水色と白のボーダーシャツを着た愛想の良い店長が女性客と話している。ヤツがけっこう人気があるから、この店は繁盛してるんだそうだ。オーナーがそんなことを言ってたっけ。
「やあ!東城くん」
俺を目敏く見付けた店長こと藤沢実は爽やかに笑って声をかけてきた。
「うぃっす!遅くなりました!」
元気良く声をかけると、ありがとうございましたと女性客を見送った店長が思ったよりも敏捷な動きで俺に近付いてきたんだ。二の腕をグッと掴んで、顔は笑顔のままで言う。
「心配したよ!例のストーカー野郎に悪戯でもされてるんじゃないかってね」
「冗談キツいッスねー」
寝言は寝てから言ってくださいよー。ニコッと笑って付け加えてやると、藤沢のヤツは大らかに笑って1本取られたとかなんとか言ってるけど、腕は離してくれねーのか。
この時間帯、実は一番お客が来ないから店長はこんな風に悪ふざけを仕掛けてくるんだ。
迷惑なヤツだ。
だいたい、なんだっていつもこの時間帯ばっかなんだ?深夜だったら深夜給で時給も上がるってのにな。畜生だ。
「ストーカー野郎に襲われたら間違いなく店長に助けを求めるんで、可愛がってくださいね」
うふんっと笑ってやると、店長は任せないさいと胸板をドンッと叩いて見せる。
悔しいんでこんな風に店長をからかったりからかわれたりして遊んでやるんだ。
「そろそろ腕を離してくださいよ。制服に着替えてくるんで…」
「ああ!申し訳ないね。うん、着替えておいで」
漸くパッと腕を離した店長から離れて白い扉をくぐると、奥に続く薄暗い廊下を通って狭い更衣室に入る。更衣室と言ってもヤロー専用となると質素なもので、安っぽいパイプ椅子と長机が1個、それと小さなロッカーが人数分あるぐらいだ。
軽く羽織っていた上着を脱いで、T-シャツの上から制服を着こんでいざ!カウンターへ。
そこではちょうど店長がレジを打っている最中だった。
いらっしゃいませーと、ヤル気なく声を掛けて客を見た瞬間、俺は思わずポカンとしてしまった。
なぜならソイツは…
「辻波?」
思いっきり…とは言わないまでも、やっぱりけっこう驚いた。
俺がここでバイトしてること、知ってたのか。
それとも、ただの偶然?
なんにせよ俺は、ちょっと嬉しかったんだ。
「あれ、東城くんの知り合いなのかい?」
手にしていた500mlの牛乳パックをビニール袋に入れながら、店長は少し怪訝そうな顔をした。
ヤッバイ、ヤバイ。
俺って、もしかして今、ニヤけてたとか…
「あ、ああ、はい。大学で同じ学部のヤツなんスよ」
な?辻波!…と目配せで笑うと、辻波のヤツは然して驚いた様子も見せずにチラッと俺を見ただけで、金を払うとサッサと出て行ってしまった。無愛想この上ないヤツだ。
呆気に取られたようにポカンッとしていた店長は、やれやれと溜め息を吐く俺を呆れたように振り返りながら、嫌味でも言うようにニヤッと笑ったんだ。
「なあ、東城くん。もしかして、今のが件のストーカーくんだったりしてね」
核心を突くような抉り込んだ言葉に一瞬、心臓が跳ね上がるような錯覚がして、俺は息をするのを忘れたように唾を飲み込んで…
「まっさかぁ!何言ってるんスか。アイツ、確かにちょっと根暗そうですけど、意外にいいヤツなんスよね」
笑ってそう言った。
店長はいまいちの表情をして肩を竦めたけど、それ以上は何も言わなかった。
ま、他人事だし。ホントはどうでもいいんだろう。
俺が店長でもそうしてるモンな。一応相談には乗るけど、それ以上のことは押し付けるな、ってのが今の世の中だ。
ああ、でも辻波が来たんだ。
相変わらず無愛想だったけど、いつものことだし、けどヤツを知らない他人にしてみたらヘンなヤツに見えるんだろうな。
ストーカーかぁ。
まあ、そんなモンなんだろうけど。
でも、アイツの無愛想の奥にはホント、いいヤツの素顔が隠れてるんだぜ?
あれだけプッシュしてもちっとも振り向いてくれなかった辻波が、ほんのちょっと歩み寄ってくれた、そんな気分だ。ああ、なんかマジ、いい気分だな。
ストーカーでもなんでもいい。
もっと俺を信頼してくれればいいのに…
こんなこと言ってると、まるで俺の方がストーカーみたいだ。
ヤバイやつだよな、俺も。