2  -EVIL EYE-

 ふと、俺は目を覚ました。
 ここが何処なのか、ぼんやりしている頭では考えることもできない。
 ただ、打ちっ放しのコンクリートに囲まれた部屋は、天井が高くて、剥き出しの配管が無機質な静けさを醸していて…何処か不気味だった。
 漸く鈍い頭が少し確りしたところで、両手をベッドヘッドの鉄格子に縛り付けられていることに気付いた。
 正直、ギョッとした。
 それぞれの手首に無造作に、いや大雑把って感じか、どちらにしても遣っ付けで縛り付けているくせに、少し引っ張ったり、思い切り暴れても、その雑然とした縛り方にも拘らず、ロープが緩んでくれる気配はない。
 それどころか、もがけばもがくほど食い込んでいく。いったい、どんな縛り方をしてるんだ?!

(何だ…いったい、何が……)

 自由になるのは両足だけで、それがとても心許無くて、俺はワケもなく怯えていた。
 それでなくても、ハッキリしてきた頭には、化け物が女を喰らうシーンだとか、ウゾウゾと何かの生きものみたいに蠢く肉片を鉤爪で創り出していた男の高笑いだとか…まるで性質の悪い悪夢から抜け出せないみたいに、脳裏に閃く光景を忘れることなんかできないんだから、そんな風に怯えたとしても仕方ないと思う。

(そうだ、確か…カタラギ?とか、言ったっけ。アイツのオッドアイの目を見ていたら俺、気絶しちまったんだよな)

 気付いたらここに寝かされていたワケなんだが…意識を失う前に、俺の幻聴じゃなきゃ、確かにあのカタラギとか言う派手な男は俺のこと…自分のお、女とかなんとか、そんなふざけたことを言っていたような気がする。
 できれば片手で両目を覆って溜め息を吐きたい。
 あの化け物が何で、ソイツを退治しているお前らは誰なんだとか…聞きたいことは山ほどあるってのに、その不気味な台詞が耳を木霊して離れないんだ。
 たぶん、その場凌ぎの出鱈目で、俺をからかって喜んでるに違いないんだろうけど…手首を戒める、このやんわりと自由を奪っている、あの掴みどころのなさそうな派手な男に良く似たロープの存在が、そんな俺の焦燥感を駆り立てていた。
 ここに居てはダメだ、今度こそ、本気で逃げないと大変な目に遭う。
 そんな言葉が、まるで警鐘みたいに脳裏にガンガン響くんだけど、ロープはガッチリ手首に食い込んでいて、俺を容易に自由にはしてくれないみたいだ。
 何度も引っ張ったり、腕を抜こうともがいたりしてベッドを軋らせていると、不意に打ちっ放しのコンクリートに、ついでのように取り付けられている質素な鉄の扉が内側へ開いて、俺はギクッとして目線を向けた。
 そこには、あの赤い髪の派手な男と、オレンジの髪を持つ二丁拳銃の男が立っていた。

「まぁな…夜明けまでには終わらせろよ?それで、判ってるとは思うけどよ、記憶の消去も忘れるんじゃねーぞ」

「判ってる」

 俺を見ながら不遜に言い切る赤い髪の男に、肩を竦めたオレンジの髪の男は、呆れたように溜め息を吐いただけで、「それじゃ、俺たちは帰るぜ」と言って、さっさと踵を返してしまった。
 青褪める俺と真っ黒いレザー系のコートにダメージデニムを穿いて、鎖だとかイロイロなアクセサリーをジャラジャラ胸元だとか、ベルトだとかに下げているロック系バンドの兄ちゃんみたいに派手な男を残して、室内も、いやこの建物全体がシンッと静まり返ったような錯覚を感じて寒気がした。
 どうやら、ここにはもう、俺たち2人しかいないらしい。
 カラカラに渇いた咽喉の奥から、言葉を搾り出そうとする俺を尻目に、ニヤニヤ笑っている派手な男はブーツの底でコンクリートの床を蹴るようにしてヅカヅカと入り込んでくると、両手首を縛られた拘束状態で寝転がされている俺の横にベッドを軋らせて乱暴に腰を下ろしたんだ。
 徐に袖を捲くっている黒コートを脱いで床に投げ捨てると、その下は素っ裸で、幾つもの傷痕が舐めるように走る鍛え上げられた背中には、隆起する筋肉が見た目以上の力強さを物語っているから、こんな時だと言うのに、俺はそれが羨ましいと思ってしまった。
 そりゃ、俺だって男なんだ。
 これぐらい、筋肉があって、均整の取れた身体をしてたら女の子にもモテるだろうし、何より、あんな化け物にだって太刀打ちぐらいできたに違いない。
 男の左肩から肘にかけて、大きな蜥蜴の墨彫りが浮き上がっていた。
 そんな風に悠長に観察なんかしてるから、ニヤッと笑った男が肩越しに俺を見下ろして、いそいそとズボンのチャックなんか下ろそうとするんだ。

