1  -EVIL EYE-

 その出来事は突然、まるで切れかけた電球が弾け飛ぶような鮮烈さで、俺の目の前で起こった。

 景気の悪いビル街は何処も、夜ともなれば静寂が支配するゴーストタウン化するもんなんだけど、その日の俺は、残業中の親父に呼び出されてそんな風に静まり返った街を歩いていた。
 親父の会社の入っているビルは、駅からそう遠くはないんだけど、幾つかビルとビルの間の、俗に言う裏路地を通り抜けた方が近道で早いんだ。
 だから、何時ものようにその近道を選んだ…つもりだったのに、たぶん、それが拙かったんだと思う。
 残業上がりのOLのお姉さんたちですら、足早で帰りを急いでいるのに何が悲しくてこんなところを歩かなきゃいけないんだ…ふと、そこまで考えた俺は首を傾げると、目の前を歩いているスーツ姿のOLさんを見たんだ。
 こんな裏路地、男の俺ですら早く立ち去ろうと考えるってのに、どうして、この女のひとはこんなところを歩いているんだ…?
 それは素朴な疑問だった。それと同時に、何か嫌な予感がして、俺は歩調をさらに速めて、そのOLを追い抜こうとした。追い抜こうとして、見なきゃいいのにその顔を見てしまったんだ。
 見開いた双眸は明らかに何かに怯えていると言うのに、その目玉は、何処か虚ろで何を見ているのか良く判らない。そのくせ、青褪めた顔には冷や汗がビッシリで、惚けたように半開きの口からはブツブツと聞き取れない声が漏れている。
 やべ、こりゃマジでラリってんじゃねーのか?
 直感した俺は、やっぱり早いところ追い越そうとした。
 追い越そうとする俺の耳に、その時漸く、女が何を呟いているのか聞こえてきたんだ。

「…ろしてやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる。助けて、殺してやる、殺してやる、殺してやる…」

 耳に粘りつくように響いた声音に、俺の背筋に汗が滲んだ。
 ゾクリとする感覚は、それが何か良くないものだと物語っていた。
 足を速めたのに、声はまるで耳元で聞こえているように近付いていた。
 そんなはずない、判ってる、そんなはずはない。
 まるで念じるようにそう呟いて、俺はビッシリと額に汗を浮かべたまま、声のする方を肩越しに振り返った。
 何処を見ているのか判らない目玉が異様に飛び出した女は、真っ赤な口紅を塗りたくった口許をニタリと歪めて、俺の肩をガッチリと掴んだんだ。

「…ヒュ」

 何時の間に…声にならない声を上げる俺の真横に、足音もさせずに近付いていた女は、だらんと力の抜けた顎を俺の肩に乗せて歯をカチカチと耳障りに鳴らして、やたら長い腕で俺の頭を掴んでくるんだ。
 限界まで見開いた双眸で、月明かりが照らすアスファルトを見下ろせば…なんてこった、そんな馬鹿な。
 言葉が出てこない…だって、アスファルトに伸びた影が、有り得ない現状を物語っているんだ!
 信じられるか?俺に縋り付いている女の双肩の間、肩甲骨と肩甲骨の間が異様にベコンッと凹んだのか、肩がグイッと伸びて、首がグッと縮こまったんだ。そのせいで、静か過ぎるほど静かな街に、奇妙な音を響かせながら腕が変形して伸びていく。その脇腹から千手観音みたいに、骨を圧し折る音を響かせて、両方更に2本ずつ、腕が生えた。そう、生えたんだ!

