第一章.特訓!3  -遠くをめざして旅をしよう-

 暗く狭い地下道は、地上にある華やかな町並みに付き纏う影のように、湿った風が吹く淀んだ暗闇のようだった。この地で暮らす人々の双眸は何かに飢え、許しを請うような、怒りに満ちた光を放っている。

「これじゃ、まるでネズミにでもなった気分だねぇ」

 その、壁に掛かった松明だけが明り取りの狭い地下道で、一際目立つ派手な衣装に身を包んだ奇妙な道化師が何故か愉快そうにそう言うと、前方を行く旅装束に身を固めたコウエリフェルの王宮竜騎士団々長リジュが迷惑そうに眉を寄せて肩越しに振り返る。

「ウルフラインのレジスタンスに漸くアポが取れたんだ。滅多なことを言ってくれるなよ」

「うん、判ってるよ。でも、この臭い!すっごいねー、地上の瘴気がみんな流れ込んできてるみたい」

 クスクスと他人事のように笑って、諦めたように溜め息を吐くリジュに肩を竦めて見せた。

「通路の横でこれでもかって、汚物の用水路が流れてるのも凄いよねー」

「悪かったな。それを承知で地下に潜ってるんだ、文句あるか?」

 不意に声が掛かり、リジュはさり気なく身構えるが、気紛れそうな道化師に至ってはさほど気にした様子もなく緩慢な仕種で振り返った。

「子供…?」

 そこには14、5歳ぐらいの少女が、明らかに敵意を剥き出しにして不貞腐れて立っていた。

「あんたたち、コウエリフェルのお役人だろ?おれは案内役だよ」

 自然に口をついて出る男言葉は、生まれた時からそんな言葉遣いの中で暮らしてきたことを物語っているようだ。

「あ、そう。じゃあ、早く案内してくれる?ここはちょっと…ねぇ?」

 ニコッと笑うデュアルに奇妙な違和感を覚えた彼女は、何となく身構えるような仕種をして顎をしゃくって促した。

「こっちだよ」

「…だそうだよ、早く行こう」

 軽くウィンクしてリジュを促すデュアルに、団長は何か言いたそうな表情をしたが、あんまり怖がらせるなよと一言、言っただけだった。

「?」

 キョトンッと、意味が判らないように首を傾げていると、先の細い道に曲がった少女がヒョコッと顔だけ出して怒鳴った。

「早くしなッ」

 デュアルは肩を竦めると、強気な少女の後を疲れた表情のリジュと一緒に追い駆ける。
 彼女の足取りは漆黒とは言わないまでも、明り取りに揺らめく松明だけを頼りにした通路にあっても、その足元は軽やかだ。長いことこの地下で暮らしているのか、闇にある人に多くいるように、彼女の肌は驚くほど白かった。いや、青白いと言ってもいいぐらいだ。

(不健康な…)

 デュアルの眉を寄せた不機嫌そうな呟きは誰の耳にも届くことはない。
 それなりに繕えば可愛らしい少女も、こんな時代にあっては煤に汚れていても気に止めることもないのだろうか。

「せっかくのお顔が台無しだねぇ」

 ちょこまかと通路を行く少女に遅れることもなくのんびりと進む道化師の、突然、頭上から降ってきたその言葉にビクッとした彼女は驚いたようにデュアルを振り返り、すぐ傍らに立っていることに更に驚いたように彼を見上げて目を丸くした。

「ほら、汚れてるよ。女の子なのに」

 少しひんやりとした指先に頬を撫でられて、少女は微かに警戒したように顔色を曇らせた。

(何時の間におれの背後に立ったんだ…コイツ。いったい何モンなんだろう。兄者はもしかして、何かとんでもない化け物を身内に飼おうとしてるんじゃないだろうな…)

 ビクビクしながら前方に歩き出した少女の後姿を見送りながら、漸く追いついてきたリジュにニヤニヤ笑いながら腕を組んだデュアルは言った。

「怯えてる怯えてる。楽しいったらないね。ホント」

「…小さな子供を虐めて遊ぶなよ。性格悪いぞ」

 空気も悪い地下道でやや息を詰まらせながらリジュが呆れたように呟くと、腕を組んでいたデュアルはちょっとムッとしたように組んでいた腕を解いて、どっかりとその肩に乗せながら鼻を鳴らした。

「小さくても自分で生きてるなら立派な大人!認めてあげないと可哀相でしょ?自分で僕ちゃん子供~って言うんなら子供だって認めたげるよ。団長さんはどう?」

 子供かな~?とふざけたように顔を覗き込んでくる派手な化粧を施したデュアルの顔を呆れたように見ていたが、諦めたように溜め息を吐いてその顔をぐいっと押し遣りながら首を左右に振る。

「あう」

「付き合ってられん」

 角を曲がる少女の後を追いかけながら吐き捨てるように言ったリジュに、ひっどいなぁ~とクスクス笑うデュアルもその後を追いながら、そうして暫く笑っていた。