粘液と精液に濡れた太腿を少し動かすと、にちゃっと湿った音を立てるから、どんな有様か見るのも嫌で眉を寄せた俺は、満足そうに覆い被さってこようとする兵藤の身体を両手を突っ張るようにして押し遣った。
終わった後までベタベタすんじゃねぇ!!
「ひっでーなぁ…俺とお前の仲なのに」
「何、言ってんだよ!尻で犯るのに慣れるように、お前は手伝ってるだけじゃねーかッ。それだけの仲なのに、どーして終わった後までベタベタされないといけないんだ」
ムッと唇を尖らせる俺を、ゆっくりと上体を起こした兵藤は、何か意味深な目付きでニヤッと笑ったけど、それ以上は何も言わなかった。
「…じゃ、キスもなしってワケか」
いや、言った。
「当たり前だろ!…どうでもいいけど、服は持ってきてるんだろーなぁ」
「やれやれ。俺は相羽の便利くんに成り下がっちまったぜ」
ま、得な部分もあるからいいけどよ…とかなんとか、ブツブツ言いながら、個室の上の部分に設置されている棚みたいなところに、隠すように置いている紙袋を引っ掴んで俺に手渡してきた。
俺がホッとして中を覗こうとしたら、それよりも早く、紙袋に手を突っ込んだ兵藤が、わざわざ買って来たんだろう、水に流せるウェットティッシュを2個取り出して封を破った。
「そのまんま…ってワケにもいかねーだろ?拭いてやるから大人しくしてろ」
「ゲッ!い、いいよッ。自分でするから!!」
熱い掌で太腿を掴まれて、俺はギョッとして慌てて兵藤の腕を掴んだ。
イッたばかりの身体はまだ敏感だし、何より、これ以上煽られたら本気で腰が抜けちまう。
兵藤にもそれが判ったのか、ちょっと肩を竦めてから、ウェットティッシュを紙袋に戻してから唇を尖らせた。
「んじゃ、俺は何をしたらいいんだ?」
「何を…って、先に教室に戻っててくれ。もし、2時間目もフケそうだったら、テキトーにうまいこと言っててくれよ。その先生にも人気のツラしてさ」
「…ヘイヘイ。俺はやっぱ相羽の便利くんだ」
そのくせ、満更でもないようなヘンなツラしてさ、馬鹿なことばっかり言ってないでさっさと出て行けよ!ここは狭いんだぞ。
身支度を整えてから、兵藤は個室から出ようと鍵を開けようとして、その手を止めた。
「なんだよ?」
「…まぁ、大丈夫だとは思うけど。何かあったら、保健室で休めよ」
言外に、この個室でくたばるなと言ってるんだってことは判ったから、俺は思い切り脱力したままで頷いていた。でも、今は少し休みたい。
だから、早く出て行け。
「目に毒だな。そんな姿、カタラギが見たら今度こそ、俺は本気で殺されるだろーな」
そんなふざけたことを抜かして、兵藤は個室を後にした。俺が鍵を掛けた後も、名残惜しそうにドアの前に居たみたいだったけど、それでも暫くするとその気配も消えて、殆ど使用されることのなくなった北側校舎の廊下には生徒の声もしないし、束の間の静寂が訪れたんだ。
ホッとして目蓋を閉じたら…どうしてだろう?ぽろりと涙が一滴、頬を零れ落ちた。
兵藤に抱かれるのは、最初を入れて3回目だ。
カタラギに逢うことは、あの後は一度もないんだけど…って、案の定、心配性の母さんから夜間外出禁止令が発令されて、外に出ることがなくなったから、エヴィルに遭遇することもなければ、それとワンセットで姿を見せるカタラギに逢うこともなかったってワケだ。
カタラギとかエヴィルのことで相談できるのって兵藤ぐらいだったから、俺は、一番最初にカタラギに抱かれた時の恐怖を吐露していた。2度目は意識がなかったから良かったものの、それでも下半身には歩く度に痛みがあった。
俺は怖くて仕方ないんだ。
今度、カタラギに捕まったら、やっぱりまた犯られるんだろうなぁ…と、もう半ばヤケクソで机に懐いたまま泣き言を言った俺に、暫く何かを考えていた兵藤は顎を擦っていたけど、ポツリと言った。
『じゃぁさー、男に慣れるってのはどうだ?』
『へ?』
