験をしていたなんて。

「いや、そう言うワケじゃないけど…」

「ものは試しだ。1回ぐらいオレの家にも来い」

 なんだ、ただの実験だったのか。そりゃそうだよな、都築が俺んちを気に入って居座るワケないよな。

「お前んちに行ったからって、ハウスキーパーになるとは限らないぞ」

 ちょっと悔しかったから外方向いて言ってやったら、都築は「別にそれでも構わない。オレの家にも1回ぐらい来い」としつこいぐらいに言うから、仕方なく渋々頷いてやった。
 但し。

「風呂は一緒に入らないし、同じベッドでも眠らないからな。ちゃんとお客様として扱ってくれよ」

 確りと釘を差しておく。と、都築は地味にダメージを受けたように口を尖らせて何かブツブツ言っているみたいだったけど、俺の気が変わるのも嫌だったのか、不承不承頷いてくれる。

「此処だと一緒に眠るのに…」

 不機嫌そうに再度モンスター狩りに赴く都築に、だって…と俺は嫌そうに眉を寄せたんだ。

「お前のベッドってなんかいかがわしいし、善良な俺には刺激が強すぎるんだよ」

 高級なベッドにはよくある引き出しみたいなところに、コンドームとか大人のオモチャとか入ってるような気がするし、俺が知らない全く未知なエログッズがあっても引きそうだしな。

「まあ、オレもこのベッドが一番寝心地いいんだけど」

 ポツリと呟く都築に、俺はポカンッとした間抜けな顔で目線をくれてしまったに違いない。
 さっきは実験だなんだと言っていたくせに、少なからずコイツも、俺んちを少しは気に入ってくれてるんだろう。そう思ったら、ちょっと嬉しかった。

「……いつもあんな感じで百目木と2人でファミレスに行くのか?」

 さっき途中落ちしたのに仲間はまだ待っていたようで、何やらチャットみたいな吹き出しに文字が流れているけど、都築はそう言うのは全部無視して自分勝手にゲームを楽しんでいるみたいだなと思っていたら、不意に声を掛けられて目を瞠った。

「いつもってワケじゃないけど。他はゼミのヤツとか、柏木とか…」

「柏木?それは誰だ」

 あれ?俺ってば言ってなかったのか。

「高校の同級生で同じ大学を受験したんだ。柏木は理工学部だよ。だから、都築は知らないかもな」

 咽が渇いたからお茶でも入れて来ようかと立ち上がる俺にと言うワケではないのか、都築は「油断も隙もないな」とかブツブツ剣戟激しいモンスターの狩られる画面を見据えて独りごちたようだ。

「オレはお前に付き纏うことにする」

「はぁ?!何を言い出すんだよ」

 お茶とは言っても興梠さんが持って来てくれた、都築の口にあわせるために高級そうなマロウブルーと言うお紅茶だ。あれ?ハーブティーだったか。これは都築が好きなお茶だそうで、あんまり味がしなかったからオレンジピールを入れたら喜ばれた。
 いやいや、今はお茶のことはどうでもいい。

「お前はバカで危なっかしいから、オレがついていないと駄目だ」

 都築は画面から目線を外すと多少小馬鹿にした感じで見据えてきたけど、俺としてはどうしてそんな言われ方をしないといけないんだと納得できない。

「別に都築がいなくても安全だけど」

「何を言ってるんだ。お前みたいなヤツはオレの護りに入るべきだ。オレの時間を割いてやるんだから有り難く思えよ」

 そうか、俺が危なっかしいバカだから悪いんだよな。だったら、都築が跡を付けたり付き纏っても仕方ないんだ。
 今後、絶対にスケジュールを漏らすなと百目木とゼミのみんなに徹底してもらうって決めた。
 画面を睨んで凶悪そうな大きいモンスターをサクサク狩る都築を、お前こそなんだか得体の知れないモンスターなんじゃないかと俺が思ったことは、敢えて此処では内緒にしておく。

□ ■ □ ■ □

●事例3:跡を付ける、付き纏う
 回答:お前がバカで危なっかしいからオレの時間を割いてやる。有り難く思え。
 結果と対策:そっか、俺がバカで危なっかしいから悪いのか。だったら、都築が跡を付けたり付き纏っても仕方ないよな。今後、絶対にスケジュールを漏らさないように徹底するって決めた。