10  -乙女ゲームの闇深さを知ったのは転生してからです。-

 もうこうなったら早く出発したいなーとか思っていたけど、何やら打ち拉がれていた2人が気を取り直したので、ルードさんと俺の分のフィラ特製薬草サンドウィッチと特製薬草スープを作り直そうと、魔硝石を取り出したら、ルードさんが魔法で火を熾してくれた。やっぱ、生活魔法って便利でいいよなー
 まずは腹拵えをしないとだ!

「ルードさん、有難う」

「…ルードでいい」

「そっか!じゃあルード、有難う」

 ルードがまた顔を押さえて俯くけど、もうあまり気にしないことにした。俺のファンらしいから、また名前を呼び捨てにされた嬉しいってのが理由の奇行だろ。

「…新婚みたいだ」

 ボソッとルードが何か言ったけど、ちょうど俺は鍋を掻き回していたからよく聞き取れなくて、ただカルツェさんがまた顎に梅干しを作ってるから、下らないことなんだろうと無視することにして料理を続けた。別に俺に振られた会話でもないだろうしね。

「因みにオレもカルツェでいいよ。あと、その食べ物オレにちょうだい。お礼にこれを差し上げます」

 やっぱり気を取り直したカルツェさん、いやカルツェが腰に下げてるルードと同じ大きさのマジックバッグから湯気の立つ木のボウルを取り出して、ザクザクとサンドウィッチを切り分けた俺に手渡してきた。

「うん、判った…ってこれはシチュー?」

「そうそう!帝都で人気の行き付けの店でさ、旅用に買っておいたギウモのシチューなんだ。これよりもっとフィラの飯の方が美味いんだけど、交換して欲しいんだよね」

 野生のウサギと違ってギウモは歴とした魔物だ。
 見た目はティラノサウルスにそっくりで、BやAランクパーティーとかSランク以上がソロで狩る大型の恐竜と思えばいいかな。
 肉も味も牛にそっくりで、めちゃくちゃお高級なお肉なんだぞ。何故牛肉って判るかって言うとだな、魔女のばーさんが子どもの頃に食わせてくれた記憶がポンッと蘇ってきたワケだ。リィンティルにも嬉しいプレゼントだったんだろう。鮮明な記憶が牛肉の味と喜びを思い出せてくれる、口いっぱいに…これ喰っていいのか?う、久し振りの牛肉風味のお肉にタリッと涎が…

「本当にこれ喰っていいのか?俺のサンドウィッチなんて材料ならいっぱいあるから大丈夫なんだけど…」

 材料、道端の薬草と何処にでもいる野生のウサギだぞ。

「うん、遠慮なく喰って喰って」

「うわぁぁ…有難う!ギウモすごい」

 両手で凄い量のシチューを掲げて喜ぶ俺を、じっと見ていたルードが徐にマジックバッグを開いた。
 てっきりルードもお礼に何か食べ物をくれると思ったんだけど…うん、食べ物ではあるんだけど、まさか巨大な肉の塊をくれるとは思わないよね。

「ギウモの肉だ。そんなに好きならたくさん喰え」

 これは凄すぎるから受け取れないよ!…とかって普通なら言うと思うだろ?遠慮がちな日本人ならそうだろう。だが、俺は遠慮を忘れた異世界で生きる、前世日本人だったこの世界の人間だ!

「うわぁー、ルードも有難う!今夜からご飯が豪華になる!嬉しい嬉しい!ギウモ最高ッッ」

 ちゃっかりシチューを避けて、両手で重い肉を受け取ると細腕で頭上に高々と掲げ、テッテレー、俺様はギウモのお肉(お高級)を手に入れた!
 これ、本当に凄いんだぞ。米沢牛のサーロインが1kgで4万円だったと思うけど、ギウモのサーロインは1kgで15万ティンなんだ、15万!円換算でも15万円!こんなお肉が…って思うだろうけど、このお肉を狩るために冒険者は命懸けで戦うんだ。森と冒険者、この場合はたぶんルードに感謝!
 ふぉぉ……これ2、3kgぐらいあるんじゃないか?マジックバッグに収納すれば長期間保存もできるし、何日ぐらい喰えるかな。もちろん、ルードたちにも振る舞うから食べ方はやっぱステーキだよね。

「今夜はステーキがいいと思うんだけど、いいかな?!」

 お肉を綺麗なシートの上に置いて確りと両手を合わせて拝むと思い切り涎でも垂らしそうな勢いで嬉々として振り返ったら、何故かルードは片手で顔を覆って天を仰いで震えてるし、カルツェに至っては両手で顔を覆って肩を落としてる。
 なんなんだ、この光景は?!
 俺がギウモのお肉に狂喜乱舞してる間に何が起こったんだ??!

