17  -EVIL EYE-

 カタラギに半ば抱かれるような形で、まるで空気を自分のものにしてしまっている真っ赤な髪のエヴィルハンターに連れられて、きっと安河が苦戦してるに違いないあの場所に戻って来た。
 カタラギのヤツは俺が教えなくても、間違うことなくその場所に行ったから…って、こら。
 お前、やっぱり最初から見てたんだな?
 だったらさぁ…せめてエヴィルに襲われる前に助けてくれよ。
 不満そうな目付きで睨んだら、真っ赤な髪の派手なエヴィルハンター様は俺の視線に気付いたのか、不機嫌そうに唇なんか尖らせて言いやがったんだ。

「エヴィルの気配を追ってきたんだよ。お前についてたからな」

 それが本当なのか嘘なのかは判らなかったけど、今はそんなことを探ってる場合じゃない。
 いや、疑ったのは俺だけど…コホン。この際、自分の非は無視しよう。
 カタラギの腕の中から身体を乗り出して、俺は思わず安河!…と、叫びそうになったんだけど、その口は自然と閉じてしまう。
 まるで何事もなかったかのように静まり返ったアスファルトには、風に白いコートの裾を靡かせて立つ、一人の男を除いては何一つ変わったところなんかなかったんだ。
 安河は…キョロキョロしていたら、なんだか、カタラギは嫌そうな顔をして顔を顰めたりしているのに気付いて、俺は首を傾げてしまった。
 いや、今はカタラギどころじゃないぞ!

「…あれ?カタラギ??」

 指先にやたら長い爪を持っているのか、色素の薄い唇でフッと息を吹きかけていた彼は、俺を抱きかかえたままでアスファルトに直撃する勢いで降り立った俺たちを見て、吃驚もせずにキョトンッと眠そうな半目で首を傾げた。
 カタラギの知り合いなのか?
 不意に見上げたら、カタラギはバツが悪そうな顔をして肩を竦めたりした。

「よぉ、キサラギ。なんだ、戻って来てたのか」

「お言葉ですが。僕が戻ってきてはいけない理由とかあるワケですか?」

 カタラギと同じぐらいの長身なんだけど、カタラギよりもほっそりした体型の彼、キサラギは、ムッとしたように唇を尖らせて腰に手を当てると、大人しく抱きかかえられている俺を見てまたしてもキョトンッとしたみたいだ。
 でも、たぶん。
 俺も驚くほどポカンッとしていたに違いない。
 だって、このキサラギってヤツは、何もかもが真っ白なんだ!
 髪も、眉毛も、睫毛も、肌も!
 そして、右目だけが金色のオッドアイなんだけど、その左目も真っ白なんだから吃驚しても仕方ないだろ?!
 …って言っても、虹彩が真っ白で瞳孔部分は真っ黒なんだけど。
「ふぅん、彼がカタラギのハートを射止めた彼女か」

 興味深そうに繁々と俺を見るキサラギから、唐突にハッとしたようなカタラギは、まるでクソガキみたいに慌てて背後に俺を隠してしまった…いや、待て。確かに長身だし、でかいガタイのカタラギの背後に回されたら全く見えなくなるけどよ、俺はそれどころじゃないんだ!
 たぶん、カタラギの知り合いって事は、コイツもきっとエヴィルハンターに違いない…と言うことはだ!安河の安否を知っていてもおかしくないだろ?!

「コイツはお前にはやらんッ…って、こらこら!」

 やっぱりクソガキみたいに口を尖らせて言い募っていたカタラギは、慌てて背中を掴みながら顔を覗かせようとする俺にやんわりとパンチなんかくれてきやがるから、反撃しそうになっちまった。
 いや、いかん。
 カタラギなんか相手にしてる場合じゃないんだよ、俺は!