「ちょ!…マジでッ、ちょっと待てよ!俺、男だからッ!!何を考えてるんだか判んねーけど、アンタのその、お、女とかなれないだろッッ」

 焦り過ぎて何かワケの判らないことにはなってるんだけど、俺の必死の言い分なんか何処吹く風で、派手な男はズボンの前を寛げたまま、ベッドに這い上がってきて、それこそ俺の両足を抱えるようにして覆い被さってきやがったんだ!

「ま、待てってば!お願いだから、俺、そんなの無理だッ」

 殆ど泣きが入っていたってのに、気付けば俺、シャツ以外は何もつけていない状態で…ってことは、ヤツが大きな掌で掴んだ俺の腿は素肌だし、股間とか、その部分も素っ裸ってことになるじゃねーか。
 拙い、確かにコレは思い切り貞操の危機だッッ!
 こっちは必死で両拳を握って身体を捩るようにしながら抵抗しているってのに、件の派手な男は何が面白いのか、ゲラゲラ笑いながら、そんな俺の顎を掴んで真上からベロリと頬を舐めてくるんだ。
 鳥肌が立って、愈々泣きそうに眉を歪めたら、派手な男はそのまま舌先で俺の素肌を辿るようにしながら、鎖骨に辿り着くと、やんわりと力を込めて噛みやがった。

「…ッ」

 思わず食い千切られるんじゃないかと言う恐怖にギュッと目蓋を閉じたけど、このままだと、冗談じゃなく、この頭のおかしそうな派手な男に確実に犯られると思うから、俺は慌てて目蓋を開くと、殆ど目と鼻の先にあるオッドアイを見詰めて口を開いていた。
 男はそんな風に俺の身体を堪能しながらも、その双眸は少しも俺の顔から離れることがないんだ。

「あ、あの化け物はなんなんだ?アンタたちは、いったい何者なんだよ?!」

 もうすぐ、もうすぐきっと夜が明ける。
 あの時だって真夜中だったんだから…淡い期待を胸に、俺はどうにか喋って夜を明かそうと企んでいた。あのオレンジ色の髪の男は、夜明けまでには終わらせろと念を押していた、ってことは、絶対にそうしないといけない何かがあるはずだ。
 それなら、それまで時間を稼げさえすれば、俺は貞操を守ることができる…はずだ。
 でも、その思いは甘かった。
 男は上体を起こすと、いきなり俺の頭の下に敷いていた枕を抜き取って、ギョッとする俺の腰の辺りにソイツを突っ込んできたんだ。
 そうされると、腰だけが浮き上がるような形になって、なんて言うのか、股間部分が丸見えの状態になってしまう。
 一気に頭とか頬に血が上って、俺は顔を真っ赤にさせて激しく首を左右に振ったんだ。

「…い、嫌だ。こんなの、どうかしてる!!」

 気付けば、さっきから喋ってるのは俺だけで、化け物の時とは違う別の恐怖で、気付けば俺は馬鹿みたいにポロポロと泣いていた。
 何が起こるのかとか、どうやって男同士で犯るのかとか、判らないことだらけで、だからこそ余計に怖くて仕方ないってのに、男は長い指を2本、唐突に俺の口に突っ込んできたんだ。

「…んぐぅ!……ッ」

 もう煩いとか、そんなこと考えてるんだろうな、涙目で見上げると、目許を薄っすらと染めて…ああ、信じたくねーけどコイツ、俺に欲情してる。
 俺の口腔で器用に指を蠢かして舌を扱いたり抓んだり、粘る唾液をめいいっぱい絡めながら蠢くこの指を、思い切り噛んだら殴られるだろうか。
 これだけ見事な身体を鍛え上げてるんだから、俺なんか平気で頬骨と顎を砕かれるに違いない。
 それでも、男なんかに犯されるよりは幾らもマシだ。
 痛みは傷が治れば忘れられる…でも、心の痛みは絶対に消えない。
 何時だったか、何かの小説でそんなことを読んだ気がする。
 それなら、今ここで、この指を噛み切って殴られるほうがいい。
 決意して歯を食い縛ろうとした…のに、俺はそれができなかった。
 まるで惚けたように男のオッドアイの双眸を見詰めたまま、口許から唾液を零して、必死にその指の戯れに応えようと舌を絡ませたりした。

(な、なんだよ、これ?俺、何してるんだ?!)

