ずっとおんぶして連れて帰ってくれた洋太の部屋のベッドの上、嫌な連中の残した残滓を全て洗い流して、スッキリした俺はやわらかなタオル地のガウンに身体を包んで洋太と向かい合って座っている。
「うん。もちろんだよ。僕は、幼稚園のあの頃から、光ちゃん一筋だったんだから」
俺も、俺もずっと洋太が好きだった。
でも、それは口に出しては言ってやらん。
「畜生ッ!ずっとヤキモキして損した気分だぜ」
「僕はそんな光ちゃんの気持ちがすごく嬉しい」
吐き捨てるように、わざと照れ隠しにそう言った俺の身体を引き寄せて、不貞腐れる俺の頬に頬を寄せた洋太がクスクスと笑う。それに俺も答えるように笑って、その頬を両手で包み込んで鼻先を触れ合わせた。
「ずっと好きだったんだからな!少しぐらい、甘い気分に浸らせろよ?」
「もちろんだよ。…もう二度と誰にも触らせないように、僕が光ちゃんを守るからね」
囁くように呟いたその少し厚めの唇に、俺は本当に嬉しくてそっと口付けた。
歯列はすぐに割られて、奥で身を潜めてる舌を探り当てた洋太は、ゆっくりと煽るように舌を絡めてきた。
このままエッチできたらいいな。
たぶん、最高に感じそう…
「…ん…ふぅ…」
甘い溜め息が漏れて、このままエッチに持ち込もうとした俺を、洋太が慌てたように止めやがった。
チッ!なんだって言うんだ?
「僕ね、本当は光ちゃんに謝らないといけないんだ…」
「謝る?…それってもしかしたら、もう俺とは…」
「違うよ!絶対にそれは有り得ないから、もう安心していいんだよ!…そうじゃないんだ。あの、これ」
洋太は俺から身体を離すとベッドの下に腕を突っ込んで暫く何かを漁ってるようだったけど、引き抜いた手に箱を掴んでベッドの上にそれを置いた。
ん?なんだ、こりゃ。
躊躇いがちに洋太がフタを開けたその箱の中には───目を覆いたくなるようなあられもない俺の痴態が映し出されたいくつもの写真が入っていた。こりゃ、ぶったまげた。
いつの間に…って、コイツに抱かれて淫乱みたいに感じまくってた俺なら、いつ撮られても気付きもしないだろう。洋太なら、撮れるチャンスはゴロゴロしてたに違いねぇ。
「洋太…お前」
「変態だって思うよね!?僕、本当はずっと不安だったんだ。光ちゃんがいつか僕に飽きて、他の人のモノになるんじゃないかって。その時はこれを…僕は最低だ。やろうとしたことは高野と一緒なんだから…」
「あんなヤツと一緒にするんじゃねぇ!」
思った以上の激しい叱責に洋太は驚いたように目をパチクリとさせたけど、当たり前じゃないか!あんなヤツと一緒なんか口が裂けても言ってくれるなよ!お前は、俺にとって特別なんだからな。
バッカなヤツめ。
「そうか、洋太。そんなに俺のことを好きでいてくれたんだ…すっげ、嬉しい」
覗き込んでいた箱から目を上げた俺は、ベッドを軋らせて洋太に近付くと、その太い首に腕を絡めて抱き締めた。
洋太は俺の洋太よりは細い身体を抱きながら、モゴモゴと何かを口にしている。
「聞こえねぇって、洋太。もっとハッキリ言えよ。たいがいのことなら許せるし」
いや、全部許す。
当たり前だ、俺の愛するデブなんだから。
「僕、その…光ちゃんに会えないときはこれで…」
抜いてたって言うのか?この野郎…
沸沸と怒りが湧いてきた。前言撤回だ、こん畜生ッ!