冗談じゃねーぞと胡乱な目付きで睨んだら、兵藤は何時もの小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべで首を振ったんだ。
『言葉が悪かったな。尻で犯るのに慣れたら、んなに身体がガタガタになることもねーんじゃねーの?』
『…』
それはつまり、尻を誰かに犯されて慣れるってことなんだろ…
『じ、冗談じゃねぇ!』
顔を真っ赤にしてギッと睨み据えながら食って掛かったら、兵藤はどうでも良さそうなツラをして、バリバリと頭を掻いていた。
『ま、俺は別にどうだっていいんだ。泣いても笑ってもカタラギに犯られるのは目に見えてるしな。お前はエヴィルハンターが望んだ女だし。何れ犯られる時にさ、慣れてないとまた切れて、痛い思いをするのは相羽なんだぜ』
俺じゃないと言ってニヤッと笑う兵藤に、思わず回し蹴りしたい気分は山々だったけど、今の世の中、エヴィルハンターは警察や公務員よりも権力を持っていて、大臣並みに自由が許されてるんだ…って、いやそれ以上か。満更、兵藤が言っているのも嘘じゃないから青褪めてしまう。
カタラギがその気になれば、俺は問答無用でヤツの家(…俺の記憶の中ではその道順は綺麗サッパリ忘れてるけど、あの隠れ家らしき部屋?)に縛り付けられて、生涯奴隷みたいな扱いを受けても文句も言えないような、そんな特権をハンターであるあの連中は持ってるんだぜ。信じられるかよ。
『カタラギってよぉ、なんつーか、ガタイもデカければウェイトもありそうだろ?ナニもデカいんじゃねーの??慣らしとかないと、相羽の尻なんか何回か突っ込まれただけで裂けて、使いモンにならなくなると思うぜ。お前のアソコってさ、狭くて、まだまだ硬いからな』
『…裂け…ひぃぃぃ』
聞きたくない、聞きたくないぞ!
思わず耳を押さえて泣きそうになった俺は、最初の日にカタラギに貫かれてガタガタになった記憶の残る部位が今更ながらジンッと疼いた気がして、悲鳴を上げそうになった。
カタラギは…兵藤たちに散々犯された俺を…と言うか一部を、繁々と眺めて、『優しくすればイケるのか』と聞いていた。それは、たぶん、これからもずっと抱くから、俺がイカないと意味がないとでも思っている発言なんだろう。と言うことはだ、俺はやっぱり、このままずっとカタラギに犯られることになるワケだ。
『…慣れるって、どうやったら慣れるんだ?』
悲壮感の漂うツラをして兵藤を見上げたら、ヤツはこの上ない悪魔みたいなツラをして、ニヤッと笑って言ったんだ。
『事情を知ってるのは俺だろ?俺と犯るんだよ、相羽。大丈夫、俺は酷くはしないぜ』
そう言われて、何となく済し崩しに契約したワケなんだけど…そう、これは契約なんだ。
カタラギに抱かれても痛いだけで、これっぽっちも良くはなれない。優しくされればイケそうな気もしたけど、実際、意識がないときに抱かれても、やっぱり歩く度に痛みがあった…でも、あれは兵藤たちに輪姦された後だったからなのか。
…そんなことを考えながら便座に座っていた。
兵藤に抱かれるのも慣れてきたのか、今はもう、歩く度に痛むことはなくなった。
と言うことはだ、これでカタラギに犯られても、俺はもう大丈夫じゃないかと思うんだ。
いくら兵藤がエヴィルだと言っても、当の本人が何一つ情報を持っていないのなら、俺は夜の闇に立ち向かうしかない。
闇に怯えてばかりいても、どうして、エヴィルに関することを全て忘れてしまったのか、その俺の中に蹲る謎を解明することなんかできるはずがない。
もう、怖くないと思う。
カタラギを避けて夜の街を歩くのは、たぶん、不可能だ。
昼間にどんなに街を歩き回ってもカタラギに逢うことはなかった。
夜こそカタラギが支配する世界であり、あの派手な男は、自在に夜の闇を味方につけてエヴィルどもを狩りまくってんだろうから…俺を見つけ出すのなんか朝飯前だ。
…ってことはないのか?兵藤に連れ去られた時も、来るの遅かったし。
アイツ、自分の女だとかなんだとか嘯きやがって、肝心な時に遅れたら、俺死んでたかもしれないんだぞ!
