20.セフレを使って嫉妬させようとするが結局自分が嫉妬している  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 その日の俺はきっとどうしていいのか判らない複雑な表情をしながらも、やっぱり名状し難い感情にギリギリと唇を噛み締めていたに違いない。
 と言うのも、例の都築が俺に嫉妬させたいグダグダ作戦を失敗してから、開き直ったアイツはほぼ俺んちに居を構えやがって、俺んちの質素なちゃぶ台で仕事なんかしやがるのだ。それも鈴木を横にピッタリと侍らせて。
 別にいいんだよ。鈴木と仲良し小好しはこの際なんだし、深夜を回ってもやれ見積もりがどーだとか、構成案がなんだとか2人で話しながら企画書だか見積書だかなんかそんなのを仲良く作成しているのはさ。
 俺が問題視しているのは、俺んちを事務所化するなってことだ。
 何時もウアイラを駐めていた、今は更地になってしまっているあのガレージを壊した理由を、俺はアレから数日後にいつもは開けても景色を見ようとも思わないアパートの裏に向いた窓を開けたことで思い知るに到ったんだけども。
 当分、借りる予定もないだろうと高を括っていたアパートの裏の駐車場が見事に潰れていて、5台ぐらいは格納できそうなガレージが設置されていたんだ。
 都築の得体の知れない異常な執着心からなのか、わざわざ住人に引越し費用と、今よりも格段上の条件のいいマンション…もう一度言う、俺の住んでいるところは築数十年のアパート、そうアパートだ。なのに、条件のいいマンションを通常なら20万とかそんな家賃を5万だぞ、半額以下で用意して追っ払ったんだ。信じられるかよ。
 その条件で俺も引っ越ししたいって言ったら、即却下された。
 俺に家を用意したいとか、自分ちに住ませたいとか散々ほざいていたくせに、いざとなったら却下かよ!と俺が怒り心頭で詰め寄ったら、都築のヤツは相変わらずの不機嫌そうな仏頂面の頬をちょっと緩めるというイミフな嬉しい感情を気持ち悪いほど見せつけながら、人差し指を立ててチッチッチと左右に振りやがった。
 お前は外国の俳優かよ。俳優さえ、今はそんなことしねーぞ。

「ここは思い出のアパートだ。お前が居て初めて成立するんだから、引っ越しは一切認めない。引っ越しをしたいならオレんちのマンションのみだ」

「は?!絶対イヤだッ」

「言うと思った」

 肩を竦める都築はあっさりと仏頂面に戻ってフンッと鼻なんか鳴らしやがって、それ以上は取り合いもしやがらなかった。
 都築の性癖上なんだろうけど、自分が妄想する領域を作っていて、その中には常に俺が居るってことをデフォルトにしているんじゃないかなって思う時がある。
 アイツ、無駄にお金持ちだから、その妄想を現実化できるんだよね。
 都築の実家のアイツの部屋の物置然り、それで飽き足らずにアパートまで手に入れるってさ…うん、よく判る。気持ち悪い!
 まあ、そんなワケなのかどうかは本人じゃないんでちょっと判らないけど、俺の住んでいるアパートを買い取ってオーナー様になった都築のヤツが、殆ど自分ちのマンションには帰らなくなったモンだから、ツヅキ・アルティメット・セキュリーサービス、最近知ったんだけど通称はTASSって言うんだそうだ。興梠さんが挨拶の度に正式名称で言うもんだから、通称なんてないって思ってたけど、このアパートに詰めるようになった若手の、とは言え都築家のお坊ちゃまを警護するんだから凄腕なんだろうけど、警護の人たちが元気に気安く俺に『TASS(タス)から来ました!』とか挨拶してくれて知ったんだけどさ。
 詰める…そうなんだよ。
 都築がこのアパートを買い取ってから入り浸り、確かに今までも7日間の間で5~6日は我が家に居座ってはいたけど夜にはたまに帰ったりと数時間とかだったのが、今や一週間大学と会社以外ではずっと居座っている入り浸り状態で、そうなるとセキュリティの万全なハイスペックマンションではけしてないオンボロアパートでは、世界に名だたる都築財閥の御曹司を気安く住まわせるなんて以ての外のザルなセキュリティを心配して、それならと乗り気になった都築に命じられた興梠さんが俺んちの左右と真下の部屋以外の空き部屋にTASSの連中を常駐させると言う異常事態なことをやらかしたんだ。
 今やどのアパートや下手なマンションよりセキュリティ万全になってしまったこの難攻不落化したアパートは、既に身勝手な都築が根城化していることは言うまでもない。
 メチャクチャ住み難い。
 そんな簡易的に事務所化するにあたり、俺にはさほど必要ない複合プリンターとかをこの狭い部屋に設置したりするんだぞ?迷惑以外のナニモノでもないよ。
 確かにレポートに必要な資料とか、図書館で借りた本の必要部分だけをコピーするのには内緒で使用しているけども…だってアイツ、御曹司のくせに見返りを寄越せとかケチ臭いこと言い出すから厄介なんだ。見返りも金銭なら話も判るけど、1回につきキスとハグのセットを1回とか何言ってんのか判んない内容には眉も寄るってモンだ。そもそも設置している場所は俺んちなんだけどね。
 就寝時間になると、何時もなら俺が先に寝ているから、コソコソとベッドに潜り込んでくるんだけど、最近は鈴木がいるからお客様用の布団をちゃんと敷いて、なんか2人で抱き合うようにして寝ていたりする。この部屋で流石にゴニョゴニョをおっ始めればすぐさま叩き出せるんだけどさ、一応気を遣っているのか、ただ睡眠欲求に負けて傾れ込んでいるだけみたいにもみえる、でも何にしてもウザい。
 で、最近の俺の野望は、どうすれば都築に気付かれずにアパートを引っ越せるのかってこと。
 都築に気付かれたら即却下だし、あんまりしつこいと暴れる俺をモノともせずに肩に担ぎ上げてウアイラに拉致、その後一直線に都築邸の高層マンションに直行されて、笑顔のポーカーフェイスが素敵なコンシェルジュのお兄さんの心のブログを荒らすことになるから、絶対に気付かれたくない。
 俺はさ、こんな足の踏み場もない男2人、しかも1人はガタイがいいときてる。そんな連中に床を占拠された挙げ句、飯時になると平気で自分たちの分も作れとか言いやがって、(イライラして)レポートができないから百目木んちに行くと言うと阻止されて(行くと宣言するだけ有り難いと思え)、そんな生活にそろそろ嫌気がさしてきているんだよ。
 そしてその嫌気がマックスに高潮したのは今日のこと。
 買い物袋を片手に、冷蔵庫の中身を模索しながら今夜は手軽に鍋でも作ろうかなぁとか考えて、手応えのない鍵穴に肩を落としつつ、扉を開いた先で目にしたものに冒頭の気分で唇を噛む羽目になったってワケだ。

「あ、おかえりなさい」

 ニコッと眼鏡の奥の双眸を細めて微笑んだ鈴木が、都築が持参してしつこく俺に付けろと言っていたフリルの可愛いエプロンをして、片手に新妻みたいにお玉を持った状態で振り返って言ったんだよ。
 俺は、つまり一般の主婦のようにキッチンは聖域だと考えている。神域とすら思っている。
 俺だけが立てる、とても神聖な場所だ。(注:厨二病ではない)

「おかえり。今夜は雅紀に夕飯を作らせるから、お前はここに座ってろ」

 安物のスウェットにボサボサの頭で、狭い部屋に似付かわしくない大型テレビの前に座り込んだ都築に、モン狩りに勤しみながら自分の膝をポンポンッと叩きつつ言われて、俺はもう駄目だなと思った。

