8  -EVIL EYE-

 相変わらず、一件落着したカタラギの仲間の2人は、変形する身体を持て余している兵藤を、まるで荷物でも扱うようにヒョイッと小脇に抱えて、来た時と同じように音もなく滲むようにして去ってしまった。
 面白そうだからと、夜の静寂に殺されないように、兵藤は自宅に無事に送り届けられることになったらしい。
 らしい…のはどうでもいいんだけど、今はこの目の前でマジマジと俺を品定めしているカタラギが大問題だ。

「は、早く腕の縄を切ってくれよ」

「…」

 あくまでも、そんなにも観察したいのか、一箇所を。
 それって視姦って言う、立派な変態行為なんだぞ。
 変態行為に立派もクソもねーけどな。

「昨日もカタラギに縛られたから、もう手首、ガタガタなんだけど…」

 どうでもいいとカタラギが思ってることは重々承知の上だけど、擦り切れて鬱血だけじゃなく、もう血が滲んでいる手首には感覚がない。いや、手首だけじゃない、腕も痺れて麻痺したみたいになってる。
 溜め息を吐いてカタラギを見詰めたら、真っ赤な髪の派手な男は、感情を窺わせない目付きで俺を見据えてきたんだ。
 そんな目付きをされてしまうと、腹の底に鉛でも飲み込まされたみたいに、落ち着かない気分になってくる。

「…優しく抱けば、イクんだよな?」

「今日は…もう、無理だと思う。俺、本当に具合が悪いんだ。昨日から眩暈ばかりがして…」

「イクんだよな?」

 聞いちゃいないのか。
 この野郎…と、散々恨めしく思ったけど、俺は目蓋を閉じて渋々頷いた。

「イケると…思う」

「そっか…じゃぁさ、これからイクときはちゃんとオレに言うんだぞ」

「…」

 ニヤッとカタラギが笑いながら、絶対的な命令口調でそんなことを言いやがった。
 俺…忘れてると思うけど、れっきとした男なんだぞ。
 男が、男に抱かれてイケるなんて屈辱的な台詞を吐かされた挙句、AV女優みたいに「イッちゃう~」と言えというのか?

「……」

 もう言葉も出ないほど疲弊してしまった俺は、ニヤニヤ笑いながら近付いてくるカタラギの顔をただ見詰めることぐらいしかできない。もう少し元気が残ってたら、たぶん、間違えることなく「お前、ホントはバカだろ?」って言えてたんだけどなぁ…
 無言で満足そうに笑いながら近付いてきた真っ赤な髪の派手な男は、頭上高くに腕を縛られている俺を暫く繁々と見下ろしていたけど、唐突に覆い被さるようにして抱き締めてきたんだ。

「?!…ぅあ!」

 思わず声が出たのは、俺を抱き締めながら、袖を捲り上げた硬いレザー系の黒コートの質感に怯える俺なんか無視して、カタラギが太い指を突然肛門に挿入したからだ!

「…ぁ、…い、…ッ…うぅ」

 それでなくても大柄な体躯で、覆い被さるようにして抱き締められるだけでも十分迫力があるのにさぁ、片方の尻の肉を掴んで割り開くようにしながら、突っ込んでいる太い指でグリグリと内壁を擦りまくる。ヘンな話、兵藤たちの精液のおかげで挿入の衝撃は半減できたものの、指で突き上げるようにして挿し込んで、抉るように掻き回して引き抜こうとする行為には、思わず嗚咽みたいな喘ぎ声が噛み締めた唇から洩れてしまう。

「…」

 熱心に覆い被さって、たぶん、自分が苛んでいる箇所を凝視してるに違いないカタラギは、手持ち無沙汰のように俺の肩の辺りを甘噛みした。

「ん…ッ……やめ、…くるし……ッ」

 ジュブッ…と、粘着質な音を響かせる肛門から、カタラギが指を抜き差しする度に、ゴプ…っと白濁が溢れ出して、ガクガク震えている足の内股に不快感を伴って伝い落ちているのが判る。
 ギシッと軋むように手首に食い込むように突っ張る縄に体重が一瞬かかったから、、閃くような痛みに唇を噛んで、齎される快感と苦痛に脳内が混乱したように何も考えられない。
 抱き締められた身体が熱を持って…

「!」

 信じられないことに、俺は痛いほど勃起してた。
 両目を見開く俺なんかお構いなしで、カタラギは指をくの字に曲げて、直腸内を隈なく辿るように掻き回している。
 散々弄ばれて熱を持って腫れぼったくなっている肛門は、それでも、少しも感覚を鈍らせることなく、脳天を貫くような快楽と痛みを訴えかけていた。

