俺が胃痛になったワケ 3  -デブと俺の恋愛事情-

「ふ、フケツだ!」

 俺を南校舎の裏に呼び出した佐渡翔と言う洋太の従兄弟は、俺に指を突き付けてまるで宣言でもするかのように大声でそう叫んだ。
 うるせーな。

「洋太とエッチしたことが気に食わねーのかよ?」

 顔だって見たくねぇってのに、いったい何なんだよ?あそこでみてたのか?

「が、学校で、しかも男同士であんなこと!」

「…あんなこと?好きならエッチして当たり前だろ?俺は洋太が好きだからな、いつだってずっと愛して欲しいさ」

「僕の洋ちゃんを汚すな!あんなの愛なんかじゃない!愛って言うのは…ッ!」

 ダンッ、と拳で南校舎の壁を殴り付けると、佐渡はビクッとしたように身体を竦めた。無害な小動物のような可愛らしさが、俺を苛々させる。それでなくてもここ最近、不慣れな腹の痛みに寝不足だって言うのに…

「愛って言うのは?愛って言うのはなんだよ、いったい。え?言ってみろよ」

「抱きしめることだよ!」

 ハッ!俺は思わず鼻で笑っちまった。
 抱きしめることだと?

「洋ちゃんは僕をギュッと抱き締めてくれる!お前なんか…お前なんか洋ちゃんのただの性欲処理でしかないんだ!」

 言った後、佐渡は唐突にギクッとしたようだった。
 それは俺が、怒りでも憤りでもなく、ただ悲しくて唇を噛み締めたからかもしれないけど。俯いて、唇を噛み締める。
 知ってるさ、そんなこと。
 ギュッと抱きしめられることの嬉しさを、俺は誰よりも知ってるんだ。洋太のことが好きなんだ、当たり前じゃねーか。バッカなヤツ。

「判ってるよ。アイツも言った。あんたの婚約者だそうだ」

 不意に、佐渡はパァッと表情を明るくしたんだ。
 女の子のように可愛く頬を上気させて、嬉しそうに笑う。ああ、本当に可愛いなこいつ。

「じゃあ、もう判ってるよね?僕の洋ちゃんに、もう二度と近寄らないで!」

 僕のところに少し力をこめて言った可愛い顔は、勝ち誇ったように、俺をバカにしたように蔑んで見上げた。
 大きな潤んだ瞳はとても綺麗で、俺とは全く大違いなんだ。
 喧嘩ばっかりして無駄に体力を養ってる俺とは本当に大違いなんだ。

「…判ったよ」

 諦めたように呟いた。
 これは、心も望んだ俺への罰だ。

「な、何を泣いてるの!?」

 ギョッとしたように佐渡が俺を見る。
 ハラハラと零れ落ちる涙が頬から顎に流れて落ちていく。夕日が眩しいんだ。きっとそうだ。
 そんな古臭い台詞を言ってみたけど、涙を拭う気にはなれなかった。
 洋太に好きと言って欲しい、キスしたい、エッチしたい、抱き締めて欲しい。
 心まで望まなければ良かった。

「なんで泣くの?ヘンだよ!男なのに…泣くなんて。君は泣く子も黙る里野光太郎なんでしょう?」

 キュッと唇を噛み締めた佐渡は自分の足許を睨みつけた。
 それから、まるで何かを思い詰めたように顔を上げると、鼻先で笑いやがる。

「へえ、そんなに洋ちゃんが好きなんだ。エッチして欲しいんだ。とんだ淫乱だね。でも、いいよ。洋ちゃんにだって性欲を処理する道具は必要だものね。エッチはしてもいいよ。でも、エッチだけ。キスは絶対にダメだよ!」

「え?い、いいのかよ?エッチしても?…その、抱きついても?」

 現金な俺がパッと顔を上げてドキドキしながら聞くと、佐渡は何か嫌なものでも見るような目付きで俺を見上げて、それでも仕方なさそうに頷いた。やった!マジで嬉しいかも。
 全然触ることができないんじゃなくて、エッチしたり傍によることはできるんだ!
 良かった!…俺は、洋太の傍にいてその大きな身体に触っていられたらそれでいい。
 昔もそうだったじゃねぇか、心までは望まないから、せめてエッチする関係でいたい。
 それが満たされるなら幸せだよな!うん、幸せだ!洋太が大好きなんだからな!
 …でも、それならどうしてこんなに胸が痛いんだろう。苦しいんだろう?
 俺は確かに嬉しいはずなのに…