殆ど熱を出して辻波は起きっぱなしだったけど、あんまり気にした風も、疲れた様子も見せずにヘンな言い方だけど元気に帰っていった。
店長とは…あれっきりだ。
来ても今度は撃退してやる!…と意欲満々の俺の殺気を感じてるのか、姿すら見えない。
バイトは…辞めた。
あの日は店長も休んでいたから、代理のバイト君に伝えてもらって、それで終了。
そんなもん。あっさりしてら。
が、あっさりしていないのは俺の日常で、店長のおかげで唯一の現金支給所を失ってしまった俺は、それでなくてもちょっと苦しくて家賃を貯めていたってこともあるからアパートを追い出されてしまった。
なぜか?
暴れたからだよ。店長との大立ち回りは安アパートだと壁も薄くて乱闘の音が筒抜けだったんだ。
で、隣人と下の階の住人から苦情が大家にいって、アパートも終了。
ああ、くそッ!
「なッ、桜沢!頼むよ、この通りだから!暫くでいいから置いてくれねーかな?」
土下座せんばかりの勢いで両手を擦り合わせて拝む俺に、桜沢は困ったように眉を寄せている。
「でもなぁ、東城。俺、彼女と同棲してんだよなぁ」
「ゲ!彼女とかいたのかよ!?」
「失敬な!一昨日から一緒に住んでるんだよッ」
「えええ~」
ガックリと肩を落として項垂れた俺は、隣に座っている枕崎に同じように拝んでみたがヤツの場合は狭い部屋に兄貴と二人暮しなんでペケだと抜かしやがった。他にも数人に頼み込んだがどいつもこいつも二人暮しだの実家だので無理だった。
はぁ、今夜から野宿だなぁ…
なけなしの生活用品一式は大家に預かってもらってるからいいけど、今夜は野宿だからもう少し預かっててもらうしかないか。
「東城」
溜め息を吐いていると、不意に声をかけられて俺は驚いた。
桜沢たちもそうだったみたいだ。
なんせ、いつもは俺が追い駆けましてばかりいたあの辻波が、反対に俺を呼んだんだから、そりゃあ、みんなビックリもするだろうさ。
講堂の出入り口になる扉の前で立っていた辻波は俺を人差し指でクイクイと手招きして、そのままそのドアから出て行った。
「辻波!」
俺は慌てて辻波を追ってその後ろに追いついた。
あれから辻波とは話していないから、なんかちょっと気恥ずかしくもあるけど、でも無視されるよりは随分幸せだから取り敢えずは現状の悪夢は忘れて辻波と歩きながら楽しく話をしよう。
「アパート追い出されたって?」
ウゲッ、のっけからその話しかよ。
どうやら現実は忘れるなと言ってるみたいだ、畜生。
「うー…まあな!」
「…東城さ、あの晩に言った言葉を覚えてるか?」
「へ?」
えーっと、俺何か言ったのか?
あの晩と言うと、きっと熱出して寝こんでいたときだよな?
えーっと、えーっと。
…思い出せん。
まあ、でもここは話しを合わせておこう。
「あ、ああ。覚えてるさ!」
適当な返事で頷いてみたものの、いったい何を言ったんだ、俺よ!
「じゃあ…あの言葉は本当なんだな?」
「あの言葉って…う、うん」
何か徒ならぬ雰囲気だけど、俺は辻波と肩を並べて歩きながら頷いたんだ。
「そうか…それなら、俺の家に来いよ」
「へ?いいのか!?」
思わぬ方向転換した話しに追いついていなかった俺は、それでもここはチャンスだと思いきり食らいついたんだ。
すると辻波は…まるで今まで見たこともないほど満面の笑みを浮かべて俺の好きな、あの呟くような低い声で言い放ったんだ。
まるで宣言でもするように。
「もちろんだろ?東城は俺のモノになったんだから」
…俺は何を言ったんだ?
愕然としながらも、でも、それもいいかと思った。
なぜか知らないけど、俺はずっと辻波が気になっていたんだ。これが恋なら、俺はそれを受け入れよう。
どうせ俺にとってはいい方向に進むんだ。
赤頭巾ちゃん、狼男には注意しなよ。
と、辻波に言ってやらないとな。
ニコッと笑って少し高い位置にある辻波の鬱陶しい前髪から覗くキリリとした双眸を見上げた。
「これから宜しく、東城」
何も知らない辻波は微笑んで…そんな嬉しいことを言ってくれるから、俺も笑わずにはいられないじゃないか。
だって、そうだろ?
俺はきっと、もうずっと、辻波櫂貴のことを好きだったんだから…
付き纏って付き纏って…この恋が成就するんだ。
飛び切り最高の笑顔で笑わないでどうるすんだよ?
なあ、辻波。
そうだろ?
ところで、いったい誰がストーカーだったんだ?
***END***