「…あ、あ…ゃ、う……ぁん!」

 逃げ出すことも縋ることもできずに、俺は生理的な涙をポロポロ頬に零しながら、もう許してくれと懇願するように抱き締めてくるカタラギに必死に身体を摺り寄せた。

「…エヴィルのセーエキなんか全部掻き出してやる」

 摺り寄せる俺の身体を両腕の中に閉じ込めてギュッと抱き締めるカタラギのその台詞を聞いて、その時になって漸く、この大柄な体躯の男がどうしてそこまで俺の下半身に執着しているのか判ったような気がした。
 たぶん、エヴィルに汚されたことが腹立たしくて仕方ないんだろう。
 それは、何故か、少なからず俺の心にチクッと痛みを走らせた。

「せっかくたっぷり注いだ俺の子種を薄めやがって!…ホント、今頃後悔だ。やっぱこの手で殺しとくべきだったッ」

「…こ、だね?おま、…俺、男だから……お前の子とか、生めないぞ?」

 俺が胸に感じた痛みの原因だと思い込んだ理由とは違った、ただ単に自分が吐き出したものを勝手に薄めた(?)エヴィルどもに腹を立てていただけだと言う理由に呆れたんだけど…そう言えば、カタラギは昨日も、痛みで死にそうな俺にそんなことを言ってた。
 肛門を指で犯されてその気になってる俺はどうかしてると思うけど、それでも、快楽に何度も足の力が抜けそうになるのを耐えながら…って、実際はカタラギにガッチリと抱き締められているんだから、足の力が抜けても腕に体重がかかることはない。だからって、それでも俺の自尊心がそれを許さないから必死に足に力を入れながら、肩で荒く息を吐いて呆れたように呟いたら、カタラギはどうも、鼻先で笑ったみたいなんだ。

「何言ってんだよ?そんなの当たり前だろ。光太郎の身体の奥深くに、オレの女だってさぁ、証を刻み込むんだよ」

 苛々したように呟くからには、この行為に何か特別な理由があるんだろう。
 エヴィルも、エヴィルハンターのこともこれっぽっちも知らない俺には理解不能だけど、いや、そもそも俺のことを自分の女だなんて豪語しちまうようなカタラギと、それを受け入れてるコイツの仲間の頭の中も十分、理解不能なんだけど、どうもこの状況から抜け出せるのは、この派手な真っ赤な髪の男が俺に飽きてからなんだろうなぁと、ちょっと絶望してしまった。

「…ん……んぅ!」

 直腸内を探って兵藤たちが残していた精液を掻き出してしまったのか、カタラギは乱暴に指を抜き去った。その衝撃に、もう少しでイキそうになった俺は、それでも決定的な刺激には達していなかったのか、身体を震わせて目蓋を閉じたんだ。

「ふ……ぅん…はぁ…」

 肩で息をしていたら、覆い被さったままで、どうやらカタラギはニヤッと笑ったみたいだ。

「優しく解してやったからな、入れられそうだろ?」

「!」

 思わずポカンッとして、俺は閉じていた目蓋を開いてしまった。
 これだけ執着してるんだから、カタラギがまた俺を抱くんだろうと言うことは判ってたつもりだった。でも、最初の時でさえ無造作に突っ込んできたこの男が、俺の身体を気遣ってるのか?しかも、優しくしたらって言葉、あれは本気で言ってたのか?

「…腕、解いてくれよ」

「やだね」

 間髪入れずに断るのはどうかしてるぞ。
 俺が暴れるって、思い込んでるのかな?その気になれば、俺なんか片手でだって押さえつけられるくせに。

「こんなだと俺、カタラギに抱きつくこともできないんだけど…」

 これからエッチするんなら、この体勢は絶対にキツイ。
 それに、よく考えたら、これで2回目だってのに、またしても腕を縛られてるなんてさ…これじゃ、傍目から見ても、自分的にも、強姦されてるみたいだ。
 男の俺としてはその方が、合意よりも何万倍も諦めることができて少しでも心が軽くなるんだけど…でも、なんかもう、どうでもよくなった気持ちもあるから、身体がキツイよりはいいと思ったんだよな。
 でも、俺のその言葉をカタラギはまたしても曲解したらしく、声がニヤついた響きを含んでいる。

「今夜はイケそうだな」

 どこまで俺がイクことに執着してるんだか…目に見えないナイフなのか、それとも空気なのか、よく判らないけどカタラギが指先を翳しただけで、頑丈な縄がブツッと切れて、俺の身体は重力に従ってガクンッと落ちそうになった。
 でも、落ちないのは勿論、カタラギが片方の腕で力強く俺を抱き締めてるからで…それと、俺自身が、自由になった力の入らない痺れ切った腕をなんとかのばして、カタラギの背中に両腕を回したからだ。
 でも…結局俺はイケなかった。
 昨日から散々痛めつけられた身体はもう限界で、それ以上に、俺のメンタルな部分もダメージを受けていたのか、俺が思う以上に、やわな意識は腕の縄が解かれたと同時にぷっつりと途切れてしまったんだ。