もう、どれぐらい時間が経ったのか、既に時間の感覚は完全に失せていると言うのに、長時間甚振られている後腔の感覚は一向に鈍らず、それどころか、異常なほど研ぎ澄まされた快感に、大きく割り開かれて、肩に担ぐようにして折り曲げられた足だけが、無情な悪魔が動く度に頼りなく虚空を蹴り上げるぐらいだ。
『君…ホントに可愛いわ。レヴィアタンには勿体無いぐらい』
クスクスと、耳元で囁かれる甘い、優しい声音は、ずっと聞き続けていたせいか、それだけで妖しい気持ちに背筋がゾクゾクする。
「んぅ…ぅあ!……あ、も、…やめ……ッ」
囁きと同時に耳元を舐められて、その熱い感触にも敏感に反応したら、またクスッと笑われて、今度は耳朶を甘く噛まれてしまう。
『やめないでってこと?光太郎ってば、結構大胆だよね』
「んな…ワケ…ない!……ァスタロ、トが、……タフ…ぅあ!」
思い切り突き上げられて、思わず逃げ出しそうになる肩を掴まれると、上体を倒しているアスタロトに力強く引き戻されて、思うより深い部分まで抉られた俺はまた切なげに鳴いてしまった。
コイツ…ホント、なんて絶倫なんだ!?
あれからとうとう、一回も抜かずにそのまま、延々と犯られ続けてるんだ。
冗談じゃねーよ!
もう、俺の尻の中はアスタロトが吐き出した精液で溢れ返ってるから、この体力無限の絶倫馬鹿悪魔が欲望を抜き差しする度に、グチュグチュッと厭らしい湿った音がして、含み切れなくなっている大量の白濁がブジュッとヘンな音を立てて吹き零れて内股を汚しているのがありありと判るから、自然と眉が寄ってしまう。
『絶倫ってコト~?あれぇ、光太郎は知らないんだ??悪魔にはねぇ、果てるって言葉はないの。可愛い子がアンアンお強請りすれば、永遠にだってご奉仕できちゃうんだから♪』
「ぐ…は!…ッ、そ、れじゃ…俺……ッッ…死ぬッ!!」
いや、マジでホントに死ぬから、だからもうやめてくれよ~
真剣に泣きが入る俺なんか端から無視して、アスタロトは愉しげにクスクスと笑って啄ばむようにキスしてくるんだ。
ああ、でも…悪魔に果てはないのか。
と言うことは、レヴィは俺とのセックスを、それほど愉しいとは思っていなかったんだなぁ…う、こんな時なのに俺、思い切り泣きたくなった。
本当はアスタロトなんかじゃなくて、レヴィに心行くまで抱いて欲しかったのに。
そんなこと考えてたら、不意に本当に泣きたくなった。
俺、いつからこんなに女々しくなったんだろう。
「んぁ!…ヒ……ッ」
アスタロトの激しい突き上げに、思考が中断されて、俺はもうグチャグチャに乱れてしまっているシーツをギュッと掴むと、与えられる衝撃に堪えようと唇を噛み締めてしまう。
『アタシと寝てるのに何を考えてるの?ねぇ、レヴィアタンのコト??…今頃、ヴィーニーと一緒に眠ってるかもしれない、あの薄情な悪魔のことを考えてるのか』
馬鹿だね…と、囁くようにして呟くと、震える瞼を押し開いて、ムッと眉を寄せる涙目の俺を見下ろしてアスタロトはちょっとだけ切なそうにクスッと、綺麗な唇を笑みに象った。
馬鹿みたいだ。
俺じゃなくて、言った本人が傷付いてるんじゃ、そんなの意地悪でもなんでもないんだぞ。
「バ、カなのは、お前だ」
半分以上、呆れるぐらい掠れた声で囁けば、アスタロトは静かにクスッと笑った。
『…あのね、光太郎に良いことを教えてあげる。アタシに優しい貴方だもの。お礼をしないとな』
悪魔がお礼?
