だからって、眠ってるわけじゃないぜ?幸福を、ただひしひしと噛み締めてるだけさ。
あの後、熱を出した佐渡を連れて、まあ俺も一応診てもらったんだけど、病院に行って入院の手続きをしたりとかテンヤワンヤだった。俺は入院しなくても済んだんだけど、佐渡のヤツは、やっぱり無茶したんだろう。検査入院と言う形で2日間だけ入院することになっちまったんだ。
嫌がってたけど、俺たちが宥めすかしたら仕方なさそうに頷いたっけ。
洋太もいたし、小林の騒ぎ方も半端じゃなかったからな…入院せざるをえんだろう。
そりゃあ、小林はすごかった。
鼻水と涙でグチャグチャにした顔で拝み倒すように足に縋りつかれたりしたら、やっぱり恥ずかしいし、医者や看護婦さんに笑われたら「やめてよーッ!」と叫びたくなっても仕方ないだろう。うんうん。
確かに佐渡はヒステリックに叫んだし、それでさらに熱が上がって嫌でも入院しなくちゃならなくなったんだけど…でも、アイツ。まんざら嫌そうでもなかったな。
小林と佐渡…か。
うん、お似合いのカップルかもしれねぇ。
「どうしたの?」
俺がクスクスと小さく笑ったせいで、洋太が気付いて顔を覗き込んできた。
素っ裸で、シーツ1枚が俺たちを守ってる。
幸せだな。
「いや、幸せだって思ってたんだ」
「幸せ?…うん、そうだね。僕もとても幸せだよ」
俺の肩をギュッと抱き締めてくる洋太にうっとりと笑いかけて、俺は洋太のふくふくした頬に片手を伸ばして、確かめるようにソッと触れてみた。そうしたら、洋太は俺の顔を覗き込んできて、鼻先を擦り合わせてきたんだ!
初めてのことにビックリする俺に、洋太はちょっと情けなさそうに笑って見せた。
「ホントはね、いつだって僕、光ちゃんをこんな風に抱き締めてキスしたかったんだ」
「じゃ、じゃあ!してくれたらいいじゃねぇか!俺はいつだって待ってるのに…バッカな奴だ」
俺が笑ってそのちょっと厚めの唇に口付けると、洋太は幸せそうに笑ってキスに応えてくれた。
「うん。光ちゃんはそう言ってくれて、ホントにすごい嬉しかった。でも…」
そこで言葉を切った洋太は、俺の下半身に回した掌で悪戯を仕掛けてきながら、気持ちよさに少し仰け反らせた首筋に口付けしてきた。いや!すっげ嬉しいな!
なんだよ、なんだよ!?洋太!どうしたってんだ!?
ハッ!ま、まさか…
「ん…よう…た。ちょ…待てって」
「怖かったんだ」
不意にポツリと呟いて、洋太は俺の髪にキスをする。
怖い?
何が怖いってんだ。
「光ちゃんは、いつも躊躇わずに僕を好きだと言ってくれる。でも、もしその言葉を聞けなくなったら?光ちゃんに嫌われてしまったら…僕は生きていけないって思うんだ」
「それって、洋太…」
俺は、泣きそうになった。
それと全く同じことを、俺はいつも考えていた。
佐渡が現れたりして、不安ばかりだった。お前に嫌われたら、いや、ホントは嫌われてんじゃねぇかとか…
胃が痛くて…死ぬかと思うほど、俺だって怖かった。
同じことを、お前も考えていたのか?
