9  -乙女ゲームの闇深さを知ったのは転生してからです。-

「薄青系のポーションと薄赤系のポーション、それから薄紫のポーションは説明の必要はないですよね?今回は、テッテレー!新作の薄黄色ポーションと薄緑系ポーションがあります。どれを幾つ欲しいですか?」

 かちゃかちゃとリュックから取り出した薄黄色と薄緑のポーションを、じっくりと俺の顔を見下ろしているルードさんの前にドヤァッと見せびらかして小首を傾げてやる。
 リィンティルポーション贔屓ならサービスだって忘れない、ちゃんとあざとく上目遣いもオマケしてやるぞ。いっぱい買ってね!
 彼らは『逆炎の剣』と呼ばれているたった2人のパーティーで、ポーションなんかの討伐準備はルードさん、情報収集などをカルツェさんがそれぞれ担当してるんだとか。
 だから俺のターゲットはルードさん!
 どちらも独りで十分、依頼遂行ができる実力者なんだけど、ルードさんはこう見えて寡黙で人付き合いお断りなヒトだし、カルツェさんは陽気そうなのに他人をイマイチ信じられなくて警戒しすぎるとかで、上位クラスの討伐依頼ともなるとパーティー必須だから、どうやら独りだと立ち行かないことを知って幼馴染み同士でパーティーを組むことにしたんだそうだ。
 …カルツェさんのヒトを信じられないってのは、過去に何かあったんじゃないかって推測できたから、勿論聞くのなんか失礼だって受け流した。
 ルードさんが饒舌になるのは、リィンティルに関することだけだとか、つまり俺のことだ。さてはルードさん、ポーションに拘りがあるね?
 まあ、そんなことはどうでもいいけど。
 商談には必要ない(キッパリ)カルツェさんに横から口を挟まれたら嫌なんで、特製薬草サンドウィッチと特製薬草スープを提供して黙らせた。何これ美味いって喜んでるから良かった。恨めしそうなルードさんには購入後にご賞味頂く予定だ。

「…まさか、薄黄色ポーションはエリクサーか?」

 正解!

「初めて作ったからレベルは低いけど、千切れた部分をくっ付けるとかならできます。もうちょっとレベルを上げられれば、失った部位を生やすことができるようになりますね」

 思わずと言った感じでブッと吹き出したカルツェさん、汚いなぁと思いながら横目で見たら、こっちが驚くほどあんぐりしてる。
 あれ?エリクサーってそんなに珍しいのかな。

「え、エリクサー?!買いだ買い!おいルード、全部買え!」

「当然だな」

「え?これ5本あって、1本その…28万ティンですけどいいですか?」

 適正販売価格は30万ティンだけど、初めてのお客様だからオマケだ…て言うか、売れなかったら困るから若干割引したって言うね。
 俺的には腕とか足が生えるレベル5以上で30万、くっ付くぐらいなら10万とかそれぐらいでも十分、儲かるって思ってるんだ。何より、道端に群生してる薬草だぞ、元手タダなのに中古の安い軽自動車が買える金額とかマジで震えるわ。

「適正価格は30万だろう。それで5本購入する」

 たった5本でいきなり150万ティン!新車きたぞ。
 ベルトに付けてるB6ノートぐらいの入れ物から大金貨を取り出すルードさんにビビったけど、大金貨と金貨5枚を差し出した震える両掌に乗せられて、俺は思わず息を呑んでしまった。
 陽光を浴びてキラキラする金貨の群れが現れた!俺の目が焼かれる、ギャー。
 ふぅ、危うく無駄にHPを削られるところだった。

「あ、有難うございます!じゃあ、薄黄色ポーション5本お買い上げで」

「治癒魔法でも失った部分を付けたり生やしたりするのはかなり高度でな、失敗もよくあるんだ。だが、このエリクサーは失敗がない。レアポーションだからこちらこそ有難い」

 かちゃかちゃと取り出したポーションを手渡すと、そんな嬉しいことを言って何故か俺の手ごと掴んでくるから困惑したけど、どうやらB6ノートサイズの入れ物はマジックバッグだったようで、ルードさんがその中にポーションたちを突っ込んだから、俺も大事な金貨の群れを腰ポーチに仕舞い込んだ。

「薄緑のポーションは…疲労回復?」

 エナジードリンクみたいな所謂ブースト系じゃなくて、これはアレですよ、RPGに必要不可欠な。

「疲労回復の括りですけど、これは体力を回復させるポーションです。怪我はないけど、長時間戦闘を続けると、だんだん動きが鈍くなることってないですか?それを回復するポーションです。軽い状態異常も回復できます」

