8  -乙女ゲームの闇深さを知ったのは転生してからです。-

 朝市は、村に着いた当初の夕暮れ時の賑わいからは幾分落ち着いているものの、それでもこの規模の村にしては活気がある方じゃないかなぁと思う。
 昨日は気付かなかったけど、俺と同じく旅路の準備に来ている冒険者が結構いるんだな。
 べリーヌの端っこの森の中でポーションだけ作る隠遁生活を送っていた身としては、この周辺、つーかベリーヌ内の情報にだって疎いってのにこの辺りに冒険者が大好きなダンジョンだとか遺跡があるのかとか知らないって。
 でもパーティーを募集してそうにもないし、だったら、もしかしてこの村から次の村までに距離があるから此処に冒険者が集まってんのかな?
 だとしたら、ウルソ村までの距離が遠いのか、此処はベリーヌとジャスパーの境に近い村だから、ベリーヌ地方の次の村が遠いのか、それによって俺の進退が決まるよね。とか言っても進むだけだけど。

「こういう場合、やっぱ地図は必要だよなー」

 ウルソに行くにはどっちに行けばいいかさっぱりだからさ。

「すみません!野生のウサギと野生のイノシシの肉の買い取りってお願いできますか?」

 腰ポーチからオオバオの葉に包んでおいた肉を取り出してカウンターの上に置くと、乾燥肉や雑貨を売っているらしい筋骨隆々の親爺が厳しい面でこっちを見遣ってきた。

「状態によっては引き取れるぞ」

 フードを目深に被っているせいか、不審そうにジロジロ見られたけど、だからってこの花のカンバセを清廉な朝陽の中に晒しちゃったら、天上から花弁が舞い散りファンファーレが鳴り響くかもしれないだろ。不審かもしれないが勘弁してもらおう。
 さっきの井戸のところでだって、何人が舞い散る花びらとファンファーレの中で運命を感じたのか判らないけど、兎も角すごい数の熱烈な勘違い視線のオンパレードだったんだぜ。気付かないフリしてたけど、すげー怖かった。
 俺は自分の顔面が持つ脅威を漸く思い知ることができたんだよ。
 用心に越したことはないっての。

「ああ、コイツはいい肉だ。上手い具合に処理してるな。老若関係なく処理が甘くて屑になった肉を平気で持ってくる輩が多いからよ、態度悪くて済まんかったな」

 オオバオの葉から取り出した肉を見た親爺が少し目を瞠ったから、処理は上手くいってたんだろう。
 有難う、祖父ちゃん!

「序でに野生のウサギの毛皮はあるか?一緒に買い取りたい」

 有難いことにこっちから言い出さなくても親爺から聞いてくれたから、これまでハントして解体した際に出るウサギの毛皮を取っておいたんだよね、それを腰のポーチからごそっと取り出してカウンターにホクホクとのっけた。
 残念だけど魔生物化したイノシシの皮は特に臭いし毛が硬いから、勿体無いけど使いようもないし内臓や骨と一緒に土に埋めるしかなかった。
 その点、魔生物化したウサギは毛が柔らかいから売れるんじゃないかって睨んでたんだよね、正解で独りドヤりをかましてやる、ふふん。

「マジックバッグに入れてたから毛皮の状態もいいな!よし、野生のウサギ15匹分の肉と野生のイノシシ3頭分の肉、それから15匹分の野生のウサギの毛皮だな。野生のウサギは1匹90ティンで、野生のイノシシは小さいから1頭250ティンだ。野生のウサギの毛皮は状態がいいから1匹300ティンで買い取ろう。合計で6600ティンでいいかい?」

 親爺も俺もしつこいくらいに『野生の』って言ってるのは、普通の動物とは価格が違うし、魔物はもっと濃厚な味で価格がグンッと変わるから、まあつまり商品名だからってことだ。
 しかしなるほど、イノシシは俺にとっては個体が大きいから狩り易いけど解体が面倒臭いのにその割には単価が低いな、ウサギは個体が小さいから狙い難いけど解体が簡単で単価はそこそこ、毛皮は狩りの状態によってはボロボロになるし、何より剥ぎ難いのに用途は山程あるから肉よりはかなり高額だ。肉の方がオマケって感じか。
 まあ、その村々で単価は変わってくるんだろうけど、解析で見た標準の適正買い取り価格よりは少し安いぐらいだからこの程度なら許容範囲だ。

