そんなことぐらい俺にだって判る。俺が知りたいのはそんな当たり前のことじゃなくて、奴らを退治する方法なんだ!
俺の名は槙村光太郎。人からは学生さんですか?と、よく聞かれる童顔だが、これでも20歳になる社会人だ。
冒頭のようなことを調べるために、わざわざ休日を返上してまで面白くもない図書館に来てるわけじゃない。…と、言っても、自営業の私立探偵に休日もクソもないんだが。
山のような分厚い文献に机を丸ごと一つ潰して頭を抱えていると、もう顔馴染の若い司書は苦笑するだけで何も言わずに通り過ぎていく。
平日の午前中ともなると館内はがらんとしていて、初冬にはありがたい木漏れ日がやわらかに天窓から差し込み、それはそれでここに来た甲斐はあったと思えるんだ。こんな何気ない、ふとしたことに喜びを感じる俺も、渇いてる現代人と言うワケか。
「やれやれ。どうしてこう、俺の事務所に持ち込まれる依頼ってのは、オカルト関係が多いんだろうな?」
受ける俺も俺なんだが。…と、言うことはつまり、俺自身、満更でもないってワケだ。…正直に言えば、そんな依頼でも受けないとやってられない、と言う奥の深い理由があるわけで、だけどそれをここで追求すると悲しくなるから敢えて触れないでおこう。
俺は誰もいないことをいいことに、盛大な溜め息を吐きながら半分以上やけくそで独り事を偉そうに呟いた。
「ま、美人の依頼なら断るわけにもいかねーよな」
「ってゆーか、そんな依頼でも受けとかないと生活ヤバイんじゃないの?」
不意に後方から声を掛けられて(と言うか、一方的に嫌味を言われて)、俺は流暢に日本語を操る聞き慣れた声の持ち主をうんざりしたように振り返った。
胡乱な目付きも仕方がない、仕事中なワケだし、できることなら会いたくない奴だからな。
「なんて目付きだよ。人がわざわざ訪日してやってるのに、もっとにこやかに迎えられないワケ?」
デカイ図体をオフホワイトのコートに隠した金髪の男は、不満そうに下唇を突き出すと、エメラルド色の双眸を細めながら腕を組んで俺を見下ろしてくる。
やや垂れ気味の双眸は、実はハッとするほど切れ味のいいナイフのような鋭さを持っていることを俺は知っている。
「アシュリー。別に俺はテレックスでも全然構わなかったんだぜ」
全然の部分で少し力を込めて言うと、巨体の男は俺の隣の椅子に腰掛け、長い足を嫌味たらしく組んで机に頬杖をついた。
お前は映画俳優か。
だが、悔しくもそう思えてしまうのは、巨体のわりにはスレンダーな体付きをしているからだろう。モデルにでもなれば、一世を風靡してビバリーヒルズの一等地に豪邸でも建てられるだろうに、敢えてコイツはダークサイドに身を隠している。
「酷いね。相棒が遠いニューヨークからわざわざ会いに来たってゆうのに、そんな言い方?」
「ふん、俺は殺し屋を相棒に持った覚えはない」
突き放すように言うと、変な顔をしたアシュリーの奴は不意にプッと噴出してから、フフンッと鼻で笑って偉そうに言い返してきた。
「殺し屋を辞めれば相棒にするってワケだ」
「そんなこと言ってねーだろッ」
「言いました。オレは確かに聞きました」
これでは子供の言い合いなんだが、このアシュリーと言う男と話すといつもこんな感じになってしまう。
世界を叉にかけて活躍(?)する、世紀の犯罪者としてインターポールやFBIに追われているこのSSクラスの殺し屋は、たまたま立ち寄ったこのちっぽけな日本のこれまたちっぽけな地方で知り合った俺を、どうしたわけか気に入ってしまったらしい。
最初は何を言ってるんだこの野郎、と思って相手にもしていなかったが、とある依頼で侵入した、とある重要機密機関のデータバンクでコイツの顔を見つけた時には、さすがの俺も腰が抜けるほどたまげたね。おまけにその時の注意事項が要注意人物でもなく、ただ、危険と言う文字だったからさらにゾッとした。
そう、ゾッとしたんだ。
俺はもしかしたら、とんでもない化け物に気に入られたんじゃないか、ってな。
今でも覚えている。真っ暗な部屋の中、モニターの薄明かりに浮かび上がる真っ赤な文字を。
「辞められるわけがないんだろ?滅多なことを言うもんじゃない」
「ふうん。心配してくれるんだ?進歩したね、嬉しいよ」
「誰が…ッ!って、もういいよ。で?情報ってなんだ」
俺が肩を竦めてこの無謀な言い合いにケリをつけると、アシュリーの奴は不満そうな顔をして唇を尖らせた。
仕種の1つ1つがいちいち子供っぽいのだが、それが女には受けがいいんだろう。奴のプライベートハウスには一軒に必ず独り美人の女が待っている。