「…俺、ちょっと買い忘れがあるからコンビニに行ってくる」

 そう言えば、最初にこの光景を見た時の鈴木は、面白いほどビビッていたっけ。
 そんなことをぼんやり考えながら呟いていた。

「そうか、じゃあオレも行く」

 のっそりと立ち上がろうとする都築を制して、鈴木がニッコリと笑った。

「一葉、いいですよ。僕が行きます。なんでも言ってください」

 気が利くんだなとか都築が誂うように笑って、鈴木は「もう」とかなんか唇を尖らせて応えている。そんな2人をやっぱりぼんやりと眺めながら、俺は極力気付かれないように繕った笑みを浮かべて首を左右に振った。

「じゃあ、悪いけど2人でこの荷物を仕分けして冷蔵庫に入れておいてよ。買い物は独りで行くから」

 都築は何か言いたそうだったけど、仕方なさそうに頷いて、それから鈴木が受け取ろうとした買い物袋をぶん取ってから、のそのそと冷蔵庫の前に腰を降ろしたみたいだった。
 俺が買い物してきた荷物の仕分けは都築の分担だったからか、鈴木が手伝おうとするのを断ったようだ。
 そこまでを見てから、俺は部屋を後にしてカンカンカンッと鉄製の階段を降りた。
 まるで、俺の部屋なのに俺の部屋じゃないみたいな居心地の悪さ。
 やっぱり、気の所為なんかじゃないよね。
 アイツ等、何時になったら出て行ってくれるんだろう。まさかこのままってことはないだろうな…
 ハァ…ッと溜め息を吐いてから、俺はコンビニ…には行かずに、鈴木の来訪を懸念した興梠さんが気を利かせて手渡してくれた鍵で俺の部屋の真下の部屋のドアをソッと開けると、それからやっぱり興梠さんが気を利かせて準備してくれているシングルベッドとか家具一式の収まる部屋に入り込んだ。
 もう、できればここに引っ越したい。
 部屋の明かりを点けると上階と同じレイアウトの部屋に一瞬ビビりながら、何処で手に入れたんだか、弟と気の置けない仲間がくれたリラックスしたクマや黄色のトリや、コリラックスしたクマのヌイグルミや枕カバーまで統一されていて笑ってしまった。
 腹はそこそこ空いていたけど、それよりもここ連日の午前様に、不意に眠気が襲ってきてベッドにモソモソと入り込んだ。
 手許のリモコン(このあたりは俺んちと違ってハイテクだ)で部屋の明かりを消して、それから、「ご自分の部屋を監視してくださいね」と言って、胡散臭い満面の笑みで興梠さんが手渡してくれた盗聴器を耳にして、ウトウトしていた。
 ウトウトしながらも自分の家を(何故か)盗聴しているのは、俺不在の部屋でおっ始めたら追い出す…んじゃなくて、最後通牒を突き付けて引っ越しを敢行できる足掛かりになるからだ。
 言っておくけど、都築がオーナーのアパートなんて本当はムカついてるんだからな。
 なんか、住まわせて貰ってる、みたいでさー。
 家賃はちゃんと払ってるけども。

『そんなにベタベタしてたら篠原くんに嫌われちゃうよ』

 クスクスと呆れたように笑いながら、都築の前では砕けた口調の鈴木の声が聞こえる。
 都築はそれには応えずに、ちょっと不機嫌そうな声で誰にともなくブツブツと言った。

『…やっぱりオレも一緒に』

『もう!ホラホラ、もうすぐご飯ができるから座ってなって』

 無意識にドアに向かおうとする都築を押し留めて、その大きな背中に両手を添えながら押し戻そうとする甲斐甲斐しい鈴木の姿がリアルに目に浮かぶ。
 俺がコンビニに忘れ物を買いに行くとき、本当は何時も都築は草臥れたスウェットでのこのこ着いて来ていた。今は鈴木が部屋にいて、俺以外が部屋にいるのをあまり好まない都築は仕方なく、最近は俺を独りで買い物や外に出すことを渋々了承している。
 そうしてでも、鈴木を傍に置いておきたいんだろうけど…
 暫く、ほんの5分ほどモン狩りの音やカチャカチャと食器の擦れる音が響いて、それから不意に心配そうな都築の声がまたしてもブツブツと聞こえてきた。

『遅いな、アイツ。ちょっと見てくる』

『まだ5分も経ってないよ!』

 呆れたような鈴木の声は無視して都築がどんな行動を取ったのか、教えてくれたのはバイブにしていたスマホだった。
 ムームーッと震えるスマホが都築からの着信を報せて、暫くして切れると今度はピロンピロンッとメールの受信を告げる。
 鈴木の言う通り、まだ5分も経っていないのに…なに考えてんだ、都築。
 ソッと持ち上げたスマホを見ると、都築からのメールが届いていた。
 「今、どのあたりだ?」「まだ帰ってこないのか?」とか、そんな内容が羅列していて、俺は溜め息を零しながら既読スルーのままスマホの電源を切ってからゴロリと寝返りを打った。

『あ!また電源を落としやがったッ!!…と言うことは、コンビニじゃないのか?何処に行ったんだ!!』

 メールに続いてまた電話でもしたんだろう都築のあまりの怒号にちょっと吃驚したけど、鈴木はもっと吃驚したみたいだった。

『…それはもしかしたら、僕たちに気を遣ってくれたんじゃないの?』

 ちょっと含むような声音で媚びるように囁いた鈴木は、目にしなくても厭らしい顔付きをして都築にしなだれかかったに違いない。

『ここじゃしない』

 だって都築がそう言ったから。
 面倒臭そうなくせにやけにキッパリと言い切って、それから何かしているように一瞬無言になった。
 ここじゃしない、か。じゃあ、余所だとまだヤッてるんだろうな…ふん。
 脳裏に鈴木とヤッていた都築がフラッシュバックして、俺は慌ててそれを打ち消すとギュッと目を閉じた。キモいもん見せやがって。おかげで気持ち悪いフラッシュバックに悩まされるんだ。
 今度、慰謝料でも請求しようかな?

『…どういうことだ?篠原はここに居ることになっているぞ』

 そりゃそうだろ。
 俺は同じ部屋の下にいるんだから。
 どうやらGPSで居場所の確認をしたようだったけど、俺が動いた気配はない。
 あ、いや一瞬だけあるか。
 外の階段の上を通過してそのまま下の部屋に入ったんだもんな。
 そう言うこと判らない都築にしてみたら、俺が全く動いていないって感じになるんだろう。
 どう言うことだと騒ぐ都築にクスクスと意地の悪い気持ちで笑ってから、俺はウトウトしながら夢現で聞いていたけど、都築はすぐに部屋を飛び出したみたいで、その後を合鍵…くそ!鈴木まで俺んちの合鍵を持ってやがるのか、俺のプライバシーとは!!…合鍵で鍵を掛けながら鈴木も追いかけているみたいだ。
 乱暴に階段を降りる音が聞こえて、拙いな、この部屋に乗り込まれちゃうんじゃないのか。
 せっかくの安息の地だと言うのに。
 俺が馴染みのないシングルのベッドの中で身動ぎしていると、隣りの部屋の扉が叩き壊す勢いで開いたみたいだ。

「番匠谷!左沢!お前ら篠原を隠しているだろうッ」

 何の根拠もなく常駐してくれている若手の警護班のひとたちを疑うなよ。
 俺の部屋に突撃してくるのかと思ったら、隣りの部屋に突撃してくれたみたいで、安普請なアパートだからか声は筒抜けだ。しかも、都築の声は支配者のモノだから、少し声を張っただけでも腹に響く、ましてやこんな風に激怒していれば、対峙している2人にはきっと雷が落ちたぐらいの衝撃に腹の底がビリビリしてるんじゃないかな。