「有難うございます!それでお願いします。あと、これからウルソ村まで行こうと思うんですが、どの方角に進んだらいいか教えて貰えますか?」

「こっちこそ有難うな、ウサギの、取り分け魔生物化した毛皮は柔らかくて加工し易く重宝するから助かったよ。いい買取りができた。それと、ウルソならこの先を進んだところにある北の入り口から道沿いに真っ直ぐ進めばいいぞ」

 聞かれ慣れているのか、身を乗り出しつつちゃんと身振り手振りで教えてくれる親爺が指差した、この露店通りを真っ直ぐに進んだところにある入り口を遠目に確認してから、序でに乾燥肉の大袋を2つ追加で購入して親爺に礼を言って歩き出した。
 地図がなければ聞けばいいじゃない、って何処かの王妃みたいに考えてたけどその通りにしてよかった。露店商ほどいろんな情報を持ってるし、冒険者や旅人に聞かれ慣れてるから教え上手も多いんだよ。
 RPGで鍛えたスキルだよね、ははは。
 よし、準備は整ったしウルソ村に出発しよう。親爺は道なりって言ってたけど、村道は万が一に備えて避けなきゃいけないから、やっぱり森の中に突入だな。
 此処まで来る間に、魔物にも出会して命からがら逃げ出したりしたから、本当は管理された村道を行きたいけど…商人熊の野郎が越境したとか聞いたからなぁ…ホント、森では世話になったけど、いい加減諦めて欲しい。連れ戻されたってお前のことを好きになるワケねーだろ。ちょっと考えたら判らんのかな、そもそも何で連れ戻されるんだ?旅立つのは俺の自由じゃないのか?
 理不尽さに段々とムカムカしてきたけど首を振って嫌な気持ちを振り払ってやる、だいたい俺はそんなことよりももっと考えなきゃいけないことがあるんだよ!
 …ポーション、ホワワワーッて適当に作ってるのに、狩りの獲物より数倍高額取引されるんだなぁ。前の世界でも医者や薬剤師は高収入だったけど、この世界でも薬師は割のいい仕事なのか。
 俺さぁ、乙女ゲームのヒロインの主人公と言ったら聖女とか、この世界にとって重要な役割を自動的に付与されて、人生万事何事もなくヒロイン主人公主導で世界が回るんだと思ってたんだよな。
 確か、もう朧げだけど妹もわたくしヒロイン主人公は奇跡の治癒力と膨大な聖力を持つ聖女様で攻略対象とヒャッハーするんだとか言ってたけど、実はこの世界、治癒力はほぼ全員生活魔法として持ってたりする。
 単に効能に違いがあるってだけで、だから神殿も現代の地球と一緒で神を祀るだけの民の心の安らぎの場所であって、聖力を売りになんてできないし、何なら解呪に長けた近所のおばちゃんもいるほど、特に珍しい力じゃないんだよね。え、呪われた?任しとき!みたいな。
 そろそろヒロイン主人公が登場する時期だし、この村に来てそれとなく聖女とかっているの?って直球でなんでも知ってる露店商に聞いたら、聞いたヒト全員、まずセイジョが何かを聞いてくる始末だった。説明そこからか、いやもう全部察した。
 魔力zeroの俺は無理だけど、生活括りの魔法、全部パネェな。
 但しそこはやっぱり効果の大小があるワケだし、魔力の回復を待てない時もあるだろ?それを補うために薬草やポーションがいるんだよね。聖女や医者はいない世界だけど、その分、活躍するのが、テッテレー、この俺様薬師様ってワケだ。
 強力な治癒師や解呪師は上位クラスの冒険者パーティーと組むから村とか町には常駐しない、でも薬師は薬草採取やポーション作りを主とするからパーティーに加わることは殆どなく、だいたい町や村に住居を構えて居着くモンなんだよ。