「…ぁ、…あ…あ……ッ」

 声が出ない。
 こんな時なのに、誰かに助けを求める声、いや息すら出ない。
 こめかみの辺りからブワッと汗は噴出してるのに、肩も足もこれ以上はないほど震え出しているのに、声が、息が…出ないなんて。
 変形して曲がりくねった指先に捩れるように伸びた爪が虚空を掻いていたけど、ふと、今気付いたようにぎこちない動きで折れ曲がると、俺の顔を突き刺そうとでもするようにゆっくりと近付いてくる。
 コイツは俺を殺すつもりなんだ。
 何故とかどうしてとか、そんな言葉、殺される寸前の人間てのは考えることもできないんだと、その時初めて知った。知りたくもないのに、初めて知ったんだ。
 どうして俺なんだとか何故こんな場所通っちまったんだろう…とか、もっと考えても良さそうなのに、今の俺は、そんなこと全部どうでも良くて、ただ、コイツが何か得たいの知れない生きもので、今まさに俺を殺そうとしてる。本気で俺を殺そうとしてる…そんなことしか考えられない。
 小刻みにカチカチと鳴らしていた音は、次第に噛み締めるみたいにカツンカツンと響くようになると、その耳障りな歯を鳴らす音が馬鹿みたいに脳内に響きやがった。
 もう、何を考えたらいいのか判らない。
 知らず、死ぬことへの恐怖だとか、まだ遣りたいことがたくさんあるのにとか…後悔とか何もかも綯い交ぜした涙が、頬を伝ってガタガタと震える顎から零れ落ちた。
 どう言う理由かは判らないけど、俺はここで、何か得体の知れない者から本気で殺されるんだ。 
 冗談だろとか、何かの番組かよとか、そんなの、この生臭い息とか、尋常じゃない気配を感じていたらスッカリ脳みそから弾き出された。
 嘘じゃないし、冗談でもない。
 これは現実で、本気で俺はここで死ぬ。
 ああ…誰か…
 曲がりくねった指先の汚らしい爪が、もう目と鼻の先だ。
 もう死ぬんだとギュッと目を閉じた瞬間だった。

「?!」

 凄まじい力がドンッと身体を圧迫したかと思うと、俺を掴んでいるはずの女の身体が突然、宙に舞い上がったんだ。
 俺は泣いていることも忘れてポカンッと女の身体を追うように上空を見上げたんだけど、どうやら、俺の救世主は更に俺を苦しめる原因でしかないようで、絶望的な気持ちに震える膝の力が抜けて、間抜けなことに俺は、その場に蹲ってしまったんだ。
 逃げたいのに、逃げ出せるはずなのに…キィキィと声にならない悲鳴を上げる女を頭からガブリと噛み付いたソレ、なんと表現したらいいのか判らない、ビルの壁にへばり付くようにして長い手足を伸ばしているくせに、口らしい部分から伸びた細い器官で女の身体を掴んでそのまま口に引き摺り込んでいる。
 たぶん、女が終わったら、次は俺だ。
 それでも、なまじ負けん気の強い俺だから、そんなところにへばっているワケにもいかないし、何より、ダッシュで逃げ出すにしても、ソイツは巨体で、口からあんな器官を出しやがるってことは、俺を殺すのだって簡単なはずだ。
 あの女の化け物だってすげー力だったのに、そんなヤツを難なく俺から毟り取って喰えるんだぜ。
 勝ち目とかないに決まってる。
 有り得ない場所に、人間で言えば側頭部の辺りにギョロリとした目が幾つもあって、忙しなく動き回っているくせに、その目は掠めるように俺を捕らえては止まり、止まっては動くような動作を繰り返している。
 その中の幾つかは、確実に俺だけを見ている…それを確認したら、震える指先が地面を掻くようにして転がっている鉄パイプを掴んだし、尻餅でもつくようにへたり込んだアスファルトから立ち上がることができた。
 ここでどうせ死ぬなら、反撃ぐらいしないと男じゃないぜ!
 恐怖心でどうしても震える足は仕方ない、それでも、俺は鉄パイプを握り締めながら、ジリジリと後退しつつ、バリバリと静まり返ったビル街に骨の砕ける音を響かせながら、女を食い尽くす化け物を見上げていた。
 緊張から乾ききった唇はカサカサで、咽喉の奥もカラカラだったけど…でも、俺は最後まで負けない、こんなところで死ぬとか思わなかったけど、それでも、最後まで戦って、それでダメなら仕方ないって諦めることが、たぶんできると思う。
 だから、俺は…