これ以上何か要求されても、俺の身体はガタガタだぞ。
おいおい…と、こんな状況なのに馬鹿げたことを考える俺なんか無視して、アスタロトは激しく攻めたてるのをやめ、やけに優しく抱き締めたりするから…却って怯えてしまう。
悪魔が優しいときなんて、きっと碌なモンじゃない。
『悪魔にはね…』
怯えている俺の気配は感じているはずなのに、アスタロトはやんわり抱き締めたままで静かに囁くようにして言った。
『自制心とか、我慢…なんて言葉がないワケよ。殺したければ殺すし、唆したり、貶めたり、やりたい放題が、云わば悪魔の悪魔たる所以ってヤツでさ』
「…だ、から?」
それがどうしたんだと、そろそろ抜いて欲しいと切実に望む俺を無視して、アスタロトは淡々と言葉を続ける。
『だから?…ったく、ねぇ。判らないのか?悪魔はこんな風に、犯したい時に好きなだけ犯るんだぜ。それなのに、レヴィアタンは別だった。何故だと思う?』
何故って…んな、こんなあられもない格好して、急所を責められ続けている今の俺に、正常に思考回路が作動してるから質問した…とか言ったら張り倒すぞ、的な目付きで睨んだら、そんな色っぽい目付きで睨まれても堪えませんと鼻先で笑われて、思い切り項垂れる俺を、やっぱり無視してアスタロトは言ったんだ。
『愛しすぎて壊してしまわないように…そんな心配をしてしまうほど、レヴィアタンにとって君の存在は大きいってコトだよ』
「…え?」
『まぁ、実に信じられないことではあるんだけどね。第一階級の悪魔なのに、どうして、人間の君なんかをそれほどまでに大切に思っていたんだろう?魔界の七不思議のひとつだ』
本当に、信じられないと言いたそうに、こんな状況ではあるんだけど、俺を散々犯して痛めつけている悪魔は、まるで疲れた表情も見せずに心底不思議そうに呟いた。
そんなこと、俺に言われたって、俺だって判んねーよ。
ただ、灰色猫がくれた(正確には100円で買った)悪魔の樹から、たまたま産まれたのがレヴィだったんだ。俺が、約束を破ったばっかりに、レヴィは本来の悪魔の本性を隠してしまって、あんな風に、俺を只管愛してくれる白い悪魔になってしまった。
それは、俺にとっては嬉しいことだったはずなのに、今となっては、本性であるあのレヴィに愛されてるヴィーニーが羨ましくて仕方ないなんて、魔界の七不思議とまで言わしめているアスタロトには、口が裂けたって言えやしないんだろうけど…
それでも、愛して欲しいと思ってしまう。
気が狂いそうなほど苦しいけど、これが、アスタロトがレヴィだったら、きっとどんなに酷いことをされても嬉しいと思って、許してしまえるのに。
大事にしてくれるのも嬉しいけど、レヴィが納得するまで抱いて欲しいと思っても仕方ないじゃないか…いや、違う。そうじゃない。
俺は我侭で欲張りだから、きっと、悪魔の本性を曝け出している今のレヴィにも、愛されたいと思ってしまったんだ。
『それはオレの専売特許だぜ、光太郎』
思わず泣きそうになっている俺に、まるで冷ややかな声が冷水のように響き渡った。
ギョッとして双眸を見開いて声のした方に顔を向けようとしたまさにその時、ほぼ同時に、いきなり部屋のドアが外側から思い切り開け放たれたから、超絶絶倫お惚け悪魔は驚いたように上体を起こして俺を喘がせた。
どうも、この部屋の周囲には何らかの結界?のようなものでも施していたのか、全く無防備だったらしいアスタロトは、慌てたように意識を集中しているようだ。
でも、抜いてはくれないのな。
トホホ…ッと思いながら、それでも突然の闖入者が、もしやレヴィではと淡い期待を胸に、ズカズカと歩いて天蓋のすぐ傍まで来た人影に希望を抱いて視線を注いだ…んだけど、シャッと天蓋を引き裂くようにして開けたのは、誰でもない、よく知る顔で…
「し、篠沢…?」
長らくの性行為でトロンッと、それに泣きそうだったから、今にも溶け出しそうな目付きをして見詰めているに違いないその視線の先に立っていたのは、やっぱりと言うか、声が違っていたから薄々は判っていたんだけど、淡い期待を見事に打ち砕いてくれたのは、壮絶な美しさに思い切り険を含んだ形相の、悪友の名で呼ぶよりも、堕天使の名で呼ぶ方が断然相応しい、気品ある顔立ちと威風堂々とした出で立ちの、傲慢が服を着ているような明らかに不機嫌そうな顔をした悪魔だった。
『あらぁ?どうしてルシフェルがアタシの部屋に来たの??』
怒りの形相でサッと、両足を掴まれるようにして抱え上げられた腰の最奥に深々とアスタロトを咥え込んで、もう、どちらのものか判らない体液で俺の陰茎も腹も腿も、何処も彼処も白濁で汚れた姿を目線で辿ったルシフェルは、どうしたワケか、怒りで肩を震わせながら、それはそれは壮絶にニコッと笑ったんだ。
ひぇぇぇ…美形の悪魔が凄んだように笑うとスゲーこえぇぇ!!