 その点、俺はこの世界では珍しい、ポーションも作れるハンター冒険者、なんつーことをしてる変わり者だったりする。まあ、止むに止まれぬ事情のせいではあるけどもな…
 一般人でもそれが必要な場面があるぐらいだから、危険と隣り合わせの冒険者はパーティーでもソロでも、自分の魔力を補わないと長期の狩りができないから、薬師のポーションは何より重宝されるってワケか。
 マジックバッグがあればどれだけ持ってても苦にならないし、うん、どうやら聖女ではなく俺…じゃなかった、薬師の方がこの世界を救いそうだ。じゃあ、絶対に拘らないリスト最上位のヒロイン主人公は、此処では薬師でもするのか、それとも膨大な聖力で攻略対象者たちとパーティーでも組んでキャッキャウフフフすんのかな?まあ、俺にはもう関係ないからどうでもいいけど。
 しっかし乙女ゲームって本当にエグいよな、キラキラピカピカのイケメンたちが砂糖菓子みたいに甘ったるく胸焼け起こしそうな戯言を言って、18禁指定でもないのにヤバいこと平気でやっているくせに、そう、恋愛至上でしかない世界観なのに!恋愛の為なら逆ハーでも監禁でも処刑でも国外追放でも何でもござれだって言うのに…魔物がいるんだぜ?
 此処に来るまでの俺の生命力はほぼzeroだったよ、マジで。弓矢を手に入れたからって、練習してるからって、魔物なんかせいぜい狩れてスライムとかコボルトぐらいの時に、オークと出会してみろ、目の前真っ暗になるからな。
 この世界にいる動物の種類は大きく分けて3種類、普通の動物、魔生物化した動物、そして魔生物が魔力を帯びすぎて進化した魔物だ。
 冒険者ギルドの低ランク用討伐依頼には、魔生物化した動物や植物までが対象になる。だから俺の場合も、ランクアップと自分のレベルアップの為にも、討伐依頼や採取依頼をどんどん熟さないといけない。そう、魔生物化した動物や植物の討伐だ。
 誰がB〜Aクラスの討伐対象と対峙できると思ってんだよ、バカか乙女ゲーム神!
 魔物討伐とか恋愛関係ねぇだろ?!…って思うだろう?チッチッチ、これがヒロイン主人公と攻略対象が絡んでみろ。外野は死にかけ丸になりつつあるのに、何故か連中の周りはピンクになって、そのオーラに触れたらこっちは戦いながら胸焼け起こすことになる。命懸けなのに迷惑だな。結局カッコよく傷付いた攻略対象にヒロイン主人公が治癒してイチャイチャしてほぼ連中は無傷でイベント終了するんだぜ?外野は死傷者出ててもな。乙女ゲームの強制力こえぇ…そんな危険ななかヒロイン護れる俺すげーの攻略対象にうっとりするヒロイン主人公の為だけに、魔物の暴走なんて危険極まりないイベントを絶対に解放するんじゃねぇぞ!
 そのうち、帝都辺りでもこれ系のイベントが起こるんじゃないかって、ちょっと不安なんだよね。
 俺、対象のゲーム名もゲーム内容も判らないから、何時どんなイベントがスタートするか本当に知らないんだ。だいたい、ヒロイン主人公以外には、冒険が絡む場合は過酷で冗談じゃねぇ内容ばっかりだからさ。
 攻略対象でさえ気が抜けないんだ、最たるモノがこの俺様の処遇と言ったら…帝都付近は避けよう、ヒロイン主人公を添えて。
 なんかの料理名っぽくなったけど、冗談じゃなくこの世界が乙女ゲームみたいな世界なら、俺は襲いくる野郎を回避しつつ、魔物の動向にも目を光らせておかないといけないってワケ。
 乙女ゲーム、単純で面白いんかと昔は思っていたけど、いざ自分がその立場に置かれたら理不尽この上ないし、こえぇし、本当にヤバくて単純どころか闇が深すぎるだろ。
