翌日、俺は大学の講堂で論文を書いてる最中に、親友の桜沢にいつも通り報告を兼ねて昨夜のことを話してみた。案の定…と言うか、やっぱりいつも通りの返答が返ってくる。
心配性の俺の幼馴染みは、それなりに女の子にもモテるってのに眉間に皺を寄せて…心配のし過ぎだっての!
「大丈夫だって!別に女じゃあるまいし。実害も出てねーかんな、却ってありがたいぐらいさ」
シャーペンをクルクルと器用に回しながらそう言うと、桜沢のヤツは思い切り不審そうな表情をして溜め息を吐いた。
「実害があってからじゃおせーだろうがよ」
「大丈夫だって…お。よお!辻波!…って思い切り無視すんなよ。辻波!つ・じ・な・み!!」
大声で呼んでも辻波櫂貴はまるで無視で、少し長い前髪に隠れたけっこう鋭い双眸を胡乱なほど細めて、鬱陶しそうに俺をチラッと見るだけだ。
うーん…毎度のことだけど露骨だよなぁ、アイツ。
呆れたように笑う俺を、桜沢は何か言いたそうに眉間を寄せて凝視してくる。
「…なんだよ」
「お前もとことん変わったヤツだよなぁ。普通、あんだけあからさまに嫌がられてたらそろそろ諦めるって」
「うーん…まあ、別に思ったほど悪いヤツじゃないと思うんだ」
なんとなく言って、それから思わず噴出しちまった。
怪訝そうな目付きで俺を見る桜沢は、仕方なさそうに溜め息を吐くと肩を竦めた。
コイツが知ったらなんて言うんだろう?
ストーカーもどきがあの辻波櫂貴だって言ったら。
ま、ややこしくなるから余計なことまで言うつもりはないけどな。
夕食を運んでくる大事な物資供給班なんだ、無下にできるかよ…って、ああ、俺ってばなんて貧乏ったらしいんだ。仕方ない、苦学生はいつだって貧乏だって決まってんだ。
プライドなんか持ってられるかよ。
「そんじゃ、桜沢。俺、バイト行くわ」
「ああ、頑張んな。…お前さ」
レポート用紙とペンケースを鞄に乱暴に突っ込みながら帰り支度をする俺に、桜沢のヤツは頬杖を付いたままで唐突に声をかけてきた。
「マジで。ホントに気を付けろよな」
心配性が再発したのかよ?やれやれだぜ。
「大丈夫だって!じゃあな、桜沢」
鞄を引っ掴んで講堂を後にしようとする俺を、桜沢のヤツは仕方なさそうに首を左右に振りながら、片手を振って見送ってくれた。コイツはあと1教科あるんだよな。
おっと、ヤバイヤバイ。
俺は慌てて講堂から出て行こうとする辻波の後を追いかけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まーてーよ!待て待て待て待て待て…」
「…うるさい」
ボソッと言われても怯むわけないって。
今日は機嫌がいいのか、なかなか良い反応をするじゃねーか。
「辻波さぁ。どうして電話だとあんなに喋るのに、現実には喋らねーんだ?」
日頃から聞きたかった質問を投げかけてみると、肩を並べる俺をうんざりしたように見下ろした辻波は溜め息を吐いた。
「何を言ってんのか判らない」
「あのなぁ…お前の声だって判ってるんだぜ?」
「…え?」
初めて驚いたような反応を見せる辻波に、なんだコイツ、俺が本気で気付いていないと思ってたのか?
「いつも聞いてるんだぜ?お前の声ぐらい判るよ」
バッカなヤツだぜ、コイツ。
同じ大学で同じ講義受けてるんだぜ?流暢な英語だって聞き慣れてるんだ。見た目の野暮ったさに比べてコイツは頭がキレるからな、教授たちがこぞって当てるんだ、声なんか嫌でも覚えるさ。
根が暗くて抑揚のない…1度聞いたら忘れるかって。
ニッと笑ってやると、辻波は真剣に驚いたような顔をしていたが、ついで少し狼狽えて、それから信じられないものでも見るような目付きをしてマジマジと俺を見た。
「…本気で?」
「あったりまえだろ!バッカなヤツだな、お前って」
ケラケラ笑って、しかし大事な物資供給班だ。馬鹿にするのはこれぐらいにしておこう。
「…嫌だとか、思わないのか?」
秋になればそれなりにいいカンジになる並木道をブラブラと歩きながら、少し前に出ていた俺は蚊の鳴くような声を出す辻波を振り返った。
「は?」
「…だから。その、俺のことキモいとか思わないのかって」
今時には珍しい黒髪を風に軽く遊ばせながら、鬱陶しい前髪の奥の双眸を伏せる辻波のヤツはバツが悪そうに足元の小石を蹴っている。
「思うかよ」
自分で言い出しておきながら俺の返事に動揺したように顔を上げる辻波に、そんなに突拍子もないことを言ったか?
「だからその。まあ…電話代は気になるけどなー」
お前は大事な夕飯だ!…とは言わないでおこう。ってか、言えねっての。
「なんだ、そんなこと」
辻波はそれだけ言うと、唇を噛んだ。
何か言おうと逡巡しているようだったけど、結局何も言わず、ヤツは無言のままで俺をいつも通り無視してさっさと行ってしまった。
なんなんだ、いったい。
…ちえっ、今日も捕まえられなかったか。
あーあ、今日こそは捕まえて、なんであんなことしてんのか聞くつもりだったのに。
本当ストーカーなのか…どうかとか、知りたいし。
でも…ストーカーって惚れてるってことなんだろ?
んー…まいっか。
「やべぇ!遅刻する!!」
腕時計が電子音を響かせて、俺は慌てて手首を見た。
ヤバイ!マジで遅刻だッ。
俺は慌ててバス停に走った。