「邪魔だ、退け!人間ッ」

 決意してパイプを握り直した俺のなけなしの決意を鼻先で笑うように、背中を突き飛ばされて再びアスファルトに転がる俺の横を、まるで風のような速さで駆け抜けたソイツは、口許に禍々しい笑みを浮かべながら、片手に鉤爪のような装具を嵌めて、もう片方は戦国武将が持っているような日本刀を掴んで…倒れた俺の目が正常なら、化け物のへばり付いているビルの壁を駆け上がりやがったんだ!!
 な、なんなんだ、アイツは?!
 「ヒャッホウ!」と叫びながら、どうやら楽しんでいるような男は派手な真っ赤な髪をしていて、鎖だとかなんだとか、胸元や腰のベルトにジャラジャラさせて、袖を捲り上げている黒コートの裾を翻すと、ブーツの底でビルの壁を踏み締めるとダンッと蹴飛ばすようにして跳躍したんだ。
 有り得ない!有り得ないだろ、マジで!
 前につんのめるようにして倒れていた俺は、上体を起こしながら、ただただ呆気に取られたようにポカンッと派手な、まるでロック系バンドみたいな派手な出で立ちの男を見上げていた。
 跳躍したその勢いのままで空を蹴ると、ソイツはビルにへばり付いたままで警戒して奇声を上げて奇妙に伸びた首をブンブン振り回している化け物に向かって飛び掛りやがったんだ!
 そりゃ、無謀だろ?!と、俺が思わず叫びそうになったにも拘らず、ソイツはまるでそんな攻撃、屁とも思っちゃいないのか、それまで何の変哲もなかったはずなのに!バチバチと青白い火花を散らす日本刀を構えて突き刺したんだ。
 日本刀を掴んだそのままで、重力に任せて落下すると、化け物の身体は鋭利な刃物に真っ二つに引き裂かれた。
 す、スゲー…
 純粋に今、目の前で起こっている全てに感動して、俺は思わずガッツポーズを握り締めていた。
 だけど、すぐにその手が開いてしまった。

「危ない!!」

 俺が叫ぶと、ソイツはそんな上の方からでも俺を確認できたのか、「ん?」と気付いたような顔をしてから、ひょいっと上を見た。
 ビルすらも切り裂く日本刀にブレーキをかけるために、コンクリートにブーツの踵を擦らせて火花を散らすと、「よっ」とでも言った感じでコンクリートに突き刺さった日本刀の上に乗っかると、凄まじい勢いで変形しながら降ってくる…って言葉がしっくりくる化け物の顔を目掛けて身構えると、ニヤニヤ笑いながら鉤爪の拳を突き出したんだ!

『ギィギャァアァァアアァッッ』

 断末魔のような悲鳴を上げる化け物は、それでも両足で身体を支えながら、裂けて目茶目茶になっている頭部はそのままで、細長く伸びている両腕で派手な男を掴んだみたいだった。
 絶体絶命だ!
 アワアワと頭を抱えそうになる俺の横にスタスタと歩いてきた、派手な男と同じように派手な格好をしているくせに、激しい男とは対照的なのんびりした仕種のオレンジの髪をした男が手にした銃口を向けた。
 化け物にではなく、俺に。

「!」

 ハッと、反射的に目を閉じた。
 化け物を見た俺を口封じするんだとか、自分たちの存在に気付いたから消されるんだとか、親父とか母さんとか、友達とか、学校の仲間とか、そんな人たちの顔が脳裏に怒涛のように駆け巡った…んだけど、パンッと乾いた音がしたと同時に、耳の横を風を切るような轟音を轟かせて何かが飛んで行き、後ろで重い音を立てて何かが倒れたみたいだった。
 一瞬にして走馬灯のように半生を振り返っていた俺は、恐る恐る目蓋を開いて、それから、背後を振り返って目を見開いた。
 今や、アレほど力強い腕らしきものに掴まれていた筈なのに、鉤爪で引き裂いたのか、解放されて自由の身になっている派手な男は、声高に笑いながら、化け物の身体を蹴っては攻撃を回避し、回避しては空を蹴って飛び掛ると鉤爪で切り裂くを繰り返しているんだけど、その飛び散った肉片がボタボタ落ちてきては、ウゾウゾと蠢いて単体の生き物のように這い出しているんだ。
 その奇妙な物体が、たぶん、今まさに俺に襲いかかろうとしていたんだろう、どうやら人間のような形に成りそこなっている肉片は撃たれた場所がグズグズと燻って、それから溶けるようにしてアスファルトに吸い込まれてしまった。
 周囲に異様な悪臭が立ち込めた。