それでなくても激しく落ち込んでいる俺が、まるで追い討ちをかけるようなその冷徹な気配で一気に冷水を浴びせられたような恐怖心に青褪めていると、少し怯んだようなアスタロトが小首を傾げて俺の脚を肩から下ろしたんだ。
『ん~?どうして、ルシフェルは怒ってるのかしら??』
『ははは、違った。強欲の専売特許はアモンだったな。あんまり頭にきてたから思わず間違えちまったよ。ところでアスタロト。スマン、殴らせてくれ』
『へ?何を言ってるんだ??』
額に血管を浮かべたルシフェルが、顔こそ笑っているくせに完全に激怒している様子で指の関節を鳴らしたんだけど、流石に状況を飲み込めていないアスタロトがムッと眉を寄せて反論すると、漸くハッと我に返った大悪魔だと恐れられているはずの傲慢な悪魔は、思い直したように溜め息を吐いた。
『いや、そーだな。意味もなく殴り殺されてもアスタロトが哀れだな。スマン。オレでさえレヴィに遠慮して手を出さなかったのに、たかが第二階級の悪魔なんかにホイホイ犯られやがって、今度は遠慮なんかしてやらねーからな…とか思ってたら、頭に血が昇ってさぁ。思わず、アスタロトを殺すところだったよ、あっはっは』
エヘッと笑って舌を出すと、思い切り物騒な台詞をアッサリ口にしたルシフェルは、ギョッとしているアスタロトをヒョイッとどかして、乱暴に引き抜かれた衝撃で眉を寄せて溜め息を吐く俺を、なんとも複雑そうな表情をして見下ろしてきた。
『あーあ、光太郎。悪魔を甘く見てたら嬲り殺されるんだぜ~』
やれやれと溜め息を吐いて、ルシフェルは篠沢らしい口調でそんなことを言うと、全裸で起き上がることもできないほどぐったりしている俺の背中と、膝の裏に腕を差し込んで、優しく抱き上げてくれたんだ。
「し、篠沢…あの」
『言い訳はレヴィの記憶が戻る時までに考えておけよ。オレは、灰色猫に呼ばれて来ただけだし』
「灰色猫!そう言えば、アイツは何処に…」
思わずジャラジャラと宝飾品に飾られた胸元を掴んで見上げると、よく晴れた夜空よりももっと澄んだ漆黒の双眸で見下ろして、それから…唐突にキスしてきたんだ。
「ん!?…んぅ、…ッざわ……やめッ」
『ったく、ホトホト悪魔に好かれるヤツだよな、お前って…で?アスタロトは良くて、オレがキスするのはダメなのかよ??』
ムスッとするルシフェルに、今はそんなこと関係ないだろと言いたいのに、それでなくても長時間責め苛まれていた身体は思うように力も入らないし、怒鳴るだけの気力もない俺が恨めしげに睨み付けると、今まで見た悪魔の中では最高に綺麗な顔のルシフェルはニコッと笑って、俺の濡れた唇をペロッと真っ赤な舌で舐めやがったんだ。
『…ねぇ、そろそろ理由を教えて欲しいんだけど?』
セックスを邪魔されて思い切り不機嫌そうに、既に衣服を身に着けているアスタロトが腕を組んで唇を尖らせて言うと、俺を抱きかかえているルシフェルが肩越しに振り返って、肩を竦めるとニヤッと笑ったんだ。
『まあ、簡単な話。オレも恋敵ってヤツさ』
「はぁ!?』
思わずアスタロトとハモッてしまったんだけど、ルシフェルはクックック…ッと笑ってから、『冗談だ』と、全く笑えない真顔でフンッと傲慢そうな眼差しで言い放ったから、俺は余計に目をパチクリさせてしまった。
コイツって…
『灰色猫から、レヴィの記憶がないこと、光太郎がアスタロトに犯されてることを聞いてさ。まぁ、駆け付けたってワケだ』
『ああ、そっか。ルシフェルはレヴィアタンと仲良かったもんね』
半信半疑、まさか悪魔が知り合いの為だけに駆け付けるワケがないと知っているアスタロトは、いまいち信じられないと言ったように眉を顰めはしたものの、それでも頷いて見せた。
『そう言うこと。それこそ、悪友のためなら一肌脱がなきゃいけねーだろ?』
ルシフェルが最もそうにニヤッと笑うと、アスタロトは呆れたように肩を竦めて見せた。
『第一階級の悪魔たちに惚れられてる光太郎にも興味あるけどぉ、あのレヴィアタンの記憶を失くさせた犯人ってのも気になるところだよな~』
『じゃ、協力しろよ。お前もさ』
何かを企んでいるような表情でルシフェルがニヤッと笑うと、何か不吉なものでも感じたのか、アスタロトはうんざりしたように頬を引き攣らせた。
いや、アスタロトじゃなくても、やっぱりこのシーンでは誰もが頬を引き攣らせてると思うぞ。