貧乏探偵には羨ましい限りだぜ。
「心配するってことはもお、立派に相棒に認めてるってことなんじゃないの?」
「…あのな、俺は情報を聞いてるんだよ」
「どうしてそんな風に意地を張るワケ?別にオレのことを嫌ってるってワケでもないんでしょ?やっぱ、ダークサイドにいるせい?」
「~~~」
平気で人前でも自分の素性をくっちゃべるアシュリーを、以前はどれほど必死に止めていたか。今はもう、好きにさせてるけどね。誰が聞いたってコイツがラリッてるか、頭に春が来てる人だろうとしか思わないだろうからな。
ああ言えばこう言うアシュリーに真剣に頭を抱える俺を無視したヤツは、広げっ放しにしている分厚い文献をヒョイッと片手で持ち上げて、さして興味もなさそうな表情でそれを覗き込んだ。
「ヴァンパイアねぇ。まーた面白そうなことに手を出してるじゃない」
「勝手だろ、うるせーな」
と言って、文献を引っ手繰れたら立派なもんだが、さすがにそれはできないだろう。広辞苑の二冊分の厚さに四冊分の大きさだぜ?それを易々と片手で持ち上げるアシュリーが化け物なんだ。
「…なあ、アシュリー。お前はヴァンパイアが存在すると思うか?」
何故か突然、聞きたくなった。
何でかなんてことは判らない。たぶん、何かの本能なんだと思う。
「どうしたのさ、改まって。…うーん、どうだろうねぇ。このオレがこの世に存在してるんだから、何だってアリなんじゃないの?」
事も無げに言ってくれるぜ、この野郎。
屈託なく笑う垂れ目が無性に腹立たしいんですけど。
「お前に聞いた俺が馬鹿だった。もういいよ、外に出ようぜ。そろそろ人も来るだろう」
「オッケ。で、この本は片付けてもいいワケ?」
「ああ」
ふぅんっと気のない返事をして、アシュリーは五冊ほどある文献を一挙に持ち上げて、整然と並ぶ棚に戻しに行ってしまった。…まあ、楽はできたけど、もうこの図書館には来れないなぁと、何となくそう思った。
たぶん、それは確信に近い、んだろうな。やっぱ。
◇ ◆ ◇
秋が暮れてもうじき冬が来ると言うのに、今年の初冬は穏やかだなぁとか思いながら、やわらかい陽射しに縁側の猫みたいに目を細めてベンチに座る人影はどうやら俺とアシュリーぐらいしかいないようだ。
「実はさぁ、そろそろ日本に引越そうかと思ってるんだよね」
俺は危うく飲みかけていたココアを噴き零しそうになった。
と、突然何を言い出すんだ、この天然春男は!
「あのなぁ、アシュリー。俺はお前に情報を聞いてるんであって、てめぇの近況報告を聞いてるわけじゃねぇんだぞ!」
つーか、そんな恐ろしいこと、何があったって聞く気にはなれねぇよ。
日本に帰化するだって?俺の聞き間違いか、あるいはこんな時に限ってのヤツのお得意とするゾッとしない冗談なんだろう。
口元を拭いながら睨みつけてやると、アシュリーの奴はキョトンッとして首を傾げやがる。
「なんで?これだって立派な情報だと思うよ」
「…ってまさか、それが入手した情報って言うんじゃないだろうな?」
「うん」
そうだよと、殊のほかあっさりと答えられたもんだから、俺は二の句が告げられずに唖然としてしまった。
そんな俺を訝しそうに覗き込んでいたアシュリーは、やれやれと首を左右に振ってベンチの背に深く凭れると事も無げに言うのだ。
「日本に帰化しようと思うんだよね。ああ、別にコセキとか面倒くさいこともちゃんと処理してだよ?ほら、やっぱり相棒が日本で頑張ってるならさ、オレも日本に来たほうがいいかなって思うワケ」
勝手に思うなよ、そんなこと。
ダラダラと冷や汗を流しながら思い切り首を横に振ると、アシュリーは険しい顔付きをしてぐっと詰め寄ってくる。
美人に凄まれると怖いと言うが、顔が整ってりゃなんでも一緒だと思うぞ。
「別に光太郎くんの為だけってワケでもないんだよ。当分こっちで仕事をすることになるかもしれないからさ。気が向いたらまた手伝うし、じゃあね」
胡乱な目付きで睨んでたくせに、ヒョイッと立ち上がったアシュリーは、デカイ図体のわりに敏捷な動きでさっさと立ち去ろうとする。
「ああ、そうだ」
ふと立ち止まって、体格の差はどうあれ、まるでコロンボ刑事のようにヒョイッと振り返ると、人の悪そうな笑みを口許に浮かべて酷くあっさりと言うのだ。
「数日前に倒れた女優がいたよね。あれも同じ、ヴァンパイアと呼ばれる者の仕業だよ」
「なぬ」
何と言う大事なことを隠し球に持ってるんだよ、お前は!