「は、え?!一葉様??…いえいえ、ここに篠原様はいらっしゃってはいませんよ?」

「お出かけになっているようでしたが、こちらには顔を見せられておりません」

 2人は一瞬キョドりながらも、そこはやっぱりTASSの精鋭揃いだ、すぐに状況を把握したようで確りとした口調で否定している。
 何度も言うようだけど都築を心配した興梠さんにそれならと命令して警備会社から精鋭を選んで常駐させているこの安アパートは、今ではたぶん、何処のビルよりも堅固な護りで難攻不落になってんじゃないかな。
 まあ、俺独りのためってなら笑ってお断りするけど、もちろん、都築のためって言うんだから鉄壁の護りも必要なんだろう。
 そう言えば俺が以前、どうして常駐させるんだ、俺の為だとか言うならやめて欲しいとうんざりしながら都築に聞いた時、都築は怪訝そうなツラをしてから、ちょっと馬鹿にしたように笑って「別にお前のためじゃない。大事なものを持ち込んでるからそれを護らせるためだ。どうしてオレがお前如きの為にわざわざ精鋭を引き抜いてまで常駐させないといけないんだ。なに自惚れてんだ」と言って鈴木にも失笑させてから俺を凹ませたっけ。
 興梠さんは胡散臭い満面の笑みで『一葉様のためです』って言ってたけども。
 そう言えば都築のヤツは会社の…とは一言も言わなかったから、ああ、アレか。
 都築はあの一件があってから鈴木をビッチ呼ばわりするくせに、片時も離さないようにして結構大事にしているようだから、持ち込んだものは鈴木なのかもな。
 だからこんな安アパートを買い上げようとまで考えたのか…あ、アパートを買ったの(だけ)は俺のためとか言ってたっけ。で、常駐させてるから安心とか言ってたけど、その舌の根も乾かないうちに、お前のためじゃないとか言い切るところはアイツ、情緒不安定なんじゃないかと心配になる。でも、心配になるだけでどうかしてやろうとはこれっぽっちも思っていない。
 アイツを想う気持ちもさらさらない。
 兎も角、鈴木といい関係なら早々に出て言ってくんないかな、アイツら。

「来ていないってどう言うことだ!篠原はこのアパートに居ることになっているんだぞ。スマホも持って行ってるみたいだし」

「篠原様の日々の護衛に加えこのアパートでの警護はプランSSSで受けております。篠原様に何かあれば真っ先に連絡が入るかと思いますが…」

 困惑したような番匠谷さんに…って言うか、なんだその俺の警護とか護衛ってのは。お前のためじゃない、自惚れんなとか言いやがったのは何処のドイツだ。
 部屋を探してみたけど俺のスマホがなかったんだろう。
 それなら、GPSは動作しているはずだ…つーか、俺の全身がGPSみたいなモンなんだろうけど。ぐぬぬぬ。
 なんかいろんな意味でムカムカしながら対岸の火事ぐらいの気持ちで聞いている隣りの部屋で、都築が苛々しながら疑ったって仕方ないんだけどさ…そっか、興梠さん。
 命令されて警護の人を常駐させたところまでは都築に報告してるけど、この部屋のことは内緒にしてくれたんだ。安全性の観点からきっと他の人たちにも言ってくれてるとは思う、でも、TASSの連中以外には誰にも言ってはいけない、それがたとえ都築であってもと箝口令を敷いてくれているんだな。じゃないと、部屋から出た後の俺の行動を全面的に管理している番匠谷さんが知らないとか言わないよね。
 あんなザマになりつつある俺んちでは気が休まらないだろうって、2、3人は殺してんじゃないかって面構えのあの人なりに、ちょっと心配してくれているみたいだったから…へへ、嬉しいな。
 俺んちと同じ…いや、色とか形は似てるけど、断然肌触りの違う掛け布団に包まりながらクスクス笑っていると、隣りでは何かを壊すような音が聞こえてきて、それに被さるように鈴木の短い悲鳴が聞こえた。
 俺のことになると子供っぽい癇癪を起こす都築が何か壊したんだろう。
 もう、どうして安眠させてくれないんだよ!
 お前なんか、鈴木と仲良く夕飯食べてモン狩りして、それからいそいそと会社の資料とか纏めるために午前様にでもなってりゃいいんだ。
 俺は眠い!もう夜中に目が覚めて、お前と鈴木が抱き合うようにして眠ってる姿を見てはうんざりするのなんかヤなんだよッ。
 このアパートを気に入ってるんなら鈴木と一緒に住めばいいだろ!飯も鈴木が作れるんだ、もう俺がいなくたってお前ら2人ならやっていけるっての!
 内心で悪態を吐きまくっている間にも、都築は困惑しているだろうTASSの精鋭に食って掛かっているみたいだ。
 そうこうしている間に誰かが…ホント何度も言うようだけどこのアパートはこの部屋と俺んち、それから俺んちの左右の部屋以外は、全部TASSの精鋭が常駐しているという異常事態になっているワケだから、上階4部屋、下階4部屋の横に長い2階建てアパートの、実に4部屋に各2人ずつ常駐している…ってことは8人も人員を割いてまで護るモノって都築以外だと何があるって言うんだ。
 やっぱ、ああは言ってたけど機密情報かな…まさか、プランSSSの俺のためとか、そんな冗談は言わないよな。
 そのうちの誰かが騒ぎを聞きつけたんだろう、興梠さんと属さんを呼び出したみたいだ。
 この部屋のことを属さんは知っている。何かの拍子で興梠さんと話しているのを聞かれてしまった時に、俺を安心させるように興梠さんがくれぐれもと釘を刺さしてくれたので属さんが都築に口を割ることはない。そこはたとえクライアントでも覆せない、会社の決まり事ってのがあるんだろうな。
 苛々しながらも眠りに逃げようとウトウトと夢現の俺の耳に届いたのは、興梠さんの落ち着き払った声だった。
 なんで落ち着いているんだよと都築の怒りが可視化できそうな不穏な声音に、どうやら興梠さんもここまでだと諦めたみたいだ。
 結局、俺の避難場所の秘密は1ヶ月しか保たなかったってことになる。
 でも、1ヶ月でも保ったのはいいほうだよね。
 凄まじい勢いで隣りのドアが開いて、続いて鍵を掛けているはずのこの部屋のドアが押し破られるようにして開いた。
 俺はこの1ヶ月の間、都築たちが寝静まってから、抱き合うような2人にうんざりしてそのまま部屋を出て…って、都築のヤツは警護の連中を常駐させるようになってから気が抜けているのか、ぐっすり眠ってしまって起きることがなかったから、避難するようにこの部屋で安眠を貪った明け方、自分ちに戻ると言う生活を続けていた。
 たまに都築が早く起きていて、何処に行っていたんだと険しい双眸で聞かれたことがあるけど、その時は早く目が覚めたから散歩してたって答えたら、次回からは自分も連れて行けと眠そうな目をショボショボさせて言いやがった。もちろん、お断りだったけど「うん」と承知しないと許してくれそうになかったから、俺は渋々頷いていた。
 寝穢くて早起きできないくせに何を言ってるんだかと内心では鼻で笑ったけどさ。
 そんな都築は暫くはスムージー事件から珍しく早起きして俺の様子を窺っているようだったけど、連日の午前様で身体が保たなかったんだろう、3日ほどで起きられなくなっていた。
 俺はぼんやりと寝たフリ…でもないけど、微睡みのなかでズカズカと都築が部屋に入ってくる気配を感じていた。
 明かりがパッと点いた感覚はあったけど、目は開けなかった。
 目が開かないかわりに眉根を寄せて、んん…っと煩そうに寝返りを打って都築に背を向ける。

「マジかよ…」

 室内を見た都築がギョッとしたような、当惑した声を出すからちょっと笑いたくなった…と言うのも、初めて興梠さんにこの部屋を見せてもらった時、俺もおんなじように驚いておんなじようなことを言ってしまったから。
 とは言え、都築のヤツはすぐに状況を判断したようで、たぶんきっと、目をキラキラさせながら室内を見渡しているんじゃないかって、目にしなくても判るほど異様な気配がビンビン伝わってくる。
 起きたくない、絶対に起きたくない。

「…篠原様が寝不足で体調があまり宜しくないご様子でしたので、こちらの部屋を用意させて頂いた次第です。寝不足の原因はお判りでしょう?相変わらず、篠原様を妬かせたいお気持ちは判りますが、それで体調を崩されては本末転倒ではないでしょうか」

