11  -EVIL EYE-

『今朝未明、巨大なエヴィルを確認した防衛庁では…』

 相変わらず、朝のニュースは信じられないような内容を展開して、トーストにバターすら付け忘れている俺が呆気に取られたように見詰める先、淡々とした表情のアナウンサーは起こったことを事実として無機質に報道していた。

「最近は毎朝欠かさずにニュースを観るようになったのね。感心だわ」

 心配性の代名詞みたいな母さんは、汚れた皿をまとめながら、少し嬉しそうに双眸を細めている。
 その傍らで、まだ食ってる暢気な親父が、「ああ!まだ食べてるよ~」と情けない声を出して母さんが手にしている皿をせがみながら…って、どれだけ手が焼けるんだ、この中年は。

「この間、エヴィルに襲われたんだって?もうね、お母さんから連絡があったとき、お父さんは死ぬかと思ったよ」

 うるうると、嘘泣き全開の中年サラリーマンを腐った目で見返す俺に、母さんは手にした皿をテーブルに戻しながらひっそりと眉を顰めた。

「無事だったから良かったけれど…もう、夜遅くに外に出ては駄目よ。この間もお父さんが書類を忘れたからって、あなたは届けに行ってくれたけど…もう、届けなくてもいいからね」

「うん、僕もそう思う。光太郎は優しいから、お父さんは甘えないようにするよ」

 何処にでもある平凡な朝の食卓風景なんだろうけど、キリリとした母さんとへぼーんっとしてる親父を見ていると、だからこそ、あのテレビの中の出来事は何かの特撮映画で、俺とは関係ない世界で起こって…いて欲しいと願ってしまう。
 そんなの顔色にだって出さずに、俺は溜め息を吐いて肩を竦めるんだ。

「書類忘れたから持って来いって言っときながら、散々な言い様だよな!」

 唇を尖らせて、反抗期みたいに悪態を吐いたら、親父はキョトンッとしたような顔をして、立っている母さんと顔を見合わせやがった。
 なんなんだよ!あのなぁ、俺はあの書類を持って行ったばかりに、カタラギに…ッ!
 ムッと眉を寄せると、母さんは出勤前の身支度があるのか、エプロンを外しながら困ったような顔をして言ったんだ。

「おかしなことを言うのね、光太郎。お父さんが書類を忘れたわ…ってお母さんが言ったら、自分が持って行くって言い出したのよ?」

「へ?」

 なんだって?俺、そんなことを言った覚えはないぞ。
 泊まり込みで会社に居た親父は最近、漸く休暇が取れて戻って来ていた。戻ってきたら文句を言ってやろうと思っていたのに…書類を届けるなんて俺、言った覚えはない。

「親父から電話があったじゃないか」

 そうだ、確かそれで、書類を持って来いって言われて、俺は渋々親父の会社に向かった…はずなのに、どうしてだろう?あのOLエヴィルに襲われる前の記憶がない。
 ないってのは語弊だ、断片的にしか思い出せない。
 困惑したように眉を寄せる俺に、母さんはキョトンッとしている親父と目線を合わせると、やっぱりひっそりと眉を潜めて小首を傾げたんだ。

「そうよ。それで、私がもう夜も遅いし、エヴィルに襲われては大変だから明日にでも…と言ったら、お父さんもそれに納得していたんだけど、光太郎、あなたがどうしても行くって言って譲らなかったのよ?」

「…」

 そんなことを言った覚えはない…と言うか、会話をした記憶すらないから、言ったのかもしれないし言わなかったのかもしれない。正直、自信がない。
 不安に眉を寄せて目線を下げたら、不意に近付いてきた母さんは、困ったような顔をして俺の額に掌を押し当てた。

「…エヴィルに襲われたとき、頭を打ったんじゃないの?やっぱり、ちゃんと病院に連れて行くべきだったわ。私がもっと確り…ッ」

 母さんの心配性が発症したみたいで、俺は慌てて笑いながら学生鞄代わりのスポーツバッグを引っ掴んで立ち上がると、心配そうに眉を寄せている母さんに明るい調子で言った。

「ちょっとビビッて気絶しただけだよ!すぐにハンターが来てくれたし、前の件はちょっとうっかり忘れただけだって。物忘れの酷さは親父譲りだもんな」

「酷いなぁ~、光太郎は」

 どうやら本気で凹んでるみたいな中年親父はこの際無視なんだけど、額に当てられた掌からやんわりと逃げ出したら、母さんは払われた掌をギュッと握って、やっぱり心配そうな顔をして俺を見詰めるから…うぅ、俺、母さんのこの目に弱いんだよなぁ。
 ホントにさ、どれだけ過保護なんだよ。
 ビビッて気絶とか冗談じゃねぇと思うけど、兵藤のクソ馬鹿がんなことを抜け抜けと報告しやがったから、母さんはホッとして頭からその話を信じてるんだよな。
 心配性のくせに何処か抜けていて、まぁ、だからこそへぼーん親父ともうまくやっていけるんだろう。

「気絶だけで大した怪我もなかったんだし、母さんは心配しすぎだよ」

 ある場所は非常に拙いことにはなっていたけど、それもボチボチとは治ったみたいで、もう普通に堅い椅子に腰掛けてても辛くない。
 陽気に言って、学校に行くからと片手を振ったら、母さんはまだ納得していないみたいだったけど、親父の暢気な「行ってらっしゃい」の声に背中を押されて、俺はそそくさと薮蛇にならないように家を後にした。