 頭では判っているから、こんなのはヘンだと叫んでいるのに、身体は何の抵抗もしてくれない。
 ふと、引き抜かれた指先を追うように伸ばした舌先には、銀色の唾液が名残惜しそうに糸を引いて…そんな有り得ない光景に脳内はグラグラしてるってのに、男は満足そうに俺の唾液に塗れた指先をペロッと舐めた。

「ハジメテ、だろ?だよな。ゆっくり解してやりてーんだけど、もうすぐ夜が明けるし、今日は痛いだろーけど、次は優しくしてやるから我慢しろよ」

 漸く口を開いた男は、あっけらかんとした口調でそんな恐ろしいことを口にしやがった。
 恐慌状態の脳内とは裏腹に、俺はひっそりと眉を寄せるだけで、それぐらいが感情らしい感情で、止めてくれも、許してくれの言葉を出すこともできないまま、促されるまま足を開いて、ぐったりしているペニスと睾丸の下にある、あの信じられない部分にイキナリ指を突っ込まれて両目を見開いた。
 ドッと脂汗が噴出して、緊張に指先は冷たくなるし、ガチガチと合わさらない歯が鳴った。
 それは、想像を絶する痛みだった。
 いきなり肛門に指を2本も突っ込まれたからなのか、それとも、同時にペニスを握られたせいなのか、もうどちらか判らない痛みにギュッと目蓋を閉じて、震える頬にポロポロと涙を零しているってのに、俺の身体はやっぱり言うことを聞いてくれないし、ゆるゆると首を左右に振るぐらいで、ぐったりとしている両足に力を入れて男を蹴散らすこともできない。
 こんな苦痛、こんな屈辱、どうして俺が受けないといけないんだ?!
 それなのに、どうして俺の身体は言うことを聞いてくれないんだ!!
 戒められた両手首と鉄格子を結ぶロープを、知らずに握り締めたままで、思わず逃げ出すようにずり上がる身体を押し戻されて、指先はもっと深々と突き刺さり、奥を探るようにぐいぐいと動き回るから、得も言えぬ吐き気と痛みに一瞬でも意識が遠退きそうになる。

「も…い、やだ……ぉ願い…ッ…やめ……ひぃッ」

 漸く出せた声はか細くて、粘着質な音を響かせて指先が狭い直腸の中を掻き回すから、俺はやっぱりそれ以上の声は出せなかった。
 もう片方の掌で俺のペニスを扱いている男は、それでも、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて先端から先走りを零しながらも、勃起する気配のないことに気付いたのか、不思議そうな顔をして、一瞬でも俺の顔から逸らさないオッドアイで穴が開くほど見詰めてくる。
 何がしたいのか…きっと、コイツは本気で俺を犯すつもりなんだろう。
 涙に濡れる双眸で、もう許してくれと見詰めても、目許を染める派手な男は怪訝そうに眉を寄せながら、酷薄そうな薄い唇に笑みを浮かべた。
 その獰猛な笑みに、何が起こるのか…何処でこの男を受け入れるのか、指先の乱暴な動きでもう気付いてしまっているから、俺は観念したように目蓋を閉じた。
 ああ、どうか…どうか、もうやめてくれ。
 これは悪い冗談だと言って、誰か俺の頬を思い切り引っ叩いてくれよぉ!!
 ロープをギュッと握り締めるのと、重量感と質量を持つ、灼熱の棍棒のような男のペニスが俺の肛門を貫くのはほぼ同時だった。
 指でもアレだけの痛みだったのに…その衝撃は俺から言葉を奪い、引き裂かれる痛みは限界まで見開いた双眸から滴り落ちるだけの涙を滂沱に変えた。

「~~~くッ」

 俺の食い千切るような括約筋の締め付けに痛みを感じたのか、余裕だった男も思わず声を漏らしたんだけど、突っ張るように伸びた足を掴みながら、それでも、もっともっと奥を目指そうとグイグイと腰を進めてくるから、最初の衝撃から立ち直れない俺は、まるでガキみたいに声を出して泣いてしまった。

