Level.3  -暴君皇子と哀れな姫君-

 せまっ苦しい会議室の中では、雁首を揃えた一年の寮生たちが思い思いの姿勢で配られたプリントに目線を落としている。俺もその一人で…
 まあ、登山大会と称した新入生脱落コンテストの打ち合わせに呼び出されてるだけなんだけどね。
 思わず欠伸をしたら、班長たちを取り仕切る委員長がジロッと睨みつけてきて俺が首を竦めると、小さなイヤホンを片方の耳にして音楽を聴きながらパイプ椅子にダレている立原がクスッと鼻先で笑った。

「何を聴いてるんだ?」

 抑揚のない、どうでもよさそうな笑い方にカチンッときた俺が外している方のイヤホンを耳にしながら聞くと、立原は身体を起こして俺の方の耳にイヤホンをして…どうやら一緒に聞く気らしい。ジャンバリだったら苦手なんだけど…

「月光」

「鬼束…なんたらとか言う女か?」

「そう、それ」

 ふ~ん、センスがいいのか悪いのか、いまいちよく判らねぇんだよな。俺って音楽とかに興味ないし。
 でも、そんなに耳にクルってほど不快なもんでもないし、会議は退屈だし、聴いて時間を潰すにはちょうどいいや。その点で言ったら、バリバリ立原ってセンスがいいのかもな。

「なんかこう、物悲しくて切ない歌だな」

「そうか?俺には女の執念のような恐ろしい歌に聴こえるけどな」

 平然と呟いてプリントに目線を落としている立原の、抑揚のない横顔をギョッとしたように見た。そんなもんだと思いながら聴いてるのかよ、ホント、つくづくヘンな奴だ。
 それで気が楽になるのか?
 音楽ってのはこう、心を安らがせる為に聴くんじゃないのか…?
 俺にはいまいち立原の趣味が判らなくなってしまった。いや、もともとワケの判らん奴だったけど。

「…と言うワケで、柏木と立原ペアにお願いするよ」

 委員長がそう言って、俺は慌てて黒板に目を向けた。
 うっわ、マジでやべぇ。聞いてなかったよ。
 耳にしていたイヤホンをこっそり外して礼を言いながら立原に返すと、奴も外すだろうと思ったのに…なんと二つともしてパイプ椅子の背に深く凭れて両目を閉じやがったんだ!
 マジでヤバイって、あの委員長。
 すっげ、うるせーのに。

「立原くん!」

 苛々としたように委員長が机を叩いたが、素知らぬ顔で寝たフリを決め込んでる立原に肩を竦めて諦めることにしたようだ。寮内でも、下手をしたら学校中に知れ渡ってるほど名高い『エイリアン立原』に、果敢に挑めるほどの生徒はいないだろう。こんな山奥のお坊ちゃま高校じゃぁさ。

「ああ、ええっと柏木くん。聞いておいてくれ」

 軽い咳払いでバツの悪さを払拭した委員長に、俺はなんか楽しくて笑いを噛み殺しながら頷いた。

□ ■ □ ■ □

「キモダメシ大会~!?」

 思わずと言った感じで声を上げてしまった宮本は、慌てたように口を押さえて声を潜めた。
 俺の悪友の一人で、中学からの持ち上がり組(…と言っても、今年の外部生は俺一人なんだけど)のコイツはなかなかの情報通で、俺としては恙無くここでの寮生活をエンジョイできるための情報屋のようなもんだ。
 が、今は俺が情報屋だ。

「うえぇ~。高校にもなって肝試しかよ。冗談じゃねぇな!」

 宮本は今夜のおかず…っつってもヘンな意味じゃねぇぞ!
 そう、ここは寮の学食なんだけど、俺たちは飯を食いながら大いにその日の報告をするってワケだ。
 ハンバーグに箸を突き立てながらかったるそうに唇を尖らせた。