「…」

 控えめながらもズケズケと言うのは、幼少の砌より都築一葉に仕えていたお世話係兼教育係だけあって、遠慮はないし的確な注進は流石だなと思う。
 恐らく、チラリと鈴木を見遣ってからの発言に都築はグッと言葉を飲み込んだみたいだったけど…なるほど、コイツまだ俺に嫉妬させたいとか馬鹿らしいことを考えていたのか。
 そんなことの為にこの1ヶ月を無駄に過ごさせたのかって…考えたら歯軋りしたくなったぞ。

「…え、なに。そんなことで僕をここに呼んだの?」

 困惑したような少し憤っているような小さな声音で、不穏に鈴木がブツブツ言っているけど、まだ何か思惑がありそうな気配でワクワクしていそうな都築はもうそれには反応しなかった。
 ギシッ…と、安物のベッド(通販サイトで買ったんだろうな)を軋ませて俺の傍らに腰掛けたらしい都築が、ふと、大きくて温かい掌で俺の頬を包んだみたいだ。あれ?相変わらず気持ち悪いぞ。
 ガッツリ眠るぞ!…と意気込んでいただけに、ウトウトが心地良すぎるせいか俺はなかなか覚醒できなくて、都築のその掌を厭うように嫌々と顔を振って剥がすと、そのまま掛け布団の中に逃げ込もうとしたってのに、都築はそれを許してくれなかった。
 何時ものようにモゾモゾと俺の傍らに忍び込もうとしていた都築は、そこで漸く玄関先で待機している興梠さんと呆気に取られている鈴木に気付いたみたいだ。

「お前たちにはもう用はない。帰っていいぞ」

 酷く冷たい素っ気ない声音に、興梠さんは相変わらずの胡散臭い満面の笑みを浮かべているだろう態度で深々と頭を下げたようだ。
 興梠さんは何故か俺が都築と一緒にいることを殊の外喜んでくれて、そしてそれが最重要事項だとか思っているみたいで、今回みたいにコソリと引っ越し計画なんかを企んでいると、その先手を取ってこんな部屋を用意し俺の野望を挫かせたりする。
 一度、興梠さんにそれとなく聞いたことがあるけど、その時、興梠さんはとても柔らかい表情をして「都築が恋に落ちた瞬間を見届けてしまいましたから、最後まで見守りたいと思っております」と見当違いなことを言って俺からカフェオレを噴かせた。
 誰と?ってことは敢えて聞かなかった。
 だってそれは、間違えているからだ。
 都築は俺なんかこれっぽっちも好きでもなければタイプでもないんだ。なんだかよく判らない気持ちの悪い独占欲とか薄気味の悪い執着心みたいなモノで、俺が他の連中に触られたり、その、有り得ないんだけど犯されたりするのが絶対に嫌だとかで、ものすごい心配性になっていて兎も角も一発ヤッて繋ぎ留めておきたいとか巫山戯たことを言ってるだけで、恋に落ちたとか有り得ない。
 そもそも、どうして一発ヤッたら繋ぎ留められるとか思ってんだって首も傾げたくなるよ。
 よく漫画で、『1回ヤッたぐらいで彼氏ヅラしないでよ』とかって言われてるんだけど、そう言うの知らないのかな。
 それとも少女漫画みたいに一夫一婦の概念がある俺の気性を既に見切っていて、身体を手に入れたら俺の全てを手にしたも同然とか考えてんのかな?
 …やれやれ、気持ち悪い。
 ニコニコ胡散臭い満面の笑みの興梠さんの横で、鈴木は呆れたように溜め息を零したようだった。

「じゃあ、上の部屋で待ってるから」

 セフレなんだから、こんな都築の姿に少しでも傷付いているだろうに、ヤレヤレと溜め息を吐きながら立ち去ろうとする鈴木に、件の冷血漢はすぐに怪訝そうな声音で否定するように口を開いた。

「言っただろ?もう用はないんだ、帰れ」

 1分でも、もしかしたら1秒でも俺んちに入るのが、もう許せないって、自分から招き入れたくせに物語る口調が苛立たしいよね。

「え?!それって完全に帰れってこと?ちょっと、なんだよそれ…ムグググッ」

 もちろん、鈴木もそうだったんだろう。
 勝手な言い分にカッとしたように言い募ろうと足を踏み入れようとしたみたいだったけど…

「一葉様、鈴木さんは私がお送りさせて頂きます」

「そうしろ。それから興梠!合鍵も回収しておけ」

 憤懣やる方なく言い募ろうとする…いや、その気持はよく判る、傲岸不遜で俺様で身勝手な冷血野郎の都築の物言いには怒っていい、俺が許す。そのカッカしている鈴木の口を煩そうに片手で塞いだんだろう、胡散臭い満面の笑みの興梠さんは、自分の主がこれから俺とのイチャイチャを繰り広げる邪魔をしないようにと乗り込もうとする鈴木を引き摺り出して頭を下げると、さっさとドアを閉じて連れて行ってしまった。
 興梠さん自身、言われなくても鍵回収は当然と思っているみたいだ。
 なんだこのとんでも主従関係は。

「鈴木のヤツ、頭はいいが肝心なところで使えない。実に中途半端なヤツだ」

 お前がそれを言うか。
 空気が読めないのはお前のほうだろ。

「これからオレが篠原で癒やされようとしているのに…やっぱり、興梠を兼任でパートナーにするべきかな」

 そのほうが使えるしなぁとか、不貞腐れたようにブツブツ言いながら、都築は無意識に嫌がる俺を抱き締めるようにしていそいそとベッドの中に入ってきた。

「はぁ…やっぱ抱いて眠るなら篠原だよな。この1ヶ月間は苦行だった。でも、嫉妬で夜中にこっそり抜け出す篠原には勃起がとまらなかったよ」

 ククク…ッと嬉しそうに笑う都築。
 なんだそれ、気持ち悪い。
 とまらない勃起は鈴木で癒やしたとかだったら打ん殴ってやるからな。

「行き先は興梠か属が把握してるから放置でいいとか言われたけど、すげぇ気になってたんだ。なるほど、こんなところに隠れてたんだな。寂しかったんだろ?オレも寂しかった。だからこれからはもう、ずっと一緒だからな」

 背後から抱きかかえるようにして俺の頭に鼻先を突っ込んで、すんすんと鼻を鳴らしながらぎゅうっと抱きついてくる都築の腕の力にグエッと蛙が轢き潰されるような声が出る。

「…お前さ。俺のこと好きでもなければタイプでもないくせに、俺がいなくて寂しいとか頭おかしいだろ」

 瞼は閉じたままで、背中に都築の鼓動を感じながらブツブツ悪態を吐くと、ヤツは驚きもせずに、それどころかちょっと嬉しそうな声を出すから殴りたくなった。
 俺、暴力的じゃないのに都築には手を出したい。
 それはきっと、都築があんまりにも自分勝手な変態野郎だからだと思う。
 …武道を嗜んでいる変態都築に、腕力でも常識面でも勝てる気はしないけど。
 ただ言っておくけど、別に俺、ウザいだけで寂しいとかは全然なかったぞ。

「なんだ、起きたのか?オレはお前なんか好きじゃないけど、一緒にいたいとはずっと言ってるだろ。でも、これでよく判ったはずだ。オレとお前の間に第三者は必要ない。オレはちゃんとソレを理解していたけどさ、お前には教えておかないといけないと思ったんだ」

「…なんだそれ。それが鈴木を傍に置いた理由なのか?相変わらず気持ち悪いことを思い付くんだな」

 とは言え、何を言ってるのかサッパリ判らない。

「気持ち悪くないだろ!お前も今回のことでよく判ったんだ、これからは百目木とか別学部のなんて言ったか、ミッキーとか巫山戯た渾名のアイツの家に行こうとか考えるなよ」

 ぐるりと寝返りを打って都築の方を向くと、怒っているはずのヤツはなんだか照れ臭そうな気持ち悪い顔をしたけど、俺はそれを敢えて見ないようにして溜め息を吐きながら言った。