「あ、有難う…」

 ボケッとしたような呆れたような顔をして銃身で肩を叩いて、片手で腰を掴んで呆れている男は、思わず恐る恐る口を開く俺に気付いたのか、確かに気付いたとは思うんだ。だってさ、チラッと見たようなんだけど、俺なんか眼中にないとでも言いたそうに無視しやがったからな!

「ったくよ~、カタラギの野郎。エヴィルを増殖させてどーすんだ」

(…エヴィル?)

「仕方ねーよ。アレがヤツの戦うスタイルじゃん。ま、それだけ俺たちは雑魚狩りやってりゃいーんだから、楽だろ?」

 ジャリッと、アスファルトを踏み締めるようにして、もう1人が暗闇から姿を浮かび上がらせた。
 いや、ホントにそんな感じでゆらっと浮かび上がってきたんだ。
 もう1人いたのかと、もう、驚きすぎて驚けなくなった俺が呆気に取られたように、長身の2人を見上げていると、銃の男が「まーな」と肩を竦めて、それから腰を掴んでいた手を差し出した。
 何時の間に握っていたのか、もう一丁の銃のグリップを握って発砲すると、肩を叩いていた銃口も火を噴いた。
 何時の間にかウゾウゾと取り囲んでいた肉片が幾つか吹っ飛び、突然の出来事に呆気に取られている俺の目の前で、闇から浮かび上がった緑の髪の男が、犬歯を覗かせるようにしてニヤァッと嫌な笑みを浮かやがった。
 瞬間、バチバチと空気中に火花が炸裂して、取り囲むようにして近付いていた、人形の成り損ないの身体が破裂したんだ!

「それにしたってキリがねぇ。カタラギッ、そろそろ本気出せよッ!」

 吠えるようにしてオレンジが叫ぶと、カタラギと呼ばれた、空気を自在に操っているように見える、派手な赤い髪の男は大声で笑いながら片手をグルグル振り回している。
 どうやらOKとでも言ってるんだろう。
 な、なんなんだ、コイツ等…

「スメラギとアララギが退屈そうだからなッ!」

 ニヤッと笑ったのか、半分以上削ぎ落とされてしまった肉の塊に、ビルに突き刺さっていた日本刀をついでのように引き抜いた男は、重力を思い切り無視してビルに立つと、バチバチと青白い火花を散らす日本刀を構えたんだ。

「お前とのお遊びはこれで終わりだ。グッバイ、エヴィルちゃん!」

 肉を増殖させて人形に戻ろうと試みるその化け物に、男は構えた腰を低く落として両足を踏ん張ると、反動をつけて走り出し、問答無用で突き刺したんだ!
 次の瞬間にはその身体を肉の塊が覆いつくしたから、思わず声を上げそうになった俺の目の前で、一瞬カッと凄まじい閃光が走ったんだけど、眩しくて目を細める俺の目の前で凝縮するみたいに光は小さくなると、バシュゥンッ!と風を切るような音を響かせて化け物の身体が破裂したんだ!
 バラバラと飛び散る肉片はどれも焦げていて、もうウゾウゾと動くこともなかったけど、アスファルトに落ちる端からシュウシュウとドライアイスみたいに煙を噴出して、溶けるようにアスファルトに吸い込まれてしまった。
 …辺りは相変わらずゴーストタウンそのもので、シンッと静まり返ってるってのに、俺の心臓はこれ以上はないぐらいバックンバックンと破裂しそうな勢いで動いているみたいだ。

(お、わった…終わったんだよな?)