思わず叫びそうになったが、それでなくとも目立つアシュリーと一緒にいるんだ、人目を気にして取り敢えず立ち上がって詰め寄ることにした。
「なんでそんなことお前が知ってんだ!?…って、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ!」
「あれぇ?確かオレは相棒じゃなかったんだよね。それじゃあ、何をいつ教えようとオレの勝手だし、教えるってことはつまり好意なんだから、お礼がもらえるってことだよねぇ?」
ぐっ、いきなり痛いところを冷静につきやがって。コイツのこう言う抜け目のないところが一番ムカツクんだが、大事な情報網だ、無下にもできない。
「判ったよ、一件につき10万でどうだ?」
「10万?たったの?」
俺にとっては死活問題の金額を〝たったの〟とか言うんじゃねぇよ。恐らく俺なんかじゃ到底拝んだことのない金額を報酬として支払われているアシュリーには、判らん問題なんだろうな。聞いた話だと、手付かずの通帳が何冊もあるらしい。羨ましいぜ…
「それ以上は無理だ。最高でもあと1万が限度なんだよ」
みみっちぃ話だが、食い下がらないわけにはいかない。コイツの知る裏ルートの情報は何よりも確実なんだ。正直な話、コイツの情報で過去何件もの依頼が解決したってことが何よりの証拠でもあるからな。
「11万か。泣けてくるほど安いね、オレの情報って」
何時になく嫌味の切れ味が鋭いな。かなり根に持ってんのか…くそぅ、どうしろって言うんだ?
「じゃあさ、オレが一つ提案するよ。それだったら、これからの情報は1件につき1万でOKにしてもいい」
「なんすか、その提案とわ!」
食い付きました、思い切り。何とでも言ってくれ、貧乏探偵ってのは時にはプライドだって捨てられるものなんだ。
フンッと鼻を鳴らして開き直ると、アシュリーは楽しそうにクスクスと笑う。その笑顔があまりに自然なものだから、ついつい見惚れてしまう。
「家賃を折半で光ちゃんのマンションに居候させてよ」
「…はぁ?」
思わず拍子抜けするほど呆れた提案に俺がポカンッとしていると、何を勘違いしたのか、アシュリーはちょっと真剣な表情をして見下ろしてきた。
「切実なんだよね。こっちに家を買うって手もあるけど、不動産屋を回るのも面倒くさいし…なんなら情報料はいらないからさ、居候させてよ」
家賃を折半して一緒に暮らすことを、ふつう居候って言うか?同居の間違いなのでは…
しかし!妙に流暢に話すくせにヘンなところで日本語に暗いアシュリーに、今は講義している暇などないのだ。
俺はその提案を二つ返事で快諾することにした。
…アシュリーの来日の、本当の目的がそこにあったと俺が知るのは、もう少し後のことになる。
◆ ◇ ◆
咽喉が渇く。酷い飢えだ。
水だ、水が欲しい!
息が苦しい…
水をくれっ!水だ…
いや、そんなものよりも。
もっと温くて滑った赤黒い液体をくれ…
◆ ◇ ◆
三人目の被害者は会社帰りのOLだったらしい。午前二時の、人通りの少ない路地裏での出来事だ。
ドラッグに狂ったジャンキーの証言では、奇妙にやつれた青白い顔をした長身のイケメンが、突然空から舞い降りてきて、若い女の咽喉元に覆い被さったのだそうだ。
「…で、その話を信じちゃうワケ?相手はジャンキーなんだろ」
契約上、既に狭い我が家に居座った巨体は直接床に胡座をかいて座り、俺のお気に入りのマグカップでコーヒーを飲みながら、新聞を読んでる俺を見上げてきた。
「そうは言っても、唯一の証人だからなぁ」
「まあね。狂った人間って言うのはさ、時折ドキッとするほど的を得たことを言ったりするからね。そう言う奴らほど実は賢いのかもしれないし」
人間を否定するのは何時ものことだが、時として奴は、酷く感傷的になったりする。
外国人的思想で言うなら、ロマンチストって奴なのかもしれない。俺にしてみたら、ご免こうむりたい寒気のする言葉だけど。
「それで、これからどうするつもりなの?オレはちょっと、明日は出かけるけど」
「どこに行くんだ?」
俺の言葉を待っていたかのように、アシュリーの奴はうふんっと笑って顔を近づけてきた。気色悪いぞ。
「知りたい?でも教えてやんないよ」
「なんでだよ!」
ムッとして聞き返すと、挑発するような笑みを口許に浮かべて鼻先をくっつけるようにして顔を寄せてくる。
下から覗き込まれると、何かバランスが狂ってしまう。いつも見下ろされっぱなしだからか?ふんっ!
