Level.1  -デブと俺の恋愛事情-

 長崎洋太は頗るデブだった。
 そのくせ、いちばん目を付けられそうなヤツは、それほど虐められると言うことはない。
 当たり前か。
 俺、里野光太郎の愛人だから。ま、表向きには幼馴染みと言う肩書きだけどな。

 「里野くん。これ、頼まれていたノート…」

 洋太はオドオドとしたように、今日の数学のノートを差し出しながら、俺の周囲に屯している連中を油断なくコッソリと見渡した。いつか、虐められるかもしれない…そんな怯えた目で。
 バッカなヤツめ。この俺さまがついていて虐められるかっての!

「おう、洋太!悪ぃな」

 受け取ったノートをパラパラと捲りながら、相変わらずの綺麗な字を目で追っていると、俺の隣りにいた高野が机を蹴って洋太を散らそうとした。

「目障りなんだよッ、デブ!」

「ヒッ」

 ビクッと肩を竦める洋太のふくよかな、他の連中にしてみれば暑苦しいタプタプの顎が揺れて、俺はムッとした。

「うるせーぞ、高野。洋太をここに呼んだのは俺だぜ?お前、文句があんのかよ?」

 ジロリと睨むと、高野は不服そうな顔をしながらも肩を竦めただけで口答えはしなかった。
 当然だ、このクラス、いや、この学校でもよその学校でも、顔を知らないヤツがいないぐらい有名人だからな。この俺さまは。
 喧嘩上等!売られたもんは、その気がなくても買い取りますぜ。巷では地獄の狂犬、番犬じゃないところがなんだかな、と思わせる渾名で呼ばれているらしいが、そんなもんはどうでもいい。
 取り敢えず、ムカつく連中はその場でのさないと気が済まねぇ性格のこの俺さまは、この界隈では立派に喧嘩野郎としての顔が売れている。
 まあな、レッテルを貼られてる不良どもやチーマー連中を悉くのせば、もう誰も手を出そうなんざ勇気のあるヤツはいなくなるっての。
 おかげさまで自由気侭な生活を恙無く送れてるってワケだ。

「洋太。お前、今日塾なんだってな。あんまし勉強ばっかやってっと、却ってバカになるんじゃねぇのか?ま、気をつけて帰れや」

 俺があっちに行けと片手を振ると、洋太は心底ホッとしたような表情をしてスゴスゴと退散した。

「光太郎よぉ。お前さぁ、いくら幼馴染みだからってよくあんなデブと話ができるよな」

「そうそう、俺なんか暑苦しくてッ」

 腰巾着どもは口々に、俺の愛するデブのことを散々と貶してくれる。この野郎どもが…
 しかし、ここで俺も口角をニヤリと釣り上げて、ヤツらの会話に参戦するんだ。

「まあな。だが便利はいい。頭もいいしな。使いッ走りにもちょうどいいじゃん」

 フンッと鼻で笑うと、ヤツらは媚びるように笑って俺の言葉に同意した。
 こうでもしてアイツをコき下ろさないと、俺と言うプレッシャーでたまった鬱憤を洋太で晴らそうと言う不埒な輩が出てくるからな!見つけたらコテンパンだが、洋太に少しでも嫌な思いはさせたくないんだ。俺は、アイツを守ってやると約束したから。

「そんなもんかよ?なんか、オレにはお前が特別肩入れしてるように見えるんだけどな…」

 しかし、高野だけが胡散臭そうな目をして俺を見る。
 なんなんだかな、コイツはいつだって楯突いて来るんだ。
 コイツに嗾けられた喧嘩も喜んで買って出たし、さらにコイツをコテンパンにしたから実力は判ってると思うんだけどなぁ…なんだって言うんだ。

「冗談じゃねーぜ、高野。なんでこの俺があのデブに肩入れしなきゃいけねぇんだよ?自分の使いッ走りを他人からボコられるのはムカつくけどさ」

 バカにしたように軟派に髪を伸ばして後ろで結んでる色男を蔑んだように見て、俺は面白くねぇし、不貞腐れて頭を掻いた。
 そう、まるでなんで俺が洋太のことで口を開かなきゃならんのだ、とでも言うような感じで。
 いやいや、本当は洋太のことでムカついたワケじゃねぇんだけどな。
 でも、俺は気付かなかった。そんな俺たちのことを、洋太が肩越しに見ていたなんて。

□ ■ □ ■ □

「ねぇ、光ちゃん」

 洋太が甘えたような声を出して俺の耳元に息を吹きかけた。

「うぅん…なんだよ?」

 洋太のデブった身体に組み敷かれながら、俺は震える溜め息を零してデブのわりにはいい顔をしている洋太の真摯な双眸を、熱に潤んだ目で見上げた。

「僕…迷惑なのかな」

 シュンッと項垂れて呟く洋太に、俺はカッと眦を釣り上げると、そのふくよかな頬を両手で包んで顔を引き寄せた。

「誰かに何かやられたのか!?」

 身体の最奥に洋太を受け入れている態勢では凄みも半減するけど、別に洋太に凄んでるわけじゃねぇんだからそんなこたどうでもいい。
 誰だよ、その命知らずなヤツは!

