迫りに迫った悪夢の期日。
逃げ出せないだろうか…なんて、無理だって。
そう。
本日、午後7時より肝試し大会始まり始まり~♪…って、1人で明るく振舞っても虚しいだけだ。
クソッ!なんでみんな平然とした顔でいられるんだ!?
「柏木っくん♪」
突然、背後から抱きつかれて俺は思わず飛び上がりそうになってしまった。
な、なんだってんだよ、いったい!?
「ゲッ」
「うっわ、下品な言い様。俺さま傷付いちゃう」
「キモッ!宮本キモッ!」
「冗談だって、柏木くん。僕がそんな酷い言葉如きで傷付くはずがないだろう」
…なんか、ちょっと変だな宮本のヤツ。
「ん、もう!回りくどいなッ」
何か言おうと開きかけた口を閉ざさせたのは、長身の宮本の背後から顔をひょっこり覗かせた琴野原で。
ははん、なるほど、そう言うことか。それで宮本のヤツ、調子がおかしいんだな。
この宮本も例外なくアイドルの琴野原にメロリンラブで、結局、なんでもハイハイと言うことを聞いちまうんだよな。全くもっての下僕根性には正直頭が下がるってもんだ。
にしたって、いくら顔が可愛いからって恋愛感情にまで発展するヤツの気は知れないけど。
「琴野原?どうしたんだよ」
確かに、平均身長に漸く届くかどうかって言う背丈も、大きくて黒目がちで綺麗な目をした琴野原に見上げられれば、女の子かなと勘違いはするかもしれない。でも、それだって勘違いに過ぎないんだ。よく見りゃ咽喉仏だってあるし…俺がこの学校に来てどうしても馴染めないのがコレなんだよなぁ。
宮本もその性癖があるみたいだし…まあ、なんにせよ自分に火の粉がかからなきゃそれはそれでいいんだけど…とか言って、昨日のアレは早いところ忘れよう。
俺が1人で悩んで勝手に納得していると、琴野原が綺麗な形をした唇を尖らせて俺を見上げてきた。
「柏木くん、今日ユーレーの役でしょ?田宮センセが浴衣とヒトダマの花火を取りに来いってさ」
「あう~、1番嫌な響きだぜ。ったく…おっと、サンキューな琴野原!」
わざわざその為だけに来たらしい琴野原は、すぐに踵を返して立ち去ろうとするから、俺は慌ててその小さな背中に礼を言った。本来なら確か同じ班のはずなんだけど…琴野原のヤツはいつもどこかにさっさと行っちまうんだよなぁ。で、こんな風に端から見ればとんちんかんな会話が成立するってワケだ。
…そう言や立原も村田もサッサと姿をくらますんだけど…俺たちの班ってのはこう、どうしてこんなに協調性がないんだろうな。まあ、得体の知れない連中の吹き溜まり…って言えばそれまでなんだけど。
それに自分も含まれてるのかと思うとちょっと泣きたくなるなと思っていると、琴野原は肩越しにチラッとそんな俺を振り返り、ちょっとムッとしたような、なんとも形容のしようがない複雑な表情で口を尖らせた。
「別にいいよ。僕はただ、俊に頼まれただけだもの」
じゃなかったら、誰がお前なんかに関るもんか、とでも言いたいんだろう。琴野原はつんと唇を尖らせたままでさっさとどこかに行ってしまった。その後を慌てたように宮本が追う。
俊…つーのはやっぱり立原のことなんだろうな。
そうか、琴野原は立原の幼馴染みとかなんとか言っていたような…宮本が。ってことは、確かな情報ってワケか。
なんかこう、琴野原に目の仇にされてるのかな、俺。
なんで?