 へたり込んだままで口を開けてポカンッとしている俺なんか、どうせ無視してくれる連中だから、この衝撃が去ってから帰ろうとか考えていたってのに…いや、そうだ。親父のところに行かないと。
 確かにオレンジと緑の髪は肩を竦めながら、やっと終わったとばかり、俺なんか見向きもしないで踵を返したってのに、高笑いしながら、全く重力を無視してゆっくりと上空から降りてきた派手な赤い髪の男が、アスファルトの道に着地すると、地面を蹴るようにしてズカズカと近寄ってきたんだ。
 いや、違うだろ?
 何が起こったのか理解もできない脳みそで、思考回路なんかグチャグチャの俺でも判るんだ。アンタの仲間は向こうだ。
 そう言えない、あんまりの衝撃的な出来事に呆けながらも、ハッと我に返って眉を寄せる、思い切り警戒する俺を、腰に両手を当てて覗き込んできたニヤニヤ笑いの派手な男は、ジロジロと不躾に俺を眺め回すんだ。

「な、なんだよ?!その、助けてくれたのは有り難いと思ってる。有難う」

 この場合、邪魔だ退け!とか言われたんだから、別に俺を助けるつもりはなかったと思うんだけど、結果的には助けられたワケだし、わざわざ俺に近付いてきたって事は、それなりの謝辞が欲しいんだろうと思ったから、俺は素直に礼を述べたんだ。
 赤い髪の派手な男は、まるで品定めでもするように、何処に隠してしまったのか、既に武器のない片手は腰に当てたまま、もう片方の手で自分の顎を擦りながらニヤニヤと笑って見下ろしてくる。

「?」

 首を傾げた次の瞬間には、俺は何故か懐いていた硬いアスファルトの感触を失っていた。
 そう、俺、何故かもうホントに良く判らないんだけど、あの長身の派手な男の肩に担ぎ上げられていたんだ。

「ゲッ!なんだよ、カタラギ。ソイツをどーすんだ?」

 緑の電気男がギョッとしたように振り返ると、嫌なものでも見ちまったと言いたそうな顔付きで唇を歪めて犬歯を覗かせている。

「はぁ?どーするって…これ、オレの戦利品だろ。昨夜の女はスメラギとアララギにやったじゃん。これ、オレが貰ってもいいんだろ?」

「お前がソイツでいいってんなら、まぁ、俺たちに異論はねーけど」

 オレンジの髪の男が、相変わらずやる気がなさそうに肩を竦めるから、いや、お前たちに異論がなくても俺にはある。

「ち、ちょっと待ってくれよ!戦利品って…なんだ、そりゃ??」

 なんとか引き留めないとと、慌てて黒コートの背中を掴んで引っ張ると、赤い髪の男はな、なんと!そんな俺を片手で掴んでそのまま、自分の目の前に翳しやがるんだッ!
 ど、どれだけ力持ちなんだ…
 青褪めたままでパクパクと言葉の出ない口を開閉していると、男はニヤニヤ笑ったままで俺の顔を覗き込んできた。

「!」

 その時になって漸く、俺はソイツの顔をマジマジと見たワケなんだけど、ヤツの右目は…金色だった。いや、その表現もおかしいな。
 茶色がかった瞳孔の周囲、金色の虹彩の中に、赤い線がまるで何か、文様のようなものを描き出している。
 その目を見詰めていると、どうしてだろう?落ち着かないような、逆らえないような威圧感を感じて、片手で吊り下げられてるワケなんだが、俺は息を呑んでいた。

「エヴィルに狙われたってことは、いい餌になるんだよ。そう言うヤツを傍に置けば、わざわざ探す手間も省けるってワケだからさ。まぁ、簡単に言えばオレの女になるってワケだ」

「!!」

 聞き慣れない言葉にギョッとしたそれは、俺が聞いた幻聴に過ぎないんだろう。
 だってそうじゃなきゃ、どうして目が回るんだ?
 それに身体から力が抜けて…俺、どうなるんだろう。
 それが、真っ暗闇に落ちる寸前に、俺が考えた全てだった。