「ち、違うよ!本当だよ?」

 慌てて首を振る洋太のその振動が直接下半身に響いて眉を寄せるが、俺は眉を寄せたままで口許に笑みを浮かべてヤツの鼻先に自分の鼻を擦りつけるようにして囁いた。

「なんだ、じゃあいいじゃねぇか。何を心配してるんだよ?バカだな」

 そんな俺をうっとりしたように見下ろしていた洋太は、ハッとしたように目を見開いてから、またしてもバカみたいにシュンッと項垂れてしまう。んん?今回は下らない悩みが深そうだな。

「最中に何を心配してるんだ、お前は!もっと俺を楽しませることを考えろよ。俺は、お前に抱かれて幸せだし、お前にキスできて幸せだし、こんな風に抱きしめることも幸せなんだ」

 タプタプの背中に両手を回して抱き締めながら、俺は項垂れている洋太のポッテリしてる厚い唇に口付けた。すぐに応えるように舌をのばしてくるそれを受け入れながら、俺はうっとりと微笑んだ。
 小さい頃からこの温もりは俺の、俺だけのものなんだ。
 誰に何を言われてもいい。コイツに抱かれて俺は、やっと人間になれる、そんな気がするから…
 絡めていた舌を離して甘い溜め息を吐いた俺は、唇を唾液に濡らしたしどけない表情をしてニッと笑った。

「こんな風にな」

「光ちゃん…僕も、僕も光ちゃんが傍にいることがとても嬉しいんだ!小さい頃から、ずっと一緒にいてくれて…すごい幸せだよ」

「だったら…もう俺をイカせてくれよ。早く…お前で」

 俺はうっとりと微笑んで背中に回していた腕を洋太の首に絡みつけ、足をそのテップリした背中に絡めながらもう1度口付けた。洋太は、もう躊躇わずに激しく腰を使って、俺を頂きから一気に突き落としてくれた。

□ ■ □ ■ □

 終った後でも、洋太のヤツは俺をお姫さまみたいに扱いながらも暗く沈んだ表情をしていた。
 気怠げにベッドに手足を投げ出して寝ている俺の身体を、湯で濡らしたタオルで優しく拭きながら俯いていた。

「なんなんだよ、てめぇは!辛気臭ぇ顔をしやがって!」

 洋太に甘々なヤツの両親は、洋太が高校に入ったときに勉強のためだと言って一人暮しを申し出たところ、それを快く引き受けたらしい。本当は、こんな風に俺と肌を合わせるために洋太は一人暮しを親に言ったんだ。だから、塾通いをして成績だけは落とさないようにしている。
 頭がいいんだよな、こいつ。
 う~、塾か?塾で何かあったのか?
 俺は素っ裸のままベッドの上で胡座をかきながら、濡れたタオルを握って項垂れている洋太に詰め寄るようにその顔を覗き込んだ。

「塾か?誰かにやっぱり何か言われたんだろう!?ああ!?」

「…光ちゃん。僕、こんな風にデブだし。暑苦しいでしょ?」

「…」

 はは~ん、コイツ、さては朝に高野たちと話してたのを聞いたんだな。
 バッカなヤツめ。

「あのな、洋太。お前がデブだろうとなんだろうと、お前は洋太なんだよ。暑苦しいって言うヤツは大歓迎じゃねぇか!俺の洋太に、近寄らないんだからな」

 そう言って、ベッドを軋ませながら膝立ちした俺は、ふくふくと太っているその顔を胸に抱き締めながら思ったよりも硬い黒髪に頬摺りした。

「…ん」

 落ち込んでいたはずの洋太は俺の胸元にキスをしたようで、擽ったさに思わず声が漏れてしまう。

「バカ…その気にさせるなよ。もう、疲れたんだ。今夜はもう眠らせてくれ…」

 ストンッと腰を下ろした俺は洋太の首に腕を絡めながら、ヤツの肩に顔を埋めた。
 ぬくい…この温もりを守りたくて、俺は強くなったんだ。
 なのに、いつだってコイツは不安そうに眉を寄せる。
 俺は、強くなったのに。
 思ったよりも強くなかったんだろうか…それとも、俺のほうがコイツに守られてるんだろうか…

「光ちゃん?寝ちゃったの?僕…僕…」

 後に続く言葉を聞く前に、俺はどろどろに疲れた身体を洋太に凭れさせながら眠ってしまった。
 でも、俺がこんな風に洋太を好きだとしても、本当はまだ、コイツから『好き』の言葉を聞いていないんだ。
 洋太はもしかしたら、俺を嫌いなのかもしれない。
 怖くて、俺のことが怖くて、ただ従順に言うことを聞いてるだけなのかな…
 だったら、悲しいんだけど。