んー…まあ、そんなことはどうでもいいや。
俺はこれから、嫌でも取りに行かなきゃならないものがあるんだ。
今はそのことで頭がいっぱいなんだ。
ああ…このまま逃げ出せねーかなぁ…
□ ■ □ ■ □
…つって逃げ出せるわけもねーか。はぁ。
いや、判っていたさ。これは俺の限りなく無謀と思える願いなんだ。
「柏木、顔色が悪いよ」
ふかふかの、ともすればこんな状況じゃなかったらよく似合ってるとカラカえもするんだけど、今はそんな気分にもなれなくて、俺は草がボウボウに生い茂った部分にぽっかりと口を開いている空き地のような狭い空間に両足を抱えて座りこんでいる。その俺に、キャンプファイアー後にさっさと着替えを済ませた立原が傍らに腰を下ろしてくぐもった声をかけたってワケだ。
虫が飛んだり、薮蚊が耳元で唸り声を上げて、怖いと思うよりもむしろ苛々するけど、やっぱりどこかの草陰でガサリッとでも音がしようものなら飛びあがらんばかりに怯えちまう。
うう…恥かしい。
狼の着グルミ…どこで手に入れてきたんだと思うような、そのふかふかの茶毛に覆われた格好は見ているだけで暑くなる。にも関らず、立原のヤツは殊の外平然としやがるからホント、エイリアンのようなヤツだ。
口元にはご丁寧に鼻筋の長い狼か何かのマスクまでしている。
ああ、だから声が篭って別人のような声に聞えるんだ。
立原ッス!…と名乗らなければ立原と判らない全身着グルミ男は、それでも僅かな部分から覗く眠たそうな双眸が立原であると判る…けど、これで脅すのか?
あのー…けっこう可愛いんッスけど。
「ジロジロ見て?どうかした?」
不思議そうに首を傾げる立原にハッとした俺は、そっか、知らん間に凝視していたのか。
「いやぁ…耳元。まだ、ホラ。ジャンバリしてんのか?」
「ああー…いや。今回は置いてきた」
あれだけ毎日カシャカシャ聴いていたってのに、どうした気分転換なんだと俺は却って心細くなっちまった。いや、何が…ってワケじゃないけど、ホラ、こんな状況じゃねぇか。
それでなくても環境の変化はお肌に悪いんだ!
「…ごめん。煩いとバレて【脅かす】意味がないって。級長に…」
ポンッと頭に神経質そうな級長の顔が浮かんで、ああ、まあそりゃ頷けるけど。でも…
「なんで謝るんだよ?」
俺に。
「いや、約束してたじゃん。あっかるい曲を聴かせるって」
…ああ、そう言やそんな約束をしていたっけ。周り真っ暗だし、肩でも寄せ合っていないと立原の顔すらも良く見えない状況下なんだ、忘れて当然。大目に見てくれ!
手前勝手な言い訳にも、立原は鼻先で笑うようなあの独特の表情を、覗いてる目許だけに浮かべて見せた。
「キャーッv」
「おわっ!?」
やたら夜空に響く絹を裂くような悲鳴に、思わず腰を浮かした俺は傍らで平然と座っている狼着グルミ男に抱きついちまっていた!
でも、その事実に気付くよりも俺は、バックンバックンと口から飛び出してしまいそうなほど跳ね上がる心臓を宥めながら、と言うことはつまり、暑さも感じずに狼のふかふか着グルミ男に抱き付いたままで声のした方を見たってことだ。
「な、なんだ?もうお客さんか!?」
「…お客さん…ってワケじゃないと思うけど。楽しんでいるような悲鳴だった」
「はぁ?」
狼の鼻面をつけた立原の思ったよりも近くにある顔を見上げて。
ん?
コイツって…思ったよりもいい顔してるんだな。眠そうな目ってのにも、なんか今更ながら気付いたって感じだ。
あり?
俺ってそうしてみたら、立原のことって何も知らなかったんじゃないのか?
なんかやたら面白そうなことを言う、そのくせ性格がいまいち掴めない、得体の知れないエイリアンってぐらいで。深いことなんか何も知らなかったな。
コイツってどう言うヤツなんだろう?
「ほら。本当に怖いと声とかでなくなるでしょ?柏木もそう。だから、アレは楽しんでる声」
「…まあ、今時の高校生は肝試しなんかチョロイんだろうけど」
「今時ねぇ…」
首根っこにいつまでも噛り付いている俺をチラッと見下ろした立原は、着グルミの大きな指先でぐにっと俺の鼻先を突いた。
「ここにいる今時の高校生は怖がるけど」
それから鼻先でクスッと笑う。
悲鳴が少しずつ近付いてきて、俺のボルテージもマックスまで跳ね上がるんだけど…
あれ?
なんだろう。
なんかちょっと、今までと違う。
ヘンな感じだ。