俺は思わず笑ってしまった。
「光ちゃん?」
「俺たちってバカばっかだな。変に遠回りして。ホントはきっと、両想いなのに…」
そうだろ?と見上げた洋太の双眸に、俺の泣き笑いのような顔が写る。
ああ、なんて間抜け面だ。
でも案外、この顔も悪くねぇな。
だってそれは、嬉しいからそんな顔になるんだ。
「光ちゃんが僕を好きって言うよりもずっと、きっと僕は光ちゃんが大好きだよ。両想いって言うのとはちょっと違うかもね」
クスクスと笑う洋太の意地悪な顔を覗き込みながら、俺は鼻先を摺り寄せて小さく呟いた。
洋太の温かなぬくもりを感じながらその首筋に両手を伸ばして、もう俺はきっと、不安なんか感じないだろうと思う。
でも俺、嫉妬深いし独占欲も強いし…きっと、これからだってハラハラと気を揉むんだろう。それでも、それも幸せなことなんだって判ったから、もう胃が痛くなったりなんかしない。
それだけは、どうしてだろう。
確信できたんだ。
「なんだよ、それ」
呟くと、洋太はそんな俺の背中に回した太い腕でギュッと抱き締めてくれた。
幸福に、目の前がクラクラする。
「だって、僕のほうが数倍も光ちゃんを好きだから。この恋は、きっと僕の永遠の片思いなんだ」
「ふんっ!冗談じゃねぇや。俺のほうがその100万倍好きに決まってら!」
何を言い合ってんだか、俺たち。
それでも嬉しくってさ、俺は不貞腐れた顔をしたままでそんな洋太にギュッと抱きついてやる。
ふん、当然じゃん。俺なんかお前のことを思って胃まで痛くしたんだからな!
「ホント?」
洋太は俺の髪に鼻先を埋めながら、嬉しそうに笑った。
ちぇッ!そんな顔されたら…嬉しいじゃねぇか!
「じゃあ、僕たちはホントに両想いだね」
「ああ…ああ、その通りだよ。洋太、俺たちはきっと、両想いだ」
身体を起こして洋太と向かい合った俺は、その頬を両手で包んで鼻先を摺り寄せ、うっとりと微笑んだ。幸せってどうしてこう、笑顔が絶えないんだろう。
俺は洋太にキスをした。
もう二度と、俺は両想いを疑わない。
もう二度と、俺は洋太の心を疑わないよ。
洋太が好きだ。
大好きだ…
俺は今、すごく幸せだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「僕はね!本当は里野くんが好きだったんだ!」
うえ?
思わず変な声を出して、俺は口に突っ込んでいたパンを思わず落っことしそうになって焦っちまった。
な、何を言い出すんだ、突然。
俺と洋太はいつものように平凡な昼休みを、いつもよりももっと幸せそうに飯を食って過ごしていたんだ。
あれから3日が過ぎて、佐渡は無事に退院してきた。小林は嬉しそうだったけど、なぜか洋太はあんまり嬉しそうじゃなかった。
いや、確かに体調を良くした佐渡のことは喜んでいたんだけど…なんか、妙な違和感があって。
「な、何を言い出すんだよ、突然」
俺が咳き込みながらバナナ牛乳に挿したストローを咥えて言うと、佐渡は腰巾着の小林を背後に控えさせて、冷たい屋上のコンクリートにチョコンッと座って俺たちを睨んでいる。
なんだってんだ。
「だから!本当はね、僕は里野くんが好きだったの」
「お、俺は洋太が好きだ!」
思わず叫んで、俺は傍らで仕方なさそうな表情をしている洋太に抱きついていた。
佐渡はちょっと寂しそうな顔をしたが、キュッと意志の強さを物語る表情をして頷いた。
「知ってるよ。でもね、やっぱり諦めないことにしたんだ」
ギョッとする俺。頭を抱える洋太。
そして、佐渡の背後に控えていた小林の驚愕に見開いた目。んで、ガックリと肩を落としてコンクリートの床に両手をついている。
こ、小林…なんか、哀れだなお前。
つーか!そんなことよりも!
なんだってんだ!?このお坊ちゃんは!
突然俺たちの幸福な昼休みに割り込んできて、突拍子もないことを抜かしやがる!
新手の嫌がらせか!?
