「光太郎?何、ボンヤリしてるんだよ。何か見えるのか?」
「彰」
悪友で幼馴染み、果てはクラスメイトでお隣さんと言う御崎彰が視線の先を追って校庭を眺めていたが、然して面白くもなさそうに肩を竦めると呆れたように光太郎を見下ろしてくる。
「終ったなら帰ろうぜ。途中で寄りたい所もあるし…」
「本屋?」
「うん。調べたいことがあるんだ」
それなら学生の本分として図書室にでも行けばいいのにと呆れながらも、光太郎は立ち上がると学生カバンの代わりに持って来ているスポーツバッグに教科書を詰め込んだ。
「お前ってさぁ、呆れるぐらい律儀だよな。今時、教科書なんて持って帰る奴いないよ?」
彰が薄っぺらの学生カバンを持ち上げて見せると、光太郎はムッとしたように唇を尖らせて抗議する。
「俺は真面目なの!予習もすれば復習だってするよ」
それすらもしないで主席をキープする彰がおやおやと眉をおどけたように上げると、そんな嫌味にも慣れっこの光太郎は肩を竦めてさっさと教室を後にするのだった。
「昨日の特番さ、観た?」
帰り慣れた道を、肩を並べて歩く彰が不意に思い出したように口を開いた。
(昨日の特番って言ったら…確かオカルト物だったっけ?)
興味を惹かれるほどの番組でもなかったのでその内容を半分以上は忘れていた。
裏覚えで首を傾げる光太郎は、傍らを歩く文武両道にして健康優良不良少年の彰を見上げた。
教師たちも一目置くような、今世紀が生み出した最高の傑作だと謳われる頭脳の持ち主は、何故か無類のオカルトマニアだったりする。
「うん、まあボチボチ観たよ。何か面白い特集とかあったっけ?」
「なんか歯切れの悪い言い方だなぁ…ま、いいか。あったよ、ホラ。あの雷のヤツ」
疑い深く双眸を細めはしたものの、すぐに大好きな話題に集中した彰は目をキラキラと好奇に輝かせて頷いた。その様子を、光太郎はいつものことながら不思議そうに見守るのだ。
(頭のいいヤツってオカルトだとか超常現象だとか、そう言った迷信は普通信じないよなぁ…)
しかし、この彰と言う今もって謎の生き物は、心霊現象から科学では説明できないものまで、幅広い超自然現象が大好きなのだ。科学で説明できないのならこの俺さまが説明してやろうと考えているようで、当人はよしとしても、それに付き合わされる光太郎にはいい迷惑だとしか言いようがない。
去年の夏も【UFOを呼び出すぞ!】と息巻くと、幼馴染みの光太郎を連れ出して近所の山にキャンプに行った。
それぐらいのことならさすがに光太郎も文句は言わないだろう。そう、ただのキャンプならばである。
しかし、そうは問屋が卸してくれないのが彰と言う奴だ。
夜通し徹夜に付き合わされた挙句、訳の判らない呪文らしきものを夜明けまで詠唱させられたのだ。迷惑以上の何ものでもないだろう。
しかも父子家庭である光太郎の風来坊の父親などにいたっては、母譲りの優しい気立ての光太郎を強くしてくれると手放しで喜ぶから堪らない。彰には絶対的な信頼があるようで、何度、息子が死にかかったか判らないと言うのに笑顔で送り出すと言う有り様だ。いや、判ったとしても送り出すだろう。光太郎の父親とはそんな男なのだ。
(父さんにしても彰にしても、どうしてこう、天才って呼ばれるヤツらは変人になっちゃうんだろう)
天才的な冒険家───、それが光太郎の父である秋胤光夜の世間での呼び名である。
今も世界の何処かを飛び回っているのだろう。
「光太郎、おい!光太郎ってば」
どうやらトリップしていたらしい光太郎はハッとしたように目を瞬かせて、照れ隠しのようにエヘヘ…っと笑ってみせた。
「まだ夕方だぜ?雨が降ってて暗いからって、立ったままで夢なんか見るなよな…て言うか、寝るなよ」