「あの!…キサラギ?さん!ここでエヴィルに襲われてたヤツがいたと思うんだけど、そいつ、どうなったか知りませんか??!」

「え?」

 腕を組んで思わず笑っていた真っ白なエヴィルハンターは、キョトンッとして俺を見詰めてきた。
 やっぱり、ドキリとするほど綺麗なんだけど、その双眸は思う以上に冴え冴えとしていて、カタラギのように気安く話せる雰囲気ではまるでなかった。
 キョトンっとするのがクセなのか、もしかすると、じっと凝視してるのを見ると目が相当悪いのかもしれない。いや、気のせいかもしれないけど、何となくそう思ってしまうんだよね。

「あ、そーか。キサラギがここに居るってことは、エヴィルを狩ったワケか。んじゃ、ここに居た安河っつークソガキがヌッ倒れてなかったか?」

 思わず見蕩れてしまう俺を横抱きに抱え上げてしまって、てめーこそクソガキのくせにそんな聞き方でキサラギに安河のことを訊いてくれた。
 どーも、俺が聞いただけだと答えてくれそうな雰囲気じゃなかったんだよな。
 ってことは、カタラギが居て正解だったのか…なんか、ムカツクけど、一応感謝しておこう。

「ヤスカワ?…さぁ、名前は知らないけど。人間は居たよ。エヴィルに囲まれてね。僕が来た時には喰われる寸前だった」

 楽しそうに笑って言うから、俺は思わずジタバタしてカタラギの腕の拘束を、外せるワケもないのに暴れながら言ったんだ。

「く、喰われる寸前って…じゃあ、安河は?!安河はどうなったんだ??!」

「…どうって」

 楽しそうな雰囲気がガラリと変わって、冴え冴えとした双眸のままでまたしてもキョトンッとしたキサラギは、不平そうに唇を尖らせるんだ。
 うう、まるでカタラギがもう一人居るみたいだ。
 容姿とか物言いとかはまるで別人だけど…なんか、雰囲気とかがソックリなんだよ。

「仕方ないから救急車を呼んで病院に運んでもらったよ。聖和総合病院だけど、たぶんあの程度なら2、3日の検査入院で退院できるんじゃないかな」

 それを聞いて、俺は心底からホッと息を吐き出してしまった。

「そ、そっか。じゃあ、安河は無事なんだな?」

 念を押すように尋ねたら、キサラギはますます不満そうに下唇を突き出して、剣呑なオーラを纏いながら言うんだ。

「そう言ってるじゃないか」

「そっか…そうなんだ。良かった~、俺、安河が死んだりしたらどうしようかって思ってたんだ。キサラギさん、有難う!」

 ホッと息をついて思い切り笑って礼を言ったら、途端に真っ白なエヴィルハンターは電流でも受けたような表情をして固まってしまった。
 あれ?俺、なんか悪いこととかしたか??
 確かにムッツリ不機嫌そうなカタラギに小脇に抱えられてるような姿勢で礼を言われても嬉しかないだろうけど、だからってそんな表情はあんまりじゃないか。
 呆気に取られている俺を荷物みたいに手軽に抱えている無言だったカタラギが、唐突に嫌~ぁな表情をして舌打ちなんかしやがったんだ。

「マズイ」

 ん?
 何が不味いんだと、素っ頓狂なことを思っていたら、不意に純白のエヴィルハンターが思わず見蕩れる綺麗な顔を破顔させたりするから、意味もなくギョッとしていると、そんな俺に向かって両手を差し出したりするんだ。

「君、可愛いよね。僕に?この僕にありがとうだなんて、笑って言えるから可愛い。うん、カタラギが彼女に欲しがるワケだ」

 言ってることと、やってることが全く食い違っているように思うのは俺の気のせいだろうか…

「あのな、キサラギ。何を聞いてたか知らんが、コイツはオレのモノ!オレの大事な女なんだ、お前でもやんねーよ!」

 ムッとして眉根を寄せる真っ赤な髪の派手なエヴィルハンターは、最強だって嘯いてるくせに、間合いも十分ある純白の綺麗なエヴィルハンターを警戒して、とうとう俺を両腕で抱き締めやがったんだ。
 なんか、猫か犬の扱いだよな。

「…えー」

「なんだよ、そのあからさまに不服そうな声はッ」

 あのカタラギが圧されてる…いや、それも十分楽しめるんだけど、それ以前にどーしてキサラギが俺に興味なんか持ったんだ?…って、当たり前か。
 アレだよ、アレ!
 どうも久し振りに会ったっぽい2人だもんな、きっとカタラギをからかって遊んでるに違いないよ。
 安河が無事だと知って余裕になっている俺は、親友そうな2人の様子を、暢気にも高みの見物と洒落込むことにしたんだ。

「なんだ、もうセックスはしたの?」

 真っ白な目は、瞳孔だけが黒くて、なのに、右目はカタラギと同じような邪眼の金色をしているから、それがガラス玉みたいにとても綺麗で、俺は思わず頷きそうになってハッとした。
 やばい、これはまた、あの時のカタラギの質問と同じ状況だ。
 邪眼でなんでも話させようなんっつーのはな、卑怯なんだぞ。
 ムッとして口を噤んだら、キサラギのヤツは両手を差し出したままでやたら吃驚したみたいに双眸を見開いてキョトンッとしたんだ。

「なんでか知らねーけど、コイツに邪眼は効かねーよ」

 カタラギが勝ち誇ったようにフフンッとして、ムッとしたままの俺の頭に顎を乗せると、懐くみたいにグリグリしやがるから、痛い痛い!