「そっか、俺とお前の間に第三者は必要ないってのにミッキーや百目木とかと仲良くしていた俺が悪いのか。だったら、都築が鈴木とべったりで俺の神聖なキッチンに無断で立ち入らせても仕方ないんだな。今後、そんな必要ない怒りに晒されるぐらいなら傍にいないことに決めた。鈴木とでも誰とでも一緒に暮らしてください」

「巫山戯んな、なに言ってんだッ」

 都築のヤツは憤ったように上半身だけで俺に伸し掛かってきて、ちょっと前から感情ダダ漏れになったギラギラする色素の薄い琥珀みたいな双眸で見据えてくるから軽くビビるけど、その身体を押し遣りながら溜め息を吐いた。

「あのさ、都築。俺はお前と鈴木が抱き合って眠ろうが、2人で寄り添って会社の資料作成だかなんだかしてようが、ちっとも構わないし気にもならない。なんならあの部屋をお前たちに明け渡してもいいってぐらいには、どーでもいいんだよ」

「なんだと?!それはどう言う…ムググ」

 途端に更に険しくなる双眸も怖いけど、それよりもブツブツ悪態を吐く口を塞いでやってから、俺も胡乱な目付きをして唇を尖らせてやる。

「いいから黙って聞け。でもさ、そんな俺でも許せないことがあったんだ。それはお前が鈴木に料理を作らせたことだ」

「…」

 俺の掌の向こうでブツブツ悪態を言っているらしい都築は、不意に口を噤んだようだ。

「お前が口にするのは俺の料理だけじゃなかったのかよ?しかも、神聖な俺のキッチンに立たせるとか絶対に許せなかった。その件で言えば、確かに俺は鈴木に嫉妬した。俺だけの大事な場所を呆気なく渡した都築が憎かったし、鈴木を羨ましいとも思った…って、おい!なんで勃ってるんだよ」

 不意に股間部分に何やら凶悪な塊をゴリゴリと押し付けられて、俺はギョッとして身体を引き剥がそうとしたってのに、喜びを頬に刻んだ都築が問答無用の力強さで抱き締めて離してくれない。
 ゴリッゴリする!ゴリッゴリしてる!!

「篠原が言葉に出して妬くなんてレアだろ。勃たないワケがない」

「ちょ!だから俺はカードゲームとかそんなんじゃ…ってやや、やめろってッ。擦り付けてくんな!」

 俺を抱き締めようとする腕から必死に逃れようと抵抗してるのに、都築はまさに赤子の手を捻るような気軽さで俺の抵抗を捻じ伏せながら、首筋にキスなんかして下半身を絡めるように擦り付けてきやがる。
 キモい!キモいッ!!

「…篠原はさ、オレがお前を好きだと言えばヤラせてくれるのか?」

 耳元に唇を擦り付けるようにする都築の、荒い息と一緒に流れ込んできた言葉に、俺は何故かカッと頭に血が上るのを感じた。

「はあ?!なんでそんな話になるんだよ?!別にお前なんかに好きとか言われたくない。言われても絶対にヤラせないッ」

 口が酸っぱくなるほど『好きでもなければタイプでもないんだろ』と言って逃げていたせいか、ここにきていきなりフルおっきした下半身で俺の股間をぐりぐりしながら抱きしめてくる都築がバカみたいなことを言い出しやがるから頭にきた。
 確かにそういったことで拒絶してきたけどさぁ!好きと言う感情をどうして交換条件に持ち出されるのか、都築にとっての俺への好意というものがそんな程度のモノなのかとか…なんだかよく判らない怒りみたいなもので喚き散らしたい気分になった。

「何故だよ?どうしてそこまで拒否るんだ」

 俺の首筋の匂いとかすんすん嗅いでるくせに、チュッチュと口付けながら不満そうな都築の気持ちがよく判らない。

「判らないのか?俺はただの男だからだ。お前が日頃、手軽に寝てる連中とは違う、普通の男だからだよッ」

 その言葉が侮蔑であったり、誰かを傷付ける言葉だったとしても、それでも俺は言わずにはいられなかったんだ。
 ただの男だから、愛情もゴニョゴニョもその、キラキラしていて特別に大事なモノなんだと言ってやりたかった。

「他の連中と違うことぐらい判っている。別にオレは気軽にヤろうとかは考えていないぞ。お前との初夜はラップランドのオレの別荘で、蝋燭の炎が揺らめくなかでとか…暖炉の前でもいいな。クッションを敷き詰めて、肌触りのいいオーガニックの素材を使ったり。ああ、花びらを散らしたベッドの上でもいい。考え出すと止まらないんだけどイロイロと計画は練っているんだ。だが最近、それは新婚旅行でもいいんじゃないかと思っている。お前との思い出深い、上の部屋でするのが一番いいかなとかさ。でも、あの部屋でセックスするのは何故か気が引けてたんだけど、こんな部屋ができてるなら初夜はここでもいいワケだ…考えることが多くて、とても気軽にヤろうとかは思っていないぞ」

 都築は訝しそうに眉根を寄せて、むずがるように嫌がる俺をあやすみたいにして抱き込んでくる。
 いや、だからそう言うヤるばっかの問題じゃなくてだな…つーか、なんだその妄想は。
 え?お前、そんなこと考えてたのか…ロマンチックとか乙女チックとかマジでキモいぞ。
  まずは自分の図体を考えろよ、それから顔…はいいのか。クソ!なんかムカつくなッ。

「う!ちょ、おま、何処に指を挿れようとしてんだッ!しかもなんだよ、ソレッ」

 何時の間にか確かめるように揉まれていた尻が、下着ごと剥がされて丸出しにされていたようで、ぬるりと濡れた太い指先が遠慮なく潜り込もうとしている。

「…ローションだよ」

 ちょっと息を荒くしつつ、仏頂面だったくせに、今は嬉しそうに蕩けるような笑みを浮かべて、なに当たり前なこと聞いてんだよと馬鹿にしたように言いやがる。
 ギャップ!ギャップ萌えがあるとか言うけどそのギャップは嬉しくないッ。

「なんでそんなの…さては、鈴木とヤろうと持ってたんだろ!だから、そんなヤツだから俺は…ッ」

「はあ?鈴木とヤるのにどうしてオレがローションの準備をしないといけないんだ。準備をしてるのは向こうだろ」

 自分とヤるには予め準備をしておけ、気が向いたら何時でも突っ込めるようにしておけって?なんだ、その超我儘なクソクズ野郎の発言は。

「んなの知らねーよ!って、いいから指を抜けッ」

「やだね。これは何時いかなる時に初夜に突入するか判らないだろ?その時のために持っていたんだ。お前を傷付けたくないから」

 そう言いながら尻の違和感に背筋が凍るほど怖気を震う俺を抱きしめて、小刻みに震える頬に口付けながら都築はハァハァと息を荒げると長い中指で抉るようにグジュ、ニチャ…って粘つくような音を立てて腹を探ってくるんだ。

「…はぁ、すげえ音。エロい」

 ジュポッ、グプ…ッとますます酷くなる音は、どうやら指を増やしたからみたいだ。

「指2本か…4本は挿れられないと。やっぱまだ、無理か」

「う…んぅ…わ、判ったら、抜けって」

 残念そうに呟く都築に、何を言っても変な声になりそうな俺が、それでも腹を探られる息苦しさと奇妙な感覚にむずがるようにして訴えたってのに、都築は何処か嬉しそうに俺の目許に浮かぶ生理的な涙を唇で掬ったようだ。
 だから、そう言うのはいいから指を抜け!