「ぅあ!…あ、あぁ……い、痛ぇ、いてーよぉッッ!!…ひ、…ィ……も、…い、やだ…嫌だーーーッッ」

 漸く俺は声を上げることができたし、掴まれた激痛の走る足を僅かに動かすこともできた…んだけど、今の俺にはそんなこと、もうどうでもいいほど死にそうで、苦しくて、腹の中で暴れている凶悪なペニスが出て行ってくれることばかりを願っていた。
 ギシッギシッと男と俺の動きにあわせてベッドが軋りながら動くのが嫌にリアルで、滴る汗をこめかみから頬、頬から顎に零しながら、男は荒い息を吐き出して、その口許に、やっぱり不敵で不遜な笑みを浮かべやがる。
 こんな非常識な痛みの中で、そんな余裕の男が許せなかった。
 できれば、今ここで殺してやりたいとすら思うのに、どうすることもできなくて、俺はグイグイと腰を押し進めてくる男のペニスのゴツゴツした先端が直腸の内壁をグリグリと擦り上げる感触に、またボロボロと泣いてしまった。

「…嫌?オレの女なのに、嫌なのか?こうして、こうされて…お前はもう、オレのモノなのにさ。ヘンなこと言うヤツだな」

 うっとりと目許を染めて笑う男は、酷薄そうな薄い唇を開いて、真っ赤な舌で泣いている俺の頬をベロリと舐めた。
 言葉のように直腸にある、睾丸の裏側辺りにあるしこりの部分をグリッと突き上げられて、精液の漏れるような感覚を味わったけど、それを快感と呼ぶには程遠い痛みのほうが強くて、俺は泣きながらやめてくれと懇願した。
 でも勿論、男が俺の願いなんか聞いてくれるはずもない。
 両手を縛られて、ベッドに拘束されたままで、有り得ないほど足を開いて受け入れている男の逞しい身体は、萎えることなんかないんじゃないかと思うほど力強くて、そして精力的で、切れて真っ赤な涙を零す肛門への蹂躙はやめてくれる気配もない。
 俺…こんな得体の知れないヤツの女になるのかな。
 それがどんな意味なのか、もう考える力もない脳内にぼんやりと浮かんだ言葉は形を作らないまま俺の中で消えて、オッドアイの赤い髪をした派手な男は、俺の乳首に舌先を這わせながら抱き締めると、直腸の奥深くに溶岩のように熱い精液を吐き出していた。
 俺は結局、イくこともなく、男の全てを受け入れてしまっていた。
 ひくひくと痛みの為に震える肛門の収斂を楽しむみたいに抜こうとしない男は、痛いほど身体中に吸い付いて口付けの痕を残しやがったから、たぶん、後で見たら酷いことになっていると思う。
 信じられない思いと、諦めるような気持ちに支配されて脱力する身体を、男は俺の胎内にペニスを残したままで抱き締めてくる。
 もう、どうしていいのか判らないほどの絶望を感じているから、そんな男がちょっと不機嫌そうに真っ赤な眉を寄せていることにも気付けなかった。

「本気で嫌がってるのか?オレのこと」

「…」

 当たり前じゃねーか!…と言えれば大したモンなんだけど、痛みで叫び過ぎた咽喉は嗄れていて、声らしい声なんか出るはずもないから、俺は黙ったままで目蓋を閉じた。
 ポロッと頬に涙が零れて、そんな女々しくはないはずだったのに…どうして俺、男に犯されたんだろう。
 ワケが判らないのに、こんなヤツに返事をするのも嫌だ。

「でも、もうダメだからな。直腸の中にオレの子種を孕んだんだ。お前は常にエヴィルに狙われるだろうし、夜毎、オレを求めるようになるんだぜ」

「う、嘘だ…ッ」

 ガラガラの声で思わず反論したら、腹に力が入ったせいか、未だに隆々と勃起してるコイツのペニスにグリッと内壁を擦り上げられて、息を呑んでしまった。

「嘘なワケないじゃん。その為に、こんな時間がないってのに、お前を抱いたんだぜ」

 そう言って、何を考えたのか、いきなりソイツは俺の唇にキスしてきた。

「…んぅ?!」

 その、…レイプの最中でさえキスしなかったくせに、目を見開いて抗議するように歯を食い縛るんだけど、やっぱり、ジッと見据えてくるオッドアイを見詰めてしまうと、俺は考える力を失くしたみたいに力が抜けて、気付いたら貪るようにして肉厚の舌に自分の舌を絡めて濃厚な口付けを交わしていた。

「…ふ、……ん」

 大型の犬が水を飲むような水音を響かせながら、砂漠で行き倒れた人が水を貪るような必死さで、俺はソイツとのキスに溺れて、無我夢中にもっととせがんでいた。
 違う。
 そうだ、違う。
 何かが間違っている。
 俺は、自分をレイプした男に、男なのに、キスをせがむような真似はしない。
 何かがおかしい…ズキッと頭が痛んで、キスをしながら顔を顰める俺に気付いたのか、目蓋を閉じもせずに口付けを愉しんでいた男は、やれやれと溜め息を吐いて舌を引き抜いた。
 名残りを惜しむように伸ばす舌先を、男はちょっと嬉しそうに濡れた唇で挟んだ。

