Level.6  -デブと俺の恋愛事情-

「うう…助けてっ!」

 思わず叫ぶと、他の連中は俄かに色めきたった。
 当たり前だ、今までに一度だって助けなんか叫んだことのない俺が、悲鳴のように叫んでるんだ!
 身体にならどこに火傷を作られようと全然平気だ、いや、痛いけど。でも、目だけは、絶対に嫌だ。その為なら、俺は無様に助けだって呼ぶさ。
 だが俺の、そんな必死の行為がヤツらの嗜虐心に火をつけちまった。

「あうっ!」

 炎を近づける高野に目で促された背後の誰かが指を這わせてきたんだ!いたるところを撫でまわしながら、俺の最奥にいきなり突っ込んできた。その衝撃に、立ったままでされると言う行為に怯えた俺は一瞬だが力が緩んで、もう少しで炎が目を焼くところだった。
 熱を感じて慌てたんだ。
 うう…やめてくれ、許してくれ…誰か…ああ、誰か…
 クソッ!そんな誰かなんか来るもんか!
 自力でなんとかしないと、今までに一度だって誰も信じなかったじゃねぇか!弱気なこと言うんじゃねぇよ!光太郎!!

「光ちゃん!」

 不意に懐かしい声が響いて、俺は背後から犯されながら、目にはもう少しで炎を食らいそうになりながらも、思わず笑っちまった。
 ああ、そうだな。誰を信じなくても、お前だけは信じてたんだっけ。
 こんなすげぇ格好して、誰が助けてくれるってんだ。
 都合のいい空耳にいっそ泣きたくなりながら歯を食い縛った時だった。

「ぐぇっ!」

「ギャァッ!!」

「グハッ」

 続けざまに悲痛な叫びが響き、俺を犯していた杭が乱暴に引き抜かれると、高野の信じられないほど見開いた目がバカみたいに俺の背後に集中している。一瞬の隙ができて、俺は力の限りその呪縛のような腕から離れた。よろけた拍子に無様にすっ転んだ俺を、しかし、高野は追って来ようともせずにただバカみたいに一点を集中して見ている。

「そんな、なんでお前…長崎か?」

 タバコを片手に下半身を剥き出しにした恥ずかしい格好で呆然と突っ立っている高野の口から漏れた言葉を聞いて、俺は恐る恐る自分の背後を肩越しに振り返った。
 まさか、まさか…
 絶対に来てくれるわけなんかない…俺の、救世主?

「洋太!」

 思わずふにゃっと泣きそうになったけど、今の、精液と唾液に塗れた身体を晒していることに唐突に気付いた俺は、アイツの目から逃れるように両手で自分を抱き締めて床に蹲るようにして縮こまった。

「光ちゃん…」

 どんな表情をしてるんだろう?嫌だ、嫌だ!絶対に見られたくなんかなかったのに、こんな、こんな薄汚ねぇ姿なんか!

「高野、てめぇ、ぶっ殺してやるッ」

 不意に漏れた物騒な声音は確かに洋太のもので、あの優しさは微塵もない。腹の底から出しているような声は、床に蹲って血反吐を吐いている連中の相乗効果もあってやけに迫力がある。
 その握り締めた拳には、誰かの血がベットリと絡みついていた。
 鼻か、さもなくば顎か、どちらにしろへし折れてることは言うまでもねぇんだろうな。
 現に、叫んで転がり回っている連中の一人なんかは、腕の皮膚を突き破って何か白いものが覗いてるような気もする。
 一気に薬が醒めたのか、高野は開いた口が塞がらないほど驚いたようで、手にしていたタバコ型の薬は床に落ちていた。
 大股で歩み寄る洋太に怯えた高野は、思わず後退さって俺のように無様にすっ転んだ。

「ひ、ひぃぃ~ッ!」

 バタバタと、下半身を晒して尻でいざる高野を物騒な双眸で見下ろしていた洋太は、不意にポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。青褪めて怯える高野の目の前でゆっくりと白刃を晒すその凶器を開くと、躊躇いもせずにヤツの股間に向かって一直線に落としたんだ!
 それはすらで急所を逸れて床に突き刺さったけど、それだって本当は洋太の仕組んだことなんだろう。コイツ、こんなに冷静に誰かを傷付けることもできるのか…知らなかった。
 恐怖に失禁して白目をむいた高野をバカにしたような目付きで見下ろしていた洋太は、不意に無言で俺を振り返った。
 悲鳴を上げそうになるほど冷たいその双眸から逃れるように背を丸めて、俺は恐怖と、きっと洋太に嫌われてしまったと言う深い絶望感に泣いていた。
 ハラハラと涙を零して蹲る俺に近付いた洋太は、何も言わずに上着を掛けてくれた。

「見るな!…こんな、こんなの俺じゃねぇ!お願いだから、見ないでくれ…」

 しゃくりあげながら立てた両膝に顔を埋めて洋太を見ようとしない俺を、ヤツは背後から優しく抱き締めてくれた。

「光ちゃんがね、僕の為にイロイロとやってくれてたの、知ってたよ」

「…え?」

 泣き濡れた顔を上げて洋太を見ようとしたけど、俺の肩に顔を埋めた洋太の顔を見ることはできなかった。

「この身体、ずっと綺麗にしてたよね。喧嘩して痣だらけになってて僕が悲しい顔をしたら、もう二度と喧嘩をしなかったよね?あれ、本当にすごく嬉しかったんだ」

 そんなこと、覚えててくれたのか?
 お前が悲痛そうな顔でせっかく綺麗なのに、って言ってくれたから、俺はもう喧嘩をしないことにしたんだ。
 売られた喧嘩もできるだけ買わないようにして、買ったって身体に痣を作らないように気をつけて殴り合った。綺麗な身体をお前に抱いて欲しかったから…