「これから毎日練習しよう。早くオレを受け入れられるようにならないと…可愛いな!本当にお前は可愛いんだ。早く、早くオレのモノにしてしまわないと…」

 都築の目許は朱色に染まって発情した獣のように欲情してるってのに、その目付きだけが異常にギラギラしていて、まるで食い殺されるような錯覚すら感じてしまう。
 ああ、コイツ何言ってんだろ。
 駄目だ、頭が正常に動かない。
 腸内を掻き回す指が時折触れる凝った場所を擦ると、もう何も考えられなくなる。
 頭を激しく振る俺を押さえ付けて、都築が口付けてくる。
 甘さをたっぷり含んだ口付けに、畜生、俺はうっとりしてしまった。
 指で腸内を掻き回しながら、もう一方の手で思い切り扱かれて、俺は敢えなく都築の掌にビュルっと濃い精液を吐き出すことになっちまっていた。

□ ■ □ ■ □

 俺の精液を旨そうに舐めていた(うえ…)都築のフルおっきしている子どもの腕ほどもある逸物と呼ぶに相応しいんだろうそのチンコは…どうするんだろう。
 激しい快感にうっとりしていたのも最初だけで、快楽の熱が引くと現実が『こんにちは』するワケだから、賢者タイムに青褪めて見つめる先で、都築は自分の唾液と俺の精液に塗れた指先で血管をビキビキに浮かせてフルおっきしているえげつないチンコを掴んで扱き始めた。
 おい、信じられるか?
 引く手数多のセフレに縋られたり、歩いているだけで女が寄って集るようなあの都築が、今俺の目の前で、俺の色気もクソもない髪に鼻先を埋めながらグチュグチュと先走りで滑る逸物を自分で扱いてんだぜ。
 俺の目の前でな…
 確かに誰もが羨む大きさと長さを持ってるんだろうけど、あんまり大きいと女の子は退くんじゃないかって思うけど、誰も離れたがらないのを見るに怖がりもせずに群がられてるってワケなんだろう。
 俺は…俺はあんなのを尻に入れられるのかと思ったら正直逃げ出したくなる。
 ユキや鈴木、その他の男のセフレたちはどうして誰も怖がらずに都築から離れないんだろう…これだぞ、このビッキビキのバッキバキでゴリッゴリしてるこの逸物だぞ?
 やっぱ、慣れなのかな。
 恐る恐る目線を上げて都築を見ようとして、俺は固まってしまった。
 何時ものガン見は標準装備の都築のヤツが、泣きたいような何処か痛いような切なそうな、そんな見たこともない表情をして覗き込んできやがったからだ。
 な、なんなんだよ、その目付きは?!
 今までとは違う感情に濡れた表情に胸が高鳴ったりとかしないからな!このドキドキは強制的にオナったからであって、けしてお前のその表情にドキドキしてるんじゃないからな!!

「…挿れてぇ、篠原。篠原…」

 不意に耳元に声が落ちてきて、それからローションで滑る尻に指が這わされて…
 アワワ…となっちまった俺は、自分でも予想だにしなかった解決策をぶちかましてしまった。

「す、素股なら許す!…だから、尻には、挿れないで欲しい」

 うう…なに言っちゃってんだ、俺。
 泣き出しそうな顔で提案してみたら、パッと嬉しそうな表情をした都築のヤツは即了承したようで、未知の体験に震える俺をゴロンッと仰向けにひっくり返すと、両手で俺の膝裏を掴んでグイッと胸につくほども押し上げてきやがった。

「ぐえ」

「色気がない」

 力技に色気もクソもあるかよってんだ。
 嫌ならやめろよな、の目つきで睨んでやると、目尻を薄っすらと染めて発情している都築は、そんな俺のなけなしのプライドなんか屁でもないみたいにニヤッと笑って、抱えている足をグッとくっつけて一纏めにすると肩に担ぐようにして抱えたみたいだ。
 これからどんなことが起こるんだろうとハラハラしていたら…不意に股の間に何かヌルっとする固いものが差し込まれた。

「?」

 訝しく眉を寄せて自分の担がれている足の付け根を見て、それから俺はギョッとした。
 都築の逸物がこんにちはと顔を覗かせて、しかも俺のチンコの裏側からゴリゴリ擦り付けはじめたりするもんだからぷちパニックに陥ってしまった。
 しかもだ、都築がそうする度にパンッパンッと肉で肉を打つような音が響くし、俺のチンコと都築のチンコをねっとり濡らすローションが糸を引きながらヌチャヌチャ濡れた音なんかも響かせるもんだから、脳裏にパッと鈴木に突っ込んでいた都築の姿が浮かんでカッと頬に火が点いたみたいに熱くなった。

「んぁッ!…ぁ、なんだこれッ……や!…あッ…んんー…ッ」

「ハァ、ハァ!す、げぇなッ。篠原とセックスしてるみたいだッ」

 チンコの裏を血管が浮かび上がる逸物でしこたま擦られて、俺の足を持っている方とは別の指先で服をたくし上げてぷっくり立ち上がっている乳首なんか捻るし、都築が言ったようにまるでセックスしてるみたいな状態が更に俺の快楽中枢を刺激して、なんか俺はあられもない声を出して喘いでいるみたいだ。
 なんだ、これ?!素股ってこんな気持ちいいものなのか??!

「んッ!…ふ……はぁ、んんッ」

 都築のピストンが早くなって、それだけに擦られる速度も早まって強制的にビュッと白濁した精液を吐き出させられてしまった。
 ぐったり弛緩したいのに、都築が気持ちよさそうに俺を覗き込みながら唇を舐めているのを見上げるうちに、また下半身に熾き火のように燻っている快感に火が点いたりするから、俺はきっとだらしない顔をして都築を見つめていたに違いない。
 そんな俺を都築は何処か痛いような…切なそうな、って表現が似合う表情をして見下ろしているから…お前ってさ、そんな顔で鈴木ともヤってたのかよ。
 俺には背を向けていたから、あの時の表情を見ることはできなかったけど。

「…ふ、ぅ……つ、都築ぃ、んん……都築、都築…」

 何か脳内でスパークするみたいな焦燥感とか、奇妙な悔しさのようなモノが胸を締め付けて、それまで掴んでいたシーツから離した手を、俺は何故なんだろう…都築に向けて伸ばしていた。
 これじゃまるで、俺のほうが駄々を捏ねる子供みたいだ。
 ちょっと気恥ずかしくなったりとか、こんな状況で頭が沸いてんだろうって思って、伸ばした手を引っ込めようとしたのに、都築は不意に抱えていた足を離すと、伸ばした俺の腕を掴みつつぎゅーっと抱き締めてきた。
 嬉しいとかそう言うんじゃないとは思うけど、なんかちょっと安心しちゃってさ、俺は都築の肩口に額を寄せてホッとした…って、なんだこれ。

「は…ハハハ、オレ、素股なんか初めてだ」

 俺のこと抱きしめながらサラッとモテてますなうんこ発言をぶちかます都築にムッとして顔を上げた俺を、どこか困ったような男前のツラに汗を滴らせて、嬉しそうに眉根を寄せて見つめてくるから、ドキリとした…なんてことは絶対にないからな!
 うんこみたいな発言をするうんこ野郎のクセに無駄に男前だなってムカついただけだ。
 都築はムゥッと唇を尖らせる俺のそれにちょんっと唇を寄せて…キスはもう何度もしてるし、経験がない俺だってそこそこできるんだぜ。
 ヘヘヘッて思いながら瞼を閉じて、唇を重ねる都築のキスに応えたら、ヤツは吃驚するぐらい嬉しそうに口唇を合わせて、肉厚の舌先で俺の口腔を思うさま蹂躙して息を上がらせてから、名残りを惜しみつつ舌を吸って唇を離した。
 お互い、濡れた唇がちょっとエロいなって思ってたんだけど…