「相棒でもないのにオレの行き先が気になるワケ?虫がいいんじゃないの?」
「う~、いちいち嫌味な奴だな!別にお前の行き先なんて気にならないさっ」
「強がってるね。本当は知りたくってウズウズしてるんじゃないの?探偵さん」
う、図星です。はい…って言っても!仕方ないんだよッ。
こいつの〝ちょっと〟は殺しか有益な情報収集のどちらかだからな、後者だとすっごい気になって夜も眠れないんだよ、正直な話。
「…そうだよ、聞きたくってウズウズしてる。情報収集じゃないのか?」
素直に答えると、奴はなんだか嬉しそうな顔をしてウチュッと、キ、キスしてきやがった!
何すんだーっと叫びたかったが、実はこれ、いつものことなんだよな。いい加減、俺も慣れればいいのに、外国人流の挨拶には免疫がないからいつもドキドキする。
「そんな風に、いつも素直でいてくれたらね」
奴に言わせれば、キスはご褒美なんだそうだ。アシュリーの育った環境では、それが日常的なことだと言うから、いくらカルチャーショックでも拒否しては何となく申し訳ない気がして、今に至ってるってワケだ。
「残念ながら、今回はただのお仕事です。ヴァンパイアの方は、光ちゃん頑張れ」
笑いながら床に座りなおしたアシュリーは、ムスッとしている俺にウィンクしてから満足そうにコーヒーを飲んだ。ブラックがお好みだとか、ふざけるなこの野郎。
仕事ってことは、〝殺し〟の方か。
確かに巨体だし、どうかすると近付き難い威圧感みたいなものを感じる時もあるけど、無害とまでは言わないが、こんな容姿を除けばどこにでもいるような天然春男くんがどうやって人を殺すんだろう。
自慢の怪力で?それとも、スマートに銃で一発ズドンッと?
う~、考えられん!
確かに某機密機関のデータバンクにその顔はデカデカと載っかってたけど、どうしたってこいつが人を殺すようには思えないんだよなー。人を食ったところはあるけど…それはそれで大問題か。
「どうしたの?人の顔をじろじろ見て。って、はは~ん。オレがあんまりハンサムだから見惚れてたね?いいよ、どんどん見ても。なんなら近寄ろうか?」
大きな猫科の肉食獣のようにしなやかな動きで近づいてくると、伸び上がるようにして俺の顔をまたもや覗き込んでくる。やめろ、気色悪い!
「見惚れたりなんかしてねぇよ!こんな春男でも生きてるんだなーって思っただけさ」
「ハルオトコ?なに、それ」
鳩が豆鉄砲でも食らったような間の抜けた顔をして首を傾げるから、俺はちょっとだけ噴出してしまった。ハンサムな奴でもこんな間抜けた顔をすればただの人だ。
「なんだよ、教えろよ」
俺があんまり笑うから、アシュリーは訳の判らない顔をしながらも、付き合うようにニコッと笑った。こんなところは憎めない、犬っコロのような奴なんだ。
人殺しねぇ…何かの間違いなんじゃないのか?
そうは思っていても、翌朝姿を消した奴が次の日の朝刊と一緒に帰ってくれば、嫌でも本当のことだと思い知らされる。
その新聞の一面に、デカデカと〝某企業グループ総帥、暗殺か!?〟の見出しが躍っていたりすればなおさらだ。
アシュリーはと言うと、素知らぬ顔でシャワーを浴びている。昨日の垢は綺麗に洗い流そうね、と、奴なりの口調で言えばそんな感じで。
やっぱり、あいつがやったんだろうか…
やったんだろうな、確実に。
アシュリー=ルウィン=シェラードは、れっきとした殺し屋なのだ。
◇ ◆ ◇
「ヴァンパイアぁ!?…って、あんたまた訳の判んないものに関わってんのねー」
久しぶりに高校時代の仲間と会うことになったファミレスで、開口一番に口を開いたのは悪友、御影彰の恋人の滝川すみれだった。
う~、コイツ苦手なんだよなぁ…
「そんなこと言うなよ、すみれ。結構な人数が襲われてるらしいじゃないか。お前も気をつけろよ」
彰が言うように、すみれは美人だ。今まで襲われた女性も美人が多かったからコイツも危ない可能性はあるだろう。
「あーら、あたしは大丈夫よ。そんなに軟じゃないもの。そんな変態なんてパンチでやっつけちゃうわよ!」
だから、探偵家業で最も大事な守秘義務って奴を無視して言ってやってんのに、コイツは~。
「お前のパンチで片付くようなら俺も警察も動いてないっての!そんなこと言ってる連中がヤられてるんだ、もっと真剣に考えろよな」
「なによ~」
この俺さまが有り難くも注意してやってると言うのに、すみれの奴はピンクのグロスでテカる唇をつんっと尖らせて外方向く。これだから、女って奴は…
「でも、光太郎くんの言う通りだと思うよ。すみれちゃん、夜遅いんでしょ?気を付けないと…」
