Level.2  -デブと俺の恋愛事情-

 朝からかなりムカついていた。
 洋太は学校では俺のことを苗字で呼ぶ。
 そう呼ぶように仕向けたのは俺だけど、やっぱりなんか、他人行儀でムカつくんだよ。
 特に昨夜のことがあるから、よけいによそよそしく感じてムカつくんだ。
 それにビクビクするし…夜は俺のほうがビクビクするってのにな。フンッ!

「なんだ、光太郎?今日はやけにピリピリしてるな」

 高野が目敏く俺の変化に気付いて声をかけてきたが、曖昧に返事をして、俺は机に頬杖をついて両頬を包みながら前方を睨み据える。うう、なんか、いい方法はないかな…
 いっそのこと、洋太は俺さまのものだと宣言でもしてやろうか…ハッ!いかん、そんなことをしたら洋太が白い目で見られてしまう。俺はいいんだ、もうレッテル貼られまくってるし。
 洋太んとこの呑気な母ちゃんたちは、光ちゃんは強いからずっと友達でいてやってね、とか言ってくれるけど。本当だったらとっくの昔に引き離されてたと思う。
 いかんいかん!洋太から離れるなんて絶対に嫌だ!
 そんなことのために強くなったわけじゃない!
 俺は溜め息をついて、それから徐にギョッとする。
 目の前に高野が怪訝そうな顔をして屈み込んでいたからだ。

「うっわ!お前なんだよ!?驚いたじゃねーか!」

「…なんだよ、じゃねぇよ。どうしたってんだ。朝っぱらから工業の連中にでも絡まれたのか?」

「バッカ言えよ!工業なんか目じゃねぇっつーの。別に…なんでもねーよ」

 俺は不機嫌そうに外方向いて高野を無視することにした。いちいち絡んできやがって、ウザってぇたらねぇんだよ!
 畜生…洋太のヤツは滅多なことじゃないと学校ではサカろうとしない。
 ま、当たり前なんだが。
 俺としてはいつだってアイツに抱かれていたいと思うんだけどな…放課後の更衣室だとか、人のいない南校舎の二階にある一番奥のトイレの個室だとか…そんなところでヒッソリと抱かれるってのは…けっこう好きだけどなぁ。
 アイツは本当に気が向いたときにしか抱いてくれない。
 ま、その分、夜が熱いから嬉しいんだけど。
 抱けと言って凄むわけにもいかねーし。ああ、片思いの辛いところだ。

「まるで恋する乙女だな。誰かに惚れてるのか?」

 ハッとした。
 そうか、こいつ。浮名を流せば日本一野郎だったよな。

「おい、高野。お前さ、色んなヤツと付き合ってるだろ?その、どんな感じだ?」

「はあ?感じって…やっぱり光太郎、誰かに惚れてるのか?」

 言いたかねぇけど、仕方ねぇ。背に腹は変えられねぇからな。

「まあな。で、どんな風にしたら、相手の気持ちがわかるんだ?」

「あぁ?あの里野光太郎が、片思いかよ。信じられねぇ」

 心底驚いたように眉を上げる高野に俺はウザくて引き攣るこめかみを宥めながら、肩を竦めて先を促すように顎をしゃくる。
 クラスの連中は怯えて俺たちから遠ざかったところにいるし、洋太は大きな背中を向けて熱心に本を読んでるし…誰かに聞かれるっつーこともねぇだろう。
 まあ、洋太に聞かれてもいいんだけど。アイツのことだ、もしかしたら俺の気持ちが他に移ったと思ったら、内心でホッとするんじゃねーのかな。…クソッ。

「どうするって、そいつの態度を見てりゃだいたい判るだろ?」

 それが判らねぇから聞いてるんだろうがよ。
 クソの役にもたたねぇな、こいつ。

「ハッキリ告るか、お前から迫ってみたらどうだ?どんな子か知らねぇけど、お前ってけっこうイイ顔してっから即OKとかもらえるかもよ」

 純情系には効かねぇだろうけど、と付け加える高野に、俺は頭を抱えて俯いてしまった。
 バリバリ純情系だよ!
 いくらエッチをしてるからって、アイツはいつもコトの始めにモジモジしてて、それを俺が誘うんだ。もう誘ってるんだ!…乗ってはくるけど、本当に犯りたいのか?って疑っちまう。本当は嫌々で…あう、また暗い方向へと思考が進んでいく。

「…あの、里野くん。これ、今日のノート…」

 控え目に声をかけてくる洋太にギクッとした俺は反射的に顔を上げて、いつの間に近寄ったんだとビビる高野の手前、できるだけ平静を装って英語のノートを受け取った。いつもはビクビクしてるくせに、今日の洋太はなんだかいつもらしくもなく毅然としてる。高野がいても怯えることもないし、なんかコイツ、怒ってるのか?
 落ち込んだり怒ったり、いったいどうしたって言うんだ?
 俺が何か言うよりも早く大きな背中を見せて自分の席に戻る洋太を、俺は言葉もなく見送った。
 なんか、唐突に歯車が合わなくなった気分だ。
 こう言うことってよくあったけど、いつだってなし崩しで解決していたはずなのに…
 なにがどうして…って決まってる。今回は洋太が何かを引き摺ってるんだ。
 何か、なんて判んねぇけど、きっとそれはすごく厄介な問題だと思う。
 俺に言ってくれればいいのに…言ってもくれねぇ、そんなに信頼できねぇのかよ。
 クソッ、むかっ腹が立つぜ、畜生!