「こんな甘いのも初めてだ」

 それこそ打ん殴ってやろうかって思うようなこと言いやがって、でもその声音が、お前溶けちゃうんじゃないかってぐらい甘くって嬉しそうだったから、なんかカリカリする気持ちも身体の中で溶けたみたいだ。
 うう…ヘンだ、なんか俺、ヘンだ。
 頭が少し混乱してたってのもあったかもしれないけど、ワケも判らず目の前にある都築の肩をガブッと噛んでいた。
 それほど力が入っていたワケじゃないと思うけど、都築のヤツは一瞬グッと奥歯を噛んだだけで、噛まれているクセにちょっと嬉しそうなツラなんかしてんだぜ?ヘンなヤツ。
 肩にクッキリと付いている歯型を何故か誇らしげに見せつけつつ(誰にだ、まさか俺か?)ベッドにゆっくりと俺を押し倒した都築が、「痕を付けたいとか独占欲だな」「もうオレのモノだし、オレも篠原のモノだ」「可愛い」とかちょっとよく判らないことをブツブツ言いながら俺の頬や首筋にチュッチュッとキスをして、それからまた両足を抱え上げたから、甘さとか気持ちよさとかが綯い交ぜした奇妙な心地でシーツに縋りついて都築を見上げていた。
 うっとりと気持ちよさそうに額から蟀谷、頬から顎にかけて汗を滴らせながら一瞬でも色素の薄い琥珀色の目を離さずにジックリと平常運転で凝視してくる都築にガクガク揺すぶられてる俺は、いったい今、どんな顔をしているんだろう。
 って言うか、前にAVで観た時は素股なんて…ってバカにしてたけど、ホント、童貞の驕りでした、ごめんなさい。
 素股、メチャクチャ気持ちいいんだけど、どうしよう。

「…ん、んぅ…」

 眉根を寄せて、たぶんきっとヘンな目付きで見上げてるに決まってる俺の目線の先、都築がそんな俺のことをやっぱりジックリと見据えてくる。
 獲物を狙う肉食獣のような凶暴さは鳴りを潜めて、なんだか、俺のことなんか好きでもなければタイプでもないクセに、なんでそんな大好きそうな、大事そうな顔をして凝視してくるんだよ。
 アレか?その、え、えっちの最中は相手を好きになるとか、そんなタイプだったのか。
 全然、信じられないんだけど気持ち悪いな。
 身体中をそれこそ余すところなく弄り倒した挙句に、イく度に舐めるように俺の表情を凝視しまくった都築は漸く満足したのか、何度も強制的に吐き出させられてぐったりしているチンコとか腹に凄まじい量の精液をぶちまけやがった。
 ぶちまけられた時に反射的にちょっと出たのは…内緒にしておこう。
 素股のショックと激しく揺すられたのと精液をぶっかけられたことと何度も射精したせいとでぐったりしている俺の足を下ろすなり、都築は弛緩している俺に覆い被さるようにして抱きついてくると、ガシッと色気もクソもないだろう鬱陶しい黒髪を掻き分けるようにして頭を掴みやがって「可愛い可愛い」なんて意味不明なことを口にしながらポケッと開いている口にチュウチュウ吸い付くみたいなキスをしてくるから呆れた。
 呆れたけど、どうやら素股で満足したみたいだし、掘られそうにないようでホッと安堵してたりもする。
 汗に貼り付いてる色素の薄い前髪の隙間からの、必死の凝視に若干引き攣らせる俺の顔を覗き込むと、都築はまだ荒い息を整えもせずに頬を摺り寄せながら言うんだ。

「オレは篠原を手離さないからな。誰にもやらないし、オレだけのモノだ」

「お前はひとをモノ扱いすることを、まずは先に改めるべきだと俺は思うけどな」

 だいたい、何時、誰がお前のモノになるなんて言ったんだよ。
 今回は尻に指なんか突っ込まれた挙句に、ローションなんて新たな道具が追加された危機感で、仕方なく素股を許してやったに過ぎないんだぞ。
 断じて流されてとか、鈴木の件でちょっとごにょごにょって思ったとか、そんなことじゃないんだからな!

「…篠原はさ、オレのこと、もう好きだよな?」
 
 射精してスッキリしている筈なのに妙に興奮したままだなコイツ、って思っていたけど、なんかまたおかしなことを考えて勝手に盛り上がってるみたいだ。
 都築ってさ、いろいろ考えているみたいだけど、よくあんなに気持ち悪いことばっか思い付くよなぁ、ちょっと吃驚するぐらい気持ち悪い。
 気持ち悪いは重要だから2回言ってるんだからな。
 フンフン鼻息荒く全身で抱きつきながら、何時もの仏頂面をニヤけさせただらしない顔をする都築を見ていたら、なんかムカついてきた。
 よし、冷水を浴びせてやろう。
 そもそも、好きでもなければタイプでもない、なんて言ってるヤツをこれっぽっちだって好きであるワケがないだろ。

「はあ?そんなワケないだろ」

「嘘だな。じゃないと初心な処女のクセに素股してもいいなんて言うかよ」

「…それは、尻に突っ込まれるぐらいなら素股のほうがいいかなって、消去法で選んだだけだ」

 興奮したままで、ともすればまた勃起しそうな都築の身体を邪険に押し遣りつつ、漸く呼吸が整ったから起き上がって、枕元にご丁寧に準備されているウェットティッシュ(興梠さん…)を掴むとフンッと鼻を鳴らしながら外方向いてやった。

「尻だと、ネットで検索したら裂けて血が出る場合があるとか腰砕けになるほど気持ちいい場合があるって。そんなの、一度体験したら後戻りできないし、何より裂けて血が出るほど痛いのが怖い。でも、素股ならそんな風に大袈裟には気持ちよくならないだろうし痛くないだろ?それに何より気持ちが悪いに決まってるから、だから、素股の方を選んだんだ」

 俺に釣られたように起き上がって不満そうに話を聞いていた都築は、「なんだ、それ」とかなんとかブツブツ言いながらガックリしたみたいだったけど、俺としてはそうでも言っておかないと、今度また素股させろとか言われたらたまったモンじゃないからさ。
 都築には言えないけど…確かに吃驚するほど気持ちがよかった。
 ちょっと、クセになりそうだよね。
 散々、都築に性に疎いとか初心だとか、(何故か)処女だとか言われて馬鹿にすんなって思ってはいたんだけど、俺、本当にえっちなことに疎かったんだな…つーか、たぶんこれ、最近は鈴木がいたおかげで止まっていたけど、あの毎晩の睡眠エロ学習のせいなんじゃないかって思う。
 じゃないと、気絶しそうになるぐらい気持ちいいなんて思うワケがない。
 都築に背中を向けて真っ赤になった顔を隠しながら、俺は態と不機嫌そうなのを装いながらウェットティッシュで腹とかチンコから滴り落ちる、粘る精液を拭っていた。

「悪かった…」
 
 不意に背後から都築が抱きついてきて、一瞬、我が耳を疑うようなことを口にしたりするから、恥ずかしいやら照れ臭いやらで赤くなっていた頬が問題なく元に戻ったぞ。
 つーか、どうした都築。
 仏頂面標準装備で傲岸不遜な俺様御曹司が…謝るだと?
 何が起こったんだと一瞬思考停止していた俺は、でもすぐさまハッとして、恐る恐る背後を振り返ろうとしたんだけど、スンスンと後頭部とか首筋の匂いを嗅ぎながら乳首を弄りつつ、尻にゴリッゴリした股間を擦り付けてくる通常運転の気持ち悪い都築を打ん殴りたくなった。
 通常運転じゃねーか!…つーか、乳首を弄るな!尻に執着してたくせに乳首にまで興味を示すなッ。
 しかもお前、やっぱ勃ってんじゃねえか!