「でも、セックスはしてるに決まってんだろ?オレの女だし。オレたち愛し合ってるからな」

 でも、確りそれは言いやがるんだな。
 語弊があるぞ!俺たちは愛し合ってなんかない…って、そっか俺、さっき成り行きとは言えカタラギ相手に愛の告白なんかをやらかしちまったんだ。
 今更青褪めてひえぇぇ~っと言っても後の祭りなんだけど、何か衝撃を受けたような顔をしていたキサラギは、それから伸ばしていた腕を組むと、片手を顎に当ててフムフムと独りで納得したように頷いてるんだ。
 あれ?もしかして、なんかまた、カタラギみたいに曲解したんじゃ…

「邪眼が効かないのか。ふーん、珍しいなぁ。でも、セックスぐらいなら今時、小学生でもしてるんじゃないの?そんなの意味ない。証拠はあるかい?」

 小学生って!
 思わず開いた口が塞がらない俺だけど、驚くべき部分が間違ってるんだから放っておくとして、証拠ってなんだ?まさか、愛し合ってるなんつー証拠とか言うんじゃ…

「証拠?証拠ねぇ」

 と、カタラギはそう言った途端、俺の身体をクルリと反転させて、ギョッとしたままの俺の唇に、少しカサツイた薄い唇を合わせてきたんだ。そうされると、何故か俺の身体は条件反射みたいに、そのキスに応えようとかしやがるんだぜ?信じられるかよ!
 それも邪眼の力とかそんなんじゃなくて…うぅ、どうも俺の脳みそは、すっかりカタラギの女だって自覚とかしちまってるんじゃないかと思う。
 家族とか、大事なひととか守りたいから、それなら、カタラギの女でいることは有益じゃないか…って、考えての行動なら天晴れなんだけど、たぶんきっと、済し崩しにカタラギを受け入れてしまったんだ。
 あの愛の言葉が、俺の中の何かを吹っ切らせたんだと思う。
 目蓋を閉じて、口腔を探る肉厚の舌に自分の舌を絡めて拙い仕種で応えると、カタラギはちょっと嬉しそうに浅い口付けを濃厚なものに変えていく。
 溺れるみたいにカタラギの背中に腕を回せば、覆い被さるように俺を抱き締める。
 そんなキスを嫌じゃないとか、恐ろしいことを考えていたら、キサラギはキョトンとしたままで首を左右に振ったんだ。

「ふぅん、なるほどね。どうやら、確かにカタラギの女みたいだ。じゃあ、仕方ない。僕は退散するよ」

「…って、諦めねーのかよッ」

 思わず舌を引き抜いてキサラギを睨むカタラギの頬に、俺はうっとりしたままで指先を伸ばすと、歯をむいているその口許に唇を寄せて、ペロッと舌先で舐めたんだ。
 もっと、もっとキスしたい。
 溺れるみたいにカタラギに抱きついて、クラクラするようなキスがしたいんだ…
 後になったら顔面真っ赤にしてのた打ち回るに違いないのに、そんな風にキスを強請る俺を満足そうに見下ろしたカタラギは、薄い唇に笑みを浮かべて俺の目蓋にキスしたりした。

「諦めないよ。脈がないほど燃えるしね」

 クスクス笑って驚異的な跳躍で飛び上がったキサラギは、驚くことに、そのまま闇に溶け込むようにして消えてしまったんだ。
 白いのに、まるで不似合いなはずの黒に馴染むように溶けてしまったのに俺は、それに気付けもせずにカタラギに夢中になっていた。
 だから、件の真っ赤な髪をした派手なエヴィルハンターは嬉しそうにニヤッと笑って。

「今夜はイケそうだな」

 なんて、なんとも色っぽくないことをのたまいやがったんだ。
 でもまぁ、俺も俺なんだけどさ。
 全くもって、トホホホ…だ。