 道なき道をナイフで枝を切り分けたり、倒木を飛び越えたりしながら進みつつ、自分の考えに溜め息を吐いたところで水辺を発見!
 昨日の悪夢で全身べとべとしてて行水したかったんだよね。
 小ぢんまりとした湖?いや、この広さだと泉かな。
 解析してみたら湧き水によって長い年月をかけて自然に造られた名もなき泉で、魔魚や魔生物化した魚や植物はいないらしい。森の中の小屋の前に広がっていた、あの湖のように清廉な気が満ちているのだとか。
 よし、泳げるぞ!
 リュックからシートを取り出して広げると、その上にリュックと腰ポーチと弓と矢筒を置いて、それから着替えとバスタオル、そしてウキウキして取り出したのがクブ石鹸!
 天然素材マックス、魔力すら俺じゃなくて自然から生成されてるんだ、泡も粘り気も全部薬草由来の天然素材だから、水中で使っても影響なく分解されるから自分に使っても自然で使っても安心仕様なのさ。
 行水の準備ができたから、今度は水上がりに喰うための少し遅い朝食、シャレオツに言ってブランチの準備をする。
 生活魔法が使えないから魔硝石で火を熾した焚き火で、薬草調味料を染み込ませた野生のウサギの一口大に切った肉を串に刺して火炙りの刑に処し、予め設置していたトライポッドから吊るした鍋には薬草と乾燥肉をぶち込んだスープがコトコトしてる。行水が終わったぐらいが食べ頃になる手筈だ。
 スープにエイヤッてしておいたから、ある程度混ぜておけば焦げ付かずに上手い具合に煮えるだろ。
 次に黒パンを二つに切って腰ポーチから出した薬草を片方に敷き詰め、焼けたウサギ肉を乗っけてから、俺様秘伝の薬草マヨソースをたっぷり掛けて、もう片方のパンを被せて斜めにざくざくナイフで切る!
 バーガーでも良かったけど、テッテレー、フィラ特製野生のウサギと薬草のサンドウィッチと野生のウサギの串焼き肉〜、薬草スープを添えて。
 よし、美味そうだ!今、火で炙ってる分はそのままでも大丈夫だろ。
 さーて、美味しいのを目当てに動物類が来ないように、鳥にも配慮したポーションを周りに振り撒いて完成だ。
 お待ちかねの行水に、喜び勇んであっという間に全裸になったら、地面にぽっかりと広範囲に開いた穴に溜まっている湧き水にドボンだ!
 握っていたクブ石鹸を泡立ててから、テッテレー、木の実…ヘチマみたいな木の実があったから乾燥させて作ったタワシ風スポンジ〜を、思い切り泡泡にしてから身体を洗う。
 白い腕を伸ばしてスポンジで丁寧に擦る、クブ石鹸は匂いもいいから、ちょっと鼻歌を鼻遊んじゃうよね。
 どんなに陽光に晒しても灼けないし、少々汚れても白さが燻むこともない。女の子なら喜ばしいんだろうけど、こんな生っ白さだと公衆浴場とか絶対行けない。この世界に銭湯とかあればだけど。
 つーか、人目のある海や湖で部分的にでも肌を晒すのは無理だ。高確率で襲われる。
 自分の目で見下ろしてみても、これが他人の身体だったら欲情してる…ってぐらいには、艶かしいし、成長しきれていない少年の瑞々しい体型が無垢っぽくて却ってエロい。
 その設定いらないから。
 後ろ手にスポンジを投げて、それから泡泡にしたクブ石鹸の泡を満遍なく頭に擦り付ける。
 頭に泡が行き渡ったから、これまた後ろ手にクブ石鹸を投げてから伸びをして、細い指先でワッシャワッシャと髪を洗う。
 やっとあの嫌な悪夢と出来事を水に流してサッパリできたから、ちょっと潜って髪の泡を流して、それからプカリと浮いて清廉な行水を堪能していた。
 そう、堪能していたんだよ、俺は。