現に、大悪魔として名高いルシフェルの、その酷薄そうな冷ややかな微笑を見ていると、胸の奥がざわめいて、何かとんでもないことを垣間見そうな嫌な予感がするから、ついつい目線を逸らしたくなってしまう、でも、蛇に睨まれた蛙と一緒だから目線なんか逸らせるはずもない、諦めて頬を引き攣らせるぐらいの抵抗しかできない…とまあ、そんな感じだな。
『…何をするつもり?』
『あれ?お前が光太郎に教えたんだろ。城から少し行ったところにある魔の森の、その開けた丘の上に建つ魔女の館、そこに棲む陰険な魔女から【約束の花】を奪い取る…まぁ、こんな筋書きじゃなかったか?』
ルシフェルはまるで俺たちの会話を最初から聞いていた、とでも言わんとばかりの口調で、知った風にニヤリッと笑ったんだけど、その存在に少なからず気付いていたのか、アスタロトは肩を竦めて、どうやら本調子を取り戻したようだった。
ん?いや、でも待てよ。
「篠沢、その計画はちょっと違うぞ。だって、丘の上に咲く【約束の花】だ。魔女なんていないよ」
尤もそうに頷いてエヘンッと胸を張ると、俺を見下ろすこの世のものとはとても思えないほど完璧な相対を持つ双眸は、ハッキリと呆れた色を見せて眉をヒョイッと上げやがったんだ。
「む、なんだよ、その表情は」
明らかに馬鹿にしてるだろ。
『…あのなぁ、光太郎。もうね、ホントにお前って悪魔に騙されて身包み剥がされた挙句、骨の髄まで犯されて、そのまま悪魔に囲われちまう性格だよなぁ』
「…なんだよ、そのあからさまに馬鹿にした回りくどい言い方は」
俺がムッとしてルシフェルを睨んでやると、ヤツは思わずと言った感じでプッと笑って、何処から出したのか判らない真っ白のシーツを全裸の俺の上にふわりと掛けやがったんだ。
どうも、話を逸らそうとしてるんじゃないだろうな??
むむむ…ッと、眉根を寄せていると、ルシフェルのヤツはクスクス笑って、俺の色気もクソもない黒い髪に頬を摺り寄せてきた。
『やっぱりさぁ…お前、可愛いんだよ。前に灰色猫にお前を襲うようにお願いされた時は興味本位だったけど、今はバッチリ本気モードって知ってた?』
「はぁ?」
『嫌だ!あの地獄の大悪魔たるルシフェル様が人間の、それもこんなフツーの男の子にマジになってるだと??信じらんなーい!』
アスタロトの黄色い声なんかまるで無視して、ルシフェルは、あれほど怖いと思っていた研ぎ澄まされた美貌の中で、凛然と煌く双眸を信じられないことにやわらかく細めて、綺麗な唇を頬に寄せてきたんだ。
『レヴィが惚けてる間に、さっさとお前を貰っちまおうかな?』
「い・や・だって言ってんだろ!?俺は、レヴィ以外のヤツを好きになったりしないッ」
『…とか言って、アスタロトには易々と抱かせてたくせにさぁ』
「うッ!!!」
図星をさされちまったワケだが、アレには事情があるんだ。
記憶を取り戻すことができるかもしれない情報を得るためなら、レヴィの為なら、俺のこんな身体ぐらい幾らだって差し出してみせらぁ!!
ムキーッと顔を真っ赤にして言い返そうと思ったんだけど…よくよく見上げてみれば、ムッとしたように、らしくもない子供っぽい仕種で唇を尖らせているルシフェルの顔を見た途端、必死の言い訳がなんだか馬鹿らしくなっちまって…そんな風に、よく知っている篠沢の雰囲気を出されてしまうから、思わず、ホッとして笑っちまったじゃねーか。
お前がここに来てくれて、良かったって思う。
『ふん!光太郎はいつも余裕だよな。この大悪魔ルシフェルさまをヤキモキさせるのなんか、お前だけなんだぞ』
「それは、まあ。光栄ってことでいいのかな?」
『知らねーよ』
フンッと外方向くルシフェルの子供っぽい仕種に、アスタロトが背後で目を真ん丸くしていたんだけど、それを見るよりも先に、足許で「にゃあ」と声がして、俺は純白のシーツに埋もれながらもハッとして、慌てて足許で蹲るようにして座っている灰色の猫を見たんだ。
「灰色猫!お前、何処に行って…」
『お兄さん、元気そうで良かった。でも、当分は歩けそうもないね』
灰色猫はあの、お洒落な貴公子然とした格好はしていなくて、ただの猫の姿で俺を見上げてくれた…んだけど、猫の顔だからなんとも言えないんだが、その表情は何処か疲れているように見えるぞ?