「る、ルード?カルツェもどうしたんだ…?」

「……あのさぁ、まあもう迂闊さはこの際見逃すとして、ギウモそんなに喰いたかったんだ」

 え?それがそんなガックリして聞きたいことなのか?…えっと、そりゃまあ、牛肉久し振りだしすげー楽しみだけど、この世界の住人に地球の牛肉のこと言っても判らんだろうしなぁ、説明が困ったぞ。

「えっと、ずっと肉と言えば乾燥肉だったし、この旅に出てやっと焼いた肉を食べたけど、俺の実力だと野生のウサギか野生のイノシシが限界だったから、こんな高級な肉はほぼ初めてで凄く嬉しかったんだ。ルード、カルツェ、だからホントに有難う」

 もじもじ手遊びしてぶつぶつ言い訳してから、恐る恐る見上げた2人に本当に感謝して礼を言ったのに、呆気に取られたように俺を見ていた2人がまた顔を覆って震えてる。

「…………たくさん喰え。幾らでも狩ってくる」

「いっぱい喰ってくれ。なんならそれ全部フィラが喰っていい」

 震える声でそんなことを言ってくれるけど、あれ?今俺ってものすごく食い意地が張ってると思われてないか?!

「ち、違うんだ!いや…違わないけど、えっと、魔女のばーちゃんが一度だけ子どもの頃にギウモの肉を喰わせてくれたんだけど、それが凄く美味しかったから、純粋に嬉しいだけなんだ!別に独り占めしたいとか、そんなんじゃないんだよ!俺別にそんなに食い意地が張ってるワケじゃねんだ、ホントだよ?」

 慌てて項垂れるルードにぴったり近付いて顔を覗き込みながら首を傾げつつ必死で言い訳してたら、確かにオレの方が遠いけど、その仕草と声とその容姿でルードに近付くなんてホント…と言ったきり溜め息を吐いたカルツェが泣きそうな顔をして首を左右に振っている。
 不意にバッと顔を上げたルードがガシッと俺の両頬を、それでもやんわりと掴んではいるけどビビるよね。掴んだままで、強いルビーのような双眸で顔を覗き込まれてちょっとドキドキした。
 ルードは美丈夫でイケメンだからさ。

「ちょ、おい、ルード!」

「たった一度しか喰ったことがないのか?」

 日本にいた頃は牛肉もよく喰ってたけど、魔女のばーさんは貧乏だったし、突然子どもひとり養うことになったんだから、一度でも喰わせてくれたのはこんな俺でも大事にしてくれていたからだ。
 魔女のばーさんの優しさを忘れたことなんてない。

「うん、でも一度でもちゃんと喰わせてくれたから、俺はばーちゃんに感謝してる」

「そうか、判った」

 何が判ったのかよく判らなかったけど、ルードは満足したように俺のマシュマロモチハダほっぺをふにふに堪能して離してくれた。
 今の会話で俺のほっぺを堪能する必要あったか?
 あれ?と首を傾げていると、慌ててルードを留めようとしていたカルツェが盛大な溜め息を吐いて、頭が痛いみたいに片手を額に当てながらやっぱり項垂れたみたいだ。