「…あれは、誘っているのか?」

「それはない。どちらかと言えば、泉の精霊の水浴びをうっかり覗いたら、あまりの美しさと予想外のエロさに単純にルードが欲情したってだけだろ。と言うかこれなんだ?初めて見るな」

 あの夜に聞いた声が、比較的近い場所から響いたんだ!
 ギョッとして振り返ったら、泉の縁に腕を組んで仁王立ちしている、黒尽くめのやたら美丈夫なイケメンが、ルビーみたいな虹彩を持つ双眸を眇めてこっちを見下ろしていた。
 ズンッと、腹に落ちるような恐怖心で竦み上がってるのに、そんな威圧感オバケの横のオレンジ髪は、俺とか大男とか無視してしゃがみ込んだまま、準備してるブランチを涎でも垂らしそうな気迫で興味津々に見つめてた。
 待って待って!確かに何時もより何重にも気配を探ったし、追跡者には反応する魔道具だって使ってたのになんで…?!

「色が白いな…予想通り、乳首はピンクか」

 カッとした。俺が敵う相手じゃないことは百も承知だけど、だからって男らしくないとかむざむざと言われる筋合いはないからな!

「色が白くて乳首がピンクで何が悪い!ヒトに見せびらかすところじゃないんだからほっとけよ!アンタら誰に雇われてきたんだ?!俺を捕まえてどうするんだよ!!」

 一気に捲し立ててフーフーッと肩で息をしながら見据えると、黒尽くめの大男は器用に片方の眉を上げたみたいだった。

「別に悪くない。寧ろそうであってくれてよかった。妄想が捗る」

 片手の人差し指で顎を擦りながらジロジロと俺を見る大男の傍らで、妄想を現実化しないならいいんじゃないかなとか、無責任に軽く笑って言うオレンジ髪はこっちを見ようともせずにサンドウィッチに釘付けだ。
 なんだこの的を射ない会話は。

「誰の依頼で俺を捕まえようとしてるんだよ?」

 隙だらけなのに手が出せない不安感を醸す2人の動向を見据えながら、もう一度慎重に聞いてみたら、俺の乳首をジロジロと見ていた黒髪に赤目の男は、ふと俺の顔に目線を上げて首を傾げたようだ。

「オレは依頼なんか受けてない」

 ジロリと黒髪がオレンジ髪を見下ろすと、気配を察したのか、サンドウィッチに夢中で此方に見向きもせずに言いやがる。

「え?オレも受けてないよ」

 それぞれがおかしなことを口にするからますます眉が寄る、じゃあ、どうして俺を追っかけてこんなところまで来てるんだ。
 たった今まで気配は全然感じなかったし、随分な手練れだと思うけど。

「そんなことよりも髪の色はどうしたんだ?眩い金髪だった筈だが。お前の美しい蒼い目には金髪が似合うだろう、どうして褐色なんだ?まあ褐色も悪くはないと思うが、金髪こそお前の為にあるようなもので…」

「いやそんなことよりもじゃねぇし、依頼されてるんだろ?じゃなかったらどうして俺を追っかけて来たんだよ」

 人違いだとかは微塵も思ってないんだろう、俺が金髪だったらどんなにいいかとその良さを熱心に語る変なヤツの話は無視して、乳首を隠すように我が身を抱きしめながら聞いてみた。
 気を抜くとじっくりと乳首を見てくるんだよ、コイツ。胸にマジで穴が空くかと錯覚するぐらいには熱心にだぞ?どこ見てんだよ、真面目にやれよって言いたい。
 そんなに白い肌にピンクの男らしくない乳首が珍しいんですかねぇ、フンだ。

「…?オレはポーションが必要でお前を捜しに来ただけだが」

 うおールードがすげー喋ってる、とかサンドウィッチを見たままで笑うオレンジ髪も、うんうんと頷いている。
 え?あれ?…俺を追ってきた商人熊か貴族の手のモノじゃないのか?俺の勘違いなのか…いや、騙されるな。そんな筈ないだろ、こんな殺気が漏れ出て滲んでるような上位ランクだろう冒険者が、たかがポーションぐらいで俺なんかを追ってくる筈がないじゃないか。
 しかもコイツ、俺を火炙りにするとか乱暴するって言ったんだぞ!

「嘘吐け!テントごと燃やすとか乱暴するって言ったじゃないか!!」

「それは…お前が出てこないからだ。テントを燃やしてもお前は傷付かないようにちゃんと配慮もするし、何より、そんなに細い腕は軽く握っただけでも乱暴になるだろう?」
 
 口よりも行動が頗る慎重なんだ、コイツ。
 テントごととか怖がらせておいて、テントしか燃やさないって言うし…たぶん風と火炎系の魔法を駆使する気だったんだな。って言うか、テントはゲイン商団のモノだからさ、勝手に燃やそうとするな。

「しかし、知らなかったのか?ヒベアーからお前のポーションを買っていたのはオレだ」

 昨夜の件は正当だとでも言いたそうだけど、俺がプリプリして睨むから片手を挙げて大きな手で顔を覆ってから俯いて、一旦落ち着いたのか、手を外しながらもう少し腕は下がいいとかワケの判らんことを言う男に、ちょっと吃驚しちゃうじゃないか。
 勿論だけど、腕をもう少し下げたら胸を押し上げてるような格好になるだけなのに、何をワケの判らんこと言ってるんだって思う台詞にじゃないぞ?
 繊細な色付きの硝子細工のような上下の睫毛がパチパチする。