「寝てないよ!…それで?雷がどうしたって?」
わざとらしく怒った口調で言い返す光太郎の、その照れ隠しの仕方にも慣れている彰は然して気に留めた風もなく、それよりも楽しい話題の方を優先することにしたようだ。
「雷だよ、雷!ピカッと光ってズドンッ」
「…ズドンッは嫌だなぁ。彰が言うと本当になりそうで怖いんだよなぁ…」
グズグズと嫌がる光太郎は何となく涙を零す曇天の空を見上げた。
「雷が落ちた飛行機が、確か乗客と一緒に過去にタイムスリップしたって言う、アレのことだろ」
思い出したくない事柄と言うのは嫌でも思い出すもので、ワクワクしている彰に光太郎は傘の柄の部分を持ち直しながら溜め息を吐いて呟くように言った。
「そう、それだよそれ!ああもう、光ちゃん!判ってんじゃん」
「で、それがどうしたんだ?」
結局、盛り上がる彰に水が差せない、良く言えばお人好し、悪く言えば優柔不断の光太郎は苦笑しながら先を促した。
「人間の体は微弱ながらも帯電してることは知ってるだろ?機体が鉄だったから、あの飛行機は余計に電流を通したんだ。それで内部にいた乗客の持つ電流と相俟って爆発的な放電をしたんじゃないかな。そのショックで機体ごと過去にタイムスリップしたってワケだ」
詳しい仕組みになど興味のない光太郎は、それでも感心したように相槌を打って頷いた。しかし、彰はそんな光太郎を好奇に目を爛々と輝かせて振り返る。
「でもどうして過去なんだ?」
「知らないよ。彰が知らないのに、どうして俺が判るんだよ」
つまりタイムスリップの原理などには少しも興味がなかったと言うわけで、眉を寄せて唇を尖らせる光太郎に彰は奇妙な疑問を口にする。
「未来だっていいじゃないか、なあ?それよりも俺が気になるのは、この世界中の到る所に開いてるアナザーワールドの扉なんだよな。未来だとか過去だとか、そんなありふれたものじゃなくて、どうして異世界に飛ばされないんだろう…?」
雷が落ちたらUFOに会えると聞けば、他人の迷惑など顧みずに〝俺たちの上にも落ちないかなぁ…よし!試してみようぜ〟などとほざく罰当たりなヤツだ。現在、危ない人ラインのギリギリでフラフラしている彰の心境に、光太郎はハラハラしながら口を開いた。
「俺たちの上に雷が落ちたからって、あの飛行機と同じ事が起こる、なんてまさか考えてないよね?起こらないから!ほぼ、絶対!」
不安そうに眉を寄せて言い募る光太郎に、いまいち納得していないような不満顔で唇を尖らせる彰は、それでも諦めきれないように呟いた。
「わかんないじゃん。奇跡ってのは滅多に起こらないけどさ、必ず起こるからその言葉があるんじゃないのか?」
やっぱり考えていたのか…と光太郎はクラッと眩暈を覚えたが、ここで負けるわけにはいかないので応戦する。
お人好しの光太郎でも命は惜しい。
「そうかもしれないけど。だって彰だって言ってたじゃないか。そう言う奇跡は特殊な状況下でしか起こらないって…むやみやたらに起こらないから興味深いんだって」
「だから雷なんだろー?」
どうしても諦められないように不服そうに眉を寄せる、言い出したら聞かない彰に光太郎は呆れたようにやれやれと溜め息を吐いて首を左右に振った。
「俺たち、あと1年もしたら社会人なんだよ?そりゃあ、頭のいい彰は大学に進学するだろうけど。だからさ、そう言うコトは研究室に入って勉強したらいいんじゃないの?」
何を言っても、こと超常現象に関してだけは揺るぎ無い信念を胸に抱えている彰の意思の強さに、結局は危なくないと自分で判断できるレベルの問題には付き合うことになってしまう。