これでも男です…ってぐらい言ってやらないと、傍目から見たらしっかり少女を地で行っている野崎勇一はオズオズと勝気女のすみれに言ってやる。
俺たちのグループのアイドルだったすみれを、きっとコイツもこんな顔して好きだったに違いないんだ。だから心配してやってるんだろうな。いい奴だよ、勇一って。
なのに、コイツときたら…
「あたしは大丈夫だってば!襲われたら襲い返してやるんだから。でも、勇ちゃんの方が心配よ」
まあ、それもそうなんだが…
勇一の奴、高校の時からヤローの痴漢にモテまくりだったんだよな、ヴァンパイアは女しか襲わないし、大丈夫とは思うんだけど。
「でさ、そのヴァンパイアの特徴とかあるの~?」
脇からチョコレートパフェに舌鼓していた山根翔太が、銜えていたスプーンを振り回して聞いてくる。
「それが…実に曖昧で。長身の痩せたイケメンらしいことは判ったんだけどな…」
「何、それぇ。ゼンゼン判ってないんじゃん!」
頬杖を付いたすみれが呆れたように言う。
う…まさにその通り、八方塞がりなのであります。ふん、どうせ無能だよ俺は。 八つ当たりするつもりもないけど、図星をさされりゃ誰だって熱くなるもんさ。
アシュリーの真似してブラックを注文したけど、やめとけば良かった。苦さが胃に染みて気持ち悪くなりそうだ。
カフェ・ラテにしとけば良かった…
「ヴァンパイアなんて雲を掴むような話しだ。そんなに情報がゴロゴロしてたら警察なんていらなくなるだろう?一週間かそこらじゃ、無理だって」
ナイス、彰!
やっぱり持つべきものは友達だー。
「でも、信じられないな~。だってさ、吸血鬼なんてこの世にいると思うー?きっと、ブラム・ストーカーの熱狂的なファンが起こしてる連続猟奇殺人事件だってばー」
独特な口調が特徴の翔太は、両肘をテーブルにつけて所在なさそうにパフェのクリームをスプーンで掻き混ぜながら、相変わらずの間延びした口調でそう言うと俺を上目遣いで見上げてくる。
「それはそれで困るよなー。実際、襲われた被害者の首には牙の痕も残ってたらしいんだ。全体の30パーセント以上の血液もなかったらしい」
「僕、読んだことあるよー。プロファイラーの本」
「茶化すなよ、翔太」
彰にすかさず窘められて、翔太の奴は悪びれた風もなく舌を出す。
「光太郎君はそれで、僕たちが何か知っていたらって思ったんだね」
はい、その通りでございます。
こいつらは何やかんや言いながらも、それぞれがみんな某有名企業や某研究施設に入社してる超エリートなんだ。
高卒でエリート?って馬鹿にするなよ、今の企業も施設も、ほぼ全社と言ってもいいぐらい独自の学習機関を持っているんだ。
有名な話しでいけば、通信教育とか付属大学とか、そんなものかな。
「他力本願ねぇ!もうっ、利用できるものなら親でも使うって手合いでしょ?」
いや、使えるもんなら殺し屋だって使っちゃうような手合いです。
すみれは某有名な研究所に勤めてる。こう見えても、帰国子女の典型的な才女なんだ。
「僕、知ってるよー。ちょっと前まで、ネットにのっかってたもんねー」
「おお、インターネット!で?それってどんな情報だったんだ?教えろよ、ケチくせぇなぁ」
「自分で調べればー…って言っても、もう載ってないけどねー」
「なんでだよ!?」
いつも眠たそうな半開きの目をした翔太は、スプーンをグラスに投げ入れて頬杖をつくと、何の感情も見せないシレッとした表情で俺を見た。
「あのねー、光太郎。情報って言うのはさー、いつも動いてるものなんだよねー。表向きの安っぽいエセ情報ならすぐにでも入手してあげられるけどー、アングラだともうダメ。流れてるからー」
「??どういうことだよ?」
翔太はダメな奴だなー、とでも言いたそうな呆れた表情をして首を左右に振った。
またこう見えてもだが、コイツはネット管理者だとかそんなことをしてる、俺にも良く判らない職種に就いていたりする。ハッキングだとかはお手の物らしいけど、俺はネットの仕事をする奴らってのはもっとこう、ビシッとした格好をしていて、神経質な奴が多いのかと思っていた。
でも、翔太はどう見てもボーッとした、どこにでもいる兄ちゃんだ。
「古い情報は手に入らないってことだよー。リアルタイムに時間は流れてるからねー。ログが消されてるってのがオチなんだけどー…でも」
「でも!?でもってなんだよ!?」
翔太の奴は勿体ぶるようにジーッと俺を見ていたが、ニヤッと笑って詰め寄ってきた。
「面白そうな情報だったからさー、光ちゃん好きかなーって思って、一応ダウンロードはしてるんだよねー」
「送ってくれ!すぐにっ」
「もう、翔太ったら光太郎にだけは優しいんだから」