「ええ?もしかして全部??」

「そうだ、お前が造ったモノは取り零さず全てオレが買っていた」

「ルードは無類のリィンティルマニアだからさ。君が作ったモノなら全部買うよ。君がいなくなったから追っかけてきたんだ」

 偶に住処の小屋にも行ってたけど気付かなかったでしょって、そんな大事なことをサラッと言うなよ。と言うことはだ、つまり俺様のポーションのファンだってことか?!ファンとか…ああ、乙女ゲームだからか!!
 因みにオレはポーション以外には全く興味がない、命が一番大事だからねって疲れた顔をして付け加えてた。

「ほ、本当に俺のポーションが目当てなのか?俺を捕まえて引き渡すとかじゃなくて…」

「どうしてオレがお前を他人に引き渡さないといけないんだ。頼まれたって断る、お前を他人に譲る為に攫いはしない」

 他人に譲るためには攫わないのかーとか、オレンジ髪がははは…と、目線を逸らしながら渇いたように笑うんだが、何なんだろうかこの違和感は。
 オレンジ髪には違和感しかないけど、黒髪がキッパリと言い切る声音と気配には嘘がないようだから、だったら、それだったら俺は嬉しい!
 この世界で覚醒して、何となくポーションを作ってたけど、商人熊のせいで誰の手にも渡せずにリュックの中で貯まっていくばかりのポーションが悲しかったんだ。

「本当?!本当に俺のポーションが欲しいのか?」

「ああ、お前が欲しい」

 オレンジ髪がなんか渋い顔をしてるけど、有頂天になってる俺にはどうでもいいことで、ザブザブと水を蹴って上がると、俺はシートの上に2人に座るように促しつつリュックを引っ手繰った。

「道中で色々試しながらいっぱい作ったんだ!どれぐらい必要?何が欲しい??」

 俺のポーションが必要だって言う男の傍らにピッタリと腰を下ろして、膝の上にリュックを持ち上げた状態で顔を覗き込んで首を傾げて見上げた。
 目をキラッキラさせるのは仕方がないよね?だって初めての!ポーションの商談なんだから上手くやらないと。

「その前に服を着ようか。ルード、固まっちゃってるから返事できないし」

 君、意外と迂闊だよねと、ハハ…ッと乾いた声で笑うオレンジ髪にハッとして、浮かれてるからって全裸はないよな、全裸は。

「あ、いっけね!待って、そのままちょっと待ってて!すぐ着替えるから」

「…服を着なくても」

「やめろ、ルードそれはダメ」

 何やら2人でブツブツ言い合っているから、もしかしてポーション要らないとか言われたら拙いって、わちゃわちゃ服を着て、最後靴は引っ掛けるようにしてから、もう一度速攻でするりと黒髪男の傍らに座り込んだ。

「俺、慌てちゃってさ。えへん、先ずは自己紹介だよな。俺は薬師兼狩人で冒険者登録予定のフィラ・セント。リィンティルの名前は棄てたから、これからはフィラって呼んで欲しいけどいいですか」

 居住まいを正してから軽く咳払いをして、初めてのお客様に胸を張って自己紹介をした。どうやら俺の過去を知っているようだし、経緯は言えないまでも、改名したことはちゃんと伝えないと。

「構わない」

「オレも大丈夫だよー」

 黒髪は普通に頷いてくれたし、オレンジ髪も漸くチラッと俺を見て軽く頷いた。

「貴方たちは何て呼べばいいですか?」

「オレは逆炎の剣のルードだ」

「同じく、オレはカルツェ。ルードと2人パーティーで活動してる冒険者だよ、宜しく〜」

 オレンジ髪ことカルツェさんは屈託なく笑ってサンドウィッチを見た。サンドウィッチに挨拶しやがった。そうか、そんなに美味そうか。

「ルードさんとカルツェさんか、うん、どうぞ宜しくお願いします!」

 俺の方が多分ここにいる誰よりも年長者だろうし、居住いを正して、お客様にはキチンとしないとなぁ…って思ってるのにルードと名乗った黒髪が不意に大きな片手で顔を覆ってまたもや俯いたから、どうかしたのかとビビッたけど、カルツェさんが云くには、ルードさんはリィンティルの正真正銘のマニアだから名前を呼ばれただけで喜んでいるんだとか、なんだそりゃ。
 でもこうして俺は無事?顧客をゲッツした。
 さあ、あとは適正価格で販売できるかどうかが肝だぞ、相手は勿うての冒険者だ。まだ登録もしていない俺は孤軍奮闘なんだから、張り切っちゃって頑張るしかない。
 エイエイオー