ふと気付いたら目の前には大きな鏡があって、バカみたいに情けないツラをしている俺が立っている。
迷子の子供のような、心許無い目付きのソイツはまるで、捨てられた犬だ。
「…バッカみてー…」
小さく呟く声も嫌になるぐらい掠れてて、ああ、俺ってばマジで落ち込んでるんだなーと再認識したらなんかやたらと、マジでムカツイてきたんだ。
いや、たぶん俺はさっきから異常なほどブチ切れてるんだと思う。
掠れた声は怒りに震えてるってだけのことかもしれねーし。
きっとそうだ。
俺はさっきの洋太の態度にキレたんだ。
畜生、あのデブ野郎…このか弱い俺さまが無粋な野郎に犯られかかってたってのに助けもしないで置き去りにしやがって!
俺が好きで、両想いだって言うならちゃんとした証をくれなきゃパンチングだぜ!
俄かに怒りに燃え立った俺は、半ば投げ込むようにして竹の籠に散乱している浴衣を引っ掴むと簡単に羽織って下着を装着すると廊下に出たんだ。暖簾をくぐってみても、もう洋太の姿はなくて。
まあ、当たり前だって言えば当たり前なんだけど。
あんな場所にボサッと座り込んでいたんだ、その間にサッサと部屋に戻ってるに違いねぇ。
クッソ、今までは不安とかでハラハラしていたけど、今の俺はそんなに甘っちょろくねぇからな!覚悟しろよ、洋太!
俺は決めたんだ。
お前のことが好きだから。
もう、絶対にお前を疑ったりなんかするもんか!…ってな。
お前が何を考えてあそこからいなくなったのか…理解できるからさらにムカツイてるなんてことは、お前はバカだからぜってー気付いてねぇだろうけど。
追いかけてやる。
どこまでだってついて行ってやるから、勘弁してくれなんて言うんじゃねーぞ。
お前が好きだよ、洋太。
俺はけっこう、執念深いんだ。
覚悟しろよ。
□ ■ □ ■ □
息を切らせて部屋に戻った俺を待ち受けていたのは…仏頂面の小林で。
「なんだよ、小林。なんでお前が俺たちの部屋にいるんだ!?」
てっきりそこにいるのは洋太の山のように大きな背中だとばかり思っていた俺は、的外れで拍子抜けしたと同時にやけに腹が立って、思わず怯える小林を怒鳴りつけていた。
落ち着け、俺!
「悪ぃ、小林。俺、ちょっとメチャクチャ気が立っててさ…ところで洋太を知らないか?」
あれ?そう言えば小林=佐渡ってぐらい一緒にいるコイツの横に、どうして佐渡がいないんだ?
「ちょっと前に部屋に戻ってきたんスけど…なんか怖い顔して俺たちを見るなり部屋から出てったんスよ。その後を佐渡が追っ掛けてって…いや!俺は止めたんスよ!?ここにいちゃ拙いって言って!」
敷いている布団から少し離れた畳の上で正座している小林のヤツは、必死で弁明しながらチラチラと上目遣いで俺の気配を窺ってやがるから、俺ってばそんなに凄まじい顔付きをしてるのかとちょっと反省した。
「そっか。で、お前は居残りってワケか」
「そうッス。きっと里野先輩が心配するだろうからって、佐渡がここにいるようにって言ったんで…」
佐渡の下僕らしく従順に従うところは素直でいいが、んな仏頂面してっと喧嘩を売ってんのとかわらねぇんだけど。
ま、いっか。
今はそれどころじゃねーんだ。
「そうか。サンキューな、小林。洋太と佐渡はどっちを曲がった?」
きっと廊下までは追い縋ったんだろう小林の行動を考えて言うと、ビンゴだったのか、ヤツはすぐに頷いて答えを弾き出した。
「左ッス!で、外に出ましたッ」
言葉が終わらない間に俺は廊下に飛び出して外に続くエントランスまで走った。
温泉旅館は浴衣でも外に出ることはOKなんだけど、俺の凄まじい形相に恐れをなしたのか、ロビーにいる受付のお姉ちゃんがびっくりしたような顔をして口をあんぐりと開けている。呼び止められるかな…とも思ったけど、いいさ、関係ねぇ。
まあ、どっちにしろ呼び止められれば殴ってでも強行突破しようとは思ってたんだけどな!
俺の後を慌てたように追ってくる小林の手にはシッカリと鍵が握られていて…コイツ、ヘンなところが律儀なんだなとか思いながら、キョロキョロと周囲を見渡した。
どこだ?
どこにいる?
肩で息をしながら、さっきはあんなにロマンチックだった石灯籠が薄明かりを燈す石畳の道を捜し回って走っていた。もう人も疎らで、息せき切って走る俺たちを不審そうな目付きで見て通り過ぎて行った怪しいカップルが一組、あとは息抜きに外に出ている夫婦らしい二人連れと擦れ違ったぐらいだ。
どこにいるんだ、洋太。
こんな初めて来た場所で俺を一人ぼっちにするのかよ?
俺はここにいるんだぜ?
俺はここにいるけど、お前はいない。
なら、いいさ。
俺がお前を見つけ出す。
見つけ出してやる!
だから待っててくれ。
そこにきっと辿り着いてみせるから…
俺は執念深いんだ。
俺の根性をなめんなよッ!