「迂闊大王を任命する」

「は?何で?!」

「胸に手を当てて小一時間ぐらい考えろ」

「??!」

 いつかお前が望むと望まざるとルードに手篭めにされるから、そうなって後悔しても知らないからなとか、項垂れて顎に梅干しを作ってたカルツェはそんなワケの判らんことを言い捨てて、それからもう知らんと言って俺の特製薬草サンドウィッチに齧り付いた。
 待て、お前さっき喰ったんじゃ…って言いかけたけど、同じく齧り付いたルードが感動したようにルビーみたいな紅玉の双眸をキラキラなんかさせるから、突っ込みどころを見失って、仕方なく野生のウサギのスパイシー串焼肉と薬草スープを2人に差し出した。
 そういう俺は大事なギウモのお肉(お高級)を大切にリュックに仕舞ってから…この大きさはオオバオの葉で包めないからそのまま入れるけど、どう言う仕組みか皆目見当もつかないが取り出した時は新鮮で綺麗だから本当はそのまま入れてもいいんだけどなんとなくね…お肉を仕舞ってから俺はカルツェがくれたギウモシチューに舌鼓を打ったってワケだ。
 ふぅおー!これ普通にビーフシチューだ、うめぇ。
 木製のボウルに木製のスプーンが素朴でいい感じだし、ブラウンソースをフォンドボーでさらに煮詰めたデミグラスソースが濃厚で野菜もお肉もほろほろでコクのあるスープも最高!もう全部最高…でも変だな、さすが日本の乙女ゲームが派生だから料理の質も上等なんだろうと思いはするけど、こんな美味しいシチューを食べてるカルツェやルードが俺なんかが作る料理とも言えないようなスープやサンドウィッチに感動してるなんてさ。
 美味いものばっか喰ってるから、ジャンクフードが珍しいんだろうか…ん?

「え?なに、なんで見てるんだ?」

「幸せそうに喰ってたのに、そんな難しい顔してたら気になるだろ…ってルードが言ってるぜ」

 当のルードは無言だけどね…シラっとカルツェを見遣ったモノの、真剣に見つめてくるルードの視線も気になる、それに興味もあるし聞いてみることにした。

「こんなに美味しいモノばっか喰ってるのに、どうして俺なんかの料理を喜んでくれるのかなって、ちょっと不思議に思って…」

「あー、それは…」

「フィラの手作りだぞ?それも最高に美味い。誰だって普通に喜ぶだろう。最高にレアな食事だ。何よりもフィラの繊細で美しい指先で触れた食材が満載で、目や心や口も喜べば胃だって喜ぶ。いや喜ぶべきだ。逆に喜ばないなんてことがあるのか?ソイツは頭がおかしい」

 力説、めっちゃ力説したな、ルード。
 そして俺が聞きたい話はそれじゃねぇ。
 たぶん今白くなりつつある気配のカルツェが言いたかったことこそが、俺が聞きたい真実だってのは判るようになってきた。

「はいはい、ルードはフィラが作るモノならなんだってレアアイテムだからさ。少しだけ残してマジックバッグで保存するんだよな?ははは…ふー、まあいいや。フィラが喰ってるそう言った料理は主に帝都でだけ味わえるんだ。あとは各地方の主要都市ぐらいでさ、そこそこの大きな町や村だと、だいたい自炊するか食堂や屋台が主流になる。それでもってそれらの店の味付けは塩だけだ」
 
「は?!塩だけ??」

 燃え尽きそうだったカルツェだったけど、そこはやっぱり長年の付き合いだからかすぐに立ち直って、保存しないなんて有り得ないだろって有り得ない顔をしてるルードにドン引きした俺に丁寧に説明してくれた、けど塩だけってマジかよ。

「そうそう、塩だけ。ギウモでも野生のウサギでも塩だけ。首都でも煮込み料理とか手が込んだ料理以外、焼いたり蒸したりは大概塩だけだ」

 フォンドボーとか普通にあるのに焼くも蒸すも塩だけって…乙女ゲームにしては料理の設定が雑すぎやしないかい?

「それが普通だからさ、オレだって自炊する時は塩だけだよ。だから、フィラがさっき料理してるのを見て純粋に感動したよね」

 ヘンな方向性に行っていたルードもそこは同感だったのか、腰のマジックバッグに一口大に残したサンドウィッチと串焼き肉を仕舞いながら頷いている。幾ら鮮度がそのままだからって、食べ掛けを仕舞うのは違うんじゃないかって思うんだが…黙ってよう。

「色んな種類の粉や乾燥した葉を入れてるだけで、まるで魔法みたいにいい匂いがし出すんだ、不思議で仕方なかった。喰えばまた、天にも昇るほどの絶品ときたら普通に驚くだろうな」

 まともなことをしみじみと言うルードにも驚くけど、この時ばかりはカルツェも同意したように腕を組んでうんうんと頷いている。
 そこで俺はハッと気付いた。

「調味料が高いとか…?」

 だから、きっとお高いレストランじゃないと調味料とかふんだんに使った料理を出せないんだよ。
 きっとそうだ!もしや名探偵では…?