激しく頭にきて苛々しながらふと、散々なことになっている下半身を見下ろしたら、頭に上っていたはずの血が一気に冷めて、俺は泣きたいような気持ちになって、兵藤が渡してくれた紙袋から取り出したウェットティッシュでベトベトに汚している粘液だとか精液だとかを始末することにした。
何が悲しくてこんなことしなきゃいけないんだ?
ベトベトに、散々汚れていた下半身を拭った後、便座から立ち上がって蓋を開けてウェットティッシュを始末すると、悲しいかな、俺はそれを跨ぐように足を開いて、タンクに向かい合うような形で座ると下腹部にグッと力を入れた。
ごぷ…っと、嫌な音を立てて兵藤が吐き出した精液と粘液が、水の音を響かせて零れ落ちた。
それが情けなくて、何処から歯車が狂ったんだろう…と、向かい合ったタンクに片腕を乗せて、それに顔を伏せながら、俺は恐る恐る自分の指先で、さっきまで兵藤を咥え込んでいた、熱を持って腫れぼったい肛門に触ってみた。
「…ッ」
ビクンッと身体が震えるけど、俺はそれを敢えて無視して、唇を噛み締めながら触れていた指先を潜り込ませたんだ。
これはカタラギがしていた行為なんだけど、2度目に兵藤に抱かれた後、アイツもこうやって掻き出せと言ったんだ。勿論、カタラギ同様、兵藤も実践して教えてくれたけどな。
奥のほうに蟠っていたモノも、座っている姿勢のおかげで下がってきていたから、すぐに殆どを掻き出すことができた。その度に、まるで自慰でもしてるような気持ちに陥って、気付いたら痛いぐらい勃起していて…って俺、どれだけ淫乱なんだ。
アレだけ犯ったってのに、まだ勃つんだから、男ってヤツは。
俺、男なのに…どうして、こんなことばっかり覚えなくちゃいけないんだ。
そうだ、全部、カタラギが悪い!
グッと唇を噛み締めて立ち上がった俺は、レバーを引いて水を流した。
この水と同じぐらい、全部流れて、何処かに行っちまえばいいんだ。
兵藤が用意していた学生服…アイツはいったい、何着学生服を持ってんだ?
恐るべしエヴィル!…とか思っていたら、不意に、掛け方が悪かったのか、カチャン…ッと鍵が開いてドアが尻に当たって吃驚した。
着替えた服は紙袋にぶち込んで、兵藤が回収し易いように元の棚に戻した後だったから、俺は既に服は身に着けていた。
だから、慌てて振り返った先に安河がボーッと突っ立っていた時でも、なんとか(違った意味で)平静を保てたんだ。いや、思い切り動揺はしたけどな。
「や、安河?!どうして…」
ここに?と聞こうとしたら、長い前髪の隙間から感情の窺えない双眸をして俺を見下ろした安河は、キョトンッとしたように首を傾げたみたいだった。
「…おかしいな」
ポツリと呟いたから、今度は俺が首を傾げる番だ。
「はぁ?何がおかしいんだ??」
「あ、いや。ここ、人はいないって思ってたから…」
ハッとしたように俺を見下ろした安河に、ははーん、さてはコイツもサボりに来たな。
こんなボーッとしてる安河でも、たまにフラッといなくなって、気付いたら戻って来るようなことがあるんだから驚くけど、そりゃ、コイツだってサボるよな。
…しかし、兵藤と犯ってる時に来られなくてよかった。
俺、安河にだけは、今のこんな情けない姿は見せたくないんだよな。
「えっと…その……」
気まずそうに目線を泳がせる安河に気付いて、俺は慌てて個室を明け渡してやることにした。
個室なんて他にもあるワケだが、安河にとっても、サボりのテリトリーってのがあるんだろう…って、なんじゃそりゃ。
「悪い!俺、すぐ出るから。ちょっと腹壊しちゃってさ。他のトイレだと人が多いだろ?ゲリピーとか、笑われたくないんだ」
アハハハッて陽気に笑ったら、安河は慌てたように出ようとする俺の腕を掴んだ、掴んで、手にしていたものがポトリと落ちる。