「はじめはずっと洋ちゃんが好きだったよ。でもね、ある時から洋ちゃんが本当に幸せそうに話す、その相手の人に興味が湧いちゃったんだ。ずっと、病院のちょっと汚れた白い天井を見上げながら思ってた。どんな人なんだろう?とか、どんな感じなんだろう…って。洋ちゃんに写真を見せてもらっていたから、顔はもう知ってた。その顔をずっと思い浮かべながら考えていたんだ。そしたら…」
一気にまくし立てるようにそう言った佐渡は、それから小さく息をついて、本当によく耳を澄ましていないと聞き取れないほどの小さな声で呟いたんだ。
「恋をしてるんだって、気付いた」
チラッと自分を見る佐渡に、洋太はちょっと溜め息をついたようだった。
「知ってたよ。だから、翔の興味が僕にあるのなら、それを利用しようと思ったんだ。だって、こればっかりは翔にだって譲れないからね」
洋太はそう言うと、抱きついている俺の腰に太い腕を回してギュッと抱き締めながら、神妙な顔付きで首を左右に振るんだ。
そうか、俺に興味を持たせないように、佐渡の言うことを黙って聞いていたんだコイツ。
「光ちゃんには辛い思いをさせちゃったけど…」
抱きついてる俺を見下ろしながら、そっと腹部に触れてきた。
胃痛を、コイツは知っていたんだ。
「洋太…」
嬉しくてその頬に手を添えて見上げる俺を、洋太が覗き込んでくる。
このままキスしてくれたらいいのに…
「ああもう!」
佐渡は癇癪を起こしたように叫ぶと、細くて華奢な腕を伸ばして抱きついてきやがった!
ぎゃあッ!
「僕は!洋ちゃんより2歳も年上だけど、きっと、振り向かせて見せるんだからね!」
「さ、佐渡ぃ~」
小林が縋るようにそんな佐渡に抱きついた。涙を流してる、おいおい、本気で泣いてるぞ、コイツ。
「う、うぇぇ~!?な、何を勝手なことを言ってるんだよ!?俺は洋太が好きなんだ!今、すっげぇ幸せなんだ!!…つーか待て、佐渡!お前、俺たちより2歳年上だと!?」
思わず縋りつくように抱きついている佐渡に目をむくと、小柄な、無害なリスのように可愛い顔を小さく傾げながら奴は当然そうに頷いた。
「アレ?洋ちゃんに聞いてなかったの?僕、身体が弱いせいで成長があんまり良くないんだ。留年もしてるし…僕、君たちよりも年上だよ?」
平然と…と、年上…この小柄で可愛い佐渡が…
守ってやらねば…と思っていた、佐渡が年上…
「だけど!そんなこと関係ないよね?僕のこの恋心に変わりはないもの!」
キュウッと抱きついてくる佐渡にクラクラしながら、俺は漸く収まったはずの胃の痛みが再開するのを感じた。
ああ…俺。
どうなるんだろう。
くそ…クソッ!
「それでも俺は洋太が好きなんだよぉーッ!」
絶叫は校舎を揺るがすほど響いたけど、佐渡はケロリとしてるし、洋太は頭を抱えながらもなんだか嬉しそうだ。佐渡が思ったよりも元気になって、俺が抱きついてるから?
つーか、お前も止めろよ!
俺の、初めての両想い。
この恋は、どうやら前途多難のようだ。
負けるな俺よ!
胃痛と仲良くなった腹を擦りながら、大好きな洋太の大きな身体をギュッと抱き締めて、それでもきっと幸福だと思う。
俺は、本当は幸福な奴なんだ。
きっとそうだ。
佐渡も思ったよりも元気になって、そして…何よりも洋太がいる。
困ったような、仕方ないような…複雑な表情をして、でも、幸せそうに笑っている洋太が俺の傍にいる。
なんか、いいじゃねぇか。
うん、これもなかなかいい感じだ。
幸せだって思えるよ。
ああ、なんか、やたらサイコーだぜ!
俺たちはハッピーだ!
なあ、そう思うだろ?
洋太!
─END─