不服そうにすみれは唇を尖らせて、あたしには何にも情報くれないーとか悪態を吐いている。そりゃそうだろう、グレイだとかラルクとか言う流行のバンド連中のライブチケットの予約状況だとか、そいつらの裏情報をくれっつったって、あんまり馬鹿らしすぎて相手になんかできるもんか。
「いいよー、でも条件もあるんだー」
「う、条件ってのはつまり、情報料ってことか?俺、今金欠なんだよな」
コイツの情報料がまた、高いんだ。いつもは昼飯とかそんなもんに化けて安上がりなんだけど、コイツがこんな顔する時は、決まって何か凄い厄介事が条件になるんだよ。
「はっはっはー、情報料なんて取ったことないじゃんー。そんなことじゃないよー、ほら、例の彼、アシュリーって言ったっけ?彼のことについて、ちょっと教えて欲しいんだよねー」
「うえ?」
唐突に出たヤツの名前に、俺は思わず変な声を出してしまった。
まさかアシュリーのことが話題に出るとは思ってもいなかったから、俺にはそれに対する準備ってのができていなかったんだ。
「アシュリーのことか?」
「そう」
にこーッと穏やかに笑う翔太に、まさかヤツはただの人殺しだよとは言えないよなぁ、絶対。言っても信じてくれないだろうし…
「ちょっとぉ、翔太。いくら友達だからって、あたしたちとは別の時間の間でできた友達のことを聞くなんて失礼よ」
たまにはいいことを言ってくれるすみれに感謝しながらも、どうして翔太が突然アシュリーに興味を持ったのか首を傾げてしまう。
「う~ん、僕は光ちゃんが大切だからさー。危険からはできるだけ遠ざけたいんだよねー」
ギクッ…ってまさか、翔太はアシュリーの素性を知ってるとか?まさか…な。
「危険も何も、光太郎は進んで自分から危険に突き進んで行くんだぞ?いくら俺たちが止めたって無理だろう。卒業の時もお前が散々止めたってさ、言うこと聞かなかったんだからな。それをまた繰り返すのか?」
物好きだなぁと、彰が呆れたように首を左右に振って背凭れに凭れた。
「そうだよ、翔太くん。それに、あのアシュリーって人、なんだかとても優しそうに見えたよ。とても光太郎くんに危害を加えそうには見えなかったけどな」
以前にこんな風に会ってるときに、ひょっこり姿を見せたアシュリーを、こいつらはこいつらなりに観察してたんだな。
そう言えば俺もデータバンクにハッキングしたことがあった…まさか、翔太の奴もあの機密ファイルを検索したんじゃ―――…
「ま、いいんだけどねー。今はそんなことよりも情報をあげるから、早く依頼を片付けなよー」
まだ、何となく納得していないような表情をしていたが、『今夜中に送信しとくよー』っと言って、その話しはそこで打ち切りになってしまった。
しかし、翔太の奴、本当に何も知らないのかなー?うーん、いまいち正体の掴めない友人だからな、翔太ってヤツは。
…謎だけが残っちまう。嫌な気分だ。
◆ ◇ ◆
若い女がいい…健康で、処女ならもっと理想的だ。
細い女よりも、肉の付いた女がいい…
首筋にくっきりと、脈打つ静脈が魅力的なら。
それだけでいい…
体が熱い…
もっと、強かな興奮が欲しい…
◆ ◇ ◆
「いいかげん、ケータイぐらい買い換えなさいよ!」
遅れてるんだから!と叫ぶ、ちょっと酔っ払ったすみれを抱えた彰たち一行と別れて、俺はぶらぶらと歩きながら帰途についた。
繁華街を離れた路地裏は寂れていて、危険な匂いもプンプンするが、俺はここを通るのが一番好きだ。
人生の裏側みたいで…と、以前アシュリーだったか、誰でもいい、尋ねられたときにそう言ったら、それは俺が幸福に育ったからで、人生の裏側なんか見たこともない人間だからこそ憧れてるんだろうなと言われたことがあった。
そうかもしれないし、違うかもしれない。
いや、多分その通りなんだろう。
だからこそ、本当は危険なダークサイドの匂いがプンプンするアシュリーといても、それを否定しながら離れようとしないんだ。
久し振りに連中と会ったせいか、俺は冷静に色んなことを考えながら歩いていた。
「?」
ふと、何か気配がしたような気がして、俺は後方を振り返った。しかし、誰もいない。
おかしいな、こんな寂れた裏通りだ、いくら俺だって警戒ぐらいはしている。これでも少林寺と空手はマスターしてるからな、殺気だとか、そういったものには敏感になるよう訓練も受けた。
至る所に如何わしい行為を目的にしたお姉ちゃんや、ドラッグのバイヤーが物陰に姿を潜めているのは判る。だが、この気配はそんなどこにでもある生易しいものじゃなくて、もっとこう、研ぎ澄まされた圧迫感のような…殺気…?