「あ」
思わずと言った感じで慌てる安河の、のんびりとした動作より素早く、俺は落し物を拾っていた。
「お前…タバコとか吸うのか?」
安河の知られざる素顔を見たような気がして、何となく、安河は悪いこととか何もしていないような、お綺麗なイメージを勝手に作り上げていただけに、胸の奥が微妙に痛んでしまった。
いや、そうだよな。
安河にだって秘密のひとつやふたつぐらいあるさ。
お綺麗なイメージは、俺の勝手な妄想だ。
却って、なんだか空気みたいに掴みどころのなかった安河がグッと身近になったような気がして、俺は嬉しくなっていた。
「…まぁ、気晴らしに」
気まずそうに目線を泳がせて、後頭部を掻く安河に、俺はニッと笑ってそのガタイに似て厚い胸板を拳でドンッと軽く叩いてやった。
「んじゃ、拾ったヤツに一割な」
ウィンクとかしてやったら、ハッとしたように安河は俺を見た後、何時もはナマケモノみたいに動作が鈍いくせに、その時は素早い仕種でバッと、前後に振っていた俺の手から煙草の箱を奪い取ったんだ。
「…あ、その、ごめん。相羽こそ、煙草とか吸うのか?」
「いや…実は吸えないんだ。ちょっと、どんなモンか試してみようって」
「それなら、相羽は吸わない方がいい。こんなの、ただのまやかしだ」
そう言って、安河は表情こそ変えずに、ギュッと箱を握り潰してしまった。
「わ!バッカ、お前…あーあ。これだって何百円もするんだろ?損させちゃったな」
「え…?あ、いいんだ。こんなの」
慌てて握り潰す手を掴んだら、安河はやっぱりハッとしたみたいな顔をして、それから、ちょっと照れたように俯いてしまった。
何時もの安河にホッとしたから、握っている手を離したくなかった。
「…相羽、何かあった?」
「え?!」
首を傾げるようにして俺を見下ろしてくる安河の、鬱陶しいほど伸びている前髪が、空気の入れ替えだと言って兵藤が開けて行った窓から吹く風にサッと揺れた。その時、不意にドキッとするほど真摯な双眸が覗いて、こう言うヤツだから、俺は入学した時から安河を気に入ったんだ。
「最近、よく授業をサボるし…それに、顔色もよくない」
片手は俺が掴んでいるから、もう片方の腕を上げて、安河は自然な仕種で俺の頬をやわらかく包んでくれた。
その瞬間、思わず俺は泣きそうになって、だから安河もちょっと驚いたように目を瞠ったんだ。
「や…その、なんでもないんだ」
声を上げて泣きたかった。
なんだか、安河なら何もかも理解して、そうして全部でも受け入れてくれそうな気がしたんだ…そんなこと、あるはずないって判ってるんだけど。
男が男に抱かれてるのなんかおかしいと言って、きっと安河だって嫌なツラして去っていくに違いない。
だから俺は、精一杯平気なツラしてさ、なんでもないんだと笑うしかないだろ?
「サボり虫がウズウズしてんだよな」
アハハハッと弾けたように笑ったら、それでも安河は、いまいち納得してないみたいなツラをして、でもそれ以上突っ込むこともせずに「そうか」と言って頷いた。
そんな辛気臭い雰囲気を振り払おうと、俺は頬に触れている安河のもう片方の手も掴んで、ギュッと握り締めながら言ったんだ。
「な?煙草、損させちまったお詫びに、今度こそラーメン奢るよ!今日の帰りってヒマか?」
陽気に笑って、鬱陶しい前髪に隠れる双眸を覗き込んだら、安河はちょっと嬉しそうに頷いたんだ。
「…ああ」
そう言って、でも奢らなくてもいいと言う安河に、そうは問屋が卸しませんと笑ったら、口許に静かな笑みが浮かんだ。
俺の非日常的学校生活の、コイツだけが正常だと思う。
安河に嫌われてしまったら、俺、どうなるんだろう。
一抹の不安は胸の奥に隠して、俺も笑って、安河を見上げていた。