「洋太ぁ…でも、俺はもう汚いんだ。畜生ッ」

 吐き捨てるようにそう言ったら、なんだか急に実感が湧いてきて、ああ、もう本当に洋太の傍で眠ることもできないと思った。たくさんエッチもしたいし、キスだってしたい。でも、今の俺はもうダメだ。まるで本当の淫乱になったように、誰彼にでも足を開いちまったんだから…言い訳なんか、却って醜い。

「光ちゃん、気付かないうちにこんなに痩せちゃって…あの約束、思い出した?」

 さめざめと泣く俺の身体をさらに強く抱き締めて、こんな時なのに、洋太のヤツはまだそんなことを聞いてくる。うっうっ…そんなに俺から離れてぇのかよ!クソッ!

「もういい!離せってッ。俺はもう大丈夫だから、洋太はお前がいちばん幸せだって思う道を行けよ。もう、引き留めたりしないから…」

「光ちゃん、それじゃあ答えになっていないよ。そもそも、約束、本当に綺麗さっぱりと忘れちゃったんだね」

 大きな溜め息を吐いた洋太はいきなり俺をグイッと自分の方に向かせると、まるで俺が見たこともない真摯な、それでいて意志の強そうな男らしい双眸をして見つめてきた。
 ああ、本当にお前はかっこいいよ。デブだけど。それだって、なんの障害にもならないんだ。

「大好きだ、洋太」

 俺はずっと言いたかった言葉を口にして、これが最後だからとその首に両手を伸ばして抱きついた。もう、本当に触れることができないのなら、俺はきっと死んでしまう。そんな風に感傷的になりながら、でもそれはきっと真実だと思うから、らしくなく泣いてしまう。

「こ、光ちゃん!?そんな、急にそんなこと言われたら…」

 動揺してるのが手に取るように判った。
 当たり前だ、今まで散々好き放題してコイツを困らせていた俺の唐突な告白に、動揺して困惑するのも頷ける。でも、これが最後…

「すっごい嬉しいよ!言葉では言ってもらったことがなかったから…身体はすごく正直なのに、光ちゃん、ちっとも愛の告白をしてくれないんだもの。僕はいつも悲しかったんだ」

 なぬ?
 今、なんて…

「俺、こんな身体で…」

「身体?ああ、あのクソ野郎どもに犯られたってことだね。いいよ、半殺しにしたし。でも、本当は光ちゃんがすごい辛かったんじゃないかって、気付いてあげられなかった自分を恨んでいるよ」

 顔を起して洋太のふくよかな顔を見ると、すごく優しそうな表情をして、洋太は俺の頬を濡らす雫を指先で拭ってくれた。

「洋太、俺…写真を撮られたって。あんなことして、高野のヤツ、バラまかないかな?」

 ギュッと抱きつきながら呟くように言うと、洋太は盛大な溜め息を吐いて首を左右に振った。

「写真を撮ってたって?…あそこに高野が来ていたことは知っていたよ。まさか光ちゃんを脅すなんて思っていなかったから放っておいたけど…アイツ、光ちゃんの可愛い声を聞いて、写真どころじゃなかったみたいだったけど?」

 俺はビックリした。
 こいつ、俺と犯ってる最中でも周囲に気を配ってたって言うのか?なんてヤツなんだ…昔から抜け目ないし、頭いいとは思っていたけど…あれ?今なんか引っ掛かったような。

「思い出した!俺とお前の約束!」

 俺はガバッと身体を起こして洋太を見つめると、ヤツはホント?とでも言うように優しく目を細めて俺の腰を抱き締めた。
 ああ、すっかり忘れていた。
 そうだ、俺はコイツに約束したんだ。
 洋太が、ガキ大将のクセにやけにかっこよかった洋太が俺を守ってやるって言ってくれたんだ、でも俺はそれが嫌だった。守られてるだけじゃ、いつかきっとコイツに嫌われてしまうと、小さいながらに俺は考えてそして結論を出した。
 俺が守るから、洋ちゃんは誰のモノにもならないで。喧嘩も弱くなって、誰も好きにならないで、その代わり僕が洋ちゃんのモノになるから…
 あの約束…だからなのか?

「だから、わざと太って誰からも見向かれないようにして、強いくせに弱っちぃフリまでして…?俺の、俺のモノになってくれてたのか?」

「そうだよ!光ちゃんは約束通りどんどん強くなるし、いつだってエッチもしてくれるし。でも、いきなり好きな子ができたとか聞いたら、やっぱりショックだったんだ」

「違う!俺が好きなのは洋太だけだ!!」

 間髪入れずに否定した俺にニッコリ笑って頷いた洋太に、俺は小さなキスを贈った。この気持ちに偽りなんかねぇ、もうずっと、真剣だったんだ。

「うん。僕も光ちゃんが大好きだよ」

 ああ、俺はまた泣いてしまった。
 まるで涙腺がぶっ壊れちまったみたいに、ボロボロと泣きまくった。洋太は驚いてオロオロしたけど、俺が落ち着いて泣きやむまでずっと抱き締めてくれていたんだ。
 俺は、俺は…なんて幸福なヤツなんだろう。