「灰色猫…お前」
『光太郎は灰色猫に感謝するべきだ』
何を言おうとしていたのか、今となっては判らない言い掛けた言葉を遮るようにして、ルシフェルが俺を抱き上げたままの姿で静かに言ったんだ。
「え?」
意味が判らなくて首を傾げていると、何か言いたそうに黄金色の双眸を細める灰色猫を見下ろしたくせに、ルシフェルは傲慢そうに顎をクイッと上げて、シレッと言い放った。
『お前は何も知らなさ過ぎる。この魔界において、情報収集は身命を削る思いなんだぜ?それを、わざわざ人間界にまで降りてきて俺を呼んだすぐ後に、【約束の花】の情報を掻き集めていたんだ。それこそ、今の灰色猫の方がヘトヘトなんじゃねーのか?』
「…灰色猫」
ルシフェルの台詞で、俺はなんとも言えない…嬉しいような、悲しいような、こそばゆいような…そんな気持ちで、あんまりにも小さすぎる灰色猫の顔を見下ろしていた。
ああ、そうか。
それでお前、そんなに疲れた顔をしていたんだな。
『嫌だなぁ、お兄さん。これは全てご主人の為にしていること。使い魔の仕事ですよ』
クスッと、灰色の、それこそ草臥れている猫は小さく笑って、俺に心配をかけないように十分配慮した声音でそんなことを言ったんだけど、そんなの、嘘に決まっている。
なぜなら、レヴィは俺を、アスタロトにやると言ったんだ。それも、ヴィーニーとか言う、お気に入りの奴隷と交換で。
それを知っている灰色猫なんだから、本当ならわざわざルシフェルを呼ぶ必要も、【約束の花】の情報を嗅ぎ回ることもなかったはずだ。
灰色猫は、馬鹿だ。
すげー、馬鹿だ。
「…ありがとう」
それでも、俺の口から漏れたのは、そんな在り来たりな言葉だった。
悔しいなぁ、もっと、この気持ちを灰色猫に伝えられたらいいのに…
『やめなよ、お兄さん。お礼なんて、言われるガラじゃないよ』
ほんの少し、照れ臭そうに笑った灰色猫の、そのヒゲがピンピンの頬の辺りに落ちる影が、何処か草臥れているような気がして、俺の心臓はズキリと痛んだ。
『…素直に礼を受け入れておくことだ。人間なんか冗談じゃないんだろうが、それでも、光太郎だけは特別なんだろ?』
ルシフェルに促されて、灰色猫は一瞬、キョトンッとしたような大きな瞳で俺を見上げたんだけど、やっぱり、少しだけ照れ臭そうな顔をしてクスッと笑った。
『…ん~、どうでもいいんだけど。光太郎って何者なの??』
『どうでもいいんなら聞くな』
ツーンッと高級な猫のように取り澄ました顔で外方向くルシフェルに、アスタロトが内心で『この野郎…』と思ったことは間違いないんだろうけど、それでも、すっ呆けた悪魔は素知らぬ顔で、食い下がるんだよな。
『レヴィアタンの想い人…ってだけで、貴方たちはそこまで肩入れするのか?判らないな』
『…レヴィの想い人だからこそ肩入れするのさ。第二階級の悪魔如きでは、その理由など判りはしないんだろうな』
俺を抱き上げたままで、肩越しに振り返ったルシフェルはそれだけを言うと、灰色猫を促してサッサと部屋を後にしてしまったんだけど…『第二階級の悪魔』と蔑まれたワリにはそれほど傷付いた様子でもないアスタロトは、何処か割り切れない思いでもあるのか、腕を組んだまま顎の辺りを人差し指で擽りながら、訝しげにソッと見事な柳眉を細めたようだった。
それを確認することもできずに俺は、颯爽と歩くルシフェルに抱えられると言うあまりにも目立つ姿のままで、何も言えずに唇を噛んでいた。
【約束の花】が本当にあるのなら、見つけ出してどうか…レヴィの記憶を取り戻したい。
それが俺の、揺ぎ無い願いだった。