「調味料ってなんだ?料理はレベルを持つ調理師が提供するんだが、王宮でもレベル10が最大でさ、帝都の食堂も、だからだいたい似たり寄ったりの料理しか出ないんだ」

「ぐっは!」

 え、調味料ってなに?だと…まさか、またそこからなのか??
 聖女の時の悪寒を感じて、これはもしや俺が思うよりこの世界の食文化は深刻なんじゃないのか?おい、乙女ゲーム神!乙女ゲームっつったら俺じゃ名前も判らんようなシャレオツな料理が当たり前みたいに出てくるんじゃねーのかよ!
 え?レベル??レベルって言ったか?!

「見えーる見えーる、バッチリ見えるよフィーラちゃん!」

「ははは!あーはははっ!!フィラ、それ言わないと絶対に解析見られないんだろ?変わってんなっ!ははは…ッッ」

「じゃかましい!指をさすなッ」

「……………本当に、どうして…こんなに…可愛いんだ…」

「?」

 これ言うとルードが顔を覆いながら蹲って震えるし、カルツェは腹を抱えて大笑いしやがるしでムゥって眉が寄って真っ赤になるけど、これを言わないと解析できないんだ仕方ない。
 血を吐くようにブツブツ何を言ってるかよく聞き取れないけど、きっとルードも笑ってんだろうよ、ふん。
 ヒトを解析する時は対象者の名前を言うんだけど、練習していいってルードが見せてくれた時、見えーる見えーるバッチリ見えるよルード!で見えたのに、何故か自分を見る時だけちゃん付けとかどうかしてるだろ。そんなところに可愛い要素とかねぇんだからな?乙女ゲーム神出てきて殴らせろ。
 ブゥンっとやっぱり無機質な音がして、例の薄青いウィンドウが開いた。この辺り、やっぱ乙女ゲームだよなぁ。

 ・弓矢射撃レベル8
 ・ポーション作成レベル103
 ・解析レベル5
 ・隠密レベル12
 ・調理レベル50 NEW!

「ごッ!…ゲフゲフッ!あ、うん。調理レベル付与されてる」

 前に見てから随分経つから、自炊で付与されたのは判るけど、レベル50か…うん、バグってんな!
 ルードの見せてもらった時はちゃんと斬撃レベル20とか投擲レベル20とか表示されてたから、レベル表示おかしくないの確認したし俺の画面だけバグってるってのが判ったからもうそんなに驚かない。
 噴きそうになったけど驚かない。

「やっぱりな!オレはレベル2だからフィラは7とかあるんじゃないか?」

「まあ、それぐらいかな」

 とても言えない、ポーション作成レベルもバカかって叫びたいぐらいだけど、驚かないとは言ってもカンスト越えとかさ…たぶんこれ、前世の記憶があって薬草知識∞の成せる技だよね。
 想像でなんでもできるのって便利だけどこえぇな。
 適当に薬草入れてえいやってしたら想像した味になるんだから…まあ、便利なのは認めるよ、乙女ゲーム神。

「あー、これから討伐依頼の旅に出ても美味い飯が喰えるんだ!よかったよな、ルード!」

「ああ、フィラの手で作られるレアな食事が喰えるのは僥倖だ」

 お前はフィラだったらなんでもいいヤツだから有り難みが全く判ってねーなってカルツェが軽くキレている傍らで、俺は恐怖にブルブル震えてしまっていた。
 厳格な戒めの大地の加護の魔力生成レベルが85ってのも震えるけど、美と愛欲の女神の加護の魅了レベル15って、どうして5も上がった?
 アレか、ルードってファンを侍らせたせいか?サービスのあざとい上目遣いのせいか??!そんな副産物いらんのだが!!
 …よし、これからは同じパーティだし旅の仲間だから、テッテレー、ルードへのサービス終了ぉー!
 兎も角、1日も早くウルソ村に到着するぞ!
 俺は決意も新たにギウモシチューを頬張った。
 ギウモシチュー、うまー