 HP回復薬って言っても伝わらないだろうから、回りくどく、勿体ぶって言ってみた。
 薄青ポーションでも怪我と体力が回復するけど、これは体力回復に特化してる。軽めの状態異常も回復できるんだぜ。

「あんまりオレらには必要ないかな〜」

 サンドウィッチとスープを堪能したカルツェさんも、手持ち無沙汰だからか、俺の説明にうんうん頷いていたくせにそんなことを言いやがった。

「あ、そうですか。じゃあ、薄青系…」

「それも全部買おう」

「…ルードが欲しいなら別にいいけどね」

 そっか、リィンティルポーションの生粋のマニアたるルードさんは、俺が作ったポーションは全部買うヒトだった。
 個数は少なめに言っておこうっと、エリクサーだけでいい儲けだモンね。
 太く短くじゃなくて、細く長いお付き合いをしたいからさ。

「薄緑ポーションと薄青と薄赤ポーションは、各種20本ずつで、ショウニング…ヒベアーさんは幾らで売られてましたか?」

「ヤツは足許を見て高値で売り付けてきた。まあ、フィラの手が触れたモノだからレア度があるのは仕方ないがな」

 カルツェさんが顎に梅干しを作って苦い顔をしている。だからどう言った感情なんだよそれ。

「あ、じゃあ俺はいっぱい買ってくれたからオマケで1本1500ティン、合計9万ティンでいいですか?」

「フィラのポーションは状態がいいし何よりその手で作られた最高級品だ、適正価格の2000でも安すぎなのにオマケなど畏れ多くないか」

 見えーる解析様が適正買取価格1000ティン、適正販売価格2000ティンって教えてくれたんだよ。しかも帝都寄りの価格でだぜ?
 だから2000でも高いっての。

「いいえ、適正ですしオマケは俺の気持ちです」

「そうか…本数はこれで全部か?」

 胸許に手を当てて気持ちを込めて言ったら、一瞬、息を呑むように目を瞠ったルードさんは、それから困ったように片手で口を覆ってギクシャクと目線を逸らしながら、それでも在庫を要求する強かさには噴きそうになる。
 で、俺の本音としては、いいえ、各種あと110本ずつあります、が全部出してルードさんがポーション破産したら困るんだよ。さっき150万も貢がせちゃったし、細く長く…だ。

「はい。あと、薄紫が10本あります」

「え?!10本…もっと作り置きってない?オレ、紫だけはフィラの薄紫ポーションじゃないと合わなくてさ、しかも1回の討伐で結構使うんだ。100本あっても全然足りないからあるだけ全部買うよ」

 どんなエグい戦闘してるんだろう…魔力回復をじゃんじゃん飲む戦闘なんて、天災クラスの魔物とか?いやまさか…ね?
 つまり他で売るぐらいなら在庫を全部くれってことだろ。

「えっと、薄紫は薬草の関係であんまり作れなくて…今、全部で120本ならあります」

「120本かぁ…今はルードに付き合ってフィラの追っ掛けをして遊んでるけど、来月頃からバジリスクが産卵期に入るから討伐依頼が増えるんだよね。独占契約とかできない?安定供給して欲しい」

 …バジリスクだと?
 小さい個体でも15メートルはあるって言う、上位種魔物だ。普通なら1頭で行動するけど、産卵期は気性が荒く、ましてやその時期は番で行動するから討伐は必ずSクラス以上でパーティーを組まないと許可されないヤバい魔物だぞ。

「えっと、ウルソに着いたら冒険者登録するから、俺も討伐とか採取依頼を受けると思います。だから、居場所が特定でき難くなるし、もう他の商人に卸すのは…」

「あ、場所特定は大丈夫。ルードがフィラにマーキングしてるから。こっちからちゃんと買いに行くよ」

 マーキングだと…?マーキングって言ったら地球で言うところの簡易GPSみたいな戦闘用補助魔法の一種なんだけど、え?何時の間にそんな気持ち悪いモノつけられたんだ!