「キャンプファイアーの後にするんだってさ。毎年恒例だそうだから、文句も言えねぇよ」

 肩を竦めて言うと、宮本は俺を哀れむような目をしてハンバーグの欠片を口に放り込んだ。

「で、お前さんが立原と幽霊役ってワケか?」

「ああ。木ばっかりのところで浴衣を着て幽霊~らしいぜ?立原なんかまだいいよな。狼男かなんかだった」

 行儀悪く尻上がりの口笛を吹いた宮本は、唐突にニヤニヤと笑いながら俺を覗き込んできた。う、コイツはそうか、知ってるんだった。
 うう、マジでかっこわりぃよな。

「大丈夫かぁ?お前確か、オカルト物には弱かったんじゃなかったっけ?」

 そうだ。
 俺は超常現象にメチャメチャ弱い。
 何が嫌って、何か嫌なんだよ!理由なんかあるもんか。
 とか言いながら、怖いもの見たさで心霊写真なんかはまんじりともせずに食い入るように見てしまったり。
 そんな怪奇物をテレビで観ているときに、よせばいいのに暗闇なんかにしてたもんだから、突然入ってきた立原に心臓が飛び上がるほど驚いて抱きついたと言う過去がある。
 ああ、そう言えば。
 立原って奴はいつも唐突に俺の部屋に現れるんだよな。どこでくすねてきたのか、必ず趣味の悪いキーホルダーの下がった合鍵を持っているんだ。いい加減、寮長も取り上げてくれればいいんだけど…ま、別に気にしていないからいいんだけどさ。
 恥ずかしいところをこう何度も見られたんだったら、もう開き直るしかねぇよな。
 別にそれを言い触らすってワケでもないし、それでチクチクと嫌がらせを言うワケでもない。
 変わってる奴だけど、案外、アイツはいい奴だと思うよ。
 さすがに無頓着ってだけはあるな。エイリアンと呼ばれる所以も実はそこだったり。
 人間って奴は普通、他人の弱味を握ったらそれを利用してやろうと考えるのに、アイツにはそれがない。
 なんか、そんなことをすること自体が面倒臭そうなんだ。変人…とまではいかないけど、やっぱエイリアンなんだろう。つーか、そっちの呼び名の方がどうかと思うぞ、俺は。
 で、言い触らしたのはつまり、コイツ。
 目の前にいる宮本だ。
 立原と一緒に俺に用件を伝えに来ていたもんだから、飛び上がらんばかりに驚いて立原に抱きついた瞬間をバッチリと見られちまったんだ。立原は無言でそんな俺を押しやったけど、宮本はスクープをモノにした時の新聞記者か、はたまた週刊誌の記者のように目をキラーンと光らせやがった。実際、宮本は寮内で発行している玻璃寮ジャーナルの優秀な記者でもあるんだ。
 性質の悪い奴に見つかっちゃったなぁと、いつも通りに抑揚なく鼻先で笑って立原はそんなことを言ったけど、お前だってじゅうぶん被害者になるんだぞ!?…と思った。でも、アイツは興味がなさそうに肩を竦めただけだった。
 翌日にはすっぱ抜かれた記事は一面を飾っていた…ワケでもなく、と言うのも、話題性もないし、写真と言う強い証拠もないってワケで三面にちんまりと載っかったぐらいだ。
 今にして思えば、あんな他愛のないことがよく載ったよな。

「おーい、柏木。生きてるかぁ?」

 俺を散々いびり倒した諸悪の権現はニヤニヤと笑いながら目の前で手を振っている。垂れた目がムカツク野郎だ。おおかた俺が、あの時のことを思い出してヘコんでるとでも思ったんだろう。
 ああ、確かにヘコんでいたとも!
 いや、偉そうに言うなよ、俺。

「ああぅ~、ヤだよなぁ。肝試しなんかやりたい奴だけやっときゃいいのに」

 思わず泣きそうになりながら呟く俺に、宮本は肩を竦めて食後のコーヒーに口をつけている。相変わらず、食うのが早い奴だ。

「反対…はそっか、できないんだったな」

「できてたらとっくにしてるさ!ああ…俺、チビルかも」

 情けなく眉を寄せると、悪友は慰めるどころか追い討ちをかけやがる。

「その時はゼヒ!カメラに収めさせてくれ」

「やなこった!柏木光太郎くん16歳が森林の中で失禁!…なんて見出しで一面は飾りたくねぇからな」 

 俺が笑いながらそう言うと、宮本は「案外、それっていけるかもよ。トップスター間違いなし!」とか言いやがるから、俺はニッコリ笑ってパンチを一発お見舞いしてやった。
 ああ、憂鬱な登山大会兼新入生脱落コンテスト兼触れ合いキャンプ兼肝試し大会は、一週間後に迫っている。…畜生。