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
と、突然、夜の静寂を引き裂くような女の悲鳴が響いた。表通りならいざ知らず、裏通りの女の悲鳴には誰も気を留めようとする奴はいない。
犯されているか、ドラッグ中毒のイカれた女が狂ったように叫んでるかのどちらかだからだ。誰も危険を冒してまで、こんな場所に足を踏み込もうなんて物好きはいないんだ。俺以外は。
今の声はどう聞いても、死を前にした女の洩らす断末魔のように聞こえた。
空耳ならいいんだが…
俺は走り出して、祈るような思いで表から見れば瀟洒なビルの角を曲がる。そこには―――
月明かりの中、黒コートを翻す長身の男がぐったりと意識を失っている女を抱えて呆然と立っていた。
白い華奢な腕はだらりと垂れ、何処から連れて来たのか、裏通りには不似合いな綺麗な女だった。がくりと仰け反った白い華奢な首筋には、牙の痕がくっきりと刻まれている。鮮血は、止め処なく溢れていた。
女の命は、その血潮と同じぐらい、もうすぐ途切れてしまうのだろう。
マジかよ、件のヴァンパイアにこんなところで逢うなんてな。
虚ろな眼をしたヴァンパイア野郎は、呆然と腕の中で生き絶えていく女の苦悶の表情を見下ろしている。唇の端からは、ゾッとするような赤黒い液体が零れていた。
うん、その通りだと思うよ翔太。コイツはきっと、ブラム・ストーカーの熱狂的なファンで、女の咽喉を見たら噛み付かずにはいられないって言う変態なんだ。
不意に、青白い相貌をしたヴァンパイアはゆっくりと顔を上げ、虚ろだった光る眼に生気を取り戻すと、息を呑んで立ちすくむ俺を禍々しく睨みつけてきた。
〈男には用はない…若い女の生き血だ!もっと、もっと…ッ〉
声…ではなかったのかもしれない。それは目の前の男が持つ壮絶な思念のようなものが、俺に声として認識させただけのただの幻聴だったのかもしれない。
「女を離しやがれっ!俺が相手だ」
取り敢えず、死にかけてるお姉さんを放っておく訳にもいかないので、俺は戦闘態勢の構えで狂った変態野郎にそう叫んでいた。
俺の怒声は痛く奴の神経を逆撫でしたのか、ハッと気付いて横から飛んでくる足を両腕でカバーしていなかったら、確実に俺の横っ面は陥没していたに違いない。
横に思いっきり吹き飛んだ俺の体はビルの壁にぶち当たり地面に這いずると、口の中を切ったのか、それとも内臓を損傷したのか、どちらにしろ温い鉄の味が口いっぱいに広がって、思わずその場にガハッと吐き出してしまった。咄嗟に受身を取ったものの、それでもきっと腕は折れてるだろう。
「う…、ぐっ…ちく…しょぉッ」
何とか上半身だけでも起こそうとのた打ち回る俺の目の前で、どんな速度で回り込んできて蹴りを放ち元の場所に戻ったのか、平然とした男は腕に抱えていた女をまるで壊れた玩具でも扱うように投げ捨て、ゆっくりとした歩調で近付いてきた。
「痛そうだ。ああ、じっとしていなさい。腕の骨が砕けているかもしれないからね…」
「う、ぐわッ」
そう言って、奴は俺の腕を捻り上げて上半身を起こさせると、腕はそのままで顔を覗き込んできた。
長身の、ともすれば女にさぞやモテるだろう甘いマスクの男は、苦痛に歪む俺の顔を不思議そうに首を傾げながら覗き込んでくる。
「君は…数日前から私の行動を探っていた探偵だね。子供のような顔をしていたから覚えているよ」
何だと!?いったい、いつ顔を見られていたって言うんだ!…って言うか俺、こんな優男の顔は知らないぞ!
「ああ、少年でもいいね。君にはあの阿婆擦れにはない、清純な清らかさがある。今は早いけれど、脈打つ鼓動も穏やかな美しい音色だ。素晴らしい、これほど理想的な人間がこんなにも近くにいたとは…神よ、許したまえ。しかし、もう一つ贅沢を言わせてもらうならば、少女だったらどんなに良かったことか…」
何を…言ってるんだ?