俺は洋太からガバッと身体を引き離すと、ビックリしているヤツの頬を引っ掴んでその顔を覗き込んだ。
「目の前にいつだって本物の俺がいるじゃねぇか!写真相手に抜くぐらいなら、この俺を押し倒せ!いいか!?これからは絶対に写真なんかで抜くんじゃねぇぞ!」
「こ、光ちゃん、それって…」
「いつでも、発情したら俺を押し倒せって言ってるんだ!判らねぇのかよ?お前のこの優秀な脳味噌は!」
はじめ、洋太は驚いたように目を見開いていた、それから焦ったように動揺したが、最後はなんとも言えない微笑を浮かべて頷いたんだ。何がそんなに嬉しいのか、怒りの冷め遣らぬ俺は鼻で息を吐き出しながら憤然として洋太の大きな顔を見上げてた。
そんな俺をギュッと抱き締めて、洋太のヤツは柄にもなく俺の頬にキスをくれる。
おお、すげぇ!すげぇ、嬉しい!
もっともっと…現金な俺が甘えるように身体を摺り寄せると、洋太はモジモジとして、そんな俺の耳元に小さく囁いてきた。
「発情しちゃった」
□ ■ □ ■ □
俺は晴れて公然と屋上で、昼休みに洋太と飯を食うことができるようになってすげぇ嬉しかった。
高野たちは俺たちを見るとビクビクして、まるで逃げるように一目散で姿を隠してしまう。あの様子だったら、もう二度と俺に近付いてくることもないだろうし、例の件を公にバラすってこともないだろう。一安心に胸を撫で下ろした。
洋太は相変わらずデブで弱っちいフリをしながら色んなヤツに煙たがられてるけど、俺にはそれが心底嬉しかった。誰にも見せない真摯な双眸も、欲情した時に見せるあの野性味のある表情も、全部が俺一人のモノだと思うと天にも昇るほど嬉しかった。
今日も空を流れる麗らかな雲を眺めながら弁当を食っている。
お手製の卵焼きを箸で挟んで俺の口許まで持ってくる洋太を眺めながら、わざとらしくゆっくりと緩慢な動作でそれを口に入れて租借してみる。洋太を、なんとか学校でも発情させたくてがんばってみるけど、こんな風に、麗らかな午後を一緒に過ごせるってだけで喜んでいるコイツには到底無理な話だ。もちろん、俺だってすぐにヘラッと笑ってしまうからいけないんだろうけど。
「洋太。俺のこと、好きか?」
あれからずっと、俺はこうして聞いてしまう癖ができた。もちろん信じてるから口を開くんだけど、洋太は相変わらず嬉しいそうにニヤけてハッキリと頷いてくれる。
「大好きだよ、光ちゃん」
俺はこれ以上ない喜びを噛み締めながら、照れ臭そうに俯いてしまうんだ。自分から聞いたくせに、俺ってヤツは…
「俺も、俺も洋太が好きだ」
照れ臭そうにはにかんだら、今度は洋太が顔を真っ赤にして俯いてしまった。なに、やってんだか俺たち。
でも、最高に幸せだから、さり気なく手を握ったりしてお互いに真っ赤になって、それからエヘヘと笑い合ったり…
こうして、デブと俺の恋愛事情は、恙無く、却っていい方向で進行中だ。
誰にも邪魔をされませんようにと願いながら、俺は洋太に凭れて瞼を閉じた。
腹も一杯になったし、すっげぇ、すっげぇ幸せだし。
今日は午後の授業を俺のせいでサボるんだろうなとか考えながら、洋太の柔らかい身体に凭れて眠ってしまった。
洋太の優しいあの眼差しと、温かい掌に頭を撫でられながら。
ああ、俺は最高に幸せだ!
─END─
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この『デブと俺の恋愛事情』は紫貴がBL系、もしくはヤヲイと言った内容の小説を初めて本格的に書いた感慨深い作品だったりしまッス。実に16年前(!)の作品なんですが、やっぱ未熟ッスね(今もだが)それでも、この作品が切欠になってイロイロとお話を書けて凄い楽しかったのを覚えてまッスvvvこれからも読める作品を書けるように、何かに行き詰った時はこの『デブ俺』を読み直して、あの頃の気持ちに戻って頑張るぞ!と決意しましたvvv