「悪いと思うなら最初っからすんなよ!エロ都築ッ」

「素股は悪いとは思っていない。寧ろお前はもっとオレとヤるべきだと思っているぐらいだ」

 んぎーっと引き剥がそうとする俺のことなんか蚊でも止まったレベルで抑え込んで、やれやれと首を振りやがる都築…コイツ何を言ってるんだ?普通に気持ち悪いんだけど。
 引き剥がす努力を早々に諦めて、困惑に眉を寄せつつも、飽きれたように溜め息を吐いてやる。

「そんなに何度も許すワケないだろ」

「クッソ!初心な処女だからこその身持ちの固さが忌々しいんだが……ッ」

 都築は悪戯を止めて本当に忌々しそうに背後からギュウッと抱き締めつつ、満更でもなさそうに「そこが可愛い」「オレのモノだ」とかちょっと何を考えているのかよく判らないことをブツブツ言っている。

「じゃあ、何が悪いと思ってんだよ?」

 俺の腹に腕を回して肩に額を擦り付けるようにしてスリスリしてくる気持ち悪い都築に、俺は不穏な気持ちになりつつ眉根を寄せたまま首を傾げてみた。
 俺の眉間、そのうち深い皺になるんだろな。
 
「篠原がはぐらかしている理由は怒っているからだろ?」

「はぁ?別にはぐらかしていないし、正真正銘の心からの理由だけど…」

 心から断言したってのに、都築のヤツは全く聞く耳を持たないようだ。
 最初っから俺の話とか、あんまり聞かないよな。
 あんまりじゃないな、聞いてないよな。
 やっぱり、普通に殴ってもこっちは心が折れそうなんだから正当防衛でいいんじゃないかな。

「無理に言い訳しなくてもいい。オレにはちゃんと判っている」

 あれ?コイツ、さっき引き剥がそうとした時にでも頭の螺子が緩んじゃったのか??
 ちょっと興梠さんを呼んだほうがいいかな…いや、待て待て。
 そうだな、こんな変態には親友擬きのこの優しい俺が懇切丁寧に教えてやらないと世間に迷惑をかけるだろってさ、折角張り切ろうとしたってのに都築のヤツは。

「お前が大事にしているキッチンに、鈴木を立たせたことは本当に悪かったと思っている。だから、これからはオレを満たすのは全部お前だけでいい」

「あ!そーだよ!!俺に無断で二度とキッチンに他人を立たせるんじゃないぞッ!今度やったら絶交のうえ叩き出すからな…ってなんでニヤニヤしてんだよ?」

 そう言えば思い出した怒りにプッと頬を膨らませて、俺がプリプリ激おこでバシバシ叩いているってのに都築のヤツ、意に介した風もなく肩に顎を乗せてニヤニヤしながら色素の薄い琥珀のような双眸で見上げてくるんだ。
 まあ、俺ぐらいの反撃なんか屁でもないんだろうけどさぁ、ムカつくよね。

「オレは生涯、お前の飯しか食わないんだろうって思ってさ」

「はあ?何言ってんだよ、余所で食べてくれて結構です。問題は、キッチンに他人を立たせるなってことで…」

「言い訳なんかいい、キスさせろ」

 んーっと唇を尖らせてご満悦の顔を寄せてくるから、それこそなに気持ち悪いことしてんだと片手で押し遣りつつムッとして俺は言ってやったんだぜ。

「言い訳じゃない。俺の家では俺が作るモノ以外の手料理は持ち込まない条件で置いてやってた話をしただけだぞ。神聖なキッチンに鈴木を立たせたお前は死ぬほど憎らしいって言ったのも事実だし、鈴木を羨ましいって言ったのはアイツ、いい道具持ってきてたから…ってなんだよ、その顔は。最後まで言わせなかったお前が悪いんだろ」

 都築はこれ以上はないってぐらいの不信感丸出しの仏頂面をして、俺を胡乱気に睨んできたんだよね。
 でも、これだいたい本音だからさ、そんな顔されても何にも出ないぞ。
 まあでも、ちょっとぐらいはぐらかしてる部分がないとは言わないけど…都築には内緒だ。

「いって!痛ッ!!…なんで噛むんだよ?!」

 不意に肩にガブリと噛みつかれて、俺は盛大に眉を寄せて派手に呻いてしまった。だってさ!本当に痛いんだよッ。本気で噛んでやがるな、コイツ。
 都築は「プロポーズだと思ったのに」とか「このまま突っ込んでやろうか」とか、気持ち悪いだけでよく判らないことをブツブツ言いながら、俺の肩に歯型をクッキリ付けても満足できなかったのか、痛い痛い言ってる俺を尻目に首筋にも吸い付いてばっちりキスマークまで付けやがった。
 俺も都築の肩に歯型をバッチリ付けたから、コイツ、あんな平気そうな顔して嬉しそうにしてたけど、本当は結構痛かったんじゃないか?
 恨めし気に俺の肩にある歯型を舐める都築が突っ込んでこないところをみると、どうもコイツは覚えていないようだけど、本当は興梠さんもキッチンに立ったことがあるんだよね。でもあれは、俺も了承していたし…ってのはちょっと言い訳かな。
 まあ、確かに『鈴木だったから』って点は大きかったのかもしれない。
 でもそんなこと、都築には言えない、言っちゃいけない気がメチャクチャするから黙っていようと思うんだ。

「ふん、今はそう言っていればいいさ。どちらにしても、もうお前はオレのモノだ」

「だから、誰が何時お前のモノになりますなんて言ったかよ?」

 忌々しそうな何時もの仏頂面じゃない不機嫌そうな顔で鼻に皺を寄せていた都築は、それでも何故かよく判らない持論でもって納得したように俺の色気もクソもない黒髪に頬をスリスリしてきて、そんなやっぱりワケの判らないことを言ってやがる。

「素股でも全然良かったな…大学を出るまでには初夜をって思っていたけどさ、お前処女だから、よく解さないと受け入れ辛そうだ。だから、慣らす間は素股でいい」

 お前にはいいかもしれないけど、俺は素股を受けれたワケじゃないんだぞ。
 ローションなんか持ち出しやがって、尻の危機にどうしていいか判らないから苦肉の策で素股なら許すって言ったんだ。

「……あのな、俺はケツに何か入れようとも思っていないし、素股だってそう何度も許さないって言ってるだ」

「セフレは全部切る。これからはずっとお前だけでいい」

 はぁ?!ヒトの話を遮って何を言ってくれてるんだッ!

「いや、ちょ、お前、ヒトの話を聞けってば!」

「聞いてるだろ?」

 ケロリとした仏頂面でジックリと俺を見下ろす都築の双眸は怖いぐらい真剣そのもので…これはヤバい。
 だってさ、都築って毎日抜かないとちんちん痛いって言うぐらいの絶倫猛獣なんだぞ…毎日あんな気持ちいいことされたら、俺、頭もおかしくなるだろうし何より身体がもたない。

「お前の性欲なんかに付き合えるかよ!絶対に嫌だ、セフレは切らずにそっちで勝手にやってろよッ」

「……」

 都築のヤツは何も言わずにニヤニヤと笑っている。
 そのツラを一発でも殴れたらいいんだけど、俺は青褪めてゴクリと息なんか飲み込みながら『マジかよ…』って都築を見て決意を固めた。
 よし、判った。
 なんとしてでもコイツから逃げよう、逃げ切ってみせる!
 なんて、我が身の危機に震えるほど怯えていた俺が、別に一回掘られるぐらい…とか後悔する日が来るなんて思ってもいなかった。
 こんな巫山戯た気持ちの悪いじゃれ合いが良かった…と思う日が来るなんて、俺は考えてもいなかったんだ。

□ ■ □ ■ □

●事例20.セフレを使って嫉妬させようとするが結局自分が嫉妬している
 回答:これでよく判ったはずだ。オレとお前の間に第三者は必要ない。オレはちゃんとソレを理解していたけどさ、お前には教えておかないといけないと思ったんだ。これからは百目木とか別学部のなんて言ったか、ミッキーとか巫山戯た渾名のアイツの家に行こうとか考えるなよ。
 結果と対策:そっか、俺とお前の間に第三者は必要ないってのにミッキーや百目木とかと仲良くしていた俺が悪いのか。だったら、都築が鈴木とべったりで俺の神聖なキッチンに無断で立ち入らせても仕方ないんだな。今後、そんな必要ない怒りに晒されるぐらいなら傍にいないことに決めた。鈴木とでも誰とでも一緒に暮らしてください。