痛みは既に限界に達していて、俺は霞む頭をしっかりさせようと、両目を歪めながら必死でヴァンパイア気取りの優男を睨みつけた。
「ここに口付ける時、大抵の女は悲鳴を上げるが、それは私が乱暴なキスを好むからだ。しかし、君は優しくしてあげようね。これからの私の大切な伴侶となり、糧となるのだから…」
お喋りな男の言葉は淀むことなく続き、俺は朦朧とする意識の中で、そんなことは絶対にお断りだと叫んでいた。
「苦痛に歪む顔は快楽の表情に良く似ているから、つい乱暴になってしまうのだ。だがそれは、私が君たち人間を愛おしんでいるが故の行為。愛の証なのだ」
「愛の証ねぇ。オレにしてみたらそう言うことは然るべき人種とした方がいいんじゃないかと思うよ。そっちの方が楽しめると思うしね。少なくとも、オレの光ちゃんは苦痛が好きって人種とはちょっと違うんだよね」
大いに違う!…とこの状況で叫べたのなら俺も天晴れなもんだが、実際に口から出た言葉は情けない呻き声だけだ。畜生…ッ。
離してくれる?と、まるでちょっとそこでコーヒーでも買ってきてくれる?と尋ねるような気安さでそう言ってから、白いコートに巨体を包んだ男はポケットに手を突っ込んでテクテクと歩いてくる。
ギョッとして振り返ったヴァンパイアの腕から手が離れ、俺はそのまま地面に逆戻りしてしまった。
「う…」
「あらら。乱暴にしないでくれる?光ちゃんは普通の人間だからね、ちょっと触っただけでも壊れちゃうんだよ。だから大事に、そっとしないとね」
どうかしなくても、明らかに人を食ったようなふざけた声音に、しかし、ヴァンパイア気取りは油断なく気配を窺いながらゆらりっと立ち上がった。
「何者だ?気配を感じなかったが…」
「そう?変だなぁ。そうと判るようにちゃんと殺気は出してたんだけど…ああ、そうか。可愛い光ちゃんに気を取られていたから気付かなかったんだよ、きっと」
「ふ…ざけるな…っ…よ、アシュ…リー!」
思わず咽て咳き込むと、心配そうに眉を寄せた大男は痛々しそうに俺を見て、それからヴァンパイア気取りに笑いかけた。
「ヴァンパイアハンターになるつもりはないけど、お望みとあれば何だってするよ。光ちゃんを返してくれないとね」
ヴァンパイア気取りは暫くそんなアシュリーを眺めていたが、不意に、クックッ…と咽喉の奥で笑うと首を左右に振った。
「なるほど、君は私と同属か、或いはそれに最も近しい種族のようだ。クク…よくよくこの少年の血は魔を好むらしい。いや、魔がこの少年の血を好むのか…どちらにせよ、可哀相に。とんだ化け物に惚れられるとは…」
「お喋り好きのヴァンパイア。もっと喋ってオレを怒らせるのか?それとも、素直に光ちゃんを解放するか。どちらを選ぶ?尤も、後者を選んでも光ちゃんは君を追い続けるだろうけどね」
最後の方を少しだけ不服そうな声音で言ったアシュリーに、澄んだ大気に浮かび上がる月の、その幻のような明かりの中で佇む空想上の妖魔は気の毒そうに眉を顰めた。
「残念だが、君の愛する探偵が捜し求めているヴァンパイアは私ではない。彼は、いや彼らは、遠き異国の旅人だ」
「何だって」
不意に、アシュリーの顔色が曇る。
それは月のか細い明かりの中にあっても読み取ることができるほどハッキリとした変化で、訝しむ余裕すらない俺にだって不安を覚えさせる威力があった。
漆黒のコートを翻したヴァンパイア気取りは優雅な一礼を残すと、それに答えることなく闇に溶けるようにして唐突に消えてしまった。
あれはやっぱり本物の吸血鬼だったんだろうか…
いや、そんなことよりもアシュリーのあの態度は何なんだ!?
「アシュ…」
「光ちゃん。ほらね、オレが言った通りだったでしょ?相棒にしていれば、こんな不測の事態にだってもっと早く駆けつけられたのに…」
近付いてきた白いコートの大男は屈み込むと、苦痛に歪む俺の顔を痛々しそうな困惑したような、複雑な表情をして見下ろしてくる。
「う、るせ…助け…な…か、いら…ね」
そんなことよりも…
俺の精一杯の強がりを、奴はいつも通りに笑うのでもなく冷やかすのでもない、困ったような表情をしただけで何も言わなかった。
「う…っ…」
無骨そうに見えるのに、驚くほど繊細な仕種で労わるように俺を抱き起こしたアシュリーは、そのまま何も言わずに抱き締めてきた。
そんな風にされるのは初めてだったし、俺自身、かなり緊張していたのか、幾つもの疑問が頭を悩ませていると言うのに、逃げ出したいのか何かに縋り付きたいのか…許容範囲を大幅に越えた俺の脳味噌は手っ取り早く後者を選んだようで、意識を手放すことに成功したのだった。
アシュリーの物言いたそうなエメラルドの双眸に守られながら、霞む意識の中でその規則正しい心音を静かに聞きながら…