「マーキングって追跡魔法じゃないですか…それって狙った魔物を見失わないようにする戦闘魔法ですよね?何で俺に…」

「フィラは躊躇わずに森に入ってしまっただろ?この森にはオークがいるし、稀にギガントゴブリンが湧くことがある。何かあった時に直ぐに助けられるようにマーキングしたんだ」

 まるで用意していたかのような台詞に不信感しかないけど、でもまあ、確かにオークから逃げ出すのは命からがらだったから、マーキングされてるのは有難い…のか?
 俺、魔物じゃねーのに、ぐすん。
 何かあった時って言ったルードさんが無表情でギリッと奥歯を噛んだみたいで、一瞬殺伐とした気配がしたし、うん、今回は良しとしておこう。

「…判りました、じゃあ薄紫はカルツェさんに、ヒ、じゃなくて、逆炎の剣との独占契約とします」

 カルツェさん固定だとルードさんは無言で怒るみたいだから、横でオレンジ髪がニッコリ笑って青褪めながら首と両手を振ってもいるし、それならパーティーに卸すってことにしよう。

「今まで通り全種独占したいんだが…いっそのこと、フィラが逆炎に入ったらどうだ」

 え?え?!突然何を言い出すんだ?!

「あ、それいいな!ランク差が有り過ぎるから一緒に討伐には行けないけど、着いてくることはできるよ。俺たちが討伐中に無理をせずに自分の依頼をこなすとソロよりも旅費とか節約できるんじゃないか?」

 アンタも何言ってるんだよ?!

「え?!そもそも冒険者に登録できるかどうかも判らないのに…」

 提案そのものは有難いけど、俺は追われている身だし、何よりペーペーの駆け出し冒険者が加入していいパーティーじゃないだろう。

「失礼だとは思ったが解析させてもらった。戦闘系魔法スキルはないが、射撃レベル8で生産魔法のポーションレベルが20で最大値に到達している。これならすぐに登録ができるだろう」

「え!ポーションレベル20でしたか?!」

「ああ、解析レベル5なら見えるだろう?」

 不思議そうに問い返されるのを曖昧に応えて、いや違うんだ、俺の解析ではレベル99で普通のゲームならカンストしてる表示になってるんだよ。
 この世界ではカンストはレベル20だし、10からグンッと上がり難くなって、20に到達するには生涯を懸けるとも言われているぐらいだ。
 だから俺のレベル20は凄いけど、生産魔法はポーションでもさほど重要視されないから、ルードさんもそんなに驚いていない。驚くべきは、だから20じゃなくて99ってことなんだ。
 あ、やっぱこれってバグだから、99でカンスト20ってことなのかも…解析レベルが低いからバグってんのかな。

「…俺が見た時は19だったから、エリクサーでレベルアップしたのかな、ははは」

 なんとか誤魔化した。
 でもこれ、もしかしたら幸先がいいんじゃないか?レベル20と言っても生産魔法だし、子供の頃からポーション作りしてるのかな?ぐらいでそこまで旋風を巻き起こす話題になるワケでもなし。
 それよりも表示が俺だけバグってたって判ったら安心して登録に行くことができる。
 商人熊のレイプ事件はリィンテイルの性格崩壊で未然に防いだ、あとは冒険者になってしまえば貴族に捕まって…って件を破壊することができる。
 シナリオの縛りから脱出すれば、男娼フラグを折れるだろう。
 しかもこんな強そうな連中のパーティーに入れば、滅多矢鱈と俺を引っ捕まえて男娼専門の娼館に売るなんてことはできない。
 好条件だ!好条件の提案にはよく考えたし飛び乗るべきだ。

「ルードさんとカルツェさんさえ良ければ、俺を仲間にしてください」

 正座をして、2人に迷惑をかけないように頑張るから、俺は決意も堅くまっすぐ見据えて頭を下げた。

「そんな堅っ苦しく考えなくていいよ。ただ、これから一緒に行動するなら迂闊さは治した方がいい。特にルードの前じゃ…」

「迂闊?お前は何を言っているんだ、可愛い仕草だろ…ああ、こちらから願っていることだから宜しく頼む。カルツェの言うように、几帳面に話さなくていい。今後は楽にしてくれ」
 
 やっぱりカルツェさんは顎に梅干しを作って鼻に皺を寄せている、その表情って何処かで見たことあるんだけど…忘れたな。見た感じ、嫌そうってのが有り有りと判るんだけど、かと言って俺の加入には両手を挙げて喜んでるし、ホントこのヒトよく判らん。

「本当?だったらこれからは素で宜しく!楽しみだなぁ」

 久し振りに爽快な気持ちになれたから、俺は満面の笑顔全開で喜びを表現した。
 流石にこれは…とかって両手で顔を覆うカルツェさんと大きな片手で顔を覆うルードさんの奇行には毎回驚かされる、でも、きっとこう言う奇行が好きなんだろうから俺も早いところ慣れないとね。
 さあ、残すところは冒険者登録だ!
 ウルソ村に向けてレッツラゴー