今頃、土葬の習慣があるこの村の唯一の墓場である神寄憑霊園に村民が全員、集結しているはずだ。
今年死んだ、国安の友人の姉さんの遺体を巫女が清め僧侶が経を上げると、真新しい古風な桶に入れる。
それが1時間30分と少しかかる。
その間に木製の船に乗り込んでおく…ってのが、今の僕たちの使命だ!…って言っても、死体と一緒に船に乗るなんて、きっといい気分のワケがない。絶対、ない。
「…死体と一緒に乗るのってどんな気分なんだろう?」
「気持ち悪いんじゃない?」
普通なら…と呟いて、そんな匡太郎は特別気にした様子もないようで、却ってそんな弟に僕はなんとなく勇気づけられた。
「俺も死体なんだけどなー」
あっけらかんと笑って言われて、僕は唐突にハッとなる。
思わず匡太郎を見上げて…それから目線を伏せてしまう。
何を言ったらいいんだろう。こんな時、普通、他の人はなんて言うんだろう…
僕は溜め息をつく。
冷たいって言うのは…きっとこんな風に、人の心を理解できない僕のこの優柔不断さを言うんだろうな。
「ごめん」
俯いて呟くと、匡太郎はなぜか唐突にそんな僕の顎を掴むと、有無も言わせずに上向かせたんだ!
「???」
「ご、ごめん」
ビックリしていると、匡太郎の方がもっと驚いたような顔をして、それからバツが悪そうにニヤリと笑って謝ったんだ。
「急に黙り込んだかと思ったら突然謝るんだモンなー。俺、ビックリしちゃったよ」
顔を覗き込みながらバツが悪そうに笑うから、僕も思わず釣られたように小さく笑ってしまう。その顔を見てホッとしたのか、匡太郎は掴んでいた手を離すと肩を竦めて満天の星空を仰いだ。
降ってくるような星空が、今夜は良く晴れていることを物語っている。
天の川が見えて…ああ、どれくらい僕は、こんな星空を見ていなかったのかな。
「綺麗な星空だよなー」
匡太郎が呟くように言った時、唐突に風が吹いて、木の葉のように小さな船がグラリッと揺れる。船は…と言うか、乗り物全般が苦手な僕としては、そんな風に揺られてしまうと。
「?」
思わず傍らにいる弟にしがみ付いてしまう。
僕の方が兄貴なのに、恥ずかしいなぁ…
「アニキってさ、昔からそうなんだよな。幽霊とか、ジェットコースターとか苦手で…それであんた、何が楽しくて生きてんの?って俺、ずっと不思議だったんだ」
不意に僕の肩を抱くようにして揺れから庇ってくれながら匡太郎が淡々と話し出したから、そんな弟を見るのは初めてだったし、もしかしたら離れていた1年間のことも何か聞けるんじゃないかって他力本願な思いで僕は匡太郎を見上げていた。
「楽しいことにホント、興味なくってさ。しょっちゅう本を読んでるか勉強してるぐらいで、そのくせあんまりテストの点とか良くなくて…」
なんか、言いたい放題言われてないかな?僕。
「でも、アニキ。動物に優しいんだよ。ってゆうか、なんに対しても優しすぎるんだろうな。親父がほら、動物嫌いで何も飼えなくってさ。でも、アニキは何も言わないんだ。そのくせ学校で飼ってるウサギだとかニワトリの飼育当番、自分から進んでやってたのってアニキぐらいだった。俺、知ってるんだぜ」
僕は驚いて瞠目したんだ。
どうしてそんなことまで知ってるのか、理解できなくてたぶん、動転したんだと思う。
だって、飼育当番はみんなが帰ってから、コッソリと学校に忍び込んで誰にも内緒でしていたってのに、どうして匡太郎が知っていたんだろう?放課後になると友達とサッカーだとか野球とかに出て行ってた匡太郎が、どうしてそのことを知っているの…?
「アニキが可愛がっていたウサギとかニワトリとか、その、殺されちゃっただろ?光太郎さ、すごく落ち込んでて…だから俺、コッソリ犯人捜ししてたんだよ。知ってた?」
「ええ!?み、みんなが噂していたからなんとなくは知っていたけど、本当に匡太郎だったの!?」
「うん…」
テレテレと照れ臭そうにはにかむ匡太郎の顔を見て、僕はまた泣きたくなったんだ。
あんなに嫌っていた弟が、本当は1番の理解者だったなんて…僕はなんてバカだったんだろう。
「違うよ、匡太郎。僕は優しくなんかない。本当に優しいって言うのは、匡太郎のことを言うんだよ」
呟いて、久し振りに僕は弟の凭れかかった。
僕なんかよりも一回りぐらい身体も大きくて、誰の子なんだと疑いたくなるぐらいハンサムな顔をしている僕の弟。
弟ってだけでも不思議なのに、どうしてこんなに優しいんだろう。
僕とは大違いだ!
「それは違うよ、アニキ。へっへっへ。俺はちっとも優しくないんだよ~?これからアニキには心構えを作っておいてもらわないと困るからね」
「…へ?」
思わず首を傾げて見上げると、月明かりの下、匡太郎はニヤッと人の悪い笑みを浮かべてこう言ったんだ。
「決まってるだろ?幽霊すら怖がる光太郎だ。これから死体と2時間もの船旅なんだよ?心構えも必要でしょ。腐敗臭とか」
眩暈がした。
思わず倒れそうになると慌てたように匡太郎が捕まえて、青褪めたままで目の焦点が合わない僕を心配そうに覗き込みながら言うんだ。
「冗談冗談!冗談だよ、光太郎!国安さんの話しだと、『御霊送り』にする遺体は予め決まってるらしいんだ。その遺体は蝋とか…なんか古来から村に伝わる防腐剤らしきものを塗りたくられてるんで腐ることはないんだそうだよ。匂いとかもあんまりしないって言ってたし」
「それ、ほ、ホント?」
恐る恐る訊ねると、匡太郎は安心させるようにニッコリ笑って頷いた。
…いまいち、信用できないんだけど。
匡太郎がこの顔をする時は、本当は自身がないときなんだ。
ああ、忘れていたけど僕、本当は郷土文化って好きなんだけど、どうしてもこの土着の風習…それも死体だとか甦るとか…そう言ったものには弱いんだよなぁ。ゾンビとかも…怖い。
でも確かに匡太郎は死んでるんだけど、怖くない。
これがゾンビだったら…僕はどうしてるんだろう。
本当だよ、とわざとらしく笑う匡太郎を見上げて、僕は違った意味でどんな表情をしていいのか判らなくて小さく笑うことしかできなかった。
何を言ったらいいのか判らない、ちょうどそんな僕的に気まずい気分の時に、雑木林の向こうが明るくなった。
「ヤバイ!連中が来たよ、光太郎!隠れよう」
ガバッと、毛布を頭からすっぽり被せられて、僕は後頭部を匡太郎に抑え込まれながら船の底にへばり付けられてしまったんだ。
僕たちの目の前に棺桶 が置かれるんだ…ひぃぃ~
ドキドキしながら僕は匡太郎にしがみ付いていた。