「オレはエヴィルハンターのカタラギって言うんだ。お前は?オレ、名前もきかなかったって思ってさ。そしたら、セックスがもっと楽しかったのに、馬鹿だよな」

 挟んだ舌を舐めてから、俺の頬に口付けるカタラギと名乗った男を睨みつけて、俺は口を噤んだ。
 チグハグな想いに頭が割れそうに痛ぇけど、俺はこんな得体の知れない男に自分の素性を明かす気になんかなれなかった。
 でも、口が開く。
 勝手に、開くんだ。

「…う、……んだよ、これ。どうして、喋ろうとするんだ??アンタ、俺に何をしたんだ?!」

「あれ?抵抗してるのか…馬鹿だな、その方が辛いのに。邪眼の意思に従えば、苦痛も快楽も全部お前のものなのに」

「わ、け、判んねーよ!え、ヴィルとか、ハンターとか、なんだよそれ。なんかの映画か漫画か?!あ、んた、これは犯罪なんだぞッ」

 何かもっと別のことが言いたいと口が勝手に動こうとする欲求を俺は必死に抑え付けながら、誘拐してレイプするなんてれっきとした犯罪なんだと言ってやった。
 なのに、馬鹿にしたような、一見すれば冷酷そうに細めた双眸で俺を見下ろしながら、胎内で息を潜める凶暴な楔を突き動かして俺を喘がせると、カタラギはニヤニヤと笑ったんだ。

「犯罪?はぁ??何言ってんだよ。その法とかってのの親玉どもが、オレたちにエヴィルを狩らせてんじゃねーか。馬鹿だな!ホント、お前は馬鹿だ」

「なん…だって?」

 虫けらでも見るような目付きで見下ろしてくるくせに、思い付いたように俺の首筋に口付けて歯を立てる感触は、痛みで朦朧とする頭に鮮烈な快感を閃かせた。
 ビクッと身体を震わせたら、カタラギは嬉しそうにクスクスと笑う。

「オレたちが何を破壊しても、何を自分のモノにしても、誰も何も言わない。それどころか、喜んでソイツの人権すら無視するんだぜ」

 信じられなくてハッと双眸を見開いたら、カタラギは残酷そうに嗤った。

「そうさ、だから何度も言ってるだろ?お前はもう、オレの女なんだ。オレが決めた。オレが何時何処でお前とセックスしても誰も気にしない。公の連中にお前が泣きついたとしても、誰も相手すらしない。ってことで、そろそろオレの女だって自覚しろよな」

 残酷そうに嗤うカタラギの顔を見上げたままで、コレは嘘なんだと思おうとした。でも、それが完全に否定できないのは、あの化け物の存在であり、そして、俺をレイプしたくせにやけに自信満々で威風堂々としているカタラギの、その得体の知れない自信だった。

「名前を言えよ」

 甘えるように俺の身体を抱き締めてくるカタラギの、その金色に赤の奇妙な文様の浮かんだ虹彩を持つ、茶色っぽい瞳孔の右の瞳を見詰めながら、俺は身体中の力が抜けるのを感じていた。

「本当は全部記憶を消すのが決まりなんだけど。オレ、お前には覚えていて欲しいから、ここの場所以外は…勿論、セックスした記憶も全部、残しておく。だって、その方が次にセックスするとき楽しいと思うんだ」

 掟なんかクソ喰らえとでも思っているのか、カタラギはそんなことをしゃあしゃあと言って、俺の鼻先にキスをした。

「エヴィルは夜しか現れないんだぜ、心配しなくても昼間は襲われたりとかしねーんだ。だから、夜毎お前はオレを捜さないといけないってワケさ。それで、泣きながら抱いてくれって言うんだよ。その代わり、オレはエヴィルを狩ってやる」

 どんな了見でそうなるんだよと、思い切り反論したかった。
 身体と引き換えに襲ってくるエヴィルとか言う、あの化け物を退治してやるって?そもそも、化け物に目を付けられるようにしたのはお前じゃねーか!…とか、判りきってるのに言ってるんだ、俺が何を言ったって、コイツは聞いちゃいないんだろう。
 溜め息が出る。
 できれば、ホント、できれば片手で両目を覆って溜め息を吐きたい。

「ほら、名前を言えよ」

 呟くように、唆すようにそう言って、邪眼を細めるカタラギの双眸を見詰めながら、俺は泣きたいような顔をして…

「光太郎、 相羽光太郎」

 ポツリと、呟いていた。