そんな自分に苦笑しながら、納得していないんだようと眉を寄せる悪友に首を傾げて笑って見せた。
「結局、凡人の俺にはいくら言ったって判んないってコトだよ」
「う?」
身長も高く、スポーツにも秀でていて女の子の人気もある文武両道で青春街道まっしぐらの彰の、そんなちょっと情けない表情を見られるのは光太郎だけだろう。その分、リスクも背負っているのだ。まあ、あまり有り難くもないのだが。
光太郎は、風が少し吹けばサラサラと舞うような、重いイメージを払拭するような柔らかな髪質を持ってはいるものの、茶髪が横行する今時には珍しい見事な黒髪の持ち主だ。
日本人らしい、はにかむような奥床しい柔和な笑みが、お人好しと呼ばれる所以である。
小さな頃からその優しい笑顔を見てきた彰は、それがニセモノではないことを知っているからこそ、それ以上は何も言えなくなる。
光太郎本人は17年間一度も気付いてはいないが、それこそが彰を黙らせる一発必中の隠し技なのであった。
「ちぇ。じゃあ今度、一緒に試そうぜ。その時まで危険にならないように調べておくからさ」
念を押すように唇を尖らせる彰に、光太郎は頬を引き攣らせて乾いた笑みを浮かべた。
(どうしたって試す気なんだ───…)
某有名大学の大槻教授とは正反対の考えを持つこの天才の今日の予定である調べものとは、どうやらそのことについてだったらしい。
「彰ってどうしてそう、不思議なことに夢中になれるんだろうな」
「お前がクールすぎるんだよ。もっと柔軟に物事を考えて、熱くデッドヒートした方がいいんだって」
「そう言うもんかなぁ…」
「ぜーったい、そうだって!今だけだぜ?青春真っ盛りなんだからさ♪」
「何だよ、それ。古ッ」
シトシトと陰気に降り続ける雨模様とは裏腹に、青の傘と派手な黄色の傘の下からは陽気な笑い声が響く。
と。
不意にピカッと辺りを白く光らせて、ビクッとしたところを曇天の空を揺るがせる雷鳴が襲ってくる。
「うっわ。マジでやべーかも。走ろうぜ!」
空を見上げていた彰が首を竦めながらそう言うと、光太郎も同じような態勢をとりながら同感したように頷いた。
家は隣同士だ。走って帰れば同時にゴールインできる。
まあ、百歩譲って彰が光太郎に合わせれば、の話だが。
しかし、彰はこう言う時は必ず光太郎に合わせていた。生まれ月も日にちも一緒の二人である。双子のように以心伝心もできるのだから凄い。彰は超常現象を調べる前に、まずは光太郎との目に見えない繋がりから紐解いて行けば何れ全てが判るのではないだろうか?もちろん、本人はそんなことには少しも気付いてなどいないのだが…
ほぼ同時に走り出したまさにその時、唐突にそれは牙をむいて襲いかかってきた。
まず、大地も周囲も真っ白になった。
眩い閃光はその瞳を閉じさせ、光太郎をその場に立ち竦ませるには充分だった。長い時間そうしているようにも思えたが、すぐにそれが錯覚であることに気付いた。
何故なら、瞬時に襲ってきた耳を劈くような轟音と、身体中がバラバラに砕け散りそうな激痛にショックを受けたからだ。
何処かで滅茶苦茶に叫ぶ彰の声が聞こえたような気がする。名前を呼んでいるような悲鳴のような…それともそれは自分が叫んでいたのだろうか…
何もかも判らなくなって、まるで前後不覚になったように唐突に光太郎は意識を手放してしまった。
薄れゆく意識の中でただ1つ、ハッキリと脳裏によぎる確信がある。
それは。
雷が落ちたのだと言うこと。
それだけがハッキリとしていて、その他のことは全て夢の中での出来事のようだと思っていた。
目が覚めたら、突然倒れた自分をビックリした彰が心配そうに覗き込んでくるのだ。
早